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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第一章 森に染み入る獣の咆哮
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第六話 人狼

 静まり返った森の中を歩く。

 あれから人狼の痕跡を追ってきたキャスは、森の中のひときわ静まり返った空間を一人進んでいた。鳥の鳴き声すらしない。木々の枝葉が成す天井から、日差しが差し込んでいる。

 さらに進むと、木々の開けた場所に一軒の古びた小屋を見つける。この魔物の住まう森に建っているということは、おそらく人狼が住居にしているのだろう。やはり、普段は人間である以上、どこかの穴蔵にでも住んでいるというわけではないようだ。彼が自分で建てたのだろうか。数百年前のものをそのまま利用しているということもないだろう。

 ともかく、キャスはついに人狼と対面するところまで行き着いたようだ。

 意を決して、小屋の中に入る。あちらも彼が来ることは承知しているだろう。

「いらっしゃい」

 入るなり、声をかけられる。

 そこには彼が想像した通りの男の姿、短く刈られた髪の毛にもじゃもじゃの髭、全身毛深く大柄な男が、椅子に腰かけ卓上に足を投げ出し、顔を赤くして勝利の美酒と言わんばかりの様子で、その大きな盃になみなみと注がれた酒をガブリガブリと飲んでいた、といったことはなかった。

 人狼は、確かに男だった。歳はキャスやステラより少し上、ギルよりは若いといった感じだ。もっとも、外見上は、という言葉が頭につく。人狼になってしまえば、その時点で老化が止まり、寿命や病から解放されるという特徴があるのだ。人狼という、荒々しい外見からくるイメージと異なり、ずいぶんと線の細い、美青年といった顔立ちだ。髪も目も黒で、伸びきった長い髪を後ろに流しており、黒いローブを纏ってゆったりとした外見だ。

 彼は、どこか疲れた様子で椅子の背もたれに体を預けて座っていた。

「まあ、座りなよ」

 入ったまま突っ立っているとそう言われ、素直に従う。どうやら少なくとも、敵対的な様子ではないと思われた。やおら持ち出した斧で頭をかち割りに、ということはないだろう。

「それで、話ってなんだい?」

「あ、ああ……」

 彼は何から始めれば良いか考える。やはり、先ほどの状態でも言葉は通じていたようだ。

 とりあえず、互いに名乗る所から始めようかと決める。

「僕は、キャスっていいます」

「ああ、名乗るのがまだだったね。私はジーンっていうんだ、人と話すのは随分と久しぶりでね。何百年ぶりになるだろう。まあ、よろしく」

 そう言って、薄く微笑む。

 ここでキャスは、さっそく本題を切り出すことにする。

「それで、ここに来た理由なんですけど……」

「うん、討伐以外に人狼に用がある理由となると何となく想像がつくけど、いったいどんな理由だい?」

 そうして、彼は今まで誰にも告げることがなかった自らの望みを出会ったばかりの相手に告げる。

「不老不死、永遠の命を手に入れる方法を、探しているんです」

 告げたところで、ジーンの様子に変化はなかった。彼はただ落ち着いたままこう返す。

「……、そうかい。どうして不老不死になりたいの?」

「それは…………」

 言葉に詰まる。それは、傍から見ればあまりにも軽い理由に思えるような内容で、この期に及んでも言うのが躊躇われるものだった。

「あまり上手くまとめる自信がないので、順を追って話すことになります。長くなるかもしれませんが、よろしいですか?」

 一応、そう言っておく。

「構わないよ、どうせ時間はいくらでもあるしね。それから、敬語もいらないよ。確かに私は、君より何百年とかじゃ足りないくらい年上だけどね」

 そう言われ、普段の口調でキャスは不老不死を求めるに至った理由、自らの過去を語り始める。



 目を閉じて、彼は語りだす。

「初めに、僕の出自から。僕は捨て子で、ある日エルフの里に住んでる養父母の家の前に捨てられていたところを拾われたんだ。エルフしかいないはずの里に、ある日突然現れた人間の赤ん坊だったから、怪しいことこの上ない存在だったんだけど、良い人たちだったみたいで」

