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第二十一話 裏切り

 ステラの話によると、夜半、キャスが急に立ち寄りたい場所があると言い出したのだとか。どこであるのか詳細なところは聞けなかったが、彼女と出会う以前の思い出にまつわる事柄で、彼がどうしても頼み込んできたために断れなかったのだそうだ。

 正直な話、今この状況でそんな自由行動を取りたいなどと、随分と迷惑な話である。自分勝手が過ぎるのではないだろうか。これだから男は、などと思ってしまう。

 そのまま向かわせたステラもどうかとは思うが、彼女からは直ぐに謝られたため、責めることは出来ない。こちらの娘までが無断で姿を消していたというのだから、尚更。

 結局、夜が明けるまで待っても、両者は戻ってこなかった。

「仕方ありません、わたしたちだけで向かいましょう。キャスさんと合流してれば、きちんと戻って来れるはずですから」

 彼にはステラの髪を一部切り取って渡してあり、それがあれば件の不思議な力を利用して彼女の位置を把握できるらしい。こうして出発するというからには、本当なのだろう。態々残されていた荷物を使って偽装を施していったミセリアも、彼と一緒に戻って来れるはずだ。

「ええ、そうね」

 それにしても、あの娘はどういった意図で、場を外した男の方について行ったのだろうか。

「大丈夫ですよ。子供でもないんですし」

「子供…………。それもそうね。あんな姿だからか、どうしても、子ども扱いしてしまって」

 娘が、それも今度は人里離れた地で勝手にどこかへと行ってしまったのは非常に不安であるものの、今は行動するしかあるまい。

 仕方なく、フィリアは娘の分まで荷物を携えて、ステラと共に目的とする魔物がいる場所を目指した。戦力まで半分になってしまっているが、最悪、自身だけでも依頼を達成するくらいは可能な難度だ。今回相手にするのは数を強みとする手合いであるため、死体の数だけ戦力を増やせる自分とは、相性が良いのである。

「そろそろでしょうか?」

「聞いた限りだと、この辺りで森の方に移動しておいた方が良いかもしれないわね。これ以上街道に沿って進むと、ドラゴンの縄張りに入りかねないでしょうし」

 一瞬、まさかミセリアたちの向かった方向はそちらではないかなどと思い浮かんだが、彼女のついて行ったキャスという人物も、そんな無謀な真似に及びはしないだろうと思考を振り払った。

「……そうですね」

 同意を受けて、共に街道から逸れた方向へと進みだす。普段から、道を外れて一歩を踏みだした際に、フィリアは決まって仕事の開始を感じる向きがあった。

「そういえば、この仕事を選んだ時にも平然としてたけど、あなた、流石に度胸があるのね」

 もっとも、街道を外れた途端に魔物が襲ってくるわけでなし。ステラの落ち着き方が意識に留まったこともあって、話しかける。生まれ育った場所を出てまだ三月。それ以前に何か戦いの経験があったとしても、一歩間違えばドラゴンと遭遇しかねないこの場所へと赴くにあたって、随分と落ち着いたものだった。

「どういうことですか?」

「ほら、普通なら、ドラゴンのいる所の近くなんて、近づきたがらないじゃない」

 縄張りの外まで出張ってくる可能性などそうそうないとはいえ、それでも敵いようもなければ逃げようもない相手のねぐらすれすれなど、忌避するものだろう。

「度胸のあるつもりはありませんけど…………、あまり意識してませんでした」

 返ってきたこの答えは、考え足らずの鈍さと捉えるべきか、それとも本当に、過剰に敵を恐れることのない度胸と捉えるべきか。

「でも、そもそもが命懸けの職業なんですし」

「限度があるでしょう?」

 やはり、鈍さの方かもしれない。

「それもそうですね」

 冒険者は確かに命懸けの職業であるが、普通はそれなりに生き残れる可能性の高い依頼しか受けないものだ。生還の見込みの薄い危険は、むしろ積極的に避ける職種である。自分も、過度に危険を恐れる性分であったが故にここまで生き残れた。

 恐らくは殺すことになるだろう人物の心配をしても、仕方ないことであるが。

「フィリアさんは、冒険者になったばかりのころとか、どうだったんですか? 今は平気なんですよね?」

「私だって、普段なら態々必要以上に危険な依頼なんて受けないわよ。ただ、今回は…………何となく、いつもと違うことをしてみる気になったから。それに、戦力にも余裕があるはずだったし」

