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第十五話 離脱

 四人で出発した後になっても、キャスは支部長から聞かされたドラゴンの件が気になっていた。巻き添えを食わせてしまった人数が多すぎるというのもあるが、何よりも、今の自分が出向けば解決可能であろうことがその原因か。あの森で散々扱かれ、人狼の力も加わって、あの時よりも大幅に強くなっている。一人でも勝てるだろう。翼や魔法の分だけ厄介ではあるが、人狼化した友人程の強さはなかったはずだ。

 あの金色の強敵と再び会いまみえることは、己がどれだけ強くなったかを如実に確かめるためのいい機会でもあるはずで、尚且つ、友人から受け継いだ力と共にそれに臨むのは、何となしに感慨深いことのように思えた。

 また、今回の目的であるフィリアの陥落に、自分がむしろ邪魔なのではないかというのも、キャスは薄々と感じ始めている。近づくとどこか相手の気配が身構えたものになってしまうのだ。一体何が悪いのか。自分がいない方が、ひょっとしたら残りの三人も気兼ねなく交流できるのではないかという気がしてしまう。

 明らかにこちらを避けている相手と行動を共にするとなれば、かなり居心地も悪い。

 そのようなこともあって、野営中の真夜中に目が覚めた彼は、自身が今、どのような行動をとるべきかと思案していた。本音や名分で言えば、大勢の人々のためになる訳でもあるし、ドラゴンの下に向かいたいものであるが、それはつまりミセリアの頼みはステラ一人に任せ切るということで、キャスにとっては多少の抵抗を覚える話なのだ。肝心な時に他所へと行ってしまって、当てにならない奴だなどと思われたくはない。

 目を開けて、夜空の星々を眺める。それからステラが番をしていることを視線だけで確かめて、身を起こした。

「まだ、交代までは時間がありますよ?」

「うん。ちょっと、目が覚めちゃって」

 起き上がると欠伸が漏れる。それから、彼は一通り手足を伸ばして身体を解した。

「二人は……寝てるか」

 親子の方を見ると、並んで横たわっている。

「ええ。少し前に、フィリアさんと交代したばかりですし」

 ステラの声を聞きながら、二人との間にある炎へと視線を落とした。彼が薪に対して異能で火をつけたもので、彼なりのフィリアに対する歩み寄りだ。こちらも奇異な秘密を持っていると知れば多少は態度も軟化しないかと思ったのであるが、反応は芳しくなく、ミセリアが面白がっていた様子ばかりが印象に残っている。

「ごめんね。今回、僕はあんまり役に立ちそうにないや」

 今に至るまでの道中を振り返り、彼は結局、ドラゴンの方に向かうことを決めた。どの道、自分が何とかしてやらなければならない案件であるし、敵の居場所もここから割と近い。ステラに押し付ける負担を考えなければ、迷う話でもないのだ。

 だからこそ、この一行からの離脱を決めた今、彼は謝罪の言葉を吐いたのである。

「いえ、わたしがやりたがったことですし、それにフィリアさんも、その……、あまり、キャスさんのことが得意ではなさそうですから」

 ステラから見ても、フィリアはこちらを苦手としているようだ。

「何かしたわけじゃないはずなんだけどね……」

 苦笑を禁じ得ない。

「仕方ないから、大人しく引っ込んでおくよ」

「では、その分までわたしが」

「……………………でも、最後まで話が拗れたときは、僕に任せてもらうね」

「どうするつもりなんですか?」

「秘密。最後の手段かな」

 流石に、殺し合いになったときの話まで、今から具体的にしておくことはないだろう。当の相手方が、火を挟んだ向かい側にいるのだから。

「ところで、本題があるんだけど」

 視線を彼方へと逸らして、ドラゴンの話題に移る。

「これから向かう先にも関係ある話だけど、ほら、例のドラゴンの話」

「ああ、その話ですか」

「色々確認してみたんだけど、あれが町に現れたのって…………僕のせいなんだ」

 あそこでドラゴンと関わったことまでは、まだステラに話していなかった。話していてまるで自慢のように聞こえたら嫌だなと思ってしまい、そのうちでいいかと胸に仕舞っておいたのだ。

「え?」

「森で友達と暮らしてる間に、遊び半分でちょっかいかけちゃってね。一応、僕らが勝ったんだけど、負傷した相手に逃げられて……」

「ええと、よく分からないのですが」

「誘われたんだよ。近くにドラゴンがいるから、見に行ってみないかって。自分と二人がかりならきっと何とかなるって言ってね。僕も面白そうだからってそれに乗っちゃって……。まさか、こんな形で他人を巻き込むとは思わなかったな」

