第十七話 休養中
「今頃、どうしてるかしら」
椅子に腰掛けて窓の外を眺めながらフィリアは物憂げにそんな言葉を呟く。
娘とキャスがギルドで依頼を引き受けてきたのが一昨日、出発したのが昨日の朝。そして今の時間は正午を少し過ぎた頃。相変わらず、その体調は回復していなかった。今も寒気や頭痛を感じているが、それでもベッドで横になり続けていることが出来ず、少し身体を起こして寛いでいたところ。
因みに昨日は食事の際に無理をして少しだけ外出してみた。結果は後悔しか感じなかったが。
早く元の調子に戻りたいものだ。
「二人共強いのですから、大丈夫ですよ」
「そうよね……。それでも漠然と心配なのだから、本当にどうしようもないわ」
テーブルの上の杯を取って水を飲む。
「あなたの方は彼のこと、心配だったりしない? いくら強くても、万が一、なんて考えたりとか」
「……そう言われると少し心配な気もしますけど、わたしよりずっとしっかりした人ですから」
そうだろうか。そう言いたかったが、言わないでおくことにした。ただ、しっかりしているという意味ではステラの方が当て嵌まるような気がしている。
「心配というよりは、一緒に行けたミセリアが羨ましい気持ちの方が強いでしょうか……。わたし、まだキャスさんと二人きりでお仕事に行ったことがないんです」
「……そうだったの?」
これは意外な情報だった。確かにそこまで長い付き合いでないことは聞き及んでいたが、そんなに短い付き合だったとは。
「二人で旅をするようになって、初めてギルドに向かおうと相談していた時にミセリアと出会ったんです」
「ああ……。何だか、申し訳ないわね」
彼らの普段の様子を窺っている限りでは決して相性の悪くない二人。きっと距離を詰めている最中にミセリアと自分が現れたといった具合なのだろう。何時ぞや危惧した通り、自分達は本当に彼らの妨げとなってしまったのかもしれない。
「いえ、謝られるようなことでは……。湖に行った際、今度、二人だけで仕事に行ってくれると約束してもらいましたし」
「あら、それは良かったわ」
「はい。それに、そのお金で魔道具を買って、もう少し皆さんに貢献出来るようになるつもりですので」
如何にも楽しみであることが伝わってくる様子で話すステラだったが、あれだけ反則的な防御方法があって尚、それ以上の役割を果たすつもりだという。勤勉なのだなと思う反面、自分の立つ瀬が完全に消え去りそうな不安も抱かされてしまった。同じハーフエルフと言っても、どうやら恐らく彼女と自分の魔力の差はかなり大きいようだと、あの戦いとそれ以降の付き合いの中で気が付いてきたところなのだ。
「…………楽しみにしてるわね」
「頑張りますっ」
それともう一つ、思ったことがある。
彼女は先程、キャスと二人きりで仕事に向かう約束をしたと言っていた。それ自体は全く問題ない。幾ら四人で行動しているといっても、そういうことがあって構わないとフィリアも思っている。
ただ、彼女は彼と二人で冒険者としての危険な仕事に赴くことをとても楽しみにしているようなのだが、それがどういった感情なのか分からない。そういった意味での男女の付き合いというならば先日のように、町中や湖へと遊びに出かけるなどといったものの方がそれらしいと感じられるのだが、彼女はむしろ彼と危険な仕事に出向くことの方に対して、より一層楽しみにしているようでさえあった。
きっと、感じ方は人それぞれなのだ。
そこで一旦室内が静かになり、二人して窓の外の景色をぼんやり見つめる時間を過ごす。今日は曇り空。
「そういえば、フィリアさん」
「どうかした?」
「思ったのですけど、あまり体調が辛いようでしたら、お医者様に相談してみるというのはどうでしょう?」
「うっ……」という声を辛うじて飲み込み、沈黙を維持する。反射的にそのような台詞が出そうになったのだ。
正直、その点については昨日の段階で彼女も考えていたのだが、あまり触れて欲しい話題ではなかった。
「えっと、…………そうね。もう少し様子をみて、治りそうになかったら……」
「そうですか。どこに行けばよいのかだけ宿の人に確認しておきますから、無理せず言ってくださいね?」
「ええ、そうする」
幸いなことにステラがこちらの答えをそのまま受け入れてくれたため、この話題は直ぐに終わり。強い勧めも深い追求もなく、フィリアはほっと内心で息をつく。あまり触れて欲しい話ではなかった。
何故、医者に関わりたくないのか。それ自体は大した理由もなく、何だか苦手という程度。ただ、その医者が男性だったりすると、その苦手意識が更に何倍にも増幅されてしまう。
一方で、医者と男の人が怖いから診てもらいたくないなどという本音を告げるのも恥ずかしく、あっさり話題が過ぎ去ってくれたことには安堵しかない。
後は何事もなくこの不調から回復出来れば万事解決なのだが。少しだけ不安な気持ちがあった。
「少し横になるわね」
唯でさえ気分が良くない中で嫌なことを考えてしまったためか、ベッドで休みたくなる。
「はい。わたしは、ちょっと外に出てきます」
「ええ、いってらっしゃい」
ステラを見送りつつ、フィリアはベッドに入るのだった。




