第十三話 通りかかった村
ギルドで仕事を引き受けた翌日の朝、キャスとミセリアは早々に依頼を果たすべく旅立っていた。それも普段のようにのんびりと歩くのではなく、走って。あまり時間をかけるわけにはいかないという事情も然ることながら、身体能力の強化に長けた二人のみでの移動であるが故に可能となった強行軍だ。
依頼のための目的地自体は滞在していた町から遠くない。街道を進み、途中で村を一つ通り抜けた先にある森を一日も北上していけば到着する。
そこで採集出来る水晶状の物体を可能な限り回収してくるというのが仕事の内容。とある製品の原料だとは教えてもらえたが、一体何の原料なのかまでは教えてもらうことが出来なかった。用意されている報酬額からして、何かしらの高級品に使われていそうだとは予測出来るが。
問題は、その目的地に生息している魔物が少々厄介であるということ。単純な強さも然ることながら、大柄な上に翼を有していて、空から襲ってくるらしい。並の腕前では手に余るだろう。
反対に、並以上の腕前があれば手際良く稼げる依頼だった。
走り続ける二人の目に中継地点である村の姿が見えてくる。キャス自身はまだまだ平気だったが、ミセリアは大丈夫だろうか。
ちらりと隣を走る少女を窺った。帽子は宿に置いてきている。
「もう村だけど、どうする? 少し休もうか」
「……村は歩いて通り抜けよ。森まで子供連れで疾走する人影っていうのも不審だろうし」
「それもそうだ」
相手の答えを受けて走る速度を落としていき、やがて二人揃って何でもないように歩行しながら村へと接近していく。息が上がっている様子もなかったのでミセリアの方もまだまだ余裕だったらしい。
疎らな家屋に人影と広い耕作地。
特に何の変哲もない村だと思って通り抜けようとしていたところ、横からミセリアが声を上げる。
「何だかちょっと雰囲気良い村な気がしない? 何でか分かんないけど」
「そうかな?」
歩きながら周りを改めて観察していくと、言われた通り普通の村落とは少し違う印象を受けた。見かけは農耕に精を出す普通の村なのだが、僅かばかり他所よりも明るいような感覚がしてくる。
じっと観察を続けて歩くと、キャスはそのちょっとした違いに気付いた。
「建物とか人の服装とか、あんまり見窄らしい感じのものが少ないね。他のこういう村より豊かそうな感じ」
「ああ、そういえば」
別段豪華だったり立派だったりするわけではないのだが、薄汚れて草臥れていたり、朽ちかけているような要素が少ない印象だった。
他の村より豊かに見えるという点に気が付いて再度観察してみるが、その働きぶりに他所との大きな違いを見出すことは出来ない。単に育てている作物が良い値で売れるなどの理由だろうか。
「何が違うんだろう?」
「その辺の人に訊いてみよっか」
「それが良いかもね。丁度、こっちに向かってきてる人もいるし」
「えっ、ああ、ほんとだ」
自分達の存在に気が付いた村人が一人、遠くから小走りでこちらにやって来ていることにキャスは気が付いていた。ミセリアも周囲を見回してその姿を見つけた様子。何分自分達の進路からは離れた位置で作業していたため、追いつくのに時間がかかっているようだ。
さて、何の用だろうかとミセリアと共に立ち止まってその男を待ち受ける。冒険者目掛けて駆け寄ってくる村人の要件というのもあまり予測は立て辛い。
自分達の目の前までやって来た男がその足取りを緩め、立ち止まる。
「……えっと、その、冒険者の人かな?」
躊躇いがちな男の言葉。
「ええ、そうですよ」
「そうか。実はさっき二人で走ってくる姿が見えて……それで、その、そっちの子も含めて随分早かったけど、まさかこの先の森でも目指してるのか?」
「……はい」
辿々しい口調からして決して口の達者な相手ではないようだったが、それでも真っ直ぐにこちらを見据えて話す姿勢に実直そうな印象を受ける。それだけに、そんな男が振ってきた話題に対してキャスは嫌な予感を覚えた。
