第十四話 割に合わない依頼
「あの娘は、上手く連れてこれるでしょうか」
翌朝、冒険者ギルドへと向かう道中で、不意にステラがそんなことを切り出した。
「どうだろう……。いきなり口封じなんて発想に出る相手が、説得に応じるかどうか。まあ、本人が誰も信用しないでずっと二人きりっていうのに限界を感じてれば、多少は考えてもらいやすいだろうけど、その辺についても分からないし」
答えなど分かるはずもないが、端から真っ当な推測を期待しての問いかけでもないだろう。キャスとしては、どちらであって欲しいのか、微妙なところだ。唯一、中途半端に連れてこられて殺し合いになるのが、最悪の形であることははっきりとしている。
いつかの森と、海底。あまり気分の良くない戦いが続いている分、多少の悪い予感は否めなかった。
「傍で見ているミセリアは、そう思ってるみたいですけど」
確かに、ミセリアが見ている分にはそのように思えるのかもしれない。ただ、当の本人がこれを契機として受け止められるのかは不明であるし、果たして自分たちを信用してくれるだろうか。いきなり現れただけの赤の他人。こちらも他者に言えない秘密を抱えていることでも話せば別なのかもしれないが。
「………………それに、こういう秘密を抱えた上で他人を信用するっていうのは、かなり思い切りも必要だろうしね」
それが難しいというのは、かつて一人で旅していた頃や現在の自身を考えればよく分かるし、森の奥深くに引きこもり続けていた友人にしたって、同じだったのだ。ほんの少し信じる相手を間違えてしまえば、大勢の人々から追い立てられるのである。
果たして、あのやつれ顔の女性に、開き直って誰かを信用する余裕があるのかどうか。
「キャスさんは、あの二人にご自身の秘密を話してしまって、問題ありませんか?」
暫く黙って考え込んでいたら、そんなことを問われた。
「それは構わないよ。ただ…………」
仲間になった後でさえあれば。そう続けるはずでの発言だったが、そこを細かく説明するとなると不穏な内容まで孕み始めるために、控えておく。ミセリアの母親がそうであるように、キャスも腹の底では、人狼であること他人が知ったのならば、それを放置しないと決めているのだ。
「あの、やっぱりわたしが勝手に判断してしまって」
「いや、違うんだ。単に、こっちの問題。友達の事とか、ちょっと思い出しちゃって」
ところが言葉の途中で黙ったことにより、あらぬ解釈をされてしまったようで、慌てて否定する。今のステラに話すことでもない上、気持ちの良い話題でもない。誤魔化しておく方が賢明だろう。
「友達の?」
「ほら、前に話した、あの森に住んでた彼だよ」
思い出していたこと自体は事実だ。
「同じ怪物でも、人それぞれだなって」
こうして呑気に市井で暮らせている分、自分が一番、怪物であることに馴染めているのかもしれない。やってきたことも含めて考えれば、いっそのこと真正の怪物といった方が正確か。力の強い分だけ余裕でいられているのかもしれないが、それだけでは息苦しさを覚え始めることになるのは、友の例を考えれば明白だ。
「そうかもしれませんね」
そうこうしているうちにギルドまで辿り着いて、中に入る。周囲を見回してみるが、あの親子の姿は見当たらなかった。
「まだみたいだね。後から来るにせよ、来ないにせよ」
「暫く待ってみましょう?」
「うん」
とはいえ、することもない。
掲示板が目に入って、前にステラから聞かされていたドラゴンの依頼のことを思い出した。自分たちが以前に取り逃がしてしまった相手がどれ程の事態を招いているのか、確かめておこうかという気になる。何しろ、町一つ占拠して、そこにいた人たちが根こそぎ暮らしを奪われているらしい。
「おはよう、二人とも」
ところが、行動に移る前に背後から勢いの良い足音が近寄ってきて、ミセリアから声がかけられた。無事に母親を説得し、到着したらしい。
「あら、おはようミセリア」
「……ああ、おはよう」
振り返ってみると、いつかの冒険者姿に戻った彼女が見上げている。
「その格好に戻したのね」
「あたしは嫌だったの。でもね、お母さんが無理矢理着替えさせてきて……」
「いい加減な格好で連れてく訳にもいかないだろうし、仕方ないって」
「でもなあ、幾らなんでも胸の真ん中に穴が開いた服って……」
「ちゃんと縫ってあるんだし、我慢我慢」
ステラとミセリアが二人で話している間にも、問題の人物が近寄ってくるのが見えていた。以前に出会った時とは異なって、こちらが彼女らの秘密を握っていることを知られてしまっているので、どのような態度で接してくるのか、心配なところである。
「あ、おはようございます」
「……おはようございます。昨日は、何かまた、娘がお世話になったそうですが」
