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第十八話 森の中の大きな家

「まだ着かないか……」

 森の中を歩きながらキャスは後ろの二人に聞こえないように呟く。台詞の通り、未だにカナンを護衛しながらドライアドの住まいを目指している最中だ。時間はもう直、夕暮れがやって来る頃合い。

 普通であればとうに辿り着いているような距離なのだが、少年の足と体力に合わせて遅々とした移動をしているため、まだ到着していない。早く到着したいにも関わらず努めてゆっくりとした足取りを心がけなければならないとあって、キャスは少々気が滅入る気分だった。

 とはいえ、カナンが彼なりに頑張って移動していることは分かっている。休ませてやりたい気持ちはあるのだが、ここで足を止めてしまった結果、夜中まで歩き続けるような事態になるのも御免だ。今は可能な限り早くドライアドの家を目指して、そこで落ち着いて休んでもらう方が良いだろう。

「まだ歩けるかな?」

「はい」

 とはいえ、念の為に振り返って確認。現実的に体力が続かない状態だった場合は、休む他ないのだから。

 カナンが多少息の上がった声で返事をしたので、このくらいならば大丈夫だろうとキャスは判断。

「出来れば少し休みたいとこだけど、日暮れまでそんなに時間があるわけでもないから……。頑張って」

「はい、頑張ります」

 励ます傍らで更に後ろのミセリアにも目をやったが、当然彼女は余裕のある足取り。小さな子供の身体であることなど全く関係ないようだ。

「まだ着かないかな?」

「……もう少しじゃない?」

 ミセリアの問いかけに答えて前方に向き直る。異能で残りの距離を確かめてもよかったが、それをしてしまうと周囲への警戒が弱まってしまう。

 黙って周囲に意識を配りながら足を動かし続けた。

 観察していると、周りを取り囲む木々が少しずつ立派なものになってきているような気がする。

 足元の方に目を向ければ、周りよりも少しだけ歩きやすくなっている地面。最初はあまり意識していなかったが、少年のために出来るだけ歩きやすい部分を選んでいるうちにいつの間にか、周りよりも草木の払われた空間が前後へ続いている状態だった。ドライアドが使っている道なのだろうと察して、素直にその上を進んでいる。そうでなければ彼女の住処を通り越した心配もしていたかもしれない。

 魔物の気配は先程からしておらず、森に入ってから一時は彼らの姿や痕跡を見かけることがあったものの、徐々にそれらを発見する頻度が減ってきていた。普通は奥に進む程襲われるようになるため理由が分からず不思議に思っている。

 視線を前に戻して、この先に木々の開けた空間が広がっているのに気が付いた。

 あそこにドライアドの住処があるのだろうか。あまり聞き知っている情報もない魔人なので、彼女がどのような住居を構えているのかも定かではない。或いは故郷の里にあったような建物だったりするのだろうか。

「あそこにあるのかな?」

 そのまま歩き続けていると同様の事柄に気付いたミセリアが隣まで進んできて声をかけてきた。

「多分」

「もうちょっとだね」

 先程から魔物の姿がないことで彼女の気も緩んできたのか、再び後方に戻る様子を見せることもなく、このまま傍らに居座るつもりのよう。

「疲れた?」

「…………気分的には」

「何それ」

「護衛なんて初めてだったから」

 可笑しそうな様子のミセリアを放っておいて、背後の少年の方へ振り返る。

「そろそろみたいだよ」

 そう告げてやるとカナンはただ黙って頷いた。ここまではきちんと声に出しての返事をしてきた彼だったが、いよいよドライアドの下に辿り着くことになって緊張が勝ったのだろう。

