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ISM Inc.  作者: 星鹿灯流
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浅田計 後編

 前の方の席(それでも最前列ではない)に移ると、榊原は「まあいいか」と嘆息しながら呟いた。俺はこの担任の細かいところを気にしない性格が嫌いじゃない。

「部活の方はいいんすか」

「ああ、副顧問の先生に任せてある。時期が時期だが十数人の部員に二人もいらないだろ」

 そう言いながら、榊原は俺が座る席のすぐ前の机の向きを変え、向かい合わせるようにしてくっつけた。

 何がしたいのか分かったので自分の机をずずずと後ろに引くと、榊原もずずずと机を押してまたくっつける。

「……面談かよ」

「補習の一環だが、まあ似たようなものだ。先生だって立ちっぱなしは疲れる」

 それは分からないでもない。

「それに、先生だからって上からものを言うのは好きじゃなくてな。そもそも今日の補習は浅田の都合じゃない。こっちの都合だ」

 それはよく分からない。

 表情から察してか、榊原が苦笑する。

「こんなことを言うのもあれだけどな、マニフェストだってこの二十年で便利になっちゃいるが、まだまだ開発途上だ。当然それのための教育のシステムもな。浅田がイズムを出せないのは浅田のせいじゃないんだよ」

 学年で自分だけだからって恥や劣等感は要らないってことだ、と榊原は笑って続け、すぐに真面目な顔に戻した。

「いや、笑い事じゃなかったな。昔話をするなら、情報の授業でマニフェストを扱い始めた頃はそれはもう酷いもんだったさ。なんせクラスの四分の一はイズムが出せないところからスタートする。授業内でフォローすると時間を食うから補習に来させてなんとかするんだが……」

 と、そこで榊原は言葉を止める。俺がよく分かっていない顔をしていることに気付いたらしい。

「んん、ま、浅田にとっちゃ今のマニフェストが全てだろうが、そうじゃない、マニフェストにも欠陥はあるってことだ」

「はあ……へえ」

 どうもそういうことらしい。というか今の話を聞いて昔のマニフェストに少し興味が湧いてきた。後で調べてみよう。

「さて、んじゃ本題の前にまず今からの俺たちの話の目標を言っておく。浅田のイズムが現れない原因を探ること。はい繰り返す」

「え、あ、俺のイズムが現れない原因を探ること」

「よし、目標を立てた時はまず口に出して言うことな。いいか?」

「っす」

 正直よく分からないが、とりあえず頷いておいた。精神論だろうか。

 頷いたのを確認すると、榊原はニッと笑った。

「で、浅田はイズムが現れない原因にどんなものがあると思う?」

 原因、そういえばあまり考えたこともなかった。一体俺は何が原因でイズムを出せないのか。

「相性とかっすか」

「そうだな、相性の問題もよくある原因の一つだな。というか昔はそれが一番多い原因だった」


 イズムが現れない原因は大きく分けて三種類ある、と榊原は言う。

「一つはお前が言うように、相性の問題な」

 マニフェストが使用者の主張を読み取り、その主張に沿ったイズムを顕現させる際、ある一つの過程を必ず踏むことになっている。主張をカテゴライズするというプロセスだ。

「主義主張は人の数だけある。当たり前だがそれらをそのままイズムとして顕現させるとなると、スパコンの計算能力でも処理しきれるかどうか怪しい。だからマニフェストは計算を少しでも軽くするために、それぞれの主張を傾向ごとに分類するわけだ」

 実際にはそれで少しどころか必要な計算処理が大きく削減でき、スパコンが要るかと言われていたものが小さなCPUとメモリで実現できることになった。

「詳しいっすね」

「ばかやろ、何年教師やってると思ってる」

「何年すか」

「来年で四半世紀だよ」

 意外と歳食ってた。

「話が逸れたな。でまあ本来それだけバラバラのものを無理やり分類してるわけだから、当然中にはうまくいかないものが出てくる。特殊だったり珍しかったりすると、用意されていたカテゴリに分類できなかったり、本来入るべきカテゴリから弾かれたりというエラーが起こる」

