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第二十三話 予期せぬ来訪

 新しい夫となるカナン、それから客人としてキャス、ミセリアを家に迎え、四人で夕食を取る。全員に満足してもらえるような食事を用意することが出来、日頃からこうした来訪に備えておいて良かったという思い。

 その後は来客二人のために部屋をあてがい、現在はカナンを居間に待たせた状態で自室を整えていた。正確には、自分と夫のための部屋。普段から掃除や片付けはきちんとしてあるのだが、いざ次の旦那を招き入れるという時になって不安になり、少しだけ場を整理し直している。

 とはいえ、実際にはそこまでやるべきことも見当たらない。精々家具の配置を僅かに動かして、ベッドを整え直す程度。

「よし……」

 今日からまた、ここで新しい男の人と寝ることになるのか。そんなことを思いながら呟く。あの少年とならば上手くやっていけそうだと、そう予感している。

 小さな婿の顔を思い出して、アレナはここまでに失念していた要素に思い至った。

 彼はまだこの場所にやって来たばかり。態度を見れば分かるように、まだまだ緊張もしているよう。それだけであればまだ経験がある。だが、そこに加えて十二歳という幼さを考慮すると、従来通りの接し方が適切となるのか判断がつかない。

 相手に会って、夫婦としてやっていけそうだと感じたならば、初日から同じ寝床で夜を過ごす。こちらに対して戸惑いや緊張を拭えずにいる男と距離を詰めていくに当たって、そこで肌を触れ合わせるというのは有効だった。拒絶を示した者はいなかったし、アレナにとってもそれは、心底から新たな夫の存在を実感するために必要な行為だった。

 だが、今度の相手は十二歳。十二歳というのは、どうなのだろう。その年頃の男性についてあまり知識がない。もう、夫婦としての交わりが出来るものなのだろうか。ある程度の年齢に達しないと男性といえどもその手の行為に対して関心を抱けなかったりするとは聞いたことがある。これまでの夫のように、戸惑いつつも喜々として受け入れてくれるとは限らないかもしれない。

