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第二十四話 同衾の判断

「じゃあ、お休みなさい」

「ええ、お休み」

 階段を下り、ミセリアと挨拶を交わして別れる。彼女はキャスの待つ部屋へと戻っていった。

 居間に向かい、カナンの下へ。

 彼は一人椅子に腰掛けたまま所在なげにしていた。アレナが姿を見せると遠慮がちに視線を送ってくる。

「お待たせ。ミセリアちゃんと話してたら、少し時間経っちゃった。ごめんね?」

 声をかけながら隣に腰掛けた。

「いえ……」

「今日は疲れたでしょ? 村からここまで、結構距離あるもんね」

「平気です」

 昼間同様、またしても強がった答え。子供の体力であの道程に疲れないわけがないだろうに。少々微笑ましい。

「魔物とか出なかった?」

「出ましたけど、キャスさんがいたので」

「うん。ちゃんとした人が護衛で、私も良かったと思うな。……怖かったりしなかった?」

「怖くはなかったです。驚きはしましたけど……。あっという間に片付けられてしまったので、よく分からない感じです」

「ああ、そんなに強いんだ」

 一人であの辺りの魔物を手際良く片付けていけるのだから、人間の中ではそういう部類だと思われる。何れにしても、これから彼の周囲を取り囲む存在となる森に対し、過度に恐ろしい体験をさせてくれなかったことは有難い。

 アレナが根気良く周辺の魔物を狩り続けた結果、この家の周囲に魔物が現れることはなくなって久しかった。つまり実際上、魔物に襲われる心配などはない。それでも暫くの間、森に対して漠然とした恐怖を抱いて過ごさなければならなかった相手もこれまでに存在した。ここに来るまでの魔物に対する体験が尾を引いたのである。

「凄く強かったです」

 こちらの言葉に対し、ぽつりと強調するような呟き。何となく、真意を測れたような気がする。

「やっぱり、男の子って強い人に憧れたりするの?」

「……はい。自分がそう成れる自信はありませんけど」

「やってみるまで分からないわ。時間もあるし、興味があるなら鍛えてみるのも面白いかもね」

 剣や木剣も物置に眠っていて、まだ使えたはずだ。この場所で生活していくのなら自分なりの趣味を見つけてくれる方が好ましく、それが身を護るという意味で実用性のあるものならば是非とも取り組んでみて欲しいところ。

「でも、どうすればいいのか分からないです」

「大丈夫。私は多少知ってるから、出来る限り教えてあげる」

「……お願いします」

「あんまり厳しくは出来ないんだけどね」

 昔に、鍛えるのが趣味の夫がいた。彼が独自に編み出していったやり方であれば、アレナにも教えてやることは可能。

「そういえば、ここに来てみた印象はどう? 気に入らなかったりしてないかな」

 先の話も程々にして、少し話題を変えてみる。

「良い所だと思います」

「そう? 中には寂しいって思う人もいるみたいだし、無理はしなくて大丈夫よ?」

「いえ、とても綺麗で、落ち着く場所だなって。……まだ、緊張はしてますけど」

「そっか。なら、後は慣れるだけだね。私には慣れられそう?」

「はい」

「よかった」

 実際、ここに来たばかりより彼の雰囲気も落ち着いてきている気がした。

 話の流れが丁度良かったので、アレナは本題の方を切り出す。

「ところで、今はまだ緊張……してるよね?」

「…………はい。すみません」

「謝ることじゃないわ。あなたの立場なら、それが普通よ」

 彼の置かれた状態で平然と構えていたとしたら、それは流石に可愛気がないというものだろう。少なくともアレナは、カナンの見せている様子に悪い感情を懐いていない。

「ただ、寝室はどうしようかなって。私は今日からでも一緒に寝たいんだけど、でも、それだとあなたが落ち着かなくてよく寝れないかな? だったら、私ももう少し待ちたいの」

「し、しんしつ?」

「そう。夫婦だから、おんなじベッドで寝るの」

 話を振ると、一気にカナンの体が硬直。見開いた視線をこちらに送っており、戸惑っているのが伝わるよう。ミセリアはこういった話の意味するところをきちんと理解していたが、彼はどこまで分かっているのか。

「どうする?」

 少し間を置いて、再度問いかけた。

 カナンは答えに詰まっているのか、そろりと視線を床に背けてしまう。まだまだ馴染みがなく得体の知れない魔人と並んで寝るのは、彼には難しかっただろうか。

 もう少しだけ反応を確かめようと、アレナは立ち上がって彼に近付く。

 座ったまま何事かとこちらを見上げるカナンに対し、優しくそっと抱きついた。片手をその頭に添え、自身の胸元に抱きかかえる。

「どう? ドキドキする? それとも、ただ緊張するだけ?」

 体温こそドライアドであるために人間よりも低いのだが、あまり身体の感触自体に差はない。こうしてみてその反応を窺えば、一緒に寝るのに相応しい年頃か否か、分かったりするかもしれない。

 一切の抵抗がない反面、腕の中でカナンの身体がガチガチに硬直しているのが伝わってくる。

「教えて?」

 柔らかい声音を意識して、答えを促した。

「……分かりません」

「そっか」

 両手を離し、彼を開放。それから一歩下がって距離をとる。

「じゃあ、一先ず今日は別々の部屋で寝ましょう?」

 多分、カナンにはまだ早いのだ。これまでの夫達の様子と比較して、アレナはそのように判断を下した。

「えっと、……はい」

「ごめんね、いきなり抱きついちゃって」

「いえ、全然、大丈夫です」

 カナンの顔が赤い。どうやら全く嫌がられていたわけではないことが伝わってきて、少しだけ安堵する。

 果たして、彼と寝起き出来るようになるのはどのくらい先の話になるだろうか。

「さっ、まずは部屋まで案内するわ。明日になったら、家の中全体と、周りも含めて案内してあげる。意外と本とかも溜め込んであるから、楽しみにしてて」

 そう言って、アレナは少年を先程の部屋まで案内した。

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