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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第一章 森に染み入る獣の咆哮
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第四話 見つける

 あれから部屋に戻り、再び眠って目覚めたキャスが朝食のために下に降りていくと、昨日の男、ギルと赤毛の少女、ステラが向かい合って何やら話していた。ギルの後ろには彼の仲間と思しき人物たちがおり、少女はこちらに背を向けている。

「なあ、一緒に行こうぜ。人狼を倒せば、俺たちは一躍有名人だ。遥か昔に滅んだといわれる人狼の死体を持って帰れば、金も名誉も手に入るし、なんならどっかに仕官だってできる。断る理由なんてないだろう!」

 どうやらギルがステラを仲間に誘っているようだ。彼女がなんと答えるのか気になってしまい、キャスはその場に立ち止って会話に聞き耳を立てる。

 ギルの言葉を聞く限りは、彼らは人狼退治に向かうつもりのようだ。それに彼女を誘っているのだろう。

 断ってほしい、と彼は考える。

 ギルたちだけであれば彼も何も思うところはなかった。先に人狼を退治されてしまえば確かに困るが、どうせ敗北を喫して屍を晒すことになる確率の方が圧倒的に高いからだ。ちなみに、彼らが人狼と遭遇しない可能性はあまり考えられないだろう。いまから旅立つということは、ちょうど満月の夜には人狼の住むといわれる森にいるはずであり、そうなれば向こうから人間の臭いを嗅ぎつけてやって来るはずだ。満月の夜の人狼は、その血に突き動かされ、人を襲わずにはいられないのだから。

 かといって、彼らを止めようとは思わない。目の前で殺されかけているのならまだしも、彼らもそれを承知で挑もうとしているのだろうから。もっとも、根拠のない自信を持って、大丈夫だと思い込んでいる可能性もあるが。それに、昨日の男の物言いを考えれば、自分達の方が格上とでも思っていそうなあの男が少年の言葉に耳を貸すとも思えない。

 しかし、ステラの方まで向かうとなると、どうしても心穏やかでいられない。

 とはいえ、仲間に誘うのを諦めた以上、他人でしかない彼が変に口出しすることもできない。彼女が断るのを祈るだけだ。

「は、はい……」

 そんなキャスの祈りもむなしく、少女は肯定の返事を返した。

 少し浮かない声音にも思えたが、内気な性格ゆえに、仲間に誘われて緊張でもしているのだろうか。

 ともかく、こうなってしまうと彼としては、彼女が無事に、人狼と遭遇せずに戻ることを期待するしかない。そんな可能性は低いことなど百も承知だとしてもだ。

 そうして、そのまま少女は男たちと出て行った。きっと、彼女が旅立とうとしているところに、彼らがちょうど声をかけたのであろう。

 キャスには、終始ステラの表情は見えなかった。

 彼が出発したのはそれから一日後だった。



 夜明け近くの時間帯、真っ暗に静まり返った森の中、少年が三匹の魔物に囲まれていた。

 魔物の姿はサルの様であり、真っ赤な目、黒い肌に灰色の毛並、大きさは普通のサルよりも二回りは大きいだろうか。いずれも歯をむき出しにして少年を睨み、今にも襲い掛かろうとしていた。

 対して少年の方は鎧も着けておらず、武器と呼べる物もその両手に握った一振りの剣のみだ。囲まれた状態でこの三匹の魔物を処理するべく、剣を構えた状態で微動だにせず機を窺っている。表情はとても落ち着いており、この状況を特に危機であるとも思っていないようである。

 じりじりとサル達が徐々に包囲を狭める。

 少年が目を閉じて軽く息を吐き出したところで、三匹が奇声を上げて同時に飛び掛かる。

 彼の方は、いまだに視界を閉ざしたままだ。

 魔物の持つ鋭い爪が少年を引き裂こうとし、迫る。

 しかし少年、キャスが目をつむったまま、その閉じたまぶたへさらにギュッと力を込め、何事かを念じるようにすると、どんな力が働いたのか、サル達はそれぞれ別の方向に吹き飛ばされた。

