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第二十話 夜の会話

 夕食後、キャスとミセリアは一つの部屋に案内された。今夜はこの部屋を使って欲しいという話で、ここでも二人一緒に寝起きすることに。

 そのまま二人は部屋で少し寛ぎながら話でもすることにして、アレナ達はまた別の部屋へ。

 村を出てからは一日中カナンの目があったため、ミセリアも常に普通の子供のようにしていなければならなかった。彼女は彼女で、窮屈な一日だったのではないだろうか。

「お疲れ様」

 置いてあった椅子の一つにぐったりと腰掛けている少女へ労いの言葉をかける。既に日は暮れているが、天井から魔法による明かりが注いでおり室内は明るい。

「おつかれー。何か疲れたよ。大したことはしてないのに」

「ずっと大人しくしてたからね。慣れないことだから疲れるんじゃないかな?」

「ああ、そのせいか……」

 キャス自身も椅子に腰掛ける。

「思いの外時間がかかっちゃったね。本当なら今日中には目的の物も手に入れてたはずなのに」

「そうだね……。まあ、一日、二日くらいの遅れだよ。登頂祭に間に合わなくなる程じゃないし、村の人達の助けにもなれたんだから良いかな」

「うん。あの男の子にとっては、あたし達が通りかかって良かったのか分かんないけど。あんまり気乗りしてなさそうだったよね」

「……僕達がやらなくても誰かが連れてきただろうし、皆で納得してやってることなんだから仕方ないんじゃない? 確かに元気もなくて、乗り気ではなさそうだったけどさ」

 内心で多少気の毒な気持ちもあったが、だからといって、どうという話でもない。自分は冒険者として目的地までの護衛を引き受け、無事に仕事を果たした。後は報酬を受け取るだけ。それ以上の深入りはしない。仕事とはそういうものだ。

 そもそも、諸手を挙げて喜べるような選択ばかりではないことなど当たり前である。今は憂鬱そうにしているあの少年がこれからこの場所でどういった未来を築いていくのかは、彼とアレナ次第。この婿入りが良いものだったのか否かも結局はそれによってしか決まりようがない。

「それもそっか。村で普通に生きるのも大変そうだね。ところで、あの女の人はどうだった? 何か、思ったより全然良い人そうだったよね。こんな場所で暮らしてるくらいだし、結構変わった人を想像してたんだけど」

「うん、僕も正直意外だったな……。もっとこう、馴染みのないような暮らし方が待ってるのかと思ってた」

 自身の座っている椅子や足元の床を眺めつつ言う。全く人里と変わらない。

「人間が暮らしやすいように合わせてるみたいだったね。それに綺麗な人だったから、カナンも直ぐに馴染むんじゃないかな?」

「ん? 綺麗って関係あるの?」

 ミセリアは首を傾げた。

「やっぱり綺麗な奥さんの方が、そうでないよりずっと納得がいきそうだと思うけど。その上で人当たりも良くて生活もしやすそうな環境だし」

「ああ……、成る程ねぇ。身体の方が成長してくれないからなのか、恋愛とかの感覚が分かんないことも多くてさあ」

 そういうものらしい。

「そうなんだ」

「そうなの」

「そういえば、恋愛対象みたいなのは、どうなってるんだろ?」

「どういうこと?」

「外見的に同じ歳くらいの子供と、実際の年齢的に近い相手だったらどっちが良いのかなって話」

 思いついてみると興味深い話題だった。子供の身体のまま数十年を過ごしていくと、その辺りの対象はどのように変化していくのだろうか。キャス自身、これまで彼女に対して自分の恋愛感情絡みの話をしてきたので是非とも答えて欲しいところ。

