第八話 穏やかな散歩
「この後、どうする?」
食事の最中、徐にステラとミセリアへ食後の予定を相談してみる。フィリアのために何かしら食べ物を買って帰るのは勿論だが、問いかけたいのはその後について。
「お母さんに何か買っていって、……三人で適当にぶらぶらする?」
「そうだね。まさか、フィリアさんを置いて山の方まで向かってみるわけにもいかないし」
「……一応、誰かフィリアさんに付いていた方が良いでしょうか?」
「ああ、それもそっか……」
そうなると、必然的にフィリアに付き添うのはミセリアかステラになるのだろう。
「じゃあ、あたしがお母さんに付いてるよ」
「いいの?」
「うん。遠慮しないで、二人で楽しんできて」
「まあ、その辺りを眺めて回るくらいだけどね」
ちらりとステラの方に視線を向ける。
「では、程々に観光して行きましょうか」
「そうしよう」
頷き合い、食後の予定が決まった。
そういう経緯があって、キャスは現在、ステラと二人きりでのんびりと町並みを眺めて回っている。彼女と二人だけで落ち着いて観光する機会というのは思い返してみるとこれまであまり恵まれていなかった。
因みにミセリアは果物でも眺めてくると告げて、食事を終えた時点で別行動。
「そういえば、ミセリアと出会ってからは二人だけで行動する機会も少なくなっていましたね」
「四人一緒で行動するのも良いけど、こうやって観光して回るのも僕は好きだな」
「わたしも、こういうのんびりした穏やかな時間も大事にしたいです」
お互いにまったりと共に過ごす時間を気に入っているようだった。
会話が絶え、周囲の雑踏に耳を傾けながらそこらの建物や、或いは通りかかった店先の商品に視線をやりつつ緩い足取りで通りを進む。ほんの少しばかり冷たい風が時折正面からやって来て、道を反対方向へと駆け抜けていった。
「どこか覗いてみたいお店とかある?」
「……もう少し、通りを眺めて歩きたいです」
「じゃあ、そうしよっか」
道の先まで視線を向けるとこの先で左右に分岐しているのが見受けられる。ここまでは凡そ真っ直ぐに進んできたのだが、どちらの道に向かってみようか。
「どちらに行ってみましょうか?」
こちらが尋ねるよりも早く、ステラが進路を問うてきた。
「うん……右に曲がると多分、湖の方向だよね。見に行ってみる?」
「はい、そうしましょう」
大まかな方角を確認しながら提案すると彼女は二つ返事で頷いてみせる。少しだけ、その微笑みが深まった気がした。
分岐路に差し掛かり、決めた通りに右側の道へ。
また二人でのんびり歩んでいるうちに、キャスはふと一件の店に注意を引かれた。
「そういえばフィリアさんの魔道具、幾つか駄目にしちゃったはずだけど、装備を整え直したりしなくていいのかな?」
武具の並んだ店先を見て呟く。
先程彼女が眺めていた指輪もそうであるし、杖は真っ二つ、透明になる魔法を秘めた外套も破り捨ててしまった。幾つもの魔道具を使用していたフィリアが現状、全部でどのくらいの魔道具を残しているのかキャスは確認していないが、それなりに戦力が落ちているのではないだろうか。
「どうなのでしょう? わたしも後どのくらいの道具があるのか、訊いてませんでした」
話している間にも足は動かしているので、話の切っ掛けとなった店も後方に消えていく。代わりに、遠くには湖の姿。
「まあ、僕らよりずっと歳上で経験も豊富なんだし、心配する必要は…………でも、あれ高いからなぁ」
自分で使用する機会は一切ないが、興味本位で値段だけは確認したことは幾度かあった。実は新しい魔道具が必要なのだが金が足りず、かと言って遥か年下の自分達に資金がないから装備を用立てられず困っていると相談することも出来ない。そんな可能性もあり得るのだろうか。
「フィリアさん、直接的な戦闘は得意じゃなさそうだったし、一応後で確認しておいた方が良いのかも」
ある程度魔力による身体強化を用いた戦闘に通じているのであればよいのだが、直接戦ってみた経験として、フィリアにその辺りの力量があるようには見受けられなかった。つまり、彼女にとって魔道具の有無は攻撃や、何より身を護るために重要な意味を持つことになる。万が一満足な道具に欠けていた場合のことを考えれば「きっと大丈夫なのだろう」で済ませておけない。
「では、わたしが聞いておきますね」
