第三十話 帰還へ
「そろそろ出発します」
翌朝、朝食を済ませ、準備を整えたキャスが水晶を抱えながらアレナの下に顔を出してそう告げる。
「あら、もう出るの?」
「早く村の人達にも報告してあげたいですから」
「それもそうね。この子のご両親だって心配しているでしょうし。それじゃあ、お見送りするわ」
居間の椅子から立ち上がったアレナ、カナンと共に表へ向かい、玄関前でミセリアと合流。四人で外に出た。
「機会があったらまた足を運んで下さいね。こんな場所ですが、別に来訪者を拒んでいるわけではないので」
「……そうさせてもらいます」
仮にこの場所を再び訪れる機があったとして、それはどのくらい先のことになるだろう。数百年後に変わらない姿でやって来たら、彼女は思い出して気付くだろうか。そして、その上で歓迎されるのかも謎。
湖でミセリアが言っていた通り、時間は無限にあるのだし、きっといつかはここに足を運ぶ機会も訪れるのかもしれない。その時になってみれば、今しがた抱いた疑問の答えも分かるはず。或いは、それはアレナでさえも生きていないくらいに遠い未来の話になるのかもしれないが。
「元気でね」
「……はい。さようなら」
カナンの方は顔を合わせるのもこれが最後と認識しているようで、寂しそうにしながらもきちんと別れの挨拶を告げた。実際、彼の存命中にここへ訪れる可能性となるとあまり高くはない。
「ミセリアちゃんも元気でね。素敵な大人になるのよ?」
「うん、そうする。じゃあね」
「じゃあね」
アレナの台詞に平然とした挨拶を返し、ミセリアがカナンにも別れを告げる。思えばこの二人が言葉を交わす場面はあまりなかったからか、こちらはあっさりとした印象だった。
二人揃って彼女らに背を向け、村への道を歩き出す。振り返ることはしない。
「意外と良い場所だったね」
「……どうだろ? 色々考えさせられた気はするけど」
暫く歩いて家から離れ、ミセリアに話しかける。キャス自身は静かで穏やかな過ごしやすい空間としか認識していなかったが、彼女にはまた違う視点があったようだ。
「何か気になることでもあった?」
「んー……、人生について?」
こちらを見上げて笑顔を浮かべながら、惚けたように答えられてしまった。あまり追求しない方が良いらしい。
「それよりほら、そろそろ石渡してくれてもいいよ?」
「……うん」
ちらりと後ろを振り返り、もうアレナ達の姿が見えないことを確認してから水晶を手渡す。帰り道の戦闘もキャスの担当だ。
「走る?」
「周りの警戒が大変になるから、村までは歩こう」
「うん、分かった。警戒宜しく」