 本音を言えば、この依頼は、その達成後にキャスとステラの二人を相手にすることを見越してのものなのだ。依頼が終わった頃にはそれなりの数の死体が手に入り、ドラゴンの縄張り近くである故に、誰かに余計なものを見られる心配も極めて少ない。

 ミセリアには悪いが、例の約束は、現地で依頼内容を達成した時点で期限とさせて貰っている。ただ、それまでは一先ず、彼女との約束にきちんと向き合うつもりでもあった。

「すみません。どうにも、自由な人で……」

「いいのよ、うちの娘もついて行っちゃったんだし。本当、いつまで経っても落ち着きがなくて」

 今回のことに片が付いた暁には、きちんと話し合わなくてはなるまい。

 それから、先程問われていたこちらの駆け出し時代について言及する。

「最初のころは……特に危険そうなものは避けていたわね。あの頃だと、ミセリアもまだ本当に子供だったから」

「依頼を受けている間は、どうしていたんですか?」

「…………どうしようもなかったから、あの娘も一緒に連れていっていたわ。おかしな話だけど、昔の方が大人しくて落ち着きがあってね」

 泣きそうになりながらも、黙って自身の背後で大人しくしていた娘の姿を、良く覚えていた。あのころはまだ、その身に起きたことも満足に理解しきれていなかったはずであるが、決してこちらの邪魔になるまいとしていたのである。或いは、自身の母親の方がよほど余裕のない状態であると、伝わってしまっていたのかもしれない。

「私の戦い方も、あの娘を守りながら依頼をこなしていくのに相性が良かったの」

「どういった戦い方だったのか、聞いても?」

「あなたも知ってるのでしょ、私の魔法」

「……ええ」

「……あの娘くらいに起こしてしまうと、私が無理矢理言うことを聞かせたりは出来ないのだけれど、普通なら、好きなように死体を操れるの。だから、多少の魔物を狩る程度の仕事であれば何とでもなったわ。魔物でも獣でも、最初に数体倒すことが出来ればそこから幾らでも戦力を増やせるのだから」

 遠距離から魔法で相手を仕留め、仕留めた相手は自分たちの盾に。自分一人で相手するには多少手に余る仕事には、事前に死体の兵力を集め、数の力で対応した。

「でも、最初に一、二体倒すだけでも大変だったんじゃ」

「一応、魔法は得意だったし、手元に魔道具があったから、それで何とかなったわ。素人がいきなり命懸けの仕事に手探りで挑むのだから、確かに大変だったけど」

 その魔道具は、母が嫁いでいく自分に渡したもの。あのときにはどういったつもりで寄越したのか理解できなかったが、母なりに、こちらが嫁ぎ先で上手くいかなかった場合を見越していたのだと思われる。

「そのうちにミセリアが手伝うって言い出してね。私は反対したのだけど……。あんな身体になっても、見た目以外の部分は成長するみたいで。いつのまにか自分の魔法を使えるようになってて、私の持ってる魔道具なんかも使えるようになってたわ。それに接近戦の才能が多少あったみたいで、あの娘、結構強いのよ」

 正直、今でも娘が戦うことに抵抗はあるのだが、それでも娘の見せた成長は嬉しいものがあって、フィリアが現在しているのは、人生初の娘自慢だった。

「いえ、親の欲目かしらね? 皆、平均的にどの程度使えるものなのかは、実はよく知らなくて。それに、武器を持って直接戦うのは、私自身は凄く苦手で」

「一度戦っているのを見ましたけど、強いと思いますよ。わたしが一人で苦戦していた時に、助けてもらいました」

「そう…………」

 言葉に詰まる。

「ねえ、あなたの方はどうなの? 冒険者になってからは日が浅いにしても、その前の戦いの経験とか」

「わたしは……お恥ずかしいですが、戦いはあまり得意ではないみたいで。里を出てから何度か戦う機会はあったのですけど、助けられてばかりです」

「そうなの? ミセリアから、守りは凄そうだったって聞いてるわよ」

「守りだけなら自信はあるのですけど、攻撃が……」

「…………気を悪くさせたら悪いのだけど、今回の依頼、大丈夫なの?」

「いえ、今回のような相手なら、問題ありません。別に、怖いのは数だけなんですよね?」

「ええ。囲まれないように、気をつけなくちゃね。先にこちらが見つけられれば、言うことなしなのだけれど」

 これから共に戦うステラの実力に話を向けてみたが、攻め手には自信がないようだ。とはいえ、「今回のような相手なら」というからには、大丈夫だと思いたい。彼女の装備を見る限り恐らく、普通の弓が通用しないほどの防御や回避力を有した相手だと、撃破が困難になるのだろう。