 十二歳というのは、どうなのだろうか。

 仮にその手のことに関心がないまま萎縮しきった彼と寝床を共にしたとして、どうなるだろう。二人の関係に対し、良い効果は生じない気がする。

「こんばんはー」

 ベッドを見下ろしながら考え込んでいたところへ、少女の声がした。

「することないから遊びに来ちゃった。邪魔かな?」

「いいえ、大丈夫」

 振り向いてミセリアへと微笑みかける。彼女は開いていた扉の隙間からこちらを覗き込んでいた。

 この地で暮らすようになってから接する相手は男性ばかり。小さな女の子と接する機会は久しぶりだ。

「ただ、今からもう一部屋片付けるつもりだったから、そっちに移動してお話しましょ」

 丁度、今夜の寝床についてカナン自身に判断してもらおうと決めたところ。彼がもう一方の部屋を選んでも問題ないよう、事前に片付け直しておくつもりだ。

 尤も、そちらの部屋の事情もこの部屋と大差ないのだが。

「うん。……ここは、アレナさんのお部屋?」

「今はね。今夜から夫婦の部屋になるかもしれないし、そうなるまでもう少し時間がかかるかもしれないな」

「…………どういうこと?」

 首を傾げられてしまった。カナンよりも更に年若い少女に対して、率直に説明するのも躊躇われる。あの年齢ではその辺の知識もないだろう。

「まだ緊張しているみたいだったし、いきなり一緒の部屋で寝るのは難しいかなって」

「ふうん。それもそうかもね」

 どこまで分かっているのか分からない返事。

 こちらが部屋を出ようとすると、一歩下がって彼女は扉から退く。

「普通はいきなり一緒に寝るものなの?」

「夫婦だからね。その方が距離を縮めるのにも丁度いいの」

「あー……、そういうものなんだ」

 急に分かったような声を上げて視線を逸らされる。何か伝わったのだろうか。

「分かるの?」

「大人の人同士だと、そういうこともあるらしいね」

 どうやら幼い身なりできちんと理解したらしい。自分が彼女くらいの年齢だった頃は、まだまだそういった話題について疎かった記憶がある。

「あっちこっちで聞き耳立ててるうちに、何となく分かるようになってきたの」

「……賢いのね」

 そのような台詞しか出てこなかった。思えばこのような所まで連れてこられている少女である。自然と見聞の広まる環境で育っているのだろう。

 新しい夫の存在に浮かれて確認していなかったが、キャスと彼女の関係性が気にかかってきた。何故こんな場所にまで連れ歩かれ、どんな教育をされているのか。そういえば、父親は酷い人物だったと夕食の席で話していた。

 しかしながら、彼女達とは明日で分かれる身。踏み入った質問をしようとは思わない。

「さあ、向こうの部屋に行きましょう」

「はーい」

 向かいの部屋を指し示して二人で移動。扉を開けて入ると、先程の部屋より閑散とした室内。自室に比べてあまり使う部屋でもなく、かと言って物置部屋も足りているため、物の少ない空間が出来上がっていた。

 天井から魔法の光で照らされている室内へきょろきょろとしながらミセリアが踏み込んでくる。

「あんまり物がないね。ここでお片付け?」

「片付け……ではないわね。正確には、ちょっと用意する物があって」

 先程の表現を訂正し、アレナは部屋の窓際で存在感を示していたそれに近寄る。大きな長椅子。ここに夫と腰掛け、窓の外を眺めてまったりしたものだ。

「立派な椅子だね……」

「村から貰った素材も利用して、昔の夫と一緒に作ったの。二人で寛ぐための物だから、豪華に作ろうって……。偶にここに腰掛けて、膝枕なんかしてあげたものよ」

 懐かしさがこみ上げ、その背凭れに手をかけ軽く撫でる。

「それでねっ。これには他の使い方もあるの」

「うん?」

 気持ちを切り替え、本題に。

 不思議そうにしているミセリアに背を向け、壁際にある箪笥へ。幾つか物を取り出して元の場所へと戻る。

「長く一緒に暮らしてるわけだから、当然喧嘩することもあるの」

「……うん」

「そういう時は、別々に寝た方が良かったりするから。だから、そんな日はどっちかがここで、こうして寝たりするのよ。別に客間を使ってもいいはずなのにね」

 持ってきた寝具を使って長椅子の上に簡易の寝床を拵えた。十分な大きさがあるため、自分でも旦那でも、狭さを覚えずに眠ることが出来る。

 こういう使い方を最初にしたのは確か自分の方だったはず。尤も、初めはただ何も用意せずにそのまま寝転がっただけで、それ以来部屋の箪笥に枕等が詰め込んであった。

 いつの間にその存在に気付いていたのか、喧嘩して一晩部屋に帰ってこなかった夫が翌朝この椅子で、それも隠していた枕を引っ張り出して寝ているのを見つけた時には笑ったものである。

 どちらが自室を出ることになった場合であっても客室にあるベッドを使わなかったのは、自分でも理解出来ないような、不思議な意地だった。喧嘩して部屋を飛び出した方は必ずこの向かい部屋でひっそりと夜を明かしたものだ。

「よく作れたね……。この家も、自分達で建てたんでしょ?」

「昔の家も残っていて、まだまだ使えたんだけどねえ。そういう作業の大好きな夫がいて、どうせなら自分達の家も自分で建ててみたいって言い出したの。楽しかったな」

 再び、意識が昔の方に向いていく。

「懐かしい?」

「ええ」

 心の底から懐かしかった。もう絶対に戻ってくることのない日々だ。どの夫との時間を思い返しても、同じように、暖かくも苦しい気持ちに囚われる。

 室内は静かだった。

「辛くはないの?」

「どうかしら。はっきりとそう感じたことはないけど」

「…………皆、先に死んじゃうんだよ? 人間の寿命は短いから。必ず取り残されるのに、それでも平気なの?」

 ミセリアへそっと顔を向ける。正直なところ、あまり気分の良い質問ではなかった。ただ、こちらに問いかけてくる少女の表情も同様に気分の良さそうなものではない。必死に悩んでいるような、そんな表情。

