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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第一章 森に染み入る獣の咆哮
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第八話 休息

 目の前で火がはぜるのを黙って見つめながら、意識を集中する。

 ドラゴンとの戦いを終え、今日はその場で休もうということで二人の意見は一致した。戦いで疲れたことも理由だが、ドラゴンの縄張りだったこの場所なら、夜になっても強力な魔物がやって来ることもないであろうし、ゆっくり休めるだろうと考えたからだ。

 そんなわけで、手持ちの食料で食事を済ませた後、キャスは目の前の火をじっと見つめていた。

「どうかしたのかい?」

 そんなキャスを見て、ジーンが尋ねる。

「異能の力なんだけど、今までの経験だと命懸けの状況の間に、いつの間にか強くなってることが多いんだ。理由はわかんないけど」

「なるほど、だから今までできなかったことでも、さっきの戦いを終えてできるようになってるかも、と思ったわけだ」

 そんなやり取りを火を挟んで続ける。

「そういえば、ドラゴンが作った谷を飛んでるのが見えたけど、随分ぎこちなかったのも出力の問題?」

 今度は先の一戦での疑問が飛んできた。

「いや、そっちはイメージの問題。出力の方は、僕には魔力がないからその辺の物を浮かせるのとそう変わらないんだけど、実際に自分が浮くとなると、浮かせるイメージと現実に体にかかってくる重力との差のせいで、上手くいかないんだ」

 想像した内容を現実に起こす能力であるせいか、現実との差異を体感させられながらの行使は難しく感じられた。

「なるほど、普通に物を飛ばすのとは勝手が違うのか」

 そう言ったジーンは、何やら考えている様子だ。

「じゃあ、自分を飛ばす時に、自分にかかる重力の方を消したらどうかな? こう、身を縛る重力を切り離すようなイメージで」

 暫しの後、そんな言葉が出てきた。

 それを聞いたキャスは、素直に納得できた。一つには、ジーンが言ったような方法について今まで考え付いたことはなく、確かに、応用ともいうべきそんな方法もあるかもしれないと思ったこと、もう一つには、今まで自分にしか使えない力だからと一人で研鑽してきたが、今のジーンの言葉を聞いて、実は人に助言を求めることもできたことに初めて思い至ったからだ。

「それは試してないな。ちょっとやってみようか」

 そう言って、立ち上がる。

 目をつむり、想像する。まずは、ジーンが言ったように重力から切り離されて、自分から重さがなくなるイメージ。

 失敗することなく、キャスは自分の体から一切の重さが消えたのを感じる。

 続いて、その状態を維持したまま自身の体を飛ばす。すると今までのようなぎこちなさはなく、思ったように空を飛ぶことができた。

「うん、一気に飛びやすくなった」

 自らの力が発想一つで一気に可能性が広がることを実感して、キャスが下りてくる。その様子は心なしか嬉しげだ。

「上手くいったみたいだね、良かった。それにさっきは強者との戦いの方が力が成長しやすいみたいなこと言ってたし、これなら私もまだ力になれそうだ」

 その発言にキャスは疑問を感じる。力になれそうだ、とはどういうことだろうか。

 そんな彼の疑問を読み取ったのか、ジーンが続ける。

「次の満月まではまだ日数があるからね。小屋に帰ったら、たっぷり特訓できるよ。まあ、特訓って言っても、内容は一対一の戦闘を全力で繰り返すだけになるけど」

 そんなスパルタな内容を、規定事項として告げられる。もちろん、一応は見定められている立場にあるキャスに否やはない。それに、少しでも力を成長させておくことができるのなら、それは彼にとっても望ましい。

「お手柔らかに頼むよ」

「命懸けくらいになる状況じゃないと、力は成長しないんだろう。手加減なしの全力でやらせてもらうさ。人狼の本気を見せてあげるよ」

 どうやら、彼が思った以上に厳しい修行になるようだ。

「厳しい兄さんだ。姉さんは優しかったのに」

 先刻のジーンの発言を引っ張り出して、口の端を持ち上げながら、そんな冗談をのたまう。

「いやいや、友人のためを思っての愛の鞭だよ。私は優しいんだ」

 対してジーンは、こちらも冗談めかしてそんなことを言ってくる。

 冗談めかしたやり取りだったが、初めて友と呼ばれたこのやり取りは、キャスに強い印象を残した。



 そんなわけで、二人が無事小屋に帰り着いた翌日、二人は朝から向かい合っていた。キャスの方は剣を構え、ジーンの方は武器を持たずに立っている。

「よし、じゃあ始めようか」

 ジーンがそう告げた瞬間、彼の体に変化が訪れる。全身に黒い血管のようなものが浮かび上がり、さらにそこから噴き出した黒い霧のようなものに包まれ、姿が見えなくなる。それはすぐに晴れ、中から現れた姿は人狼だった。魔法的な変身であるため、身に着けていた衣服や剣は一緒に消えている。