 当然、彼自身の記憶にはないころの話、人から聞いただけの話だ。

「家族は両親のほかに、彼らの娘が一人いて、歳も近かったんだけど、実の弟の様に僕の面倒を見てくれて、あの家に拾われたのは幸運だったと思うよ。特にその娘、姉さんって僕は呼んでたんだけど、彼女は殊更僕を気にかけてくれて」

 そこまで言ったところで、ジーンが言葉を差し挟む。

「でも、他の人たちまではそうはいかなかったと」

 目をつむったまま、キャスは返事をする。

「やっぱり、そう思う?」

「エルフの里には行ったことないけど、単一種族、それもことさらに長寿で魔力に優れた種族であるエルフだけで構成された閉鎖的な空間ではあるんだろうから、その中に他種族が一人だと、やっぱりそうなるのが自然だろうね……。それを肯定するわけではないけど」

 彼の推測は的を射ていた。

「まあ、大人たちに関してだけ言えば、皆が皆そうだったわけでもないけど、姉さん以外の子供たちには随分と差別されたし、いじめられたよ。特にそれを助長させたのが、僕が生まれつき魔力を持ってないってことだろうね」

 その言葉に、ジーンが訝しげな反応を示す。

「魔力がない? 少ないとかではなく?」

 彼の疑問はもっともなものだった。この世界の住人である以上、魔力とは必ず持っているはずのものだ。

「うん、おかげで子供時代は魔道具も魔法陣も、身体強化も自身に宿る魔法も使えなかった。種族として多くの魔力を生まれつき持っているエルフからすれば、なおのこと見下される要因になっちゃったんだろうね」

 魔道具とは、魔法陣を組み込んだ道具のことで、どちらも魔力を流し込むことでそこに刻まれた魔法を発動させることができる。ただし、どちらも自分で用意するには高い知識、技術が要求されることになる。とりわけ、戦闘に使えるほどの魔道具となれば高価だ。

 魔法陣は、描かれた円の中に特殊な文字、記号を刻んだ物であり、例えばそこに『火』を意味する内容が刻まれていれば、魔力を流されることで火が起こり、『火の球』と刻まれていれば火の球が現れる。

 身体強化は、文字通り肉体に魔力を流して膂力を強化する能力のことである。イメージとしては、人の肉体自体が『身体強化』という内容が刻まれた魔道具である、と考えるのが近いといえる。どの程度の魔力を流せて、どの程度効率的に運用できるかは人による。

 自身に宿る魔法、それは魂に刻まれた魔法であるとされる。説明としては、人の魂とは一つの不完全な魔法陣のようなものとでも言えばいいだろうか。例えば、ある人の魂に生まれつき『火』という情報が刻まれていたとして、それ以外の部分にはまだ余白があるイメージだ。その余白には、後から更なる情報を一時的に刻むことができる。例えばその人が『球』、『直進する』という情報を余白に書き加えれば、所謂ファイアボールといったところだ。ただし、これはあくまでイメージであり、その人物がファイアボールの魔法陣や魔道具を作れるかということには関わりない。また、余白の部分や書き込める情報の種類は、本人の努力次第で広がり得る。ただ、最初から『火の球が直進する』といった内容が刻まれているような、これ以上書き込む余地のなさそうな魂も多い。

 魔道具などに関しては、戦闘以外にも、明かりを作ったり火を熾したりといった日常的な部分でも用いられ、それくらいの物であれば持っている者も多く、必要とされる魔力量も少ないため、誰でも使えるほどだ。

 対して、戦闘に耐えるほどの魔法を得るためにはそれ相応の才能と努力が必要だ。身体強化が最も必要とされる魔力が少なく、必然、魔力の少ないものが戦闘で秀でようとすれば、これを鍛えることとなる。最も才能による差が少ない分野と言えるだろうか。反対に、それ以外の魔法に関しては、才能に依存する部分が大きくなる。

