第三十四話 魔道具
アレナ達の家を出発した後、キャス達はまず村でカナンを無事に送り届けたことを報告し、その報酬を受け取った。それから彼の両親に引き合わされて向こうでの様子について尋ねられたりなどもあって、結局その日はそのまま村に滞在。翌朝に改めて町を目指し、街道を駆け抜けて到着する。
現在はギルドに水晶を届け、報酬の受け取りも終わって町中の通りを二人でのんびりと歩いているところ。
町を出発した日から数えて、五日目の帰還だった。
「ちょっと人増えたね」
「そういえば、出かける前より多いかも」
想定よりも少し日数がかかってしまい、そしてその間に町中を歩く人の数は増えている。登頂祭とやらが近付いているからか。当日に向けてまだ人が増えるのだろう。
因みに、町に帰ってきてからまだフィリア達のところには顔を出していない。それより先に彼女へ渡す魔道具を見繕うつもりだった。今正に、適当な店を探して練り歩いている最中。
あの手の道具に関し、キャスはあまり詳しくなかったが、それなりに良い報酬の依頼だったことに加えて村の方でも追加の仕事をこなして稼いだのだから、予算としては十分なはず。
「あっ、あそこは?」
ミセリアが一軒の店を指差す。軒先には如何にもといった雰囲気の革鎧。更に店の奥には杖の姿も確認出来たため、間違いなさそうだった。
「あれだね」
「行こっ」
促されるままにその店へと向かっていく。今のこの町には冒険者も集中していたはずだが、こういう店の売れ行きにも影響しているのだろうか。
少なくとも、目の前の店内に先客の姿は見受けられない。
「こんにちは!」
「はい、いらっしゃい」
元気の良い挨拶と共にミセリアが開け放たれたままの扉から店の中に足を踏み入れる。頭髪の薄くなった小太りの中年男性が店内に見えて、キャスも軽く会釈しながら後に続いた。多分店主だ。
「どういう魔道具をお探しだい?」
「えーっと……」
どういった物が良いのだろうか。キャスが壊してしまった道具の代わりというのは確かだが、それ以上に具体的な部分は全く考えていなかったため答えに窮する。ちらりとミセリアに視線をやってみるが、何かを答える気配はなかった。
「冒険者さんだよね?」
「はい」
「『何か冒険に役立つ物でもあれば』、といった感じかな?」
向こうから気を利かせてくれたようで、具体的な質問。
「ええ。出来れば、戦闘向きの物で」
「攻撃に使える物と、身を護る物だったら?」
「…………身を護る方で」
「えっ?」
少し考え、他にも戦える面子が三人いるのだから、まずは守りを固めてもらった方が良いかと結論付けて答える。すると、これまで黙って店内を眺め回していたミセリアから疑問の声。
「攻撃用の方が良いかな?」
「ステラがいるんだし、防御は別によくない?」
「それもそうか……」
深い思慮があったわけでもなく、早々に意見を翻す。
「では、やっぱり攻撃用で」
「分かった。さて…………、ご覧の通り武器と一体型の物から杖、それと引っ張り出せば装飾品の形をした物までそれなりに取り揃えてあるが」
確かに店内には杖の他、剣や槍、盾に鎧などの姿をした魔道具が並んでいたが、細かな装飾品のような代物は見受けられない。細かい品は仕舞い込まれているようだ。
「その剣の代わりが良いのだったら、これなんかが……」
「あ、僕が使うわけではないので」
「おや、そうだったか」
「仲間の女性で……この子の母親へのプレゼントなんです。多分、彼女が使うのだったら杖か装飾品系の物なので、そちらの方が良いですね」
「あー……。成る程。そうか。だったら装飾品だな」
何度か頷きながら、店主が店の奥にある棚の方へ。
「女性への贈り物だったら装飾品だろう。杖みたいに大振りな物はあまり幾つも持ち歩くわけにはいかないからな。買う時はきちんと本人に選んでもらった方が良い。合わない物を貰ったら、相手だって困る」
棚の下の方、こちらからは机で死角になっている部分から何かを取り出しつつ語る。
「まあ、オレも女性の口説き方に詳しいわけじゃないが、特に見た目に配慮されたやつとなるとこの辺りか……」
幾つかの箱が机の上に乗せられた。
別にフィリアを口説きたいわけではなかったが、喜ばれるような物を渡せるに超したことはない。素直にその中身を眺めさせてもらう。そもそも、具体的な選定はミセリアに任せてしまうべきだろう。
