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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第一章 森に染み入る獣の咆哮
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第五話 見つけられた少女

「おっ、ちょうど出るところだったか」

 朝、ステラが一人、宿を出て次の場所へ向かおうとすると、声をかけられる。

 振り向くと、昨日見かけた赤毛の大男が立っていた。彼の仲間と思しき人物たちも一緒にいる。その内訳は、ギル以外に男が一人と女が二人。

「……え、えっと」

 いったい何の用なのだろうか、彼女は身構えてしまう。

「いやなに、昨日一人でいるのを見かけていたから、ちょっと声をかけてみようかと思ってな。ああ、俺の名はギル、こっちは仲間の連中だ。それで聞きたいんだが、一人で旅してるのか?」

 質問の内容自体は、昨日キャスに聞かれたものと同じだが、状況を考えれば何か意図があっての質問だろう。

「……は、はい。あ、わたしはステラっていいます」

 おずおずと、彼女は答える。

「そうか、ちょうどよかった。ひょっとしたら昨日の話を聞いて知っているかもしれないが、俺たちはこれから人狼の討伐に向かうところだ。それでなんだが、よかったら一緒に来ないかと思ってな。まあつまり、仲間への勧誘ってところだ」

 その内容に、ステラは戸惑う。仲間に誘われるのは初めてだ。

 いったいどうして、話したこともない自分を今誘うのだろうと、彼女は疑問を抱く。

「あの、どうしてですか?」

 彼女はそう質問してみる。

「どうして、か。一人でいるところを見かけたから、なんとなくってやつだ。実力的にも、一人で渡り歩いているくらいだから、きっと問題はないだろう。もし多少劣っていたとしても大丈夫だ。俺たちだけでも人狼に勝てるくらいの実力があるし、君が加わってくれればさらに確実さ。なんだったら、人狼討伐までの一時的な参加でもいい」

 すると次々に話を進められ、さらに戸惑ってしまう。それに質問の答えになっているのかも微妙だ。

 彼女が何も答えられずにいると、ギルは尚も言い募る。

「なあ、一緒に行こうぜ。人狼を倒せば、俺たちは一躍有名人だ。遥か昔に滅んだといわれる人狼の死体を持って帰れば、金も名誉も手に入るし、なんならどっかに仕官だってできる。断る理由なんてないだろう!」

 随分と強い彼の押しに、ステラも考える。

 仲間に誘われた理由は結局よくわからなかったが、もしかしたら困難が予想される戦いの前に戦力を強化したかったのであろうか。

 彼の仲間たちの様子を窺えば、反応はそれぞれだが少なくとも強く反対している人物はいないようである。

 いろいろ考えた末、仲間になるときなんてこんなものなのかなと考え、仲間になってみることにしてみる。一人で旅をするのが嫌だったのは事実なのだから。

「は、はい……」

 彼女がそんな自信なさ気な返事をしたことで、話は決まった。

 その後は残りの面子とあいさつを交わして、宿を出る。

 彼女のこの決断は、どのような結末を呼び込むのだろうか。



 真っ暗な森の中を、彼らはさ迷い歩く。

 頭上では、満月が輝いていた。

 ステラが一向に加わって数日、彼らは無事人狼の森に辿り着いていた。

 誤算だったのは、時刻が夜明け前に迫りつつある現在、いまだに人狼に遭遇できていないことだ。彼らとしては森に辿り着きさえすれば、後は向こうからこちらの存在を嗅ぎつけてやって来るだろうと考えていたのだが、現実には何の音沙汰もなかった。

「おいギル、どうすんだよ」

 仲間の一人である男が、主導的立場にあるギルに言った。

「分からん。場所はあっているはずだが、運が悪いのか、それとも所詮、噂は噂だったということか。とにかく、夜明けまではまだ少しある。それまでは動こう」

 どうやら、人狼を狩ると息巻いていても、彼らの計画はそこまで綿密なものではなかったようだ。

 ここ数日、ステラが仲間として共に行動していた限りでは、彼らも人狼について、何か人より特別な知識、情報を持っていたりする様子はなかった。どうやら普通に噂を聞いて、人の踏み入らない地だということと、帰ってこない者が多いことを根拠にやってきたようだ。適当に相手の縄張りに踏み込んで、銀の武器を以って戦うといった程度の作戦しか当初はなかった。

