第三十六話 本音が顔を覗かせた
ステラ達の部屋の前に立ち、その扉を軽く叩く。少し待って戸が開いた。
「ただいまー!」
「お帰りなさい」
その拍子にミセリアがこちらの脇をすり抜け、我先にと室内へ。自身の母親の下へ向かっていく。
「ただいま。ちょっと遅くなっちゃった」
「お疲れ様でした。フィリアさんの方はもう大分元気みたいです」
「なら良かった。戻ってくる前に、ミセリアと買い物も済ませてきたんだ」
「何か良い物は見つかりましたか?」
「気に入ってもらえるかは分からないけどね」
購入してきた品は現在ミセリアの手首に装着されていた。
二人揃ってフィリア達親子の方へ視線を向ける。
「それは?」
「これ? プレゼント」
丁度、フィリアが話題の品に言及したところ。椅子に腰掛けたミセリアの袖口に銀色の腕輪が覗いていた。
「貰ったの?」
「さっき買ってきたの。あたしとキャスからお母さんに」
「綺麗ですね」
テーブルの上へそれが差し出され、ステラも近寄っていって観賞を始める。
「どんな魔法が使えるの?」
「え、魔道具なの、これ?」
「あ……」
まだ何の説明もされていない状態にも関わらず、目の前の腕輪が魔道具であること前提の質問。言った本人も即座に失言を悟ったようだった。
「すみません。実は、二人がフィリアさんへのプレゼントを用意するつもりでお仕事に出かけたって知っていたんです」
苦笑しながらステラが白状。知っていたというよりも、実際のところ彼女の発案であったように記憶している。
「そうだったの。別に、構わないのだけど……。でもどうして態々? 高かったわよね?」
「時間も余ってたから、お母さんに何か上げようかなって。っていうか、お母さんこそどうするつもりだったの? 手持ちの魔道具、もう碌なの残ってなかったよね?」
小さく首を傾げた娘から、その母親へと根本的な疑問について尋ねられた。彼女が魔道具の補充も修理もせずにいることに対し、キャスやステラもその真意を測りかねていたのだが、一体どのようにする算段だったのだろうか。
「…………あっ」
先程のステラよりも更に小さく、フィリアの短い声が上がった。
「……考えてなかった?」
「………………ええ」
「うっかりだね」
まさかの答えを告げてため息と共に項垂れてしまった彼女へと、ミセリアが仕方なさそうに微笑んで告げる。単に何も考えていなかっただけとは思いもしなかったが、今のうちに気が付けて良かったとするしかないだろう。
「あまり気になさらないで下さい。とても疲れていたみたですし、きっと休息が必要だったんですよ」
「その……ごめんなさい」
「すみません。ちょっと、可愛かったです」
「うん、可愛かった」
恐る恐る顔を上げて小さな声で謝罪する姿がステラとミセリアにはそのように見えたらしく、笑い声。
その視線がひっそりとキャスの方にも向けられた。ちょっとばかり怯えのようなものがその瞳から感じられて、むしろそのことの方が悩ましい。
「……まあ、壊したのは僕ですから。喜んでもらえるならそれで良いです」
「…………えっと、有難うございます」
魔道具の破損の責任が完全に自分にあるとは思っていないが、何とか気を緩めて欲しくてそう告げる。失った戦力の補充に関して彼女が全く意識していなかったことにも別段腹が立つようなこともなく、目下で唯一キャスが解決したいと思っている問題はむしろ、彼女との間にある微妙な距離感だった。
「それで、結局どんな魔法が使えるの?」
ステラの一声が話題の変更を告げる。
「氷の矢だって。お母さんが前に使ってた杖と同じやつだと思う」
「有難う。大事にするわね」
「うん。氷じゃなくて、魔力の矢を射てるやつもあったんだけどね。そっちの方が良かったかな?」
「いいえ、氷の方が助かるわ」
「なら良かった」
彼女なりの使い勝手というものがあるのだろう。本人にとって使いやすいというのならば用意した甲斐がある。
「魔力の矢の腕輪の方が見た目が豪華だったから、あたしだけだったらそっちを選んでたかも」
「……そう」
「宝石とかも付いていて、見かけは派手でしたよ」
手元にあるのがこちらの選んだ品だと分かった瞬間のフィリアの表情は少し寂しそうで、やはりあくまでもミセリアが選んだ品という点に拘るべきだったのかもしれないと思わされた。余計な口出しをしてしまったのかもしれない。