 小さな子供なりに、こちらの境遇を慮ってくれているということなのだろう。

「多分、私は平気なの。人それぞれ違った長さの人生を持っていて、あの人達は自分の命をきちんと生ききった。私はまだまだ生きていかなきゃならない。でも、早すぎる死だけはなかったんだから、悪いようなことは何一つないんだって、そう考えているうちに、段々受け入れられてきたわ。勿論、最初は随分泣いたけど」

「……分かんない」

「そうね。難しいわよね。私も、自分できちんと理解出来ているのか怪しいわ。単に慣れちゃっただけなのかも。そう考えると、冷たいわね」

「そんなことないよ」

 自嘲気味に笑ってみせると瞬時に否定の言葉。少女に対し、少しだけ有難い気持ちを抱く。本音では自分も、大切な人の死や、その度に夫を取り替えることに慣れてしまっているなどとは思いたくない。ただ、そういった側面が少なからずあることを自覚してもいた。

「ありがとう」

 彼女の言葉に礼を述べる。

 それでも、ミセリアはどこか苦しげでさえある顔をしてこちらを見上げていた。

「ねえ、もう一個だけ、訊いてもいい?」

「何かしら?」

 そんな表情で尋ねられれば、否やはない。

「沢山の男の人とそういう関係になるって、どんな気持ち? 旦那さんが何人もいるって、平気なものなの?」

 この少女はどうして、そうまで深刻そうな顔をしてこんな質問をしているのだろう。つい、そう思ってしまう。

「あたしはよく分かんないな……。理解出来ない」

「そうでしょうね。私も、最初は戸惑ったり、抵抗を感じたりしたもの」

 たった一人の愛する相手に操を立て、貫き通す。多分、それは珍しくもない理想。実際、自分も同族の集落を離れて最初に人間と結ばれようとした時には、少々悩んだりした記憶がある。それに、何度も代わる代わる新しい男と結ばれるというのが、傍から見ていて必ずしも良い印象を持たれないと自覚していた。例えその原因が夫との死別だとしても。

「でも、やってみると意外と割り切れるものだったわ。色んな男の人と出会っては別れ、その間に出来るだけの時間、夫婦として仲良くする。それで十分に幸せなの」

「……ごめん、分かんない。どうしても、特別な一人が欲しいって思っちゃう」

「あなたはそれでいいのよ。人間なんだもの。それで幸せになれるわ」

 彼女はこちらの立場に自分を投影して理解に努めようとしているように見えたが、それで理解出来なくとも気にすることはない。

「あなたは人間で、周りにいるのも人間。同じくらいの寿命を持った人達の中で暮らしていけるんだもの。同じ種族の男の人と結ばれて、一緒に歳をとっていけるの。もし大事な人に先立たれたって、その頃にはその人との子供や、孫だっているかもしれない。きっと大切に思える存在よ。だから、私が抱えてきたような気持ちを、今のあなたが理解出来る必要はないわ」

 ミセリアは見目の良い少女だ。然程相手にも困ることなく、そのような普通の人生を歩んでいけることだろう。望み通り、特別な一人を見つけることは可能なはず。自分が夫といるために味わってきたような決断を、彼女が味わう可能性は低い。余程の不運にでも見舞われない限り、大丈夫だ。

 だが、目の前の少女は俯いている。

「あら、帰って来たみたい」

 玄関の方から扉の閉まる音。

 結局、彼女の表情を晴らしてやることは出来なかったし、どうしてそこまで思い詰めているのかも理解してあげられなかった。せめて、疑問にきちんと答えただけでもよしとさせてもらおう。時間が経てば、彼女もこちらの告げた回答を上手く飲み込めるかもしれない。

「戻ろっか」

「うん」

 長椅子の前での立ち話を切り上げるべく声をかける。力ない返事だった。

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