 彼らが吹き飛ばされると同時にキャスは目を開き、一気に片を付けるべく、吹き飛ばされた魔物のうちの一匹に向けて走り出す。

 魔物が起き上がる前にたどり着き、倒れた相手、その喉元に剣を突き立て、貫く形で止めを刺し、間髪入れずに次の獲物に向けて振り返り、走り出す。

 次の得物はちょうど起き上がったところであった。

 剣を振り上げ迫りくる少年を見て、とっさに両腕を頭上にかざす。

 しかし、彼が振り下ろした剣はその両腕を切断し、そのままそのサルの様な頭をかち割ったところで勢いが止まる。

 そして、その半分割られた顔面から剣を引き抜いて最後の敵に向き直る。

 仲間を殺されて怒り狂うような心でもあったのか、最後の魔物は先ほどよりも息が荒く興奮した様子で、歯をむき出しにしてこちらを睨んでいる。

 しばしの対峙の後、一人と一体が同時に駆け出す。

 一気に距離は縮まり、魔物の間合いに入ると同時に横なぎの一撃が少年めがけて飛んでくる。

 それと同時、あるいはそれよりも僅かに早いタイミングで少年が跳躍する。魔力を持たず、したがってそれによる肉体の強化もできないはずの身でいったいどのような手段を用いたのか、普通ではできないような高さを飛んで敵の頭上を越えて、そのすぐ後に着地する。

 彼が着地した時にはいつの間にか剣は逆手に持ち替えられており、互いに背を向けた状態のまま、その剣で相手の背中を刺し貫く。

 剣を引き抜き、三匹目が崩れ落ちたことで戦いは終わった。

「はぁ、やっぱりここまで来ると魔物も強くなり始めるか――」

 漆黒の静寂の中、独り言ちる。

 村を出て独り歩き続けること数日、満月の夜を迎え、人狼の森近くで夜明けを待って寝ていると、三匹の魔物がやってきたのがつい先ほどだ。大した相手でもないが、それでもこれまでの道中の魔物よりは厄介だった。

 もう夜明けは近いはずだが、それまでこの三つの死体が転がった場所に留まるのも良くないだろう。血の臭いに誘われて、別な魔物までやってきても面倒だ。

 キャスがそう考え歩き出そうとしたその時、遠くから狼の遠吠えのようなものが聞こえて、足が止まる。今のが人狼のものである可能性を認識していたからだ。少なくとも、魔物の住まうこの領域で、普通の狼ということはないだろう。