 キャスは事前に聞いていたが、本当に満月でなくとも人狼になれるようだ。彼がジーンから聞いたところでは、ある程度人狼の血の扱いに慣れれば、平時であっても姿を変えることができるようになるそうだ。その場合、満月の時の強制的な変身とは異なって人を襲うことへの衝動のようなものはなく、冷静な戦闘が可能であり、そういう意味では満月の時よりも手強いそうな。ただし、こちらも満月の時とは異なり、いくらでも人狼の姿を取り続けられるという訳でもなく、限界はあるようだ。一日中人狼の姿で、というのは今のジーンでも無理であるらしい。

 準備が整ったのを見て、キャスも告げる。

「来い!」

 応じて、人狼の姿となったジーンが走りくる。今回は最初ということもあり、まだ彼自身の強化魔法は使っていないはずだが、人狼の身体能力と、人狼の体に魔力を流したことによる身体強化だけで、既に目にもとまらぬ速度となっている。

 対して、キャスが今回行っているのは、身体能力の上昇、そして予知による敵の動きの察知の二つだ。予め見知った敵の動きを、強化された肉体による動きで捌いている。

 そうしていくらか時間がたつものの、戦況は全く変わらない。キャスは最初の位置から全く動かず、一切の攻撃を捌き続けており、ジーンの方も全く速度、威力ともに衰えることなくキャスの周囲を走り回って、全方向から攻撃を放っている。

 一見するとジーンの方が攻めあぐねているように思えるかもしれないが、この猛攻という名の膠着は、キャスが一向に反撃の機を掴めないことに起因していた。

 彼が現在死角から襲い来るものを含めた全ての攻撃を防ぐことができているのは、偏に予知のおかげであり、速さでは完全に後れを取っている。予知が有効なのは主として防御に回り、相手の隙をついて一撃を叩き込む、といった戦術の場合であり、自分から攻め込む場合、相手の力量がこちらの攻撃を見てから十分に対応可能なほどの格上となると、もはや予知も意味をなさなくなる。そして現状において、ジーンの攻撃は圧倒的に速く、速さに劣るキャスがつけ込む隙もなければ、こちらから攻めることもできないほどだった。

 結果として、キャスにできるのはひたすら攻撃を捌くことだけ。ただし、それだけであれば現状の力の差があっても予知で埋められる、それがこの膠着の原因だった。

 結局、勝負はキャスが力尽き攻撃を捌ききれなくなるか、ジーンが疲れて人狼状態を維持できなくなるか、どちらが先になるかの持久戦となる。

 それを察しているのか、相手の情報を予知頼みにしたキャスは目を閉じながら淡々と攻撃を捌き続けているし、ジーンは逆にさらなる力を、と言わんばかりにうなり声を上げながら攻勢を増していく。

 それからまた暫く、やっとのことで決着が訪れる。ついにキャスの体力に限界が訪れたのだ。剣を弾き飛ばされ、首元に人狼の爪を押し付けられていることも気にせず、異能の行使をやめて後ろに倒れるようにして地面に座り込む。全身汗まみれで荒く呼吸している。

「随分かかったね。でも、後半になるにつれて少しずつ余裕も出てきたみたいだし、本当に力が成長していってる。これならそのうち、魔法を上乗せした状態の私とも戦えるようになれそうだ。楽しみだよ」

 ジーンが人間の姿へともどり、余裕の様子でそう評する。

「こんなに強いなら、あの時使っていればドラゴンとももっと楽に戦えたんじゃ……?」

 息を整えながら、そうジーンに問いかける。別段悔し紛れの問いという訳ではなく、純粋に気になったのだ。何せ彼は、ドラゴンに二度も吹き飛ばされている。

「あの時はね。誰かと一緒に戦うなんて数百年ぶりだし、人間として戦いたかったんだよ。おかげで楽しかった」

 そうジーンは答えた。

「そっか」

 何とも言えず、短く返す。

「じゃあ、再開しようか」

 ほんの短いやり取りが終わると、キャスの耳に信じられない言葉が聞こえてくる。

「は? 今終わったばかりじゃん。体力だって全然回復してないんだけど」

 思わず聞き返す。

「単純な戦闘訓練であればそうだけど、今回は君の異能の成長が課題だからね。君も言ってたじゃないか、命懸けの状況の方が力が成長するって。つまり疲れてても、私の力が続く限り、徹底的に続けていった方が効率的だよね。戦闘の質が低くなったとしても、危機的な実力差さえあれば力は成長するわけだし」

 一応は事実であったため、キャスも言い返せない。特訓を付けてもらう身であるのは彼だ。恐らく、これから何日もの間、立てなくなるまで戦闘し続けることを繰り返すのだろうと察し、気が遠くなるのを感じながら、自身に鞭を打って立ち上がる。ジーンは笑顔だ。

「わかったよ。再開しよう」

 そう言ってから、さきほど弾き飛ばされた剣を念力で手元に持ってくる。ジーンの方も再び人狼化していた。

「かかってこい!」

 そうキャスがのたまうのと同時、地獄の特訓は再開された。

 こうして、キャスはジーンとの日々を、近づく満月の日から目をそらしながら過ごしていった。

 彼にとって初めての友人と過ごす日々、それは彼が故郷で過ごすことのできなかった時間でもあった。

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