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第二十九話 少年との時間

「さあ、もう一本」

「はいっ」

 カナンの胸の中央に突き付けていた木剣を戻しつつ促す。互いに数歩下がり、両手で握った剣を正眼に構えた。

 アレナとミセリアが夕飯の支度のために席を立っていったのがつい先程。それからはキャスとカナン、二人きりで稽古を続けていた。勿論加減はしており、少年の息が上がって攻め手が緩んだら反撃に移るといった具合。

 こういう相手の仕方でよいのだろうかと悩む部分はありつつも、それなりに楽しい時間を過ごしている。

 相当に呼吸が荒くなってきたカナンが、再び木剣を振り上げてかかってきた。

 一撃目を同じく木剣で受け止め、二撃目も同様に対処する。三撃目に移ろうとした際、疲労から彼の動きが鈍ったので今度は受け止めずに回避。キャスが加減した動きで上段から剣を振り下ろすも、少年は防御の動きを間に合わせることが出来なかった。

 相手の左肩に当たる手前で、木剣が静止。

「流石にそろそろ限界かな?」

「……いえ、まだやれます」

「それなら、一旦休憩だね」

 荒い息遣いをしながらも意欲を示すカナンだったが、いい加減に休んだ方が良いのは明白だった。彼が初撃を放ってから決着までの時間がどんどん早まってきている。

 二人揃って長椅子まで歩いていき、そこで休みを取ることに。

 まだやれると意気込んでいてもやはり相当に疲れていたようで、少年はぐったりと椅子に凭れ掛かる。

 反対に余裕のあるキャスは手前のテーブルにあった本を手にとってみる。不老不死絡みの話を集めていた頃は訪れた先で書物を漁ることもあったのだが、実際に老いから開放されて、最近はあまり触れることがなかった。

 何の本だろうかと思って開き、ぱらぱらとめくりながら大雑把に眺めていくと、どうやら近隣の地域に存在する幾つかのちょっとした逸話が纏められているらしい。それなりに年季の入った代物であり、尚且その本が書かれた当時からしても昔の話というのは、何故だかそれだけで興味深く感じられるものだ。

 時間が許すのならば落ち着いて読んでみたかったが、流石にそこまでの余裕はない。

 本を閉じ、テーブルの上に戻す。

「結構面白そうな本だね」

「アレナさんが選んで持ってきてくれたんです」

「そっか。そういえばさっきは随分仲良さそうに見えたけど、実際のところはどんな感じ?」

 この場所でアレナに膝枕されていた姿を思い出し、相手のいない場で再び質問してみた。まだ半日程度ではあるが、二人きりで過ごしてみた印象はどのようなものだっただろう。

「本当に良い人でした。きっと上手くやっていけると思います」

 ちょっと照れたように笑って答えられる。昨夜話した時のような不安を滲ませた雰囲気は全く無い。

 あっさりとした変わり様にキャスは驚いたが、同時に喜ばしくも感じていた。彼がここで幸せに過ごしていけるのならばそれに越したことはないのだ。ただ、僅か半日でここまで打ち解けてみせたアレナには驚かされる。

「なら良かった」

「それより、そろそろ再開しませんか?」

「大丈夫? 結構疲れてるはずだけど」

「平気です。それに、キャスさんは今日しかいませんから」

「……分かった。始めよう」

 まだ幾らか疲労の色が見えるカナンと共に木剣を取って立ち上がり、再び打ち合いに取りかかった。

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