「はい。町を歩いてる間に声をかけられて、『遊びに来た』って。すみません。本当なら早めに帰した方が良かったのでしょうけど、つい日が暮れるまでいさせてしまいました」
「こちらこそ、気付いたら勝手にどこかに行ってしまっていて」
どのように受け止めるべきなのか、至って普通の、娘を預かってもらった母親らしい受け答えだ。お互いにミセリアが三十手前と知っているだけあって、聞いていて空々しさがある。
それでも、一先ずはまともにこちらと接してくれる気があるらしいのは、幸いなことだった。
「じゃ、約束通りお母さんも連れてきたし、早速どんな依頼を受けるか決めよう!」
当の娘はいつも通りの元気の良さを発揮して、早々に四人での行動を始める気が満々なようだ。しかしながら、こちらは未だに互いの名前さえ知らない状態なので、幾らなんでも気が早すぎる。
「待ちなさい」
「何?」
キャスが呼び止めるより早く、その母親が進み行く背中を制止した。
「あなた、何か私に説明することがあるでしょ?」
「あたしがお母さんを説得するから、一緒に依頼に行こうって誘っておいたの。……準備良いでしょ」
てっきり同じことを考えてのものと思えば、何やら話がおかしい。ミセリアが自分たちをどのように呼び出したのかの説明となっている。この小娘はどんな方法で母親を連れてきたというのか。
「あの、娘とはどんな約束を?」
「自分が説得してお母さんを連れてくるから、四人で依頼に行きたいって」
ステラが尋ねられていた。
「どうして変な誤魔化しなんかするの」
「だって、あたしが最初から勝手に全部決めてきたって知ってたら、お説教長くなるかなって……」
「…………この分のお説教は、また後でね」
「はいはい、それまでに忘れておいてね。それじゃ、気を取り直して行こう!」
聞いていた話からすると意外なことに、案外と微笑ましい親子関係が窺えるやり取りである。
だが、やはり名前のことを忘れているようだ。その母親が触れていない所を見るに、彼女も失念しているのだろうか。
「うん、行こっか」
その上に、ステラまでがミセリアに続こうとしていた。
「いや、まだお互い名乗ってもいないんだけど」
苦笑を隠して呼び止める。
「キャスと言います。どうぞよろしく」
少し挨拶が硬くなってしまった気がするのは、彼女が大変な美貌の主だからか。
「あ、はい。……………………あの、フィリアです」
改めて向かい合って名乗ると、何故か戸惑ったような反応の後、たっぷりと間を開けてから名乗り返された。目もあからさまに逸らされていて、ステラが話していた時とは随分と態度が異なっているではないか。
斜め下、ギルドの床に落とされている視線が、とてつもない拒絶に感じる。
「わたしはステラです。聞いているとは思いますが、そちらと同じ、ハーフエルフです」
「え、何? 何か不味かった?」
「あなたね……いえ、何でもないわ」
「不味かったか……、ごめんね」
「気にしなくていいのよ。私だって何も言っていなかったし」
「あの、わたしもハーフエルフですから、そんなに身構えなくても……」
「え、ああ。すみません。同じ生まれの方に会うのは初めてで」
「わたしもエルフに囲まれて育ちましたけど、やっぱり、大変ですよね」
「ええ、本当に……。それでは、行きましょうか」
「行こー」
やはり、三人の様子を見ていても、あの反応はおかしかったように思えた。
「若干難しいのでも良いよね?」
あまり話に入らず遠巻きにしていたキャスへとミセリアが質問を飛ばしてくるが、フィリアの態度から、今回は口を挟み過ぎない方がむしろ良いような気がしてきている。
それに、前回には勝手に依頼を取ってきたこともあって、可能ならばステラに好きなように選んでほしいとも思っていた。
「僕は何でもいいよ。他の二人に任せる」
「えー、もっとちゃんと選ぼうよ」
「いやでも、この前は僕の勝手で依頼とって来ちゃったし……。あ、そうだ。今のうちにこの前言ってたやつを確認してこようかな」
「構いませんけど、本当に何でもいいんですか?」
「うん、三人で好きなように決めてくれて構わないよ。それじゃ、ちょっと外すね」
「はい」
適当な理由をつけて、他の面々から離れてしまう。
背を向けて歩き、掲示板の前で立ち止まった。
そこにある張り紙を見る前に、一つ溜息を吐く。実質、ステラに押し付けて逃げてきたようでもあったのが、僅かに気にかかっていたのだ。ただ、自分がいて役に立ったとも思えないのが、また情けない話である。何故に端から、一人だけ拒絶的な態度だったというのか。
もっとも、事態が悪い方向に陥ってしまった場合、つまりステラが失敗してフィリアが戦意を露わにした場合を考えれば、あまり相手のことを知りたいとも思えなかった。
