第二話 観光地
「おー……」
「結構、賑やかなんですね。確かに、遠くから見てもそこまで小さな町じゃないと分かってはいましたが」
町まで大分近づき、行き交う人々の様子もはっきり見て取れるようになってミセリアが感嘆の声。ステラからも少々町の規模からは意外に思えるくらいの活気に感想が漏れてくる。
「本当だ。噂じゃ、結構長閑で落ち着いた所だって聞いてたんだけど」
この場所は観光地としてキャスも以前から知っている有名な場所であったのだが、それにしても人が多い。
「でも、賑やかなのも素敵じゃないですか」
「そうだね。これはこれで良い所かな」
「……もしかして、何かあって他所から人が集まってるとか?」
噂に反する活気ぶりにミセリアから疑問。成る程、それならば町の規模から察せられる以上の賑わいにも納得がいく。
「何か、か。……取り敢えず行ってみよう」
「うん。お祭りとかだったら良いなあ」
一先ずこれ以上の推測は止めて、只管に足を動かし続ける。
徐々にすれ違う人々の数も増えて町中に。ある程度進んだところで一旦足を止め、改めて周囲の様子を窺った。
他の町に比べれば明らかに武装した者が多い。装いからして冒険者だろう。つまりは余所者が集まってきているということだ。
「本当に何かあるみたいだね」
「ね。ちょっと物騒な気分にもなっちゃうけど」
同じことに気が付いたらしいミセリアからそんな声。キャスもまた同感で、少々物々しく感じられて仕方ない。
「どうかしたんですか?」
「冒険者が普通より多いでしょう? だから、何か理由があって他所から人が集まっているんじゃないかってことだと思うわ」
一方、特にそれらの要素には気が付いていなかったらしいステラ。
「成る程。どうしてなんでしょうね」
「どこかで聞いてみれば、直ぐに分かるんじゃないかしら」
「そうですね。それじゃあ……まずは、どうしましょうか?」
「ご飯!」
ステラからキャスに対して為された問いかけに、ミセリアが間髪入れず元気の良い返事。
「うん、僕もお腹へったな」
苦笑しつつキャス自身も同意する。朝から休みなく歩き通しで昼食もなし。どこかで落ち着いて何か食べたかった。
「それより、先に宿を見つけて荷物を下ろしてからの方が宜しくないですか? その方が落ち着いて食事が出来そうな気がします」
ステラの方はここで更に食事の時間を遅らせてでも、宿の確保をしてしまいたい様子。彼女がそう言うのであれば、キャスも別にそちらで良いかという気になってくる。
「お母さんは?」
「……出来れば先に荷物を下ろしてしまいたいのだけれど、いいかしら?」
「だって」
フィリアの答えを受け、ミセリアが決断を委ねるかのようにこちらを見上げて短く告げた。
「なら、先に宿を探そうか」
「うん。折角観光に来てるんだし、良いところ探そう!」
「そうだね。お金にも余裕があるし」
「わたしも、それが良いと思います」
四人中三人の意見が一致。
「お母さんは?」
「…………ええ、私も、それで構わないわ」
「……もしかして、具合悪い?」
キャスには常と変わらない様子に見えていたので、ミセリアがいきなりそんな台詞を口にして驚く。
「そうなんですか?」
「え、ええ。実はさっきから、少しだけ」
「……珍しいね、お母さんが体調崩すなんて。初めてじゃない?」
「旅をするようになってからは初めてね。不甲斐ないわ」
どうやら彼女が体調を悪くするのは相当に珍しいようだ。
「…………どうしよっか? 仕方ないし、取り敢えず適当にその辺の宿にしとく?」
兎も角、具合の悪い人物を連れてあちこち宿探しするわけにもいかないため、三人に向けてそのように提案した。
「いえ、大丈夫です。少し、宿を見て回るくらいなら」
「本当?」
ミセリアが念押し。
「ええ。それに、落ち着いて休むにもやっぱり、ちゃんとしたところが良いもの」
「分かった。それじゃあ……まずはあっちに行ってみよう」
「うん」
現在の広く真っ直ぐな道の先をミセリアが指差し、それに頷く。
「無理はなさらないでくださいね」
「ええ、ごめんなさい」
歩き出すと背後からステラとフィリアのやり取りが聞こえてきた。彼女の方はフィリアの不調に気が付いていたのだろうか。