「それが相性っすか」

「そう。二十年のバージョンアップの中で何度も何度も修正されてきたがこのエラーだけはいつまで経っても無くならないな」

 人の数だけ主義主張が存在する。つまりそれは無限のパターンがあるということだ。どんなに素晴らしい機械でも無限パターンの網羅は不可能ってことなのかもしれない。

 それでも俺の見える範囲で三百分の一まで減らしていることを考えると、実はマニフェストってすごいのか。

「いやいや、お前の原因が相性の問題だとは決まってないからな? 大きく分けて三種類って言ったろ」

 ……そっすか。


「相性の問題が一つ目。二つ目は、これが実は意外と多いパターンで、イズムが出てるのにそれが分からないケース」

 ……はい?

「禅問答っすか」

「例えにそれが出てくるのか」

 榊原は苦笑して続ける。

「別に難しいことじゃなくてな、あー、浅田はイズムが個人によって異なる形状を持つって知ってるか?」

「知ってるも何も、クラスじゃ皆バラバラだったじゃないっすか」

 担任に聞かれるとは思わなかったが、俺のクラスは情報の授業でマニフェストの実習をした際、誰かのイズムに似た形状のそれはひとつもなかったはずだ。

「まあそうなんだけどな。要は、それだけ多種多様、それこそ無限の差異があるなら、その中に少しくらい無色透明なイズムがあってもおかしくないと思わないか、ってことだ」

「無色透明?」

 それはなんというか。本来誰にも見えないはずのイズムが見えるようになったにも関わらず見えないみたいな。非常に混乱を誘うイメージだ。いや、それよりも。

 相手に見えることが役目のイズムが自分にさえ見えないって。

 矛盾どころの騒ぎじゃない気がする。それは定義としてイズムに含まれるのだろうかとか、ルーツに関わる話になりそうだ。

「まあ無色透明に限らずな、薄すぎて見えない、小さすぎて見えない、速すぎて見えない、周りの色に溶け込みすぎて見えない、と見えない理由は様々だ」

 榊原は冗談みたいな話を至極真面目に口にする。どうやら冗談ですらないらしい。

「中には眩しすぎて見えないなんてのもあったな。ま、それの場合厳密にはイズムの存在は認識できるわけだが」

「俺のイズムも見えないだけで顕現はしているってことっすか」

「あくまでその可能性があるってことな」

 その可能性なら俺の心配は取り越し苦労ということになる。が。そもそも。

「イズムって出した本人にも出たかどうか自覚できないもんなんすか。自分で自分のイズムの形を認識できないもんなんすか」

 イズムは個人の主義主張をカテゴライズして作り上げられたイメージだ。だというのに、持ち主がそれを自覚できないのか。

「あー、それは正直よく分からん。見えなくとも認識できる場合も、見えなきゃ認識できない場合もある。個人によるんだ。メーカーも公表してないし、問い合わせても意味のある回答が得られない」

 企業秘密なんだろうさ、と榊原は嘆息した。

「……そういうの教師が言っていいんすか」

「教師も客だろ、この場合」

 ……そうなる、のか?