 正直、人狼に詳しくないステラは本当にそれで大丈夫なのか内心では不安に感じていた。実力が未知数の相手、しかも実在するとしたら、それは幾多の強者を屠ってきた存在ということになる。普通なら気軽に挑むには敷居の高い存在だ。彼らの考え方が軽すぎるのか、それとも相応の実力を持っているとでもいうのか。彼女がこれまでの道中において共に戦ってきた限りでは、前者の気がしてならなかった。

 とはいえ、それをはっきり指摘できるような性格を、彼女はしていない。

 彼らの作戦に変化が生じたのは、彼女の魔法を彼らに説明した時だ。彼女の魔法、無属性の結界の魔法とその強度を知って、彼らはそれを作戦の基盤に据えることにした。

 内容は単純に、結界に閉じ込めて相手が動けなくなったところに全員で止めをさすといういう単純なものだ。もっとも、単純とはいえこれが彼らの手札の中でもいちばん勝率が高そうであるのも確かなのだが。

 ともかく、彼らはそれからも引き続き歩き続けた。

 すると突然、それは起こった。さほど離れていないと思われる距離から、狼の遠吠えが聞こえてきたのだ。

 彼ら全員の顔に、緊張が走った。誰もがそれをただの狼のものと思わず、人狼がこちらを認識した合図として理解していたのだ。

 一人として言葉を発することなく全員が周囲を警戒していると、ほどなくそれはやってきた。

 それは漆黒の毛に覆われ、黄金色の瞳を持った怪物だった。尋常でない速度で走り現れ、彼らから距離を置いた位置で止まる。

 その姿を見て、ステラは恐怖を感じた。いかにも相手の力量が圧倒的にこちらを上回っていそうに思えて、本当に勝てるだろうかと不安になる。

 ステラ以外の面々の反応はそれぞれだ。彼女同様、恐怖を感じて畏縮する者、それとは対照的に、ようやく出会えた獲物に喜色を浮かべる者。後者の方などは、もう既に勝利の後の光景でも見えていそうだ。

 彼らと人狼が睨み合う。

 恐怖を覚えても、ステラはこの場における自身の役割を忘れてはいなかった。矢をつがえて弓を構え、魔法を込めて放つ。

 放った矢は、彼女の狙い通りに人狼の足元に突き刺さった。

 込められていた魔法が発動し、それは獲物を透明な結界に閉じ込めた。

 それを見て、ギルが待ってましたとばかりに叫ぶ。

「よし、いくぞ!」

 その合図とともに、残りの仲間たちは得物を手に駆けていく。

 しかし、彼らがたどり着く前に人狼が動いた。

 凄まじい咆哮を上げて、人狼が結界を叩く。

 するとそれだけで、ステラの張った結界は音を立てて破壊されてしまった。そしてそれは、彼らの作戦が端から成り立たないものだったことを意味する。

 何をする間もなく、犠牲者はすぐに出た。結界の破壊から一瞬のうちに、仲間の一人である女性の胸を、人狼の腕が貫いている。

 後方に控えていたステラにも、女性の背中から生える漆黒の腕が見えている。

「――――――――!」

 ギルが、その女性の名を叫んだ。

「どうするんだ、ギル!」

 すかさず判断の速い仲間が、彼に問いかけをもってして促す。

「ぐっ……、退くぞ!」

 人狼の能力が自分たちのはるか上をいくことを自覚したのか、恐怖に押された部分もあるのか、一瞬だけ苦渋の表情を浮かべるも、彼は撤退の決断を下す。

 魔法を放ちつつ撤退するが、ステラの魔法が破られるほどの実力差がある以上、彼らの魔法では牽制にもならない。

 人狼が腕を振り払うようにして、死体から腕を引き抜く。仲間の死体は、それが本当に人一人分の重さを持っているか疑わしく思えるほど、あっさりと飛ばされていって、地面にどさりと落ちて何度か転がり、止まった。

 そうして追ってくる人狼を見ながら退いていく彼らの中、ステラは動き出すのが遅れてしまっていた。理由は、自らの結界が破られてしまったせいで仲間が死んだことに、大きな衝撃を受けてしまったからだ。わずか数日の付き合いでも、その死の責任の一部が自分にあるように感じてしまったことで、動きが鈍ってしまった。

