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第九話 少女との仕事

 湖畔で十分に寛いだ後、宿に帰ってフィリアの部屋を確認すると彼女は丁度寝ているところだった。ミセリアをそっと呼び出し先程二人で話し合った考えについて説明すると、面白そうだと言って二つ返事で賛意が示され、早速ステラを残して冒険者ギルドに仕事の物色へと向かうことに。

 そして現在、無事に割の良さそうな依頼を引き受けることに成功し、二人で宿への帰り道を歩いている。

「良い依頼が見つかったね」

 何となく会話のない道程に寂しさを覚え、隣の少女に話しかけた。短期間で高額の報酬を狙えるという、今の自分達に打って付けの依頼を見つけられたのだ。

 勿論、そこそこ危険な地域に分け入る必要はあるらしい。

「ね。そんなに遠出しなくていいみたいだし」

 帽子のないミセリアがこちらを見上げて返事を返す。

「報酬額も高かったけど、何で誰も引き受けなかったんだろ。ちょっと意外」

「ほら、今はそこの山の周りで片っ端から狩をするだけでもお金になるでしょ? だったら、そっちの方が普通は割が良いと思うんじゃない?」

 そうだろうか。山の周りで獣や魔物を狩って回った場合の報酬も確認したが、同じだけの日数で稼げそうな金額は明らかに先程受注した依頼の方が高かった。

「態々遠出して危険な大金を狙うより、毎日ベッドで寝起きしながら十分以上の日銭を稼ぐ方がいいって人が多いってこと」

「成る程ね……」

「キャスは、そういうとこないの?」

「ない。一気にたくさん稼げた方が良くないかな」

 稼ぐ際には出来るだけ纏まった額を稼ぎたい。基本的にそういった方針でこれまで仕事をこなしてきた自覚がある。以前の暮らしだと、そうやって仕事以外に充てる時間を増やした方が好ましかったからだ。

 その目的であるところの不老不死を手に入れた現在、もう少し落ち着いた方針に変えても良さそうではあった。

「あたしもそっちの方が好みなんだけどね。世の中皆慎重だから。お母さんもこつこつ慎重に稼ぎたい人だし」

「ただでさえ危ない仕事だからね」

「まあ、今回は正に危ない方の仕事なんだけど。とはいえ、あたし達なら問題ないでしょ」

 今回は並の実力では危険という程度の仕事。その理由も、単に強力な魔物の生息域に踏み込む必要があるからというだけ。実力を考えればキャス一人でもこなせる依頼だった。

「この前程強い相手じゃないから、今度はあたしの実力もちゃんと見せてあげるからね」

「うん。運が良ければ、魔物と遭遇しないで済むかもしれないけど」

「探し出して戦う?」

「まあ、戦いたいなら」

「冗談だって。戦わないで終わらせられるならそっちの方がいいよね」

 好戦的という程ではないが、戦闘を忌避するわけでもない。笑顔で話すミセリアはそんな印象だった。

「それはそうとして、あたしがプレゼントなんか贈って、本当にお母さん喜ぶかな? 流石にお祖母ちゃんの形見の代わりにはならない気がするんだけど」

「でも、大切な品にはなるんじゃないかな? 元気付けるには丁度良いと思う」

「うーん……。まあ、少なくとも武器としての代わりにはなるよね」

 ミセリアにフィリアの指輪について話してみたところ、彼女はそれについてきちんと知っており、また母親がその指輪の破損を受けて落ち込んでいるようだとも察していた。しかしながら、自分が代わりになるような魔道具を贈ることによって元気付けられるかは疑問視しているようだ。

 話している間に宿まで辿り着き、玄関を潜る。

「どの道、減った分の魔道具は用意した方が良いみたいだし、取り敢えず贈ってみようよ」

「うん」

 因みにミセリアと話して確認が取れた情報なのだが、フィリアの手持ちにこれ以上、攻撃に向いた魔道具は残っていないらしい。その点について、彼女も母がいつ新たな道具を見繕うつもりなのか窺っていたそうだ。