「お願いするよ。お金の方は、必要なら皆で仕事をこなせば直ぐに用立てられるだろうし」
「そうですね。早く、四人一緒でお仕事をしてみたいです」
「……うん。今度は抜け出したりしないよ」
「あ、いえ、そういう意味ではないので、気になさらないで下さい。あの時はまだ、フィリアさん達ともちゃんと仲間にはなれていませんでしたし。それに、そのおかげで助かった人も大勢いるんですから」
ステラの台詞から以前ドラゴンと戦うために仕事を抜け出した前科を思い出して謝罪。ただ、彼女の様子からして本当に気にしていなかったらしい。
因みに、ドラゴンを撃退したことによって故郷への帰還を望んでいた住民達は無事にそれを果たしたようだった。尤も、幾つかの破壊された家屋の家主達はそうもいかなかっただろうけれど。
逃亡したドラゴンの行方については不明で、今のところはどこかの町に降り立ってしまったなどという話も聞かない。
今度は無事に、どこか人里離れた場所をねぐらとしてくれただろうか。
「ところでフィリアさん、僕が壊した指輪の魔道具未だに持ってるみたいだったけど、あれって直したら使えたりするのかな?」
話題を修正しようと、先程の光景を思い返しつつ述べる。
単に指輪としてならば、純粋に力を込めて拉げさせただけなのだから、ある程度修復は可能だろう。ただ、魔道具としての機能がどうかは分からない。その仕組みによっては形を直したところで使用は不可能ということも有り得る。
「あの指輪ですか……」
「何か聞いてる?」
「少しですが。…………人里にお嫁に出る前に、母親から受け取った品だと」
迷った様子を見せつつも、ステラは件の指輪がどういった物だったのか教えてくれた。そして、その内容を受けてキャスは視線を斜め下に落とす。そもそもの原因はフィリアにあるとはいえ少々気不味い真相だった。
「そっか……」
「あの、こんなことを言ってはフィリアさんに悪いですが、キャスさんが気に病む話ではないかと」
少し顔を俯かせながら、ステラはそう告げた。
「そうだね。……でも、何かしてあげられたらいいなって」
「わたしも、そう思います」
母親の凡その年齢を考えれば、その指輪は最早形見だろう。物自体は残ったとはいえ、それが本来の用をなさない程に破壊されたとなれば、一体どのような気持ちだろうか。
何をしてやれるか考えても、自身の立場から出来そうなことを考えつくことはなかった。
しかしながら、ステラの方は違ったらしい。
「何か代わりになるような物をプレゼントしてみたら良いのではないでしょうか?」
「……確かに、魔道具としての代わりなら僕らでも簡単に用立てられるだろうけど」
そこに込められていた思い入れに代わるようなものを自分達に用意出来るだろうか。まだまだ知り合ったばかりの間柄だ。それは難しいように思えた。
「わたし達が用意しても代わりにはならないでしょうけれど、ミセリアが用意した物ならどうでしょう?」
「ああ、それなら良いかも」
母親からの贈り物の代わりに実の娘からの贈り物。フィリアがミセリアを深く想っているのは間違いないし、確かに釣り合いは取れそうである。
「じゃあ、まずはミセリアにこの話をしてみないとね」
果たして本人はこの考えに賛同してくれるものか。
「きっと、協力してくれると思いますよ」
ステラの言う通り、断られるとは考え難い。
問題は、そのための予算をどうするかだ。
「お金、どうしよっか。やっぱり稼ぎに行く必要はあるよね」
「それも含めてミセリアと相談しなければなりませんけれど、フィリアさんも少し休息が必要な状態なのですし、ある意味丁度良いのかもしれません」
確かに、フィリアへの贈り物のための資金をフィリア含めた全員で稼ぐのも違和感がある。彼女をおいて仕事に出向くのであれば今は丁度良い機会でもあった。
「……ミセリアを一人で行かせるわけにはいかないよね?」
「わたしがフィリアさんに付き添っていますから、キャスさんとミセリアで行ってきてもらえれば」
「いいの? こっちに残ってもらって」
「はい。わたしかキャスさんのどちらかは残る必要があるでしょうから。こう言ってはなんですが、このプレゼントを機に、フィリアさんがキャスさんにもう少し気を許してくれたりしたら嬉しいです」
ステラもまた、こちらとフィリアとの間にある溝を気にかけていたらしい。
「そうなると良いんだけど……。これ以上のことはミセリアと合流してからにしようか。僕らだけで先走った話をしても良くない」