 そのせいで、彼女が一番に追いつかれることになる。

 人狼の恐ろしい姿が間近に迫って恐怖に煽られた彼女は、そこから繰り出された一撃を反射的に躱す。

 なんとか攻撃を逃れ、死を免れた彼女だが、その拍子に転んで地面に倒れ込む。

 人狼に見下ろされる恐怖で、声が出せない。

 そのまま恐怖に震える彼女に止めの一撃が振り下ろされそうになった瞬間、それまでその場にいなかったはずの者の声がした。

「待て!」

 その直後、人狼は攻撃を取りやめて背後へと振り返った。同時に、ステラの耳に何かを弾き飛ばした音が届く。

「間に合った、か……」

 彼女にとって聞き覚えのある声が、再び聞こえた。

 ステラが目を向けると、なぜかキャスがそこに立っていた。息が荒く、急いでこの場に駆け付けたかのようだ。先ほどの遠吠えや咆哮を聞きつけてやってきたということだろうか。

 ただそれに気付いても、ステラは何も言わない。こちらを向いていないとはいえ、人狼との距離は何も変わっていないのだから。今はただ、彼の注意がこちらに戻ってこないことと、キャスの実力が人狼に劣らないことを祈りながら、その場を動けずに震えていることしかできない。

 幸いにして彼女の方へ振り返ることもなく、人狼は新たに現れた獲物の方へとまっすぐに駆けていった。彼とキャスの戦いが始まる。

 敵が到着しきる前に、どこからか剣が飛んできて、キャスの手に収まった。彼の魔法なのだろうかとステラは考える。

 戦闘の内容はキャスの防戦一方であったが、一撃たりともまともに受けることなく、彼は敵の攻撃を防いでみせた。それだけでもステラにとっては驚くべきことだった。

 そうして暫しの攻防の後、朝日は昇った。人狼の攻撃が止む。

 しかし、どういう訳か人狼の姿が元に戻らないことに、ステラは動揺する。ギルたちに聞いたところでは、夜が明けたら元の姿に戻るはずだ。彼らの情報が間違っていたのだろうか。

 彼女の視線の先では、先ほどまで死闘を演じていた両者が睨み合っている。

 おもむろに、キャスの方が口を開いた。

「理性が戻ってる、のかな……? だったら、少し話がしたいんだけど」

 どうしてそんなことを言い出すのか、ステラには理解できなかった。あんな存在と何を話すというのだろうか。そもそも、言葉が通じるようには見えない。

 結局その後、人狼は何処かへと去ってしまい、彼の言葉に意味があったのかステラには分からないままだった。

 とりあえず、危機が去ったことに彼女は安心して、一つ息を吐き出す。そして自らを救ってくれた少年の方を見る。

 彼は武器をおろして人狼が去って行った方を呆然と見ていて、ステラが声をかけようと近寄っても気付く様子もない。

「あの……」

 恐る恐る、彼女が声をかける。

「っ――――――!」

 すると、少年の方が飛び跳ねて驚いた。どうやら本当にステラの接近に気付いていなかったようだ。

「どうかしましたか?」

 とりあえず、そんな彼の様子にそう尋ねた。

「いや、なんでもないよ。一応確認するけど、怪我とかしてないよね?」

「はい、おかげさまで」

「そっか、良かった」

 ステラも、自身だけでなくキャスも無事な様子を確認できて、安心する。

「あの、それで……、さっきは、助けてくれて有難うございました」

 安堵してお礼を言っていると、目の前仲間を死なせてしまったことが頭に蘇る。

「いや、好きでやったことだから。……どうかした?」

 そんな彼女の様子に、彼も気が付いたようだ。心配して声をかけてくる。

「はい……」

「聞いてもいいかな?」

「それは…………、わたしの魔法が破られたせいで、仲間の方が一人、亡くなられてしまいましたから」

 正直にそう言った。

「まぁ、しょうがないんじゃない」

 すると、冷たい声音でそんな言葉が返ってくる。

「え……?」

 言葉の内容よりも、その冷たい声音に動揺して、思わずステラは声を出す。心のどこかで、自分の失敗を彼に攻められているように感じたのかもしれない。

 しかし続いた言葉は、彼女が今まで考えてこなかった部分を糾弾するものだった。

「だって、わざわざ隠れ住んでいる相手を探し出して、金と名誉のために殺そうなんて、碌な人間のすることじゃないよ」

「っ――――」

 それを聞いて、ステラは自らの誤りを理解した。彼が暗に非難しているのは、元は人間のはずの人狼を、獣や魔物へそうするように、無感情に、あるいは我欲のために狩りの獲物として追い立てていることなのだろう。事実、ステラも人狼のことを獣か何かとしてしか見ておらず、普段人の姿でどのようにここで暮らしているのかなど、考えもしなかった。