「そういえば、他所の人が集まってきてるんなら宿の部屋も埋まってたりしないかな?」
ミセリアが隣に並んで歩き、フィリアとステラは自分達の後ろ。いつものように帽子をずらして顔を覗かせながら話しかけられる。そして、それは言われてみれば尤もな心配だった。
「……まあ、それなりに大きな観光地なんだし、その辺は大丈夫なんじゃないかな」
「うーん……。そうだね。心配しても仕方ないか」
後ろの二人を先導しながら、きょろきょろと二人であちこちに視線を巡らせて歩く。幾つか見受けられたが、場所柄からか流石に外見からして粗悪な雰囲気のところはない。
ただ、現状見かける範囲の候補だとちょっとした問題がある。
「もう少し人通りの少ない通りで探そうか」
「え、何で?」
「いや、この雑踏に面した宿だと落ち着かないかもなって」
少し町中を見た限り、現在いるのは割と人通りの多い場所であるように思えた。
「あぁ、そうかも」
一度は不思議そうにしたミセリアも納得を示す。特に今は不調のフィリアに休息を取らせるという目的もあるのだ。
「じゃあ、向こうの通りに入ってみよっか」
ミセリアが脇にある道を指差す。そちらの様子を見てみると少し狭い道で、少々進んだ先は突き当り。そこからまた左右に道が続いているようで、それらの道幅も今歩いている通りよりは大分狭い。
「そうだね、行ってみよう」
更に言えば、そもそもその突き当りに当たる位置に一軒の宿が存在していた。やや大きめ。
脇道に入り、その宿の前で左右に広がっている通りを見渡せるようになると人通りの少なさが確認できた。寂れているだとか暗いだとかいうわけでもなく、落ち着いた雰囲気。
「ここで良いんじゃないかな? 結構、良い場所にあると思うんだけど」
和やかな場所にありながら、賑やかな場所にも直ぐに繰り出せる。観光先での滞在場所としては上々だ。そう思って傍らの少女に問いかけた。
「あたしも良いと思うな」
ミセリアの賛同を得て、キャスは後ろの二人に振り返った。
「ここでどうかな?」
「はい、素敵なところだと思います」
まず、少々考える様子で宿の外観を眺めたステラから返事。表情からして気に召してもらえたらしい。
「えっと……、私も良いと思いますけど、もう少し他所を探して歩いても大丈夫ですよ?」
フィリアの方はどうやら、こちらが気を使って早めに宿を決めようとしているのではと心配したようだった。
「いえ、結構良い立地だと思いますし……と言って、万が一部屋が埋まっていたりしたらどうしようもないんですけどね」
「では、一先ず中に入って確認してみましょうか」
「うん」
ステラの声に従ってキャスは前方に向き直り、宿の扉を開ける。
中に一歩踏み入ると、正面から右側に位置する階段から人が下りてくるところだった。
「あら、こんにちは。お客さんかしら」
「はい」
中年のそれなりに美しい女性だ。にこやかに声をかけてくる。キャスが代表して答えると彼女は名を名乗り、宿の主人の妻であると判明。一緒に切り盛りしているらしい。
「ところで……ご予約の方、でしょうか?」
四人全員の顔ぶれを軽く見回しながらの問。
「いえ」
「滞在期間の予定は、決まっていますか?」
「特に決まっていません。旅の途中で立ち寄ったのですが、急いでいるわけでもないので。……もしかして、部屋、空いてません?」
「そういうわけではないのですが……。今度のニムン山の登頂祭までは滞在なさるのですよね?」
どうやら予想したとおり近々何らかの行事が催されるようだ。
「えっと、すみません、あまり詳しく聞いてやって来たわけではないので……。その登頂祭とは?」
「あら、ご存じなかったのですか。失礼致しました。年に一回、誰でも好きにあの山に登れるお祭りがあるんですよ。普段は色々危険なものが彷徨いている山ですから、武器も取れない人は立ち入らないようにしているんです。けれど、この時期になると町の方で大勢冒険者の方を雇って山や周囲の獣とか、魔物を狩って安全を確保して、そうやって普段は山に入れない人達も登れるようにするんですよ」