箱の一つが開けられ、その中には四つの指輪。
「まずは指輪だ。大きさは色々あるから」
キャスが握りつぶしてしまったフィリアの母親の形見も指輪だった。似たような物を贈るというのも有り得なくはないのだろうが、そもそもあれが修復可能な状態である可能性も残っている。
「因みに一番安いのがこれだ。手元に炎を熾すだけの単純な代物だが、殺傷力としては申し分ない。…………射程が短いのは難点だが。代わりに、使う魔力も少なくて済む」
「……こっちは?」
「それは炎の代わりに風を起こすんだ。それで相手を押し返すから、どっちかと言うと防御向きか。そいつで跳ね除けられるものにも限度があるんで、あまり過信出来た代物じゃない。因みに炎のやつと値段は変わらない」
「指輪以外だとどんなのがあるの?」
机の上を覗き込んでミセリアが尋ねた。
「腕輪だな。装飾品で攻撃的な用途が備わってるやつとなると、やっぱり指輪か腕輪だ」
「じゃあ腕輪が良いかな。お母さん、指輪型のは一個持ってるし」
「おお、そうか。どれ」
残りの箱の一つが取り出され、そちらも蓋を外される。先程よりも大きめの箱の中に先程と同じ数の腕輪。控え目な外見の物から華やかな物まで一緒に収められていた。
「綺麗……」
少なくともその姿はミセリアの気に召したようである。
「これはどんなことが出来るの?」
「魔力で出来た矢を飛ばせる。こっちのやつになると、氷で出来た矢が飛ばせる」
氷の矢といえば、以前にフィリアが使っていた杖の能力がそういったものだった。細身の外見に細やかな装飾が刻まれている。
因みにミセリアが指し示した魔力の矢を放つという腕輪は、現在出されている中で一番派手な外見。
「使う魔力も大きいけど、この二つだったら氷の矢の腕輪の方が強力だ。値段は同じだが」
「どうして?」
「魔力の矢の腕輪の方は装飾品として手が込んでるからさ。宝石も使ってるし、貴婦人の護身用ってとこか」
強い魔法を使える道具程値が張ってくるらしいが、それを補うくらいには別な面で磨かれた一品ということ。贈り物として考えれば有り得ない選択でもないのだろうか。
とはいえ、キャスとしては氷の矢の腕輪の方が外見的にもフィリアに似合いそうな気がしている。
「どうする? あたしはこういう感じの道具が良いと思うけど」
「僕もそう思う。丁度、似たような能力の杖が壊れたところだし」
あの杖に関しては修復の余地が無いと判断されたのか、あの場にそのまま捨ててきたようだった。
「あたしは見た目的にこっちのやつが好みなんだけどなぁ……」
「派手過ぎない?」
「そう? お母さんなら似合いそう」
やはりミセリアは魔力の矢の腕輪の方が気に召したようで、暫く二つの腕輪を眺めて思案に耽る。
「キャスはどっちが好き?」
「こっち」
「じゃあ、それにしよっか」
不意に意見を問われた。勿論、氷の矢を選択。頷き、意見がそのまま採用される。
「はいよ。割と魔力を食うはずだが、まあ、杖を使ってたんなら問題ないだろう」
腕輪が箱から取り出され、それ以外の品々が元通りに仕舞われていった。
それから店主に値段を告げられる。予想したよりは大分高価だったものの、予算の範囲には収まる金額。問題ない。
ただ同時に脳裏を過ったのは、これ以上の性能を持った道具を手に入れるとなると一定期間本腰を入れて金稼ぎをする必要があるなということで、更に言えばこの先これ以上の性能を秘めた魔道具を必要とする機会が巡ってくる可能性も低くない。
フィリアの魔道具の補填がこの腕輪一つでは十分と言えないであろうこともその理由の一つだが、重要なのはステラとの約束の方。彼女が欲する魔道具の性能次第では幾ら必要になるか分からないし、その魔力を十全に発揮するにはやはりもっと高価な道具が必要になってくるのだろう。そんな気がしてならない。
キャスは彼女の魔力を決して少なく見積もっていなかった。
「杖の方も必要になったら是非うちに来ておくれ」
今回稼いだ金の大半を支払いとして渡す。去り際に、そんなことを言われた。
「お母さん、元気になってるかな?」
「五日も経ってるし、多分大丈夫だよ」
ミセリアと並んでステラ達の待つ宿への帰路に着く。