「あっ、いや、ええと……」

 さらに落ち込んでしまったステラへと、キャスが戸惑ったような反応を見せて、何か言おうとする。

「いいんです、おっしゃる通りですから……」

 しかし彼女は何か言い繕われるのを拒否した。彼女自身で自らの行いを理解した今、彼の非難をしっかりと受け入れておこうと思ったからだ。

「そういえば、あの人たちの仲間になったんだ?」

 キャスの方はステラの言葉に何を思ったのか、話題を変えてきた。

「…………はい」

 今となっては、その選択が本当に良かったのか、彼女には分からない。自分がいなければ、恐らく先ほどの戦いでギルたちは全員死んでいただろうし、かといって、人狼を仕留めてやろうなどといった行いがどういう意味を持つのか、先ほど思い知ったばかりだ。

 いったい自分はどうするべきだったのか、戻ってあの人たちと合流した後どうするべきなのか、それらが彼女を思い悩ませる。

「うん、仲間はいた方がいいよ。一人じゃ不便なことも多いしね」

 キャスの方は、そんな当たり障りのない言葉をかけてきた。

 何か返事をしようと思って、ステラは先ほど気になったことを尋ねる。

「あの……、キャスさんは……」

「僕が、何?」

「人狼の討伐にやってきたんじゃ、ないんですか?」

 それ以外の用向きでここまでくる用事を、ステラは思いつかなかった。とはいえ先ほどの発言から、討伐目的でないことも理解している。

「討伐、ってわけじゃないね。できれば戦いたくないし」

「さっきも、人狼相手に話しかけていましたけど、言葉が通じるものなのでしょうか?」

 先ほど話しかけていたことについて聞いてみる。

「うん? まぁ、その可能性もあるかと思ったんだけど……」

「そういうものなんですか……」

「いや、確かなことは言えないけど、人狼については、そっちの人たちはどのくらい知ってた?」

 どうやら彼自身も確信をもって話しかけていたようではないらしい。逆にこちらの内情について聞いてきた。

「……はい、わたし自身は、里を出て、初めて名前を聞きました」

 ひょっとしたら里の中にも知っている者は多かったのかもしれないが、それらに疎んじられ、接する機会の少なかった彼女は、人狼について何も知らなかった。ギルたちに誘われたのを切っ掛けに、今回ようやく知ったのだ。

「とりあえず、人狼が普段は人の姿で、満月の夜には強制的にさっきのような姿になるってことは知ってるよね?」

「はい、仲間の方に教えていただきました」

「うん、じゃあ他には何を聞いてるか教えてもらえる?」

「えと……、銀の武器が有効だってことと、変身すると、人を襲わずにはいられなくなって、仮に殺されなくても、噛まれた人も人狼になっちゃうから、大事になる前に殺さなきゃならないんだ、って」