 いずれにせよ、魔力がないためにこれらのいずれも使うことができないキャスは、魔法に秀でた種であるエルフ、その子供たちからは特に見下される存在だった。

 しかし、話がこれだけであれば、キャスの戦闘能力はこの世界では無に等しいはずである。そんな彼がなぜ、魔物の住まうこの地まで旅してくることができたのか。

「じゃあ、どうやってここまで一人で来れたんだい?」

 ジーンの方も、その疑問に行き着いたようである。

「僕が十歳くらいになった頃かな。何がきっかけだったか定かじゃないけど、自分が魔力とは違う力を持っていることに気付いたんだ」

 そう言って、キャスは小屋の戸口を見る。すると、開け放たれたままだった扉が独りでに閉まった。

「今のは?」

 ジーンが問う。

「頭の中で明確にイメージして強く念じると、そのイメージした現象を実際に起こせるんだ。今みたいに物を動かしたりするだけじゃなく、自分の身体能力を強化したり、透視や遠見、少し先の未来を予知したりなんかね」

 あとは、時たま見ることがある予知夢であろうか。

「少し先の未来って言うと?」

「さっきの戦いみたいに、次の攻撃を一瞬早く知って、対策を打てるくらいかな」

 圧倒的に力の差があったはずの先ほどの戦いで、彼が攻撃をしのぎ続けることができた大きな要因がこの能力だ。

「なんだか、魔法よりも強そうに聞こえるけど」

 ジーンはそう言う。

「そこまでじゃないよ。出力、って言えばいいのかな? いくらイメージが出来ていても、それが足りなければ現象は起こせないから。例えば、今の僕じゃ月や太陽を動かすなんてできないし、上手くイメージできない現象を起こすこともできない。それにこの能力は、魔力の多いものに程効きづらくて、飛んでくる魔法をどうにか、っていうのも難しいね。大きな魔力を持った相手についても同じ。魔法とは相性の悪い能力だと思うよ」

 実際には、その力の多様性からかなり有利には戦えているのだが、そんなことを言う。

「一応、その出力も鍛えるごとに上がってはいるんだけどね。とりわけ、死にそうな状況になった時に、力が増してる感じかな」

 そこまで話して、だいぶ本題からずれてしまっていることに彼は気付いた。自分の能力については、不老不死の件とは関係ない。

「まあとにかく、この力に気付いてからはいろいろあって、いじめてきた子供たちに大けがさせてからは、今度は彼らに避けられるようになって、結局、仲が良かったといえるのは姉さんだけだったかな」

「そっか……」

 視線を落としてそう言うジーン。

「それで、僕が不老不死を求める理由としてはここからが本題なんだけど……」

 本題だと言いつつ、この期に及んでまだ言いよどむ。

 それでも、ジーンは急かすことなく、キャスが言い出すのを待った。

 結局、できるだけ言いやすい体裁を整えて話すことにした。

「その元いじめられっ子なんだけど、成長していくにつれてどんどん、その実の姉も同然のお姉さんのことを好きになっていったんだよ……。色恋的な意味で」

「ほう」

 なぜか食いついてきた。こんなところで何百年も暮らしているはずなのに、意外と俗っぽいのだろうか。

「それで?」

 続きを促されて、答える。

「ところが彼は人間で、彼女はエルフだ。しかも、一緒に育ってきた、つまりは歳もほぼ同じ。そいつはこう考えたんだよ、自分は思いを告げるべきなのかってね」

「どういうことだい?」

「つまり、まあ……、寿命が圧倒的に違うってことかな。人間とエルフで年が近いってことは、彼女の方は彼が死んでからも何百年と生きるわけだし。現にエルフの中でも、そういう理由で人間と結ばれることは忌避されてるしね」

 彼が危惧しているのは、彼の思いが受け入れられた場合に問題になることではあったが、とはいえど、その辺のことを考えずに行動に出るのも躊躇われた。こういうのは、真面目さ故,と言うべきなのだろうか。好きだから、でそれを帳消しにできるなどとは考えられなかった。

「そんなわけで、彼は何も言わないことに決めたんだよ。けど、それは一方で、その地に留まる理由がなくなったってことだった。結局、その時点ではそのお姉さんへの想いを告げられないまま、彼は故郷を出て旅に出たんだよ。姉さんにはしつこく止められたけど」

