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第十二話 通告

「んぅ……」

 目を覚まし、変な声を上げてしまいながら身動ぎする。確か、ミセリアの買ってきてくれた果物を食べて横になってから寝てしまったはず。どれくらいの時間が経っただろう。

 一先ずベッドの上で体を起こし、娘の姿を探す。

 すると、真っ先に見つかったのはミセリアではなくステラの姿だった。

「おはようございます」

「おはよう」

 窓の外を眺めていた彼女がこちらに気付いて声をかけてくる。室内を見回しても娘の姿は見つからなかった。

「ミセリアでしたら、先程キャスさんと一緒に出かけましたよ」

「そうだったの……」

 別に自分に付きっきりになっていて欲しかったわけではないのだが、目覚めたら娘がいなくなっていたことに少しばかりの寂しさ。

 取り敢えずベッドを下り、椅子の所まで移動していって座った。

 起き上がって歩いてみると、まだまだ体調が回復していないことを実感する。

「寝ていなくて大丈夫ですか?」

「まだ良くはなっていないのだけど、流石にずっとベッドに入っているのも落ち着かなくて」

「分かりました。お水、飲みますか?」

「ええ、お願い」

 ステラが置いてあった水差から杯に水を注ぎ、こちらに持ってきてくれた。

「有難う」

 一口飲んでみると案外喉が乾いていたようで、そのまま杯の中身を飲み干してしまう。

「そういえば、彼と出かけてきたのよね。どうだったかしら?」

 空になった杯をテーブルの上に置きながら、ステラに話を振る。二人きりとなった彼らがどのような外出をしてきたのか、少々興味があった。

「そうですね……。最初は二人で目的もなく町の中を歩いて、それから湖の方に行ってみたりしました」

 主に感想の方を聞きたかったのだが、少々狙いの外れた回答。

「湖の方はどうだったかしら。随分大きいわよね、ここの」

「良い所でしたよ。陽射しのおかげで水面がキラキラして、とても綺麗でした。その周りを散歩している人達も結構いて、私とキャスさんは、一緒に景色を眺めてのんびりしてきたんです。フィリアさんも、元気が戻ったら一緒に行ってみませんか?」

「素敵ね。治ったら是非行ってみたいわ」

 結婚して子を生んだ身であるが、あまり男女の仲について詳しいわけではない。それでも、嬉しそうに話すステラの様子から良い時間を過ごしてきてもらえたようだと伝わってきてこちらも嬉しい気持ちになれた。

「はい、皆で行きましょう。そういえば、フィリアさんの方はどうでしたか? 何を買って帰るのか、全部ミセリア一人に任せてしまったのですが」

「果物を買ってきてくれたの。まだ何個か残っているけれど、美味しかったわ。食欲がなくても食べやすかったし」

「良かったですね」

「本人はどういう品物なのかあまり知らないまま買ってきたみたいなのだけどね。一個だけ試食させてもらって、お薦めされるまま色々買ってきたみたい」

「……美味しくて良かったです」

 少し苦笑気味のステラを見ているうちに、そういえば娘が何をしに出かけていったのかまだ確認していなかったことを思い出す。単に遊びに出かけていったのだろうが、一応、ステラに訊いておくことにした。

「そういえば、二人はどこに行ったのかしら? 適当に遊びに行っただけなら、別にそれで構わないのだけど」

「あ、えっと……」

 軽い確認程度の気持ちで問いかけたら、何故かステラが言い淀む。

「どうかしたのかしら?」

 不安な気持ちになりつつ、彼女の台詞の続きを待った。

「いえ、大丈夫です。ただちょっと、冒険者ギルドの方に」

「…………どうして?」

「フィリアさんが寝込んでいる間に、ちょっとお小遣いを稼いできたいらしくて。先に三人で観光にというわけにもいきませんし、それなら登頂祭の前に少し遊んで回る資金を増やしてきた方が良いんじゃないかって、フィリアさんが寝ている間に話していたらそういうことになってしまって」

「……そう」

 極短い答えとなってしまったが、何とか返事は返す。脳裏で思い出されるのは、初めて四人で仕事に出向いた際、キャスとミセリアが途中でどこかに姿を消してしまった一件。あの時も自分が寝ている間に事が進んでしまっていたのだったか。