 自分たちの遊び半分の冒険の余波で町一つを丸ごと占領され、住人全員が追い出されるなど、とんだ迷惑をかけたものである。予想の仕様もなかった。あんな場所に住んでいたというのに、人の建造物をねぐらに選ぶとは。

「そう、ですか……」

 形容し難い反応だが、こんなことをいきなり話されれば、それも仕方ない。ドラゴンに勝ったというだけで、普通に考えれば荒唐無稽な法螺話である。

「…………呆れた?」

「別に…………いえ、すみません。多少は」

 大勢の人が巻き込まれたとか、そもそもが無謀だとか、色々と嘆息されて当然の要素が詰まった事柄ではあるが、彼女から率直に言われれば、キャスの心にもずしりと来るものがあった。

「そっか。そうだよね」

「あの、軽蔑してるとかじゃないんですよ? 現実離れしてるなっていうだけで」

 そんなふうに言ってもらえれば、気は楽になる。

「で、そのドラゴンがいる場所と、今向かってる場所って、結構近いよね」

 だが、最も重要な話題はここからだ。

「……もしかして、あの依頼を受けてきたんですか?」

 これだけで、ステラもある程度は察してくれたようである。

「いや、そういう訳じゃないんだけど………………。まあ、内容的には近いっていうか」

 正面からわがままを切り出すとあって、物怖じから多少の間が空いてしまった。果たして、馬鹿げた事実の暴露に続く馬鹿げた願いに、彼女は何を思うだろうか。

「ごめん。ちょっとだけ、行ってきても良いかな」

「……つまり、お一人でドラゴンに?」

 「駄目かな?」という意味を込めて、控えめながらに視線を送る。

「お願い。どうしても、あの時の冒険に決着をつけたいんだ」

 最後に出てきたこの台詞こそが、いくつかあるドラゴンとの対峙の理由の中で、最も強いものなのか。

「駄目じゃないですけど……」

 初めてというくらいに、彼女から盛大なため息が聞こえてきた。どうやら、相当に面白く思っていないらしい。急に全てを押し付けて抜け出すと言い出しているのだから、当然のことだ。

「分かりました。絶対、生きて帰ってきて下さい」

「……ありがとう」

 終わったら、何かしらの埋め合わせが必要かなと、礼を告げながら頭の片隅で考えていた。

「今直ぐ出発を?」

「うん。早めに戻ってくるためにもね」

 真夜中だが、ステラの方が上手くいかなかった場合にはドラゴンとの決着をつけた後、そちらにも駆けつけなければならないのだ。

「お気をつけて」

「ああ、その前に、もう一個だけ」

 正確に彼女の下に戻ってくるために、彼には必要なものがあった。

「速めに戻って来れるように、目印があると助かるんだ」

「目印?」

「ほら、人魚たちを追いかけた時みたいにさ」

 念視のための手がかりを彼女から貰えれば、容易にステラを見つけることが可能だ。何かしらの問題が発生して居場所を見失うということも、先ずなくなるだろう。

 ただ、そのために要求しているのは、言ってしまえば身体の一部であり、普通ならば経験しないような気恥ずかしさを感じていた。

「ええと、何を渡せば?」

 求められた方からも、戸惑ったように尋ねられる。

「髪が少しあれば」

「分かりました」

 承諾と共に短剣を取り出すステラだったが、そこで動きが止まって、何故かじっと刃へ視線を落としていた。キャスは訝しむ。

「必要な分、切って下さい」

 次いで、その刃物がこちらの手に渡された。

「え」

 欲しがったのはこちらであるが、いきなり直接その髪を切れと言われると、戸惑うではないか。単純に、心拍が上がってしまうのが感じられる。

 相手は既に目を閉じた状態でこちらを待っていた。

「そ、それじゃあ……」

 もたついて変に思われるわけにもいかず、腹を決めて彼女の頭に手を伸ばす。最初に出会った頃に比べて長くなった赤毛を幾らか掬い取って、根元近くから切り取った。

「はい」

 まるで一仕事終えたかのように息を吐き出しつつ、短剣を返す。いつも一緒にいる彼女の髪を少し切るだけにしては、随分と緊張したものだ。

 次の瞬間、キャスは視界の端で何かが動いているのに気が付いたのだが、敢えて無視をする。

「頑張って下さい。勝算はあるんですよね?」

「勿論。じゃあ、今度こそ、行ってくる」

 そして、ステラに見送られながらキャスは夜道へと踏み出していった。

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