 人狼について、ステラはギルたちにそう説明されていた。

「まぁ、その辺はあってるんだけど、そうやって眷属を増やす気があるなら、とっくにやってるはずなんだよね。例の噂自体は何百年も前からあるって話だし」

「つまり、どういうことでしょうか?」

「たぶん彼、いや彼女かもしれないけど、彼は人を襲うのが嫌だから、わざわざ山奥の森に一人で引きこもってるんじゃないのかな」

 それを聞いて、ますます彼女の顔色は冴えなくなる。

「じゃあ、わたしたちがやったことって……」

「うん、人狼だってことだけを理由に殺されそうになるなんて、あんまりだよね……」

 その言葉が、最もステラの胸に突き刺さった。エルフではないことを理由に差別されていた自分がそのような判断をしていたと指摘されたせいだろうか。

「そういえば、仲間の人たちとは、上手くやれてる?」

 再びキャスが気を使って話を変えようとしてくれるが、先ほどから自らの行いについて突きつけられ続けたせいで、ステラには答える気力がなくなってしまっていた。

「…………」

 答えなければと思いつつも、言葉が出てこない。

 そんな彼女の様子に、彼もこれ以上は逆効果だと判断したのか、別れの言葉を切り出した。

「じゃあ、僕はもう行くけど、一人で戻れるかな?」

「……はい、どこかで仲間の方たちとも合流できると思いますし」

 なんとか、それだけ返した。

「そっか」

「あの、先ほどは討伐に来たのではないと仰っていましたけど、じゃあ、キャスさんは何のためにここへ来たんですか?」

 最後にそれだけ聞いておくことにした。どこかで一人に戻るのが嫌だったのかもしれない。

「ええっと、秘密」

 困った様に誤魔化した彼の様子、けれど今のステラにはどうしてか、好ましく思えた。本当に少しだけ、心が軽くなったような気がする。

「じゃあ、もう行くね。暗い話ばかりになっちゃったかもしれないけど、会えてうれしかったよ」

 落ち込み続けるばかりだったステラに、彼はそう言ってくれた。嘘だとしても、それを彼女は嬉しく思う。

 だから彼女は最後に、何かお礼をしておこうと思えた。

「あの……、最後に、これを。助けていただいたお礼です」

 そう言って、短剣を差し出した。銀でできた短剣だ。ギルたちから預かっていた品だったが、それよりも、これから人狼の去った方へと赴くであろう彼へ、保険となるこの武器を持っていってほしいと思ったのだ。彼に戦う気がなくとも、人狼側がどうかは、結局のところ確信できるわけではないのだから。それに、彼女自身の分は、死んだ仲間の女性の品を譲り受ければ補える。死体は放置されているのだから、埋葬していく代わりに貰っていってもよいだろうと判断している。

「ありがとう」

 キャスの方も、素直に受け取ってくれた。

 ステラは彼が去って行くのを、見えなくなるまで見送っていた。



 女の死体の埋葬を終えた彼女が、とりあえず村に戻るために移動して暫く、なんとかギルたちを途中で見つけることができた。

 当然というべきか、彼らの様子は悄然としたものだった。

 ステラが現れると、皆一様に驚いたような表情をする。ずいぶん待ってもやって来ないし、あの場で死んだと判断されていたのだろう。

「よかった、生きてたのか」

 ギルとは異なる仲間が、彼女の無事を確認してそう言った。

 ギルの方は、何を考えているのか分からない無表情で、一度こちらを見ただけだ。

 それから彼らは、ほとんど無言のままに村へと帰り着くのだった。



 村へ戻ってからの空気は、出発した時と真逆で、帰りの道中以上に最悪だった。

 そうまで空気が悪い原因は、仲間の一人が死んだこと以上に、それに対してギルが大いに荒れていたことだ。

 道中はほぼ口を開かず無言を貫いていた彼だったが、いったん落ち着いてからは逃げるように酒を飲み続け、人狼への恨み言を吐き続けていた。

「ギルさん、そんなに飲まない方が…………」

 酒場で働く美しい女が、彼を心配してそう言った。村を出る前の彼とは全く様子が違ってしまっていて、その女性はとても不安そうにしている。

 彼が面識を築いていた他の村人たちも、実際に人狼と遭遇して仲間を殺されたといって酒びたりになっている彼に、なんと声をかけたものか分からず、遠巻きにして様子を窺っていた。村の人々からしたら、本当に人狼を見たのか尋ねてみたくはあるが、うかつに声をかけられる雰囲気ではなかった。

「ああ、分かっている……」

 ギルの方は女性の方を見ることもなく、気のない返事を返していた。その様子からすると、本当に飲むのをやめる気はなさそうだ。

 女性も、諦めたように悲しそうな顔をして去っていった。

「なあギル、これからどうするんだ? あいつが死んじまったのは残念だが、いつまでも荒れてるわけにはいかないだろ」

 見かねたように、仲間の男が声をかける。その言葉に、ギルがようやく反応する。

「どうする、か。決まっている。このまま引き下がるわけにはいかない。絶対に仇を取るんだ。次の満月に合わせて、もう一度森へ向かう」

 視線を下に向けたまま全く動かすことなく、淡々とそんな内容を決定事項として告げるギルに、彼の仲間たちは何も言えなくなってしまう。

 ステラも、キャスとのやり取りでいろいろと思うところもあったものの、ギルの様子の異常さに、この場で一人だけ抜けるとは言えなかった。自分の魔法が破られさえしなければ、あの女性は死ななかったという気持ちが、そうさせる。もう何がどうあれ、賽は投げられてしまったのだと諦めるしかなかった。

「次の満月までにきちんと作戦を立て直して、今度こそ勝ってみせる。悪いが、付き合ってくれ」

 こうして、彼らの人狼狩りが継続されることが決められた。


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