 どうして相談なく決めて行動してしまうのだろうかと言いたくなるが、自分が体調を崩して観光の妨げになったのが原因だ。抗議の声は上げられない。

「すみません、勝手に決めてしまって」

「いいの。私が寝込んでいるせいで、皆に退屈させてしまうのも悪いから」

 少しだけ気不味い雰囲気。不満に感じている内心を、きちんと隠せていなかったかもしれない。

「それで、その依頼には三人で向かうの?」

「いえ、わたしはこちらに残らせてもらいます」

 てっきり一人で取り残されるのかと思っていたら、ステラも町に残るという。そうなると、正しく前回同様に娘とキャスの二人だけでどこかに行ってしまうというわけだ。

「いいのかしら? 流石に病人と二人きりだと、退屈でしょう?」

「大丈夫ですよ。一人にしておく方が心配です」

「……あなたにはお世話になりっぱなしね。私の方がずっと歳上のはずなのに、恥ずかしいわ」

「お気になさらないでください」

 彼女はそう言うが、キャスに敗北して大泣きして以来、一方的に世話になり続けている感覚があった。

「ただいまー」

 話しているうちに控えめな声と扉の開く音が届いて、娘の帰還を知らせてくる。

「あ、お帰りなさい」

「お帰りなさい」

「ただいま」

 キャスもミセリアに遅れて姿を見せる。

「どうでしたか?」

「うん、良さそうなのが見つかったよ。数日で片付きそうだけど、支払いは良いみたい」

「良かったです。あ、フィリアさんにはもう、お二人が出かけることは説明してあります」

 それぞれが適当に空いている場所に腰掛けながらの会話。どうやら娘と彼は手頃な依頼を無事に見つけられたらしい。複雑な気分だ。

 会話の最中、キャスの視線がこちらに向けられようとした瞬間、内心の不満を見透かされそうな気がして顔を伏せた。

「そっか、ありがとう。……構いませんよね?」

 完全に事後報告にも関わらず、了承を前提とした問い。ただでさえ苦手としている彼にそう言われてしまえば、最早何も言うことは出来ない。

「……はい」

「駄目なの?」

 隠しきれなかった不満を娘に突かれる。

「いいえ。でも、目の届かないところへ行かれると心配なの……。それも、危ないところに行くなんて」

「別に、仕事なんてこれまで何回もしてるじゃん」

 自分で言っていて、全く理に適っていない主張だと感じた。実際、ミセリアからも当然の反論が上がる。

「今までは私と一緒だったでしょう?」

「今回はキャスと一緒だよ? お母さんより強いと思うけど」

「そうね……。自分でも、おかしな話だと思うわ。自分の目の届くところにいるから安心だなんて。だから、止めないの」

 キャスの方が強く、共に戦う仲間として娘を守る能力がある。完全な事実だ。だが、長い間戦いを生業としながら一人で彼女を守ってきた母親として、それは何とも受け止めるのが難しい事実でもあった。特にキャスに対して苦手意識があるのだから、尚更。

 そのため出来るのは精々、非合理的な心配を抱いている惨めな事実をそのまま伝えることくらい。

 ミセリアの表情は笑顔だったが、その裏に不快な気分を隠しているのが見て取れた。どうやら気分を害してしまったようである。

「そう。じゃあ、あたしは行くね。出発は明日の朝。数日かかるけど、登頂祭までには帰ってくるから」

 案の定、娘は会話を切り上げにかかってきた。ウジウジとしたやり取りをしてしまったのが良くなかったのだろうか。

「ええ。ちゃんと、無事に帰ってきてね」

「お母さんも、元気になっておいてね。ステラが残って面倒見てくれるんだから、安心だけど」

「分かってる。きちんと安静にしてるわ」

「じゃあ、キャス、明日の準備しに行こ!」

「うん。それじゃ」

 そそくさと二人揃って部屋を出ていってしまった。

 室内に沈黙が訪れる。

「早く元気になりたいわね……」

「そうですね。わたしも、出来る限りお手伝いします」

 ステラの明るい声が有難い。

 フィリアは椅子から立ち上がり、再びベッドに戻る。体調不良を治すと言っても、出来ることは寝ることくらいしか思いつかない。

「もう少し休むわね」

「はい、お休みなさい」

 窓際から離れたステラが椅子に腰掛けるのを見届けつつ、フィリアはその身を横たえた。

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