見知ってしまった相手を傷つけるなど、そう立て続けに経験したいものではない。
今回はステラに甘えさせてもらおうか。
情けない思考を切り上げて視線を戻し、件の依頼を探し始める。
人の少ない時間なため、周囲は静かだ。
近づいてくる足音があれば直ぐに気が付く。
振り返ると、前に会った禿げ頭の厳つい男と対面することになった。
「よう」
「どうも」
何の用なのか、支部長と挨拶を交わす。
「この前の依頼は無事に終わったんだってな。ご苦労さん」
「向こうが町の近くまで迫ってたので、思った以上に手早く済みましたよ。今回はこちらの仲間もいましたし」
「そうかい」
支部長が喉の奥まで見えるような大欠伸をする。随分と眠そうではないか。
「それで、こんな時間からうちにいるってことは、昨日の今日で、もう次の仕事を探してるってことか? 前のだけでも、結構な金になっただろうに」
確かに、普通は多少の間を置くものだろう。次から次へと命懸けの仕事に赴いてばかりでは、身が持たない。
「ちょっと、最近知り合った人たちと、一緒に一仕事してみないかって話になりまして」
「ん? その割には、お前さん、一人じゃねえか」
「他の面々は、あっちで依頼を選んでますよ」
ステラたちがいる方を指して答えた。
支部長の眉が、おかしな形に歪む。
「女ばっかりだな」
「まあ、そうですけど」
付け加えるならば、全員が平均以上の容姿の持ち主だ。
「………………変な揉め方をしないように、気をつけろよ。如何にも色恋沙汰で一悶着起きそうだ」
多くの冒険者たちを見てきたのであろう彼の目には、そんなふうに見えるらしい。殺し合いの可能性まで案じているキャスは、笑って誤魔化しておいた。確かにフィリアは恐ろしく綺麗だが、この状況で彼女にまで惹かれ始める程、自分が気の多い人間だとは思っていない。ミセリアに至っては、外見上は完全に子供である。姉を想った上でステラまで気になっているだけでも、充分に問題ではあるのだ。
「そこまで良い男でもないので、大丈夫ですよ」
「いやあ、これが意外と分からないものなんだが…………。まあ、いいさ。精々、血を見ないようにな」
一人首を振っている支部長は、一体何を見てきたというのか。
「で、何だってお前さんだけこっちにいるんだよ」
「前回は一人で勝手に取ってきた仕事につき合わせちゃったし、女同士で好きなように選んでもらおうかなって」
「ああ、そういや一人でその場で引き受けてったんだよな」
二人して、自然と目の前の掲示板に視線が移っていった。
「何か割の良い話でもありませんかね」
件のドラゴンの依頼を探しながら、隣の禿げ頭に尋ねる。支部長ならば、ここに張り出されている仕事も一通り把握しているものなのだろうか。
「こいつなんかどうだ? 報酬は割に合わないかもしれんが、達成したら物凄い名声になるぜ」
指示された案件に対し、キャスは乾いた笑い声をあげてしまう。奇しくも、探していたドラゴンのもの。
「命がいくつあっても足りませんて」
意図して一般的な反応を返してみせた。
「そりゃそうだ」
改めてその張り紙を眺めてみれば、言われた通り、前代未聞と言っても良いような難事に対し、相応な報酬とは思い難い金額だ。
「安い報酬ですね」
「いきなり町を追われた連中が、残してきた財産から支払える程度の金額だからな。その報酬を支払うって奴も、全員じゃねえ。あくまでも、あの町を諦められないって連中だけだ」
「それ以外の人たちは?」
「新しい町で再出発、となるんだろうが……、直ぐそこに自分の全財産が丸々残ってるのに一からやり直しってのも、大変だろうな」
こうやって被害に遭った人たちの現状を聞いていると、多少居た堪れない気分である。
「流石にドラゴン相手じゃ、誰かが解決できるとも思えねえが、哀れでな。こうして暫くは人目につき易い場所に張り出してるってわけさ」
「誰か、引き受けようって人はいたんですかね」
「いた。出発して以来、姿は見てないがな」
やはり、幾ら無謀な依頼であっても、受けようという輩は出てくるらしい。姿を見ていないというのは、失敗して死んだか、もしくは逃げ出したということか。
「困ってる人たちを放置しておけないなんつって、珍しく正義感に厚い連中だったんだが。惜しいもんだ」
この状況を招いた本人としては、耳の痛い話だ。
「町から追い出されてきた連中も暮らしに窮してるみたいだが、領主の方も奪還は端から諦めてるみたいだし……。無駄な犠牲を出さないって意味では真っ当な選択だが、何ともやりきれない話だぜ」
支部長の感想に、キャスは何も答えなかった。
「冒険者側に見切りをつけた連中が、無謀な行動に移らなきゃいいんだがな」