 つまり、フィリアが喜ぶにせよ、そうでないにせよ、彼女に魔道具を贈るのは丁度良い機会ということである。

「あたしもそのうち、あんなふうにお母さんの形見を大事にするようになるのかな……」

 宿の階段を上り始めたところで、ミセリアがぼんやりと呟いた。

「…………いつかは、そうなるのかもね。けど、ずっと先の話だよ」

 悩みながら返した返事に彼女は何も答えず、階段を上りきる。

 ミセリアがどのような心境でその言葉を発したのか、キャスには分からなかった。仮に自分が姉や、もしくはステラの最後を看取ってその形見に縋るしかなくなったら、どうなるだろう。

 想像してみて浮かんできたのは、それはそれとして、平然とその先に続く長い長い人生を楽しんでいる姿。

 自身に対して思わず苦笑した。だが、現在の自分の姿こそがその想像の正しさを証明している。友人を斬ったことに対する様々な想いはあれど、現に平然と人生を楽しんでいるのだから。

 ふと、その頃になったらミセリアとはどうなっているだろうかと考える。どこかの時点で別々な道に進み、仲間ではなくなっているだろうか。それとも、唯一変わらない仲間として共に過ごせているだろうか。

 数百年以上も先の未来に思いを馳せているうちに、ステラ達の部屋の前まで辿り着く。早すぎる死別だけは避けようと心に決め、思考を打ち切った。

「ただいまー」

 気の抜けた、それでいてフィリアがまだ寝ている可能性を考慮したと分かる控えめな声量で声を上げながらミセリアが静かに扉を開いて中に入る。

「あ、お帰りなさい」

「お帰りなさい」

 中からはステラとフィリアの声。どうやらもう目を覚ましていたらしい。

「ただいま」

 キャスもそう告げながら室内へ。中ではフィリアが椅子に腰掛け、ステラは窓辺に軽く凭れ掛かっていた。

「どうでしたか?」

「うん、良さそうなのが見つかったよ。数日で片付きそうだけど、支払いは良いみたい」

「良かったです」

 ステラにギルドでの成果を報告し、フィリアの方へ視線を向ける。すると相手はあからさまに視線を伏せた。

 ミセリアがベッドに腰掛けたのを見て、キャスも空いている椅子のところに歩いて行き座る。

「あ、フィリアさんにはもう、お二人が出かけることは説明してあります」

「そっか、ありがとう。……構いませんよね?」

「……はい」

 遠慮がちだが不本意であることは隠していない、そんな返事。

「駄目なの?」

 その反応を受けて、今度はミセリアが不思議そうに問う。

「いいえ。でも、目の届かないところへ行かれると心配なの……。それも、危ないところに行くなんて」

「別に仕事なんてこれまで何回もしてるじゃん」

「今までは私と一緒だったでしょう?」

「今回はキャスと一緒だよ? お母さんより強いと思うけど」

「そうね……。自分でも、おかしな話だと思うわ。自分の目の届くところにいるから安心だなんて。だから、止めないの」

 止めることはしないが、行かないで欲しい。そんなフィリアの意思を受けて、キャスはミセリアと視線を合わせる。フィリアの意思を尊重するか、予定通り出かけるか、彼女に判断を委ねるつもりだった。

 ミセリアの表情は微笑みを浮かべたものだったが、何故だかそれは硬質な笑みにも見える。

「そう。じゃあ、あたしは行くね。出発は明日の朝。数日かかるけど、登頂祭までには帰ってくるから」

「ええ。ちゃんと、無事に帰ってきてね」

「お母さんも、元気になっておいてね。ステラが残って面倒見てくれるんだから、安心だけど」

「分かってる。きちんと安静にしてるわ」

「じゃあ、キャス、明日の準備しに行こ!」

「うん。それじゃ」

 ベッドから立ち上がったミセリアに元気良く促され、ステラに軽く挨拶し、キャスは彼女と共に部屋を後にするのだった。

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