「そろそろ、でしょうか?」

 他愛のないことを話しながら、二人して目的の魔物を求めて進んで行った。周囲で折れた木々が見受けられ、動物の一匹も見当たらないというのは、まさかドラゴンがここに足を運んだ形跡かと不安である。

「そうね。ギルド側の話だと、ドラゴンが町を奪ってからここ一月以上は誰もこの場所に向かってないそうだから、むしろ敵も早めに出てくるかと思ったのだけれど、ここに来るまで、他の動物の姿だって碌に見かけられなかったし…………。もしかしたら、ドラゴンが現れた影響というのは、私たちが考えているより大きかったのかもしれないわね」

「縄張りから離れた場所でも、他の生き物が逃げ出したりするものなのですか?」

「分からないわ。ドラゴンが縄張りを移してくることなんて、滅多にあることでもないのだし」

 ただ、不自然に何者の姿も見受けられないのは事実。動物たちが姿を消したこの場所に魔物だけが残っているのかは期待薄だ。ミセリアとの約束についても、この場合どのように考えるべきか判断に困る。しかも、約束を交わした相手はこの場にいない。

「どうしましょう?」

 そんなステラの台詞と共に、鳴き声。魔物のそれだ。認識したと同時に、フィリアの神経が研ぎ澄まされる。

 次いで、自身とステラを取り巻く透明な壁が現れた。

「先にこちらが見つかったみたいね。それで、これはあなたの魔法?」

「はい。こちらから攻撃を飛ばす分には障害になりませんから、安心してください」

 その言葉を確かめるため、フィリアは指先で壁に触れようと試みる。

「…………それは便利ね」

 指は何の感触もなしに壁を越えた。

「ところで、姿が見えませんけど、どうしたんでしょうか」

「仲間が集まるのをどこかで待っているのよ、多分。ドラゴンが来て他の動物たちがいなくなったというのなら、私たちは久しぶりの獲物に見えているのでしょうね。相当気が立っているはずだから気を付けて、という所なのでしょうけど、これなら心配は要らないかしら」

 壁の外側に出した指を曲げてみると、外側からであれば壁に触れられることが確認できる。本当に、内側からのみ障害にならないようだ。

「不思議な感じね、魔物に対して一方的に攻撃できるなんて」

「ええ。あっ、来ましたね」

「念のために聞くけど、これ、壊されたりしないわよね?」

「絶対に大丈夫です」

 こちらへと駆け寄ってくる深緑色を眺めながら尋ねると、思いの外強い語調で返された。駆け出しの冒険者には似つかわしくないほどの、己の魔法に対する自信がそこに窺える。

 フィリアが手にした杖を握る手に力を籠め、敵の接近を待ち構えていると、隣で弓を構えたステラが先に戦いの口火を切った。二発の矢が続けざまに放たれ、一射目が敵を怯ませて、次の矢が止めを刺す。当人は攻撃を不得手であるように語っていたが、その技量だけであれば大したものであるようだ。

「あら、普通に凄いじゃない」

 感想を漏らしながら、フィリアも魔法による攻撃でそれに続く。

「ありがとうございます」

 魔法により生み出された氷の矢が魔物の頭を一撃で砕き、屍へと変えた。死体の再利用に差障らない程度の倒し方である。

 こちらが一体仕留めると、隣の彼女もまた一体と仕留めていき、手際よく接近する魔物たちを倒していった。遠距離攻撃の人手が多い分、普段に比べると明らかに容易で緊張感に欠ける、正しく作業とでも呼ぶべき戦いである。

 途中、この結界の強度を確かめたく思い、敢えて二体ほどの到達を許してみたが、彼らの爪や牙程度でどうにかなる代物でないことが確認できた。そうなると、戦いからいよいよ緊張が失せてしまう。

「何だか、嫌にあっけなく終わりましたね」

 機械的に攻撃していくだけで、十三体の魔物全てを倒しつくしてしまった。隣のステラも拍子抜けしたように呟いている。これだけ便利な魔法の持ち主であれば大抵の戦闘は余裕だったのではと思うが、そうでもないらしい。

