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第十四話 物の序で小遣い稼ぎ

 家に着くまでの僅かな間に簡潔に名前だけ名乗り合い、玄関の前に。

「さ、どうぞどうぞ」

「お邪魔します」

「おじゃましまーす」

 男の案内に従ってその自宅に上がり込み、家の中の一室に通される。四人がけのテーブルがあり、キャスとミセリアは並んで座った。

「まずはお茶……いや、甘い飲み物なんかは平気かな? 町で造られているんだが、原料の大半はうちの村から出している商品があってね。よければ飲んでみないか?」

「……お願いします」

 隣を見ると静かに肯かれたので、男の厚意を受けることに。

「それじゃ、ちょっと待っててくれ」

 台詞の通り、飲み物を取りに男は部屋を出ていった。

「どんな要件なんだろうね。危ない森の中まで子供の護衛だなんて」

「さあ……。どうするかはキャスに任せるね。あたしは黙ってお利口さんな大人しい子供でもやってるから」

「分かった」

 男のいない間に小声でやり取り。

 それから間もなくこの部屋に戻ってくる足音が聞こえてきた。果たしてどのような話を聞かされることになるのやら。

「さ、これがそうだ」

 三人分の杯を盆に乗せた男が戻ってきて、テーブルの上にそれらを並べつつキャスの向かいの席へと腰掛ける。

 男が杯の一つを取って口をつけ、それから話し出した。

「さて、さっき使いに行ってもらった彼が戻ってくるまで、説明だけでもしておこうか」

「はい」

 返事をしつつキャスとミセリアも杯を取り、中身を飲んでみる。すると、一昨日の夜にミセリアと飲んだ際の物と同じであることに気が付いた。

「……これですか」

「知ってたのかい」

「一昨日に飲みました。美味しいですよね」

「ああ。因みに、原料の大半をうちで用意しているなんて説明したが、その辺りの事情も君に頼みたい仕事と関係してくるんだ」

「……それで、子供の護衛と聞きましたが、具体的にはどのような依頼なんですか? 魔物も出る森の中に子供を届けるなんて、随分な話ですけど」

「そうだな。何から話したら良いだろう……」

 男が頭の中で説明を纏めている間、沈黙が続く。ミセリアは宣言通りに何も話すことなく、出された飲み物を飲んでいた。満足そうな表情。

「一応訊いておきたいんだが、事情は何も聞かずに要件だけ引き受けてもらうというのは可能だろうか」

「そういう話になるのでしたら、断らせてもらいますね」

 ギルドを通しているのならば依頼人個人の事情になど、むしろ立ち入らないのが礼儀である場合も多いだろうが、今のように個人として直接に依頼を引き受けるのならばきちんと聞き届けておきたかった。おかしな行為の片棒を担がされても面倒である。

「だろうな。じゃあ、まずはこの村について説明するところから始めよう」

 男はそう言って、もう一度杯に口をつけた。

「まあ、見ての通りの村だよ。基本的には皆農耕で生計を立ててる。とはいえ、有名な観光地が隣にあって需要は悪くないし、そこの名産品の原料を育ててたりもするから、他所の村に比べれば元から暮らしぶりは良い方だ」

「確かに、眺めていて普通の村より豊かそうだとは感じました」

「うむ。ただ、最近その豊かさを支えていた収入の一つが途絶えてしまってね。私はこの村の長として代々纏め役をしているのだが、どうしたものかと頭を抱えていたんだよ」

 今のところ、少年の護衛との繋がりは見えてこない。キャスはのんびりと落ち着いて話を聞いていこうと、杯の中身をもう一口。

「それで、その収入源とは」

「北の森の奥で採れる、水晶のような代物さ。丁度、今回君が採りに行こうとしているやつだな。あれもこの飲料の元の一つなんだ。しかも、あの水晶については昔からうちの村が独占的に供給してたんだ」

「……どういった方法で、ですか?」

 強力な魔物の生息する地域の産物を、このような村が独占的に扱っていたというのはどうにも不可解。どのようにして長い年月、安定的に調達してきていたのかというのも謎だが、他の者が水晶の調達にやって来ることもありそうなものだ。

「独占については、それが一番、全員の利益になったからさ。うちの村の調達方法だと、町の人達が冒険者を雇ったり自前の戦力を用立てたりするよりも安く仕入れられてね。幸運な話だよ……。そういうわけで、結果的に独占状態というだけだ。だから当然、君があれを採りに森に入ったところで止めようとは思わない。……で、肝心の調達方法だが」