「そうですね。丁度、湖もそろそろですし」
その台詞の通り、先程から遠目に見えていた湖が大分近くなってきていた。
二人揃って少しだけ足取りが加速。
「とても綺麗ですね」
「うん」
日差しに輝く穏やかな湖面を眺めながら道を進み、両脇からは建物の姿が途絶えて代わりに広々とした見通しの良い景色が広がりだす。見渡せば、湖の周りをのんびりと散歩している観光客らしき姿も見受けられた。
どちらともなく立ち止まって、改めて周囲を一望。
湖の向こうには雄大なニムン山がどっしりと構えている。あの山を覆う樹木の下では今頃、冒険者達が武器や魔法を振るって戦っているのだろう。しかしながら、そんなことは感じさせない佇まいだった。
麓に広がる平原の方に目をやれば、一仕事終えたらしき冒険者達が帰ってくる姿。
「少し、この辺でのんびりしていきませんか? ここの空気、何だか好きです」
「良いね、そうしよう」
自分達もまた、周りにいる観光客同様に穏やかな時間を過ごすことに決めた。
再び足を動かして、湖面の方に向かう。ステラは何も言わずに一歩後ろを付いてくる。
水際近くに立って改めて湖を見渡していると、心地良い風が吹き付けた。
そのままぼうっと立ち尽くすうちに日差しの暖かさへと意識が向いて、空を見上げるれば太陽と青空、遠くには白い雲。
ステラが横を通り過ぎて更に水際へと接近し、静かにしゃがんで湖面を覗く。
キャスは暫しその後ろ姿を見つめ、そっと視線を空に戻した。
「向こうまで歩いてみない?」
「行ってみましょう」
幾らか時間が経ってキャスが提案すると、ステラもすっと立ち上がる。それから湖面に沿ってゆっくり歩き出した。
「キャスさんの故郷には、こういう場所ってありました?」
「特に山とかはなかったかな。湖はあったけど、ここまで大きくはなかったし、こんなふうに開けた空間にはなかった」
「そうですか。わたしの所には、丁度このくらい大きな湖がありました。森の中でしたので、やっぱりここ程見晴らしは良くありませんでしたけれど」
一呼吸挟んで、少し伏し目がちにステラは続く言葉を紡ぐ。
「することのない日は、よく足を運んでいたんです」
「うん」
彼女の故郷における立場を考えると、どういう光景だったのか想像がついてしまう。
「あの場所もとても落ち着きましたが、ここは明るくて、穏やかな気持ちになれる気がします」
「いつも穏やかだと思うけど」
「そんなことありませんよ」
少し冗談めかして答えると、ステラの顔に笑みが戻った。
「それより、少し相談があるのですけど、いいですか?」
「勿論」
「先ほどフィリアさんの魔道具について話しましたけど、わたしももう少し、装備を整えた方が良いのでしょうか」
和やかな空気のまま戦闘のための相談。
「まあ、ないよりはあった方が良いと思うけど」
非常に強力な結界の魔法と弓の腕前だけでも既に十分強力だが、手札が多いに越したことはない。
「攻撃に使える魔道具でもあれば、もう少しお役に立てるかなと思って……」
「今でも十分凄いって。でも確かに、あの魔力を攻撃にも使えたら助かるかも」
あれだけ強い結界を張れる魔力があるのだから、攻撃に転用すればかなりの威力を期待出来るだろう。
「では、そのうち用立ててみたいと思います。それで、お願いなのですが……」
「ん?」
ステラが言い淀む。
「そのお金を用意するために、今度、一緒にお仕事に行ってくれませんか?」
「いいけど、四人一緒にってこと?」
態々一緒に行ってくれと言う辺り、二人で行こうということなのだろうか。
「いえ、出来ればその……二人で」
「……分かった」
「ありがとうございます。実は、わたしはまだちゃんと一緒に戦ったことがないのに、ミセリアはまたキャスさんと仕事に出かける事になりそうで、何だかもやもやしてしまって。おかしいですよね」
「いや、僕も楽しみだよ」
思い返すと、確かに未だ彼女と共闘する機会を得られていない。そう気が付くと、キャスとしても二人で何かしらの依頼に出向くというのは良い考えに思えてきた。ならば四人一緒でもよいのではないかという意見も脳裏を掠めたが、二人の方が良い。ステラと二人。それこそが始まりだったのだから。
「登頂祭が終わったら、一緒に引き受ける依頼を決めようか。もしくは、次の町で」
「はい」