「分かんない。生きてた頃は友達の男の子にそういう気持ちを持ってたこともあったと思うんだけど、死んで時間が経ってからは…………」

 途中で黙り込み、彼女は俯いてしまう。あまり良くない質問をしてしまったのかもしれない。

「ああ、そういえば十代の頃は、まだその辺のことについても悩んでたっけ。いつの間にか考えなくなってたなあ」

「そっか」

「自分もそのうち、恋人とか作れたりするのかなって。でも、言われてみればその時も相手の年齢なんて全然想定してなかったや。向いてないってことなのかな……」

 そうだとすれば、どうしようもない。恋愛とは無縁な不老不死の人生となるのだろう。ただ、本人が悩んでいる様子なので直接そんな感想を告げたりはしなかった。

「したくないわけじゃないんだけどね。何となく幸せそうだし。まあ、アレナさんみたいに何人もの人と一緒になるとかは、嫌だなって思うけど」

「嫌なものなんだ?」

 キャス自身はどちらかというと、自分より短命な種に混じって暮らしていかなければならないという似たような境遇柄、参考になる生き方とすら思えていた。相手が老いて死にゆくまでを看取るのは辛そうだが、時間は有り余っている身。早めに割り切って、何人もの女性と代わる代わる一緒の時間を楽しく過ごしていくというのは、この生命を楽しむに当たって最適な考えですら有り得る。

「あたしはね。何となく、代わりの利く人とそういう間柄になるって、ちょっと違和感あるの。それに何人もの旦那さんていうのも……。同じ場所でいつも二人きりっていうのだって退屈そう。……キャスは、アレナさんの話聞いてどう思ったの?」

「僕はどっちかというと、参考になるなって。自分より寿命の短い人達に混じって生きなきゃならないって部分は同じだから。僕の場合は、もうちょっと人に伏せなきゃならない事情がある分、難しいだろうけれど」

「ふうん……」

 同様の事情が当て嵌まる彼女はこちらの考え方に何を思っただろうか。大人しく頷いている。

「あっ、あたしの旦那さんにでもなる?」

「いや、他に好きな人がいるから」

「振られちゃった」

 ふいに思い付いたようにしてそんな台詞が飛んできた。表情から明らかに冗談で言っていると分かったので、キャスもまた冗談めかした調子で返答。二人揃って可笑しそうに笑う。

「でも、そっか。確かに、あたしにしてもアレナさんが何かの参考になるかもしれないんだよね」

「うん」

「じゃあ、もうちょっと踏み込んでお話聞かせててもらおうかな。折角だし」

「……だったら、僕はカナンと一緒に少し外の庭でも見てこよっかな」

「お花綺麗だったよね」

 ミセリアと同時に席を立つ。ここへ到着した際に見た庭の花々は綺麗だった。彼女がアレナと話している間、これからここで暮らすことになった少年と眺めて雑談しているには悪くない。

 部屋の扉を開け、先程四人で食事を取った部屋へ行くと、カナン一人がぽつんと椅子に腰掛けている姿。他の部屋から物音が聞こえてきたのでアレナはそちらにいるのだろう。

 ミセリアが黙って物音のした方へ歩いていく。

「どう、居心地は?」

「……思ったより、ずっと良さそうです」

 声を掛けてみたところ、答えとは裏腹に表情が優れない。まだ、色々と思い悩むことがある様子。

「少し外にでも出てみないかな? ほら、庭に色々、花が咲いてたし」

「行きます」

 キャスが誘ってみるとすんなり頷いて椅子から立ち上がった。

「じゃあ、行こうか」

 そのまま先導して玄関を潜り、外へと出る。

 今夜が野宿だったならば何と感じることもなかっただろうが、満足のいく食事を済ませ、きちんとした寝床を確保した状態で当たる夜風は心地良い。

 玄関から見渡した景色に広がっているのは整えられた庭の姿と、その先の森、それら全てを覆い尽くす空。今夜はよく晴れていて、星と月が美しかった。

 満月まではまだ余裕があるな。そんなことをふと思う。

 そのまま歩きだして花壇に向かい、カナンも静かに後ろをついてきた。

「……良い場所だね」

「はい」

 花の咲き乱れる前に二人並んで立ち、感想を漏らす。

「人によっては、凄く気に入る場所なんだとは思います」

「君の場合は?」

 含みのあるカナンの台詞に対し、少し踏み込んだ質問。知ったところでどうしようもなく、興味本位での問いかけだった。

「分かりません。今はただ、この先どうなるのか心配です」

「……まあ、不安だよね。いきなり人里離れた場所に連れてこられて、知らない相手と夫婦としてやっていかなきゃならないなんて」

「……はい」

「場所も相手も悪くはなさそうだけど、実際に時間が経ってみないと分からないか。上手くいくように祈っておくよ。こういう言い方をして良いのか、ちょっと迷うけど、向こうは圧倒的に長い人生を経験してるんだから、普通に人間の奥さんをもらうより良い関係を築ける可能性は高いのかも」