「あなたの結界のおかげで、普段より楽に終わったわ。ありがとう」

「いえ」

 魔法が解かれ、壁が消える。

 フィリアはその場から離れ、転がる死体の前で立ち止まった。

 まだ、キャスとミセリアが戻ってきていないが、決行のときだろう。むしろ、同時に相手せずに済むだけ、好機。改めてそれを意識すると、先程の魔物との戦いよりも、遥かに緊張が訪れた。

 このまま、ミセリアの提案通りに四人で行動してみるというのも一旦は悪くないのかもしれないが、それはあくまでも一時的なことに過ぎないはずだ。いつか上手くいかなくなることがあれば、その時には再びこちらの秘密も危険に曝される。そして、他人同士が長い時間の中、いつまでも上手くやっていくことが出来るなどとは、フィリアには考えられなかった。

 だから、今この時に、覚悟を決めて禍根を断たなければならない。

「他人と一緒に仕事をするなんて初めてだったけれど、案外、悪くないものなのね」

「そう思っていただけたのでしたら、幸いです」

 深く、息をする。何の落ち度もない他者を殺めるのは初めてだ。フィリアにとっては、かなりの覚悟が要される行為だった。

「あの、フィリアさん?」

 背後から声がかけられ、振り向いて、今から決別する彼女の姿を見ると意味不明な笑いが滲んだ。

「何かしら?」

「いえ、何でも……………………………………、フィリアさん、もし良ければ、これからも、わたしたちと一緒に行動してみませんか? ミセリアも、それを望んでます」

「ありがとう。でも、ごめんなさい」

 ステラが何を思って、そんな誘いをかけてきたのかは分からない。ただ、フィリアはそれに対して、柔らかく拒絶の意思を示すだけである。

 それから直ぐそこに倒れ伏している死体に手をかざし、魔法をかけた。己の魔法を用いて、こちらの制御が効く程度に呼び起こす。

 死体たちが、その損傷を取り戻しながら起き上っていった。

 呆然と一連の様子を眺めていたステラ目がけて襲い掛からせる。もっとも、それらの攻撃は大方の予測通りに、彼女が咄嗟に作動させた魔法によって阻まれていた。

「最初から、こうするつもりだったの」

 攻撃に失敗した十三体の死体たちは、そのままステラを取り囲んで待機させる。そのうち一体は己とステラの間に配置し、盾とした。

「本当に、ごめんなさいね。でも、私にはあの娘が一番大事だから」

 言葉を重ねてしまうのは、本音で殺したくはないと思っているからだろうか。だとしても、やることは変わらないが。

 ステラは何も言わずに俯いて、こちらの言葉を聞いていた。

「この子たちはちょっとやそっとの負傷じゃ……、それこそ、ただの弓矢程度じゃどうにもならないわよ。幾ら刺さっても平気で動き続けるわ。それに、一度起こして命令を与えてしまえば、そのままずっと動き続けるから、そこでじっと待っていても、どうにもならない」

 一度彼女を襲うように命じたこの魔物の死体たちは、例えフィリア自身がこの場を立ち去ったとしても、ステラを取り囲んで機を待ち続けるのだ。そしてここまで窺ってきた限り、ステラには起き上がった死体たちを完全に破壊するだけの力がない。

 つまり、彼女が自身を守る結界の外に出ることは、最早できないのだ。

 下を向いていたステラの顔が上がり、彼女はこちらを見据えた。

「どうしても、考えは変わりませんか?」

「変わらないわ。諦めてちょうだい」

 一方、今度はフィリアが目を逸らす。これ以上、余計な情を抱きたくなかったから。

 少し待って相手から次なる言葉が来ないことを確認し、フィリアは深くため息を吐く。ステラを抑え、残るはあの男。どこかへと姿を消してしまったためにどのような戦い方をするのか全く確認できなかったが、多少腕が立ち、不可思議な力を以っていたところで、数で圧してしまえば問題はないだろう。ここの魔物は魔法を含んだ鳴き声で仲間を集めるそうなので、目の前の死体らを元手にしてさらに兵力を増すことも出来るはずだ。

 そう考えて行動に移そうとしたところで、丁度、待ち受けるつもりであった二人が到着したらしい。疎らな木々の隙間、遠くから歩いてくる彼らの姿に、フィリアは気が付いた。

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