 彼は人狼に用はあったが、それは必ずしも戦いを伴う内容ではなかった。よって出会えば戦闘を余儀なくされる今夜の時点での遭遇は、望ましくないのだ。

「やばい、見つかった?」

 それに加え、彼が大昔の人狼の記録を調べた限り、戦って無事で済むとは思えない。彼の心が警鐘を鳴らす

 聞こえた方向に向けて遠見の能力を使い、今の遠吠えがこちらを見つけた故のものであったのか確かめようとする。

 閉ざしたまぶたの裏側に映るかのように、目の前にある光景、その先の先にある景色が脳内を次々に通り過ぎていき、いくらか離れたところにいる人狼の姿を見つける。

 その姿は、あの夢で見たとおりの、まさしく獣、魔物というべきものだった。その視線は、キャスがいる方向とは別の方向へ向けられてる。

 そう、その先にはあの少女、ステラが加わって、彼よりも一日早く出発したギル一行の姿があった。

 それを見たキャスは、考える間もなく駆け出していた。

 あの時見た夢の通りであれば、彼らは難なく勝利するのであろう。

 もしキャスが駆け付けたとして、共に勝利したところで彼の目的を達するには、今度は彼らが邪魔になるだろう。

 しかし、夢が外れてあの娘が無残に食い荒らされて死ぬ光景が先に頭を過ぎってしまい、ここで様子を見ていることが彼にはできなかったのだ。

 脳裏には引き続きその場の光景を映したまま、目には眼前の光景を映して走る。

 人狼と彼らの戦いは既に始まろうとしている

 一行は既に陣形を組み、それぞれの得物を構えている。ステラも、その手に弓を構えて目の前の脅威と対峙する。

 彼女が弓に矢をつがえ、何らかの魔法を込めて放つ。

 放たれた矢が人狼の足元に刺さり、彼を無色の結界に閉じ込めた。

「――――!」

 それを見たギルが何事かを叫び、仲間たちとともにそれに対して走り出す。キャスの能力では、まだ音までは拾えない。

 彼らがたどり着く前に、人狼が大きく息を吸い込み、物凄い迫力の咆哮を上げる。その声は、いまだ走り続けるキャスの下まで聞こえるほどだ。

 そして、その腕を横なぎに払って張られた結界に叩きつける。

「は?」

 思わず、キャスが声を上げる。夢の通りであれば、ここで人狼が何をしようと結界は敗れず、結界の向こうから一方的に殺されるだけのはずだ。あの夢の内容を解釈する限り、そうならなければおかしい。