 一旦言葉が区切られる。

「これに問題が発生してね。水晶の供給が途絶えてしまった」

 軽い溜息が漏らされた。

「もう半年程前になる。幸いだったのはあの水晶が大量に消費されるような代物でない上に、保存も容易な品だったから、町の人達が一時供給が滞っても黙って待っていてくれたことだったが、どうやら冒険者ギルドに依頼が出ている辺り、待ちきれなくなったみたいだな。とはいえ丁度、こちらも供給を再開するための目処が立ったところだ」

「それで、その調達方法というのは」

「ああ……。ここまでの話は、まあ、町中で探り回るだけでも分かることなんだ。ここから先は村の外に広まって欲しくない情報だから、内密に頼むよ」

「……はい」

 さて、少年の護衛の話と水晶の調達がどのように関連しているのだろうか。

「先程少しばかり触れたが、この先の森の中に住んでいる人物がいることは話しただろう?」

「ええ。その人が水晶を調達していたのですか?」

「そうだ。魔人が一人住んでいてな。ドライアドだ。分かるか?」

「……聞いたことくらいは。森の中に住んでいて、エルフを超える長命……というくらいしか知りませんけれど」

 魔人という思いがけない要素が出てきたが、そういった人物であれば危険な森の中で暮らしているという話にも納得が生じる。魔物をものともせずに暮らす戦闘能力という意味でも、態々そのような立地に生きているという意味でも。

「まあ、私もそこまでドライアドについて知ってるわけではないんだ。住んでいるのも彼女一人だけだし。その人がずっと昔から、こちらの用意する見返りと引き換えに水晶を手に入れてきてくれていたんだ」

「……見返りというのは?」

 少年の護衛という依頼との関連性を意識していたキャスには、どうにも不穏な響き。

「基本的には、森の中で手に入らないような、そういう品物だな。生活に役立つような道具とか、本や工芸品なんかも喜ばれる。彼女が村に齎している利益からすれば、微々たるものだよ」

「それ以外には、何か?」

「…………彼女の求めに応じて、村から婿を差し出すことになってる」

「………………はあ」

 ドライアドの女性が人間の男を求める。そういうものなのだろうか。一口に魔人と言っても様々な種類が存在し、異種族との関わり方も多様。中には人間と当たり前のように男女の関係を想定し得るような、人間にとって親しみやすい種も存在はするのだが、話に聞いたドライアドはそういった種族と異なっていたように記憶している。

 そもそも、いくら魔人のドライアドとはいえ、どうして一人で暮らしているのだろう。

「どうしてそういうことに?」

「伝わっている話だと、この関係が始まったのは何百年も前。森の中で死にかけていた村の男を彼女が助けてくれて、そこから村との交流が始まったそうだ。最初は婿を差し出すという条件まではなかったみたいだが。どういう理由で、しかも一人きりでこの森にいたのか、何で人間の婿を欲しがり続けるのか、そこまでは分からない」

「……その『婿』というのは、実際のところどうなるんですか?」

「婿入した後も偶に彼女に送られて村まで帰省してきたりするんだが、伝え聞いている限りは、どうやら普通に旦那として生活しているらしい。歴代の婿の中には人里離れた森の中での暮らしを辛いと嘆く者もいたり、反対に気に入っている者もいたようだ。子供が出来たという報告だけは一度もないが、まあ、人間と魔人だからな。ドライアドと人間の……その辺りの相性は良くないのだろう」

 話し続けて口が乾いたのか、男が杯を呷る。それに合わせてキャスも杯の中身を一口飲んだ。

「私は物品の受け渡しのために何度か顔を合わせているが、見目は人間の基準で見ても悪くない。それに人間の女房程旦那を扱き使ったり悪く言ったりすることもないみたいだ。人によるが、むしろ彼女に婿入した方が普通に暮らすよりも幸せになれる者だっているだろう。前の旦那も、村に帰ってくるとよく彼女の自慢をしていたよ」

「……今の旦那は?」

 ここまで話を聞いて、キャスも話の全容が掴めていた。

「いない。一年くらい前に彼女から訃報が伝えられて、半年前になって新しい婿の要求が来た。切り替えが早いと思われるかもしれないが、前の旦那は随分長生きだったからなあ。元から心の準備は出来ていたんだろう。場合によっては訃報から婿の要求まで、数年空くらしい」