「三つ目は浅田の意識に関係する、というかお前次第ですぐ解決するパターンだ。まあ三つの中じゃ一番特殊で、おそらく一番解決しにくいんだが」

 だから何故そう矛盾したことを言う。

 榊原はなんでもない風にへらっと笑って言った。

「浅田、お前趣味は何かないか?」

「趣味っすか。まあ、ゲームっすかね」

「ゲームな。どんなゲームをやる?」

「狩ゲーとか、アクションが多いっすね。有名なやつは大体」

「そうか。語っていいぞ」

 ……語っていいぞってなんだよ。

「先生もゲームやるんすか?」

「あまり詳しくはないが多少はわかる。生徒の話でもゲームの話題はよく聞くしな。俺も最近ちょこちょこやってる」

「いい大人が?」

「ほっとけ。いいから語ってみろよ。ゲームが趣味なんだろ?」

「あ、おう」

 さて、と考えて……言葉が出てこない。

 ゲームは好きだ。自分の操作するキャラクターが自分の思い通りに動き、敵を倒したり怪物と戦ったりするのは気持ちがいい。

 しかしいざ語れと言われると。

「そう言われても、何を話せばいいか分かんないっすよ」

「それだな」

 へらへらした笑みから一転、気が抜けたように肩を落として嘆息する榊原。

「……なんすか」

 俺が不審げな声を出すと、榊原は椅子に座りなおした。

「そのゲーム、友達に合わせてやってるだろ。今の通信機能はかなりハイテクだしな。気持ちは分かるんだが……お前、自分から友達誘ってゲームしたりしないんじゃないか?」

「……あ」

「ソロプレイ好きならまあ分かる。でもお前の場合、友達に誘われれば大体断らないだろ」

 ……確かに。

「それから、有名どころはやっていてもマイナーなゲームはほぼ手を出してないんじゃないか? 勧められればやってみるだろうけどな」

「何でそこまで」

「分かるのかって? 昔は多かったからな、浅田みたいなやつが。自主性に乏しく、人に合わせることで『普通』であろうとするタイプ」

 別に悪いことじゃないんだがな、と榊原は言い添えて椅子から立ち上がる。

「イズムはあくまで個人の意見の顕現だ。他人から借りた考えはどうあっても形にならない。お前がマニフェストを使えない理由は、一つ目でも二つ目でもなく、これなんだよ」


 他人と違うことに悩み、苦しんでいた人がいた。

 それも少数なんて言葉に入りきらないくらい、非常に多かった。

 彼らにとって他人と違うことは『普通』ではない。『普通』でないことが彼らにとっての大きなコンプレックスだった。

 けれど、そんな彼らはもういない。

 マニフェストの普及が、本質的に彼らを救ったのである。

 普通でないことに悩む者を、普通の概念を変えることで救う。これは和泉いずみ義顕よしあきがマニフェストを開発し、イズミ社を設立した理由の内の一つとして公表されている。

 マニフェストが世にもたらした変化は異常なくらい大きなものだった。

 他人と違う趣味嗜好、主義主張、容姿外見のどれもが個人の領域として保護され、それらを他者と積極的に共有することが是とされる時代が来たのだ。もちろんTPOはあるが。

 それによって救われた者、社会での立場が向上した者の数は計り知れない。

 しかし、無理に周りに合わせていた人間が自分の意見を言えるようになった一方で、俺みたいなヤツは逆に自分の意見がどこにあるのかを見失い、社会の流れに合わせられなくなった。

 人に合わせる必要がなくなっても、社会に合わせなければならないのではどうだろう、矛盾していないだろうか。

 自分の意見を持つことが『普通』になった今、かつて普通の範疇にあった連中が『異常』となってしまっている。


「異常ってなあ……精々『例外』だろ。一昔前の中二病じゃあるまいし」

 補習が終わり、解散する流れになった折、榊原が帰宅しようとする俺に言った。

「言っておくが他人の意見を借りるのは決して悪いことじゃないからな。要は、どうやってそれを自分の意見として組み直し、練り上げるかだ。意識改革をしろ。そうすればお前にもマニフェストが使えるようになるはずだ」

 まるで中学の英作文問題のような言葉だ。それを渡されて今は灼熱の坂を下っている。

 とはいえ、そういえば、本当に今更すぎて笑ってしまいそうになるが。しかし気付いたのだから言ってしまおう。

 他者に流されて何が悪い、他者に合わせて何が悪い、というのは明らかに俺個人の主義主張だったな、と。考え方を変える。文字通り意識の改革は確かに今の俺がこの時代をうまく生きるための大きな課題であるようだ。

 考える時間があるうちに考えろとは、誰の言葉だったっけな。

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