 しかし、人狼の腕を叩きつけられた結界はあっけなく破壊された。

 人狼の能力は、想像以上に圧倒的なようだ。魔法でもなく、魔力で強化しているとはいえ、肉体のみで結界魔法を破壊するなど、いったいどれほどの力なのであろうか。

 次の瞬間には、彼らのうちの一人があっけなく人狼に敗れ去る姿があった。突き出された腕が、女性の胸の中央を貫いている。

「――――――――!」

 再び、ギルが何かを叫んでいる姿が映る。殺された仲間の名前でも叫んでいるのだろうか。目を見開き、信じられないとでもいった様子だ。

「――――」

 今度は別な男が彼に何事かを告げ、ギルが苦渋の表情を浮かべる。

 どうやら撤退を促す言葉だったのか、各々魔法を放って牽制しつつ、彼らが退却を始める。

 しかし、眼前の怪物が相手ではその魔法も足止めにはならず、あっという間に距離が詰まり、ステラが追い付かれる。

 彼女が紙一重でその一撃を躱すも、その拍子に転んでしまう。

 人狼の金色の瞳に見下ろされる少女、仲間たちは構わず撤退していってしまう。その力の差に助けようもないのであるから、仕方ないのだろう。

 恐ろしき怪物に見下ろされ、少女は震える。目には涙を浮かべ、恐怖で動けないようだ。

 そうして、人狼の強靭な一撃が彼女に振り下ろされようとしたその時、ようやくキャスはその場にたどり着く。

「待て!」

 そんな言葉を聞き入れる理性が残っているとも思わないものの、つい叫びつつ、鞘から引き抜いた剣を人狼に向けて投擲する。

 剣が風を切って人狼に向かう。

 ちょうどその先端が敵に突き刺さろうとしたその瞬間、それはあっさりと振り返った人狼の一撃により弾き飛ばされる。

 息を整えながら、振り返った人狼の視線を受けるキャス。物凄い殺気、冷水でも浴びせられている気分だ。背筋が夜風とは別な理由で冷える。

「間に合った、か……」

 そうつぶやいて一瞬胸を撫で下ろすも、油断はできない。ステラはいまだに人狼のすぐ背後だし、そもそも今度はあの化物を自分が相手にしなければならないのだ。

 今の一撃で意識がキャスに回ったのか、敵は一直線にこちらに向かってくる。対して、一本しかない剣を投げた彼は丸腰だ。

 しかし彼は慌てることなく、魔力の代わりにその身に宿っている力、異能の力を行使する。

 先ほど人狼に弾き飛ばされたはずの剣をその手に引き寄せ、繰り出された一撃を剣で受け流す。腕が痺れそうになるほどの威力だ。

「いけるか……?」

 朝日が昇るまでの時間を考えて、つぶやく。いまの一撃だけで感じた実力だけでも、とても長時間持ちこたえられそうには思えない、倒すとなれば尚更無理だ。

 一撃、二撃と繰り出される攻撃を捌いていく。

 いくらか攻撃が身を掠めるも、すべての攻撃をしのぎ切り、ついに昇った朝日を視界にとらえる。

 しかし、ここでキャスは自身の誤算に気付く。

 朝日が昇って、確かに人狼の攻撃は止んだ。しかし、相手はいまだに人間の姿に戻ることなく距離を取ってこちらを見ている。

「……?」

 油断なく剣を構えたまま、彼と人狼が視線を合わせる。その眼には、先ほどとは異なり理性の色が見えた気がした。荒々しかった息づかいもいつの間にか落ち着いている。

 どうしたことだろうかと考えつつも、一抹の可能性に賭けて、彼は行動をとる。

「理性が戻ってる、のかな……? だったら、少し話がしたいんだけど」

 そう話しかけてみるも、反応はない。先ほどまでのように、彼のことをじっと見つめるのみ。攻撃の気配はもうない。両者にあるのは沈黙だけだ。

 そうすること暫し、不意に人狼は身をひるがえし、四つ足になって駆けて行ってしまった。その速さゆえに、姿はすぐに見えなくなる。

 あとには、少年が一人、取り残されるのみだった。

「あの……」

「っ――――――!」

 危機が去った安堵と、結局自分の言葉は届いていたのだろうかという疑問に首をひねっていると、急に間近から声がかけられ、びくりと体をはねさせる。

 すっかり失念していたが、そもそもキャスがこの戦いに割って入ることにした原因の少女がいつの間にか近くまで来ていた。どうやら、彼が戦っている間に逃げてはいなかったらしい。

 その判断がよいものだったかは別の話だが、キャスにはうれしく感じられた。自分が来たからこそ彼女を救えたのだと、なにがしかの気持ちがわずかばかり満たされるのを感じる。

「どうかしましたか?」

 声をかければいきなり飛び跳ねた少年に、ステラがそう尋ねる。

「いや、なんでもないよ」

 そう誤魔化しつつ、今度はキャスが少女に安否を問う。

「一応確認するけど、怪我とかしてないよね?」

「はい、おかげさまで」

「そっか、良かった」

 それきり、沈黙。だが、彼にとってのそれは安堵によるもので、気まずいものではなかった。彼の口元も軽く笑んでいる。

「あの、それで……、さっきは、助けてくれて有難うございました」

 お礼が告げられる。

「いや、好きでやったことだから」

 そう返したところで、少女の顔色が優れないことに彼は気づく。碧の瞳は伏せられ、顔色も思わしくない。

「……どうかした?」

「はい……」

「聞いてもいいかな?」

「それは…………、わたしの魔法が破られたせいで、仲間の方が一人、亡くなられてしまいましたから」

 問うてみると、そんな答えが返ってくる。

 それを聞いた彼は、自身の心から少女を守れたという満足感が失せ、すっと冷えるのを感じた。ただしそれは、犠牲になった人物を悼むものではない。死んだ女性のことなど、今まで気にも留めていなかった。