 思いのほか姉の反対が強かったことに、諦めようとした気持ちが揺らいでしまったほどだった。

「それから、旅をするうちに人狼とか吸血鬼とかの永遠の命を持つ存在の話を聞いて、思ったんだ。この方法なら、今よりも長い命を手に入れることができて、あの時みたいに諦めなくてよくなるはずだって」

 最初にそれを聞いた時にはまだ仲間も目的もなかったことも、キャスにそんな目的を設定させた要因だったのだろう。普通はそんな荒唐無稽な考えは持たないものだ。

「永遠の命を求める理由は分かったけど、だったら人魚の肉とかの方が有名だし、良さそうじゃない? まあ、今の世間のことは良くわからないんだけど」

 今度はそんなことを言われる。

「人魚とか吸血鬼とか、昔はどうだったか知らないけど、今じゃ伝承の中だけってくらい情報がなくて。人狼の噂に関しても、だいぶ田舎の方に来て、初めて聞いたくらいだし」

 彼もいろいろ調べてきたが、何せ相手は伝説上の存在だ。今回の噂を初めて聞いた時も、半信半疑だったことを覚えている。

「そっか、今じゃそんなに珍しいのか。確かに、えり好みできる様子じゃなさそうかな。でも、永遠の命を手に入れる手段として頼ってきた以上は、噛まれて眷属になる以外に人狼になる方法も知ってるのかな」

 それについては、今まで調べた情報からキャスも知っていた。

「人狼の血を飲むことで、眷属になることなく力を手に入れられる。そう聞いてる」

 聞いて、ジーンも頷く。

「その通り。でもそれを知っているのなら、話し合いじゃなくて、私を殺して力を手に入れることもできるんじゃない?」

 どのような意図がそこにあるのか、そう問いかけられる。

「いきなりそんなことは出来ないよ」

「どうして?」

「眷属もつくらずに、こんなところに隠れるように暮らしてまで平穏に過ごそうとしてる相手に、さすがにそこまではね……」

 もっとも、断られた場合であればその限りではないのだが、あえて言いはしない。ジーンの方も、恐らくそれは察しているだろう。

「とにかくそんなわけで、僕に人狼の血を分けてほしいっていうのが、僕がここに来た理由」

 そこまで言って相手の反応を窺うと、ジーンの方は、瞑目して何やら黙り込んでいる。

 どんな反応が返ってくるのかとキャスは身構える。こんなところに隠れ住まなければならない彼の事情を慮れば、ずいぶんと軽々しい動機だと思われても仕方ないとは思っている。

「そうだね、言いたいことは分かったけど、それでも人狼はお勧めできないかな。月に一度とはいえ、自分の意思に反して人を狩らずにはいられないっていうのは、実際に何処かで定住して人と暮らすには結構不便だよ。私も諦めたし」

 果たして、帰ってきたのはそんな忠告めいたものだった。

「まあ、だからと言って今すぐ断るってわけでも、了承するってわけでもない。それでも人狼になりたいならそれでもいい。けど同時に、人狼の力っていうのはとても危険なものだから、詳しく人となりも知らずに与えるわけにもいかない。だから提案なんだけど、君、しばらくここに留まってみないかい? とりあえず、次の満月くらいまで」

 その後に、そんな言葉が続いた。

「その間に君は、本当に人狼になりたいのかを、もう一度よく考える。私の方は、君が力を与えても問題のない人間か、見極める。どうだい?」

 この提案自体は、キャスにとっても悪いものではなかった。いきなり断られて、戦うことになる可能性も考慮していたのだ。

「わかった。それでいい」

 だから、素直にそう返す。

「じゃあ、しばらくの間よろしく、キャス」

「こちらこそ、よろしく、ジーン」

 こうして、彼らの生活が始まった

 キャスにとっては、数年ぶりに誰かと暮らす生活だった。

 ジーンにとっては、数百年ぶりの人と暮らす生活だった。

 この時キャスは満月という期限の持つ意味に気付けなかった。


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