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第十一話 娘との時間

 普段よりも頭が回らない状態で、ぼうっとしながら正面の天井を見つめ続ける。昨夜は早めに就寝し、現在は大抵の人が目を覚まして活動している時間。体調が悪いとはいえ、流石に寝付けなかった。

 しかしながら、起き上がって何かをするような元気もない。することもないままベッドの上で寝返りを打つ。

 顔の右半分を枕に埋めながら膝を抱えて丸くなってみた。

 ミセリア達はそろそろ、食事を終えた頃だろうか。何か食べる物を買ってきてくれるという話だったが依然として食欲はない。ちゃんと食べられれば良いのだが。

 そんなことを考えながら姿勢を仰向けに戻す。

 更に時間が経過し、扉を叩く音。

 視線を向けるとミセリアが入ってきた。彼女はそのまま戸を閉めてしまい、ステラ達が続いてやってくる様子はない。どこで買ってきたのか、見覚えのない果物が幾つか入った籠を抱えている。

「ただいま」

「お帰りなさい」

「いいよ、寝てて」

 起き上がろうとしたところを制された。

「果物で良かったよね?」

「ええ、ありがとう」

「じゃ、ちょっと待ってて。今から……剥く? 捌くのかな?」

 籠をテーブルに置いて一つの果物を取り出しながら娘が首を傾げる。見たこともない品だと思っていたが、まさか本人もどのような物なのか知らないまま買ってきたというのだろうか。

「ちょっと、大丈夫なの?」

「多分。一個は試食させて貰ったし。それが美味しかったから、ついでにお薦めされたのも買ってみたの」

 籠には果物以外にも皿やらナイフまで入っていたようで、それらがテーブルの上に並べられていく。見かけとしては鮮やかで、期待出来そうな印象。

「宿の人に貸してもらったんだ」

 食器とナイフの話だろう。

「そう。……ところで、あの二人は?」

「デート。全員で部屋にいても退屈だろうから、二人で遊びに行かせたの」

 そう答えられて視線を窓の方へ。天気も良く、外を出歩くには悪くない日だった。

「そういえば、私達が来てから二人きりの時間なんてなかったはずよね。お邪魔になっていたかしら……」

「別にはっきり恋人ってわけじゃないんだし、大丈夫じゃない?」

「そうだと良いのだけれど。恋愛とか、よく分からないから」

 何となくあの二人の間にそのような空気がある気はしているのだが、果たしてその感覚が当たっているのかも定かではない。その手の話について、他人の経験を耳にする機会さえ碌に存在しなかった。

 もしかしたら、あの二人が距離を縮めることの妨げになっていたりしないだろうか。そんなことを考える。

 娘の手元を見ると果実を一つ手にとって眺め回しているところだった。

 どのような基準で判断を下したのか、ナイフを手にとってその果実を側面から両断。

「このまま食べるのが良いかな。丁度匙も貸してもらったし」

 二つに切断されたうちの一つを皿に乗せ、匙も添えてミセリアが運んできてくれる。

 起き上がって受け取り、断面を確認すると厚い皮の中に緑色の瑞々しい果肉。触ってみたところ、皮の方はそれなりに固いようだった。

 微かに甘い香りが鼻に届いて、これならば問題なく食べられそうだと感じる。何より、娘が手ずから用意してくれたものなのだ。絶対に、きちんと食べておきたい。

「二人きりなのも久しぶりだね」

 席に戻っていく娘の背中を見ながら果肉を匙で掬って口に運んだ際、そんな台詞が聞こえてきた。

「そうね。……あの二人と一緒になってからは、殆ど他にも誰かいたから、二人で落ち着いて話すような時間もなかったわね」

 ほのかな甘さと舌触りの良さを味わい、それらを飲み込んでから答える。

 夜間、どこかの宿で泊まる際にもステラが一緒にいるし、日中は四人一緒だったり、そうでなければミセリアがキャスかステラを連れてどこかに出かけてしまっていたりという状態で、二人きりとなる機会はあまりなかった。