 自分で口にしてみて、あまり良い気休めになる言葉ではなかったなと感じる。場に沈黙が流れた。

 彼がこの場所で上手くやっていけるにしろ、そうでないにしろ、時間が経たなければ答えの出ない問題だろう。そう考え直して、キャスはそれ以上余計な元気付けをするのは止めることに。

 暫く二人で花と夜空を眺め、今度はカナンから声をかけてくる。

「キャスさんは、どうして今みたいな生き方をするようになったんですか?」

「うーん…………。昔から、故郷であまり上手くやれてなくてね。居心地も悪かったし、出ていくことにしたんだ。多少戦いに自信はあったしお金は必要だったから、それからは冒険者として生計を立てて、あちこち旅して暮らしてる」

「……ミセリアさんは? 妹さんなんですよね?」

「ああ、話してなかったっけ。彼女は仲間の人の娘さんなんだ」

「あっ、そうだったんですか」

 カナンに驚かれてしまったが、確かに髪や瞳の色は似ているし、小さな女の子が一人冒険者に連れられているという状況、それから外見上の年齢差、兄妹と間違われる要素は整っていた。

「その人が体調を崩して休んでいて。ほら、ニムン山のところの町でさ。もう一人がその看病をしてて、僕はその間にミセリアを連れて、ちょっと小遣い稼ぎに来たんだ」

 エルフの里で生まれ育ったことや、不老不死を求めた話については伏せておく。そこまで話すと説明も大変だ。当然、ミセリアの正体やその実力も秘密のまま。

「何歳くらいから、今みたいに戦えました?」

「……今程ではないけど、君と同じか、それより少し大きくなった頃にはもう戦ってたなあ。冒険者に興味でも湧いた?」

「いえ……」

 彼は否定したが、まるで理由もなく先程の問いをしてきたわけではなさそうな雰囲気。

「……ただ、もしこの場所で上手くやれなかったらって思うと、色々考えてしまって。少しは戦えた方がいいのかな、なんて……」

 言葉の続きでもないかと待っていたら、そんな胸中が語られる。

「成る程ね」

 そう納得を示した。

「まあ、こんな場所で暮らすんだし、少なくとも多少人より体を鍛えておいて損ってことはないのかな。何か、強くなるための参考になることでも言えたらよかったんだけど……」

 ミセリアならば何かしら適切な助言でも出来たのだろうか。異能という他者とは異なった力で戦っているため、これといったやり方を示してやるのが難しい。

「僕の場合は完全に自己流だったし、誰かに教わった経験もないから」

「……ぼくも、頑張ってみます」

「無理はしないようにね。アレナさんに心配をかけ過ぎない程度に。もう、独身じゃないんだから」

「は、はい」

 彼なりの考えに基づいて決意を固めていたカナンへ少しだけ冗談めかして釘を刺す。すると少年の方も思いがけない指摘だったのか、視線を彷徨わせて大分狼狽えた様子を見せた。

 再び場が静かになり一頻り話した気分となったため、ミセリア達の方はどうなっているだろうかと注意を向ける。少しだけ、異能で彼女らがいる方向の音を拾ってみることに。

「あたしはよく分かんないな……。理解出来ない」

「そうでしょうね。私も、最初は戸惑ったり、抵抗を感じたりしたもの。でも、やってみると意外と割り切れるものだったわ。色んな男の人と出会っては別れ、その間に出来るだけの時間、夫婦として仲良くする。それで十分に幸せなの」

「……ごめん、分かんない。どうしても、特別な一人が欲しいって思っちゃう」

「あなたはそれでいいのよ。人間なんだもの。それで幸せになれるわ」

 真剣に悩んでいることが伝わってくる様子のミセリアの声と、それに対して優しく包み込むようなアレナの声。何となく予想していたよりも、お互いに向き合った会話をしていたらしい。

 ミセリアの言葉から伝わってくる雰囲気にキャスは少々驚いた。

 あまり聞き耳を立てるべき話ではないと判断し、直ぐに異能を収める。

「戻ろっか」

「はい」

 代わりにカナンへそう告げると、彼は先程までよりも幾分か落ち着いた様子で返事をした。

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