「あたしはあのくらい華やかな方がお母さんに似合うと思うんだけどな……」
「……そうかな?」
とはいえ、あの腕輪の方がフィリアに似合ったかと言われれば納得しかねるのが本音。どの道、既に選び終えた話だ。宝石の付いた金色の腕輪は少し大仰過ぎたように思えてならない。
「うん、似合います」
「あ、有難う、……ございます」
フィリアが実際にその銀色の腕輪を身に付けた瞬間、とある光景が脳裏に浮かんで、直後には素直な感想を口にしてしまっていた。少々戸惑わせてしまった様子。故郷の姉や育ての母の姿を思い出したのだ。
そういえば、二人共ああいった雰囲気の装飾品を好んでいたな。そんなことに思い至る。それぞれの飛び抜けて優れた容姿も相俟ったことで重なって見えたのかもしれない。
彼女に対し細身な銀の腕輪が似合いそうだと感じたのも、その辺りが原因なのだろうか。
「わたしもよくお似合いだと思いますよ」
「ありがと」
ステラからも評判が良いようで何より。
彼女とも一緒に魔道具を調達する約束をしていたのだが、果たして今度はどのくらいの金額が必要になるだろう。今回予算に対して腕輪の代金が上限に迫る勢いだったため、先に目当ての品を見繕った上で仕事を探した方が良さそうだと学んだ。
「似合ってるね。じゃあキャス、渡す物も渡したから一先ず荷物置いてこよ」
一番の要件が片付いたことであるし、確かにそろそろ部屋に戻って旅の荷物を下ろしたい。何日留守にすることになるか分からなかったので、部屋は取ったままにしてある。
「そうしよっか」
「お母さん達ってお昼ご飯、もう食べた?」
「ええ」
「だったら、あたしとキャスはそのまま外で何か食べてくるから」
「分かった。また後でね」
「うん!」
ミセリアの後に付いて部屋を後にした。
それから自分達の部屋に向かって廊下を歩く。
「ここだよね?」
「確かね」
扉の前に立ち、念の為に軽く叩いて返事がないのを確かめてから開いた。
誰もいない室内に二つのベッド。記憶通りの光景を確認して足を踏み入れる。テーブルの上にはきちんと帽子が残っていた。
「お腹空いたね」
「何食べよっか?」
それぞれのベッド脇に荷物を置きながら会話。
「何が良いかなー……」
剣と財布以外の物を下ろしてキャスの準備は完了。ミセリアの方を見ると外套を脱ぎ、身に付けていた武器を外している途中だった。
「着替えるから向こう向いてて」
「外に出てようか?」
「いい。どうせその気になったら覗けちゃうもん」
その通りではあるが、だからといって同じ部屋の中で着替えることに抵抗はないのだろうか。
彼女に背を向けるようにしてベッドの上に腰掛ける。
「お母さん、大分良くなったみたいだったね。腕輪も喜んでもらえたし」
「うん」
荷物を漁って代えの衣服を取り出す物音。
「昔っからどんどん悪くなっていく姿ばっかり見てたから、最近の様子眺めてるとあたしも嬉しいの」
「そっか。何か、初めて会った頃より若くなった感じだよね。健康そうっていうか……」
「うん。前はいつ倒れてもおかしくなさそうな状態だったから、あたしも安心」
服を脱ぐ音がし始めると流石にキャスの方が居住まいの悪さを感じ、瞼を閉じて俯いた。相手の外見が幼いことだとかはあまり関係がなく、妙な緊張感。
「でもさ」
後方で、彼女がベッドに腰掛けた気配が伝わってくる。
「何か、お母さんばっかり良くなってるなあって…………」
「どういう意味?」
「あたしはどうなるのってこと。あ、まだこっち見ちゃ駄目」
意図が掴めずについ振り返りそうになったところで静止の声。座って話し始めたことからつい勘違いしそうになったが、やはりまだ代えの服を身に着けていなかったようだ。
ベッドから下りた彼女が素早く着替えを済ませていく物音が始まった。
その間、先程の台詞を振り返る。
まだまだ、彼女の悩みは尽きていないらしい。
「お待たせ。さ、行こっ!」
そう告げられて振り返る。ミセリアはテーブル上の帽子を回収し、それで外出の準備は整った模様。
先程の台詞に対する答えは、特に求められていないようだった。
「うん。行こっか」
キャスも言及することは避ける。
そのまま二人、少し遅めの昼食へと出かけていった。
お読み下さりありがとうございました。第四章は以上となります。
第五章が投稿されるまで、また時間がかかるとは思いますが、善処はしてますので気長にお待ち頂けると幸いです。