「まぁ、しょうがないんじゃない」

「え……?」

 キャスが発した、平時よりも冷たい声にステラが戸惑う。二人の間の決定的な温度差が明らかになる。

「だって、わざわざ隠れ住んでいる相手を探し出して、金と名声のために殺そうなんて、碌な人間のすることじゃないよ」

 そんな本音が、彼の口をついて出た。

「っ――――」

「あっ、いや、ええと……」

 彼の物言いに少女が息をのんだところで気付く。これでは死んだ人間を貶した上に、彼女のことまで糾弾しているようではないか。

 そこまで気付いて、彼は焦る。

 なんとかして言い繕おうと考えめぐらせていると少女の方から声がかかる。

「いいんです、おっしゃる通りですから……」

 碌な人間じゃない、と言われて沈んだ様子だ。そんな彼女を見ると、より一層何とかして慰めなければという想いに駆られる。自分の発言が原因のくせに。

 とはいえ、心にもない意見で機嫌を取るのも憚られたため、少し別な話を振ることにする。

「そういえば、あの人たちの仲間になったんだ?」

「…………はい」

「うん、仲間はいた方がいいよ。一人じゃ不便なことも多いしね」

 自分は常に一人でいることを棚に上げて彼は言う。

「あの……、キャスさんは……」

 窺うように視線を向けられる。

「僕が、何?」

「人狼の討伐にやってきたんじゃ、ないんですか?」

「討伐、ってわけじゃないね。できれば戦いたくないし」

「さっきも、人狼相手に話しかけていましたけど、言葉が通じるものなのでしょうか?」

「うん? まぁ、その可能性もあるかと思ったんだけど……」

「そういうものなんですか……」

「いや、確かなことは言えないけど、人狼については、そっちの人たちはどのくらい知ってた?」

 どうにも、先ほどからの様子を見ると、彼女が人狼についてあまり知らないように見えたため、聞いてみる。

「……はい、わたし自身は、里を出て、初めて名前を聞きました」

 まあ、封鎖的なエルフの里の中で孤立気味に暮らしていたのならしょうがないのかもしれない。

「とりあえず、人狼が普段は人の姿で、満月の夜には強制的にさっきのような姿になるってことは知ってるよね?」

「はい、仲間の方に教えていただきました」

「うん、じゃあ他には何を聞いてるか教えてもらえる?」

「えと……、銀の武器が有効だってことと、変身すると、人を襲わずにはいられなくなって、仮に殺されなくても、噛まれた人も人狼になっちゃうから、大事になる前に殺さなきゃならないんだ、って」

 なるほど、単に金と名誉をもたらす狩りの対象としてしか見ていなければ、人狼についての知識など、そんなものだろう。なにせ、人狼など、一般的には何百年も前の存在だと思われており、この片田舎に潜んでいる可能性があるという噂も、さして知られているわけではない。自分のように、伝承の怪物のことを調べて回ったわけでもない限り、知識がある方がおかしいのだ。

「まぁ、その辺はあってるんだけど、そうやって眷属を増やす気があるなら、とっくにやってるはずなんだよね。例の噂自体は何百年も前からあるって話だし」

「つまり、どういうことでしょうか?」

「たぶん彼、いや彼女かもしれないけど、彼は人を襲うのが嫌だから、わざわざ山奥の森に一人で引きこもってるんじゃないのかな」

 それを聞いて、先ほど彼に言われた、碌な人間じゃない、という発言の意図を理解したのか、ステラは顔を俯かせる。

「じゃあ、わたしたちがやったことって……」

「うん、人狼だってことだけを理由に殺されそうになるなんて、あんまりだよね……」

 人間だということだけを理由に蔑まれた幼少期があるだけに、少し感情的になってしまう。同様の理由で、ステラにも思うところがあったのか、さらに表情が暗くなる。

 このまま沈黙になるのが嫌で、キャスはさらに別な質問を飛ばす。

「そういえば、仲間の人たちとは、上手くやれてる?」

 そのうちの一人が死んだばかりのこのタイミングで聞くべきではないと頭の片隅では思いつつも、なんとなく、彼女が仲間たちと良い関係でやれているのか心配で尋ねる。

「…………」

 沈黙が返ってきたことで、言われずとも察する。あまり上手くはやれていないようだ。とはいえど、だからといって彼にはどうにもしてやれない。場の空気が最底辺に落ち込んだだけだった。

「じゃあ、僕はもう行くけど、一人で戻れるかな?」

 いまだ夜は明けていなかったのだったろうかと錯覚しそうな雰囲気から、もう離れることにする。彼が話すほどに、先ほどから目の前の少女の心は曇っていってしまっている。

「……はい、どこかで仲間の方たちとも合流できると思いますし」

「そっか」

「あの、先ほどは討伐に来たのではないと仰っていましたけど、じゃあ、キャスさんは何のためにここへ来たんですか?」

 今度は自分の目的を問われる。実際、今までの会話からも彼の目的はうかがい知れなかった。

「ええっと、秘密」

 しかし、彼はそう言ってごまかす。倫理や常識からすればむしろ、彼の目的の方が非難されるべきものと理解しているため、明かすことはしない。

「じゃあ、もう行くね。暗い話ばかりになっちゃったかもしれないけど、会えてうれしかったよ」

「あの……、最後に、これを。助けていただいたお礼です」

 そう言って差し出されたのは、銀でできた短剣だった。これから先への保険には丁度良いと考え、彼は受け取っておくことにする。

「ありがとう」

 そう言って、キャスは先刻、人狼が去って行った方へと進んでいった。

 ステラはその背をじっと見ていた。



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