「………………僕に護衛して欲しい相手というのは、少年という話でしたっけ」

「ああ、つまりそういうことなんだ。まだ十二歳の子供だよ。こういう話は早すぎると思うが、他の適切な歳の男達は誰かしらの相手がいたり、或いはドライアド……アレナという名前なんだが、彼女に差し出すには気質や素行がな。そういうのを送り届けても突き返されるそうだ。私もかなり悩んだのだが、あの子が一番適切だと判断した。本人も承諾してる。何より、卑しい話だと思われるかもしれないが、新しい婿を求められて以来、水晶の供給が半年以上止まったままだからな。これ以上時間を費やしても無意味だし、費やすわけにもいかないんだ」

 僅かに眉間へ皺を寄せながら、男は語る。

「成る程……」

 どうしたものだろうか。キャスは手元の杯の中身を味わいながら思案。正直、自分自身はこの依頼を引き受けても構わないと感じているが、隣のミセリアはどう思っているだろうか。村のために魔人に婿入させられる少年の護送。人によっては忌避感を抱くのかもしれない。

「ねえ、訊いてもいい?」

「お、何かな?」

 関心を覚えることでもあったのか、前言を翻してミセリアが声を上げる。

「水晶を売ったお金ってどうしてるの? 村長さんが独り占め?」

「いいや、全員で分け合ってる。完全にというわけではないが、大体均等だ。どの家からも婿が出る可能性はあるからね」

 キャス自身はあまり気にしていなかった点だが、仮にここで彼が頷いていたらかなり心象が悪かったかもしれない。村の豊かさは、その水晶分の分前もあってのものだったようである。

「どうする?」

 答えを聞いたミセリアがこちらに判断を求めてきた。尋ねたいことはあれだけだった様子。

「因みに、報酬は幾らですか?」

「そうだな――――」

 懐事情が悪くないからか、重要な案件だからか、割の良い支払い額。物の序でにこの金額が稼げるというのならば文句はなかった。

「引き受けましょう」

「ああ、有難う。君は外見的に怖そうな部分もないし、あの子もそう怯えずに守られてくれるだろう。何より、これまでも子供を連れて仕事をこなしてきたというのなら、依頼する私達の方も安心だよ」

「え、ええ」

 実際には子供など連れていないのだが、勿論その点には触れない。

 話が纏まって安心したらしく、村長は杯の中身を飲み干していた。

「……ところで、中々戻ってこないな」

 一息ついてから、今度は部屋の入口の方へ視線が向けられる。先程の男がいつまで経っても帰ってこないことを気にしているようだ。

 少し待ってみると、家の扉の開く音がした。足音が部屋へと近付いてくる。

「戻りました」

 先程の男が入室してきて、更にそれに続いて少年が一人。ドライアドの婿となる少年だろう。

 キャスは彼を見た瞬間に、何となく納得の念を抱く。大人しい気質を感じさせつつも整った顔立ちの子供だ。村の重要な取引相手に結婚相手として差し出すには悪くなさそうである。

 少年は俯きがちで、一瞬だけ顔を上げてこちらのことを確認したが、再び下を向いてしまった。

 更に少年の後ろから、大人が二人。恐らくは彼の両親だ。

「すみません、少し遅くなりました」

「いや、大丈夫だ。親も呼んできたからだろう? 確かに、私も最初から、本人だけでなく両親も呼ぶように頼むべきだったな」

 男二人によるやり取り。少年の両親は自分とミセリアのことを観察しつつ、村長の方を見たりと、何やら芳しくなさそうな反応だった。

 隣のミセリアが椅子から下りて少年の方に歩いていく。外見年齢としては彼女の方が明らかに下だ。

「こんにちは」

「……こんにちは」

 元気良く挨拶するミセリアと、戸惑いがちな返事をする少年。

「魔人のお婿さんになるんだってね?」

「…………うん」

 ちょっと間を置いた答え。

「ほんとにいいの?」

「うん」

「そう。それじゃあ、短い間だけど宜しくね」

 ミセリアの台詞に、少年は困惑したように頷く。彼はこの場に来たばかりで、目の前の少女もドライアドへの道程に同行してくるとは理解していないのだろう。

 挨拶を済ませたミセリアが席に戻ってきて様子を窺っていた大人達の会話が始まる。村長が取り仕切る中で紹介が済まされ、出発の日取りは翌朝と決まった。依頼を引き受けた際には失念していたが、確かに今直ぐ護衛対象の子供を連れて出発というわけにはいかない。今夜はミセリアと共に村長宅の客間を借りることに。

 ドライアドの住まいまでは子供を連れていても一日あれば辿り着けるはずだということで、送り届ける少年の名はカナンというそうだ。

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