「こうしてお世話をされるのは初めてだけど」

「二十年も病気なしで動きっぱなしだったもんね。あたしは兎も角、よくあんな状態で風邪も引かなかったよ」

 答えつつミセリアも匙で掬った果肉を口に運ぶ。満足気に表情が綻んで、こちらの気分まで幾らか良くなった気にさせられた。

「それが今になってこうなるんだから、本当に情けないわ」

「そうだね。本当に何でだろ? お腹出して寝た?」

「流石にそんなだらしないことしてないわよ」

 突拍子もない指摘に笑いながら答える。

「ところでこれ、美味しいわね」

「うん。食べられそうで良かった」

 そのまま二人で手元の果実を消費していく。いざ食べ始めてみると、意外とすんなり食べ続けることが出来ていた。

 果肉がなくなって殆ど皮だけになった頃、ミセリアが再び話しかけてくる。

「そういえばさ、仲間が出来てみて、どう?」

「……思ったより悪くないわね」

「なら良かった。……もうちょっと食べる?」

 彼女の方も食べ終わった様。

「ええ、お願いするわ」

 立ち上がってこちらの皿を回収していき、別な果物に手を伸ばす。しげしげと手の中のそれを眺め、今度は刃物で薄く皮を剥き始めた。

 皮を剥き終えた果実が切り分けられ、皿に乗せられて運ばれてくるのを静かに眺める。

「ありがと」

 礼を言って受け取り、席に戻った娘に合わせて食べ始める。今度のも美味しいのだが、先程よりも一際甘く、尚且微妙に酸っぱい。

「キャス達と初めて会った時さ……」

 ミセリアが何かを言いかけて、言葉を途切れさせた。

 黙って続きを待ってみると再び話し始める。

「お母さん、あの二人を始末しようとし始めたじゃん」

「……そうね」

 今になって振り返ると、何から何まで愚かしい選択だったようにしか思えない。そもそもどうして、当然の如く勝てると思っていたのだろうか。

「あたしさ、最初は焦ったけど、直ぐにお母さんじゃ勝てないかもなって気付いてたの」

「…………私より賢いわね」

「怒ってる?」

「いいえ。あの時そんなことを言われても、信用したとは思えないわ。死体をたくさん集めれば何とでもなるなんて考えたでしょうね」

 一度戦ってみた結果、最早あの二人に勝てる気はしていない。ただ、自分だけが相手の力量を甘く見ていたという事実を知って更に恥ずかしい気持ちになっただけ。

「どの道このままじゃそろそろ限界だろうなって思って、黙って二人に相談しちゃったの。仲間になれないかなって。どういう形に落ち着くのか、見当もついてなかったけど」

 自分とあの二人が仲間になることをミセリアが望んでいたというのは、ステラからも聞かされていた話。

 彼女らの言うことを聞いて素直に頷いていれば、母の指輪は無事だったのだろうか。そんなことを考えた。

「もし、私が返り討ちにあって、その……死んでたりしてたら、どうしたかしら?」

 聞くべきではないような気がしたにも関わらず、娘の話を聞いていると、どうしてもこの点を問うてみずにはいられない。

「聞きたい?」

「……聞いてみたいわ。あの戦いは愚かな判断だったと自分でも思うけれど、だからこそ知りたいの。あそこで私がいなくなっていたら、どうするつもりだったのか」

「そう。多分、キャス達に付いていったと思うよ」

 それはどこか予想していた答えであり、あまり動揺するような気持ちもなかった。そうならなくて良かったなと思うのみ。

 とはいえ何と返したものか分からず、黙って果物を食べ始める。

「……話が戻るけど、色々事情があったとはいえさ、あたしが画策して、お母さんからしたら成り行きで仲間に入らざるを得なかったわけじゃん? だから、本当は辛かったりしないかなって、少し気になったの」

 ミセリアの立場からすると、そういった心配があったらしい。

「辛くはないわ」

 一旦言葉を区切り、果物を一切れ口に運んで食べながら脳裏で言葉を纏める。

「あまり言いたくないけれど、前より気持ちが楽ね。命を狙ったくせに、こんなに良くしてもらっていて、情けない気持ちもあるのだけど……」

「キャスとはどう? あんまり良い感じには見えてないけど、大丈夫?」

「大丈夫よ。ちょっと苦手かもしれないけど、そのうち慣れると思うわ」

 仲良くなる自信はないが、時間が経てばそれなりに慣れることは出来るだろう。そう考えていた。ただ、どれだけの時間が必要になるのかは分からない。

「彼とはまだ上手くやれていないかもしれないけど、頼りにはしているつもり。それに、ステラとは上手くやれていると思うし」

「なら安心した。まあ、最近目の下が良くなり始めたから、あんまり心配はしてなかったんだけどね」

 満足した様子の娘を見つつ食事を続ける。あまり大した量ではなかったので、食べ終えるまでそれ程時間はかからない。

「まだ果物あるけど、どうする?」

「今は十分ね」

「じゃ、お皿返してくるから、お母さんは休んでてね」

「そうさせてもらうわ」

 食器を回収したミセリアが部屋を出ていく音を聞き届けて、フィリアはベッドに身を横たえる。

 お腹が満たされたからなのか、それとも久しぶりに娘と二人きりの時間を過ごせたことによる満足感からか、そのまま穏やかな気持ちで眠りに就くことが出来た。

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