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第三話 不調の気配

 昼食としては明らかに遅い時間。しかしながら、夕食と呼ぶにはこれまた明らかに早い時間。そんな時間になって漸く、キャスは食事を眼の前にすることが出来ていた。ちょっとばかり多めの量だ。

 因みに他の面々の分は既に来ていて、それぞれに食事を始めている。隣にはミセリアがいて向かい側がステラ、その隣がフィリア。

 一口食べて味を確認し、その美味しさを感じてから安堵。この状況で頼んだものが口に合わなかったら悲惨だったろう。

「えいっ」

「あ……」

 心置きなく落ち着いて腹を満たせそうだと思っていた矢先、横から出てきた手に皿の上の料理を一口分、攫っていかれる。ミセリアだ。

「うん、美味しい」

 咀嚼し飲み下した後、極自然な様子でそう宣った。

 不満を込めてそのふてぶてしくも愛らしい顔を見つめていると、笑顔で彼女の分の料理が乗った皿を差し出される。自分の分のも食べてよいということだろうか。一口とは言え美味しい料理を攫われた不満から、こちらも敢えてふてぶてしさを装ってそこにある品に手を付けた。

 見た目には瑞々しい野菜を口に含む。

 美味しくない。

「どう?」

「……これはこれで良いんじゃないかな?」

 店側の人の耳を気にして、そう答えた。

「じゃ、交換しよ? あたしには合わなかったの」

「僕にも合わないかな。今は肉と魚の気分なんだ」

「奇遇だね。あたしもそういう気分なの」

「いや、それならそういうのを頼めば良かったんじゃ……」

「……美味しそうだと思ったんだもん」

 ぼそっとした小声。注文をする際に尋ねた限りでは美味しそうに聞こえたのだろう。気持ちは分からなくもない。キャス自身も実際、美味しそうだと思って説明を聞いていた。

「やっぱ外したくないときはお肉だよねー……」

 諦めて脱力したミセリアがそのように呟く。全く、キャスが注文を決める際に考えていた通りの内容だ。

「まあ、何も今日みたいなときに試さなくても良かったんじゃないかとは思うけど」

「絶対いけると思ったんだけどなー」

 空腹に耐えて歩き続けた末にありついた料理が不味くて、ミセリアは悲しそうだった。それこそ自分の分を少し分けてやりたくなる程に。

「そんなに駄目かな? 美味しいと思うけど」

 ミセリアと同じものを注文して食べていたステラがそのように告げて会話に加わってくる。どうやら彼女にとっては舌に合う味わいだったらしい。

「んー……、美味しくない」

「そっか」

 ついにミセリアがはっきりとした感想を口にし、ステラはそのきっぱりとした反論を受けて困ったような微笑み。

「よかったら、私のを食べるかしら?」

 丁度そこで、彼女の母親であるフィリアが食事の手を止めてそう告げた。彼女が頼んだのは焼き魚の料理でキャスが注文した品の一つと同じである。

「んー……いいの?」

「ええ」

「じゃあ、貰うね。この野菜はお母さんにあげる」

「……そうね、私も食べてみるわ」

 ミセリアとフィリアの料理が交換され、それぞれが新しい食事を口に運ぶ。

「こっちは美味しいねー」

「そう、良かった。これも悪くないじゃない」

 どうやら良い形で収まったらしく、キャスも改めて食事を再開した。

 全員空腹だったためか、普段より会話も少ない。

「お母さんさ、あんまり食欲ないんじゃない?」

 少ししてから、ミセリアが徐にそんなことを言い出す。発言につられてキャスもフィリアの方を見ると、確かに皿の上の物が大して減っていない。取り立てて食べるのが遅い人という記憶もなかったが。

「……ええ。何だかあまり食べる気になれなくて」

 本当に食欲がなかったようで、先程体調が悪いと言っていたのを思い出す。

「こっちの魚も殆ど手を付けてなかったもんね。あんまり無理して食べなくてもいいんじゃない? 調子悪いんでしょ?」

「でも、ちゃんと食べないと治るものも治らないでしょう?」

「そんなこと言っても、食べられてないじゃん」

「少しは食べたわよ?」

「……まあ、無理しないようにね」

 気遣いつつも諦めたようにミセリアが告げる。

「あまり辛いのでしたら、一旦休んでから何か食べてもいいんじゃないですか? 暫くここに滞在するんですし、ゆっくり休息してもいいと思いますよ?」

 後を継ぐようにしてステラからも宥める声。

「でも…………いえ、そうね。やっぱり、今日は無理に食べないようにするわ。少し休めば、食欲も湧いてくるかもしれないし。…………今は、そんなに急いで治さなくてもいいんだから」

「はい」

 ステラの意見を聞くと、フィリアは少し考える間を挟んでから肩の力を抜いた様子で同意を示した。

 キャスからすれば自分達の食事が終わるまでの間は食べられる範囲で食べていた方が良いのではと思っていたが、それならそれで構わない。

 何より、三人全員で意見を述べられても煩わしいだろう。

 三人の一連のやり取りに一切口を挟むこともないまま、キャスは料理を味わうことに集中しているのだった。

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