もしかしたら、危険な森に子供を連れて向かっているのを見咎められただろうか。注意でもされようものならば面倒だ。
「それは、仕事で?」
「そうですが」
「……どういう内容か、訊いてもいいだろうか」
「ここの北の方で、ちょっとした採集をしてくるだけです」
「そうか。…………なあ、ちょっとだけ、ここで待っていてもらえないか?」
「……まあ、いいですけど」
「ありがとう。直ぐに戻ってくる」
そう告げると男は一軒の家に向かって走っていった。他の家より少しばかり立派な建物だ。
「何だろうね?」
「さあ。説教じゃなければいいけど」
「説教?」
「『あんな場所に子供を連れて行く気か!』みたいにさ」
「あー……」
自身が危惧している事態を伝えると、ミセリアも面倒臭そうな表情に変わる。
このまま黙って立ち去ってしまった方が利口だろうかと考えている間に、先程の男がもう一人の男性を連れて家から出てきた。
大柄な男が二人並んでこちらに走ってくる。
「どうも、こんにちは。この先の森に行くそうだね」
「はい」
「探しているのは湖で採れる、水晶のような物体かな?」
「ええ」
「やはりそうか」
男が斜め上に視線をそらし、静かに深く息を吐く。それからまた話し始めた。先程の男はその傍らで事態を静観。
「失礼な質問かもしれないが、危険な場所だとは知っているのだろう? それも子供連れで。大丈夫なのか?」
「そう判断したのでここに来ています」
厄介な話になりそうだという予感からか、少々攻撃的な声音に。ミセリアは黙ってこのやり取りを見届けるつもりの様子。
「……ええと、もう一つだけ聞かせて欲しいんだが、こういう仕事はどのくらいの経験が?」
「どのくらいでしょうね。まだ五年にはなっていないと思いますけど」
「つまり、数年分の経験があるのか。今回と同じくらいの……危険さというか、難しさというか……、そういう仕事もやってきたのかな」
もう一つと言いつつ追加の質問がやって来たが、根気良く答えておく。帰りも通り道となる村なのだから、揉めないに超したことはない。
「同程度の報酬の仕事でしたら、幾つも経験があります」
「そうか、それは良かった」
答えを聞いた男の顔に安堵のようなものが浮かんだ。
「実は、森の北の方に向かうついでに頼みたいことがあるんだ。よければ私の家に上がって話だけでも聞いてもらえると有難いのだが、どうだろうか」
どうやら彼らの意図はこちらが危惧していたような内容ではなかったようで、状況が一変。ただし、面倒臭そうな気配は消えていない。危険な森の奥に向かうついでの頼み事が、面倒でないわけはないだろう。
「今回はあまり時間の余裕が無いのですけれど」
「ああ、その辺は大丈夫だ。ちょっと、君達の目的地までの間に住んでいる人の所まで、護衛してもらいたい人がいてね」
この先の森に住んでいる人物がいるというところで既に話が怪しくなってきたが、確かに道中、人一人をついでに送り届けるだけならば大した手間にはならない。
「私達にとってはとても大事な事なんだ。ただ、事情が込み入っているから実力があれば誰にでも頼めるというような仕事ではなくて……。勿論、報酬は弾むよ。だから取り敢えず、話だけでも」
「…………事情というのは? あまり不味い内容なら、お断りしたいのですが」
「色々あるが、君に頼みたい一番の理由は、護衛対象が子供だということだな。ちょっと大人しめな気質の子だから、出来るだけ怯えなくて済むような相手に頼みたいんだ。冒険者ギルドに依頼を出して、荒っぽい輩に来られても困る」
「まあ、そういうことでしたら。いいよね?」
「うん」
ミセリアにも確認を取り、一先ず男の家に上がることにした。まだまだ事情はあるようだったが、それらを聞き届けてから判断しようという気になったのである。
「ああ、ありがとう。それじゃ、あの子を呼んできてくれ」
「はい」
男が礼を述べつつ指示を出し、もう一人が言われた通りにまたどこかへ向けて走り出していった。
「では、こちらへ」