女性の説明を聞いていくと、どうやらその大きさ、見事さで有名なあの山には何かしら魔物を引き寄せる要素も存在しているらしく、そうやって安全を確保してもあまり長くは続かないらしい。故に行事として日取りを決め、件の山に登れる日を設けているとのこと。そしてそれに合わせ、武器を振るう能力のない人達が普段以上に訪れる。更に言えば、それに先立って大勢の冒険者が仕事を見込んでやってくる。そういった仕組みとなっているようだった。
つまり、自分達も仕事目当ての冒険者と思われていたのだ。
「お子様もいらっしゃるようですし、この機会に是非登ってみられると良いと思いますよ」
ところが違った様子。普通の観光客だと思われたようだった。隣にいるミセリアの表情は、帽子に隠れてよく分からない。
「じゃあ、そうしてみます」
一先ず、反論せずにそのように答えておく。実際、ここで見た目は子供のミセリアが戦えることなど説明しても何にもならない。場が混乱するだけだ。
「はい。ただ、それまでの滞在となると部屋が殆ど予約で埋まってまして。二人部屋が二つであれば用意出来ますが……」
「ああ……」
中々繊細な問題が生じたようで、思わず意味もない声が漏れる。
「……どうしよっか?」
仲間の女性三人に判断を委ねる他ない。勿論、野宿などとなれば同じ空間で寝るのは当たり前だし、また、以前の満月の夜のような特殊な場合であれば、一晩程度の同室も問題には感じなかった。しかしながら、日常的な生活として異性と何日も一つの部屋で、尚且二人きりで寝起きするとなると事情は別。
彼女達にしても、男と寝起きなどとなれば気を使うことだろう。
「うーん……」
ミセリアが軽い調子の呻き声を上げて首を傾げる。
「同室ですか。その登頂祭までは、後何日ほどかかるのですか?」
「今日から丁度、十日後ですね」
「十日……」
ステラが宿の女性に行事が始まるまでの日数を尋ね、思案げに。
その隣ではフィリアが何も語ることなく佇んでいた。一瞬だけ、視線がステラに行く。成る程、彼女としては娘のミセリアを男と同室になどしたくないだろうし、自分がこちらと同室になるのも嫌だろう。この話が纏まる可能性としてあり得るのはステラがこちらとの同室を受け入れる場合だけ。そんなふうに考えているのではないだろうか。
「その……わたしがキャスさんと同室でも構いませんか? 勿論、嫌でなければ、ですが」
「いいけど……そっちこそ本当に大丈夫?」
「はい、わたしも構いません」
どうやら意外とあっさり話が解決したようだ。
「ねえ、折角だし、あたしがキャスと一緒の部屋じゃ駄目?」
そう思っていたところで、ミセリアから何故か同室を申し込まれる。何が「折角」なのだろう。
「ちょっと、ミセリア?」
フィリアが驚いた声。
「駄目? いっつもお母さんとおんなじ部屋だし、たまには別室も面白いかなーって」
「そんなこと言っても……」
ちらりとフィリアの視線がこちらを向く。
「あ、じゃあお母さんがキャスと一緒に寝るとかは?」
「……やめて」
「うぅん……」
不満げなミセリア。
一方、キャスとしては確かに、外見が子供のミセリアと同室というのは一番気を使わずに済む選択肢にも感じられていた。無論、ステラと同室という選択肢にも不満は一切ない。
「どうする?」
ミセリアがステラの方を見上げた。
二人の視線が交差して、一瞬の間。
「分かった。それじゃあ、わたしがフィリアさんと同室ね」
彼女らの間でどのような意思疎通があったというのか、キャスには全く分からなかったが、どうやら合意が取れたらしい。少しだけ残念な気持ち。
「ありがと。まあ、部屋割りは後で変えてもいいんだし、後半はキャスとステラが同室になるのもいいかもね」
「……うん」
「じゃ、決まり! お母さんも、それでいいよね?」
ステラとの話を纏め終えたミセリアが確認とばかりにフィリアへ問いかける。
「………………ええ」
俯いて悩ましげな表情をしてみせながらも、最後は同意。
「キャスも、それでいいでしょ?」
「うん。よろしく」
果たしてこの滞在期間中、どのように過ごすことになるのだろう。そんなふうに思いながらキャスもまた頷く。
「それでは、お部屋に案内致しますね」
こちらの意思決定が済んだのを見届け、女性がそう告げた。