 そしてその開けた空間が近付いてくると、ついに一軒の建物の姿。

「あれっ……、普通の家だ」

 外観を目撃して、思わず感想が口から飛び出した。

「何だと思ってたの? っていうか、普通の家より全然立派で大きいじゃん」

「それはそうだけど、魔人の家だっていうから、もっと何か変わった建物が出てくるのかなって」

「言われてみればそういう気持ちも分かるけど……。でも、こんな森の奥にあんな大きな建物構えてるだけでも凄いよねぇ」

 森の中、大きな木造の家の周りに開けた土地が広がっていて、一部は花壇に花が咲き誇る庭園。

 建物に近付いていくうち、その扉が開いて誰かが中から出てくる。ドライアドだろう。

 家を出てきた瞬間から確認出来たのは、どうやら彼女は普通の人間と変わらない服装をしているらしいこと。それから長い髪をしていて、しかもその色は緑色。

 彼女もまたこちらを目指して歩き出し、もう少し接近してその肌の色もどうやら自分達とは異なるようだと分かってくる。薄い緑色のような肌。

 もう声をかけても良い頃合いだろうという程に距離が縮まり、その顔立ち、表情まで見えてくる。無表情だが整っていて、村で聞かされた通り、キャスからしても美しいと思える容姿だった。

 相手が立ち止まったのに合わせてキャス達も立ち止まる。ここまで近付くと、その肌の質感が普通の人間とは異なることも見て取れた。

「ようこそいらっしゃい。私はアレナ。あなたは?」

 それまでの様子からは一転して優しげな微笑みがドライアドに浮かび、穏やかな声でその名前が告げられる。

「キャスといいます。後ろにいるのはカナンとミセリアです」

 戸惑いつつも返事。

「これからよろしくね? ところで、どういう事情で子供が二人いるのかな。今までこういうのはなかったから」

「ああ、僕はただの護衛ですよ。ミセリアと一緒に村を通りかかった際に、彼をここまで送り届けるよう頼まれたんです」

「あら……そうだったの。それじゃあ、あなたがこれから、私と一緒に暮らしてくれるんだ?」

 目をぱちくりとさせて驚いてから、ドライアド、アレナの視線と言葉がカナンの方へ向けられる。キャスは会話の邪魔にならないよう横に退いた。

 アレナはカナンの方に進み出て、屈んでその視線の高さを合わせる。

「えっと、…………そうです」

「そう、嬉しいわ。ありがとうね」

「は、はい」

 俯きがちで元気のない声音のカナン。それに対してアレナは全く態度を変えることなく、微笑みながら話しかけ続けた。

「若いわね。何歳か、教えてもらえる?」

「十二です……」

「そっか。その歳で、私のところに来てくれたんだ。本当に、ありがとう」

 少年は戸惑った様子で、何も言えずにいるよう。

「これから成長していくところを見守れるなんて幸せだわ。キャスさん達も、彼を送ってくれてありがとう」

「いえ……」

 キャス自身も、森の中でひっそりと暮らしているという情報から想像していたものとは全く異なるドライアドの人当たりの良さに面食らっている。どのように反応したものか分からない。

「ところで、随分歩いたわよね。疲れてない?」

「大丈夫です」

 明らかに疲れていたはずだが、カナンはどうしてか強がった答え。アレナから柔らかく軽い笑い声が溢れた。

「体力があるのね。でも、一先ず家の中で休みましょうか。他に女の子も一緒に来ているのだし」

 彼女の視線がミセリアへ。こちらも疲れているだろうと思われているようだ。

 カナンが大人しく頷く。

「キャスさん達も、今夜は是非泊まっていってください。そろそろ日も暮れるでしょうから」

「いいんですか?」

「ええ。ご覧の通り広い家ですので、部屋は余っています。それに折角未来の夫を護衛して来てくださった方を夜の森に放り出したりなんてしたら、顔向け出来ない人達がたくさんいますから」

「……では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 たくさんの顔向け出来ない人達。それはこれまで彼女と暮らしてきた夫達のことだろう。本人の口からその存在を示唆されるような台詞が出てくると、何故だかたじろいでしまった。

 答えを聞いたアレナが満足そうに頷き、それからミセリアの方を向く。

「ミセリアちゃんも、よろしくね?」

「はーい」

 ここまで黙っていた彼女が発したのは、若干間延びした声での短い返事。この魔人を前にしても落ち着いているようだ。

 ミセリアの返事にもアレナは楽しげな笑いを漏らす。

「じゃあ、行きましょうか」

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