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第七話 上辺だけの仲間

 夜が明け、朝食も終えてから、ミセリアの案内でギルドまで向かう。この町で依頼を受ける旨を二人が話していたので、そこで待っていれば今日中には会えるとのことだ。

 因みにその娘の服装だが、昨夜のうちにフィリアが簡易的に繕った元のものへと着替えさせてある。幾ら容易な依頼だとしても道中何が起こるか分からないのだし、流石にあのような気の抜けた装備で行かせるわけにはいかなかった。

 もっとも、本人は未だに胸の縫い目を弄りながら不満そうにしていて、好きなものを身に着けることを覚えてしまった分もあるのか、大層ご機嫌斜めだ。唯一、帽子だけは頑として譲らずに被り続けている。

「ところで、依頼って言ってもどの程度が妥当なのかしら。私はあの二人の実力なんて知らないのだけれど、あなたは見たはずよね?」

 二人の仕事について行ったと話していたので、ある程度は把握しているはず。これから共に依頼に赴こうというのなら自分も知っておいた方が良いかと娘に尋ねた。若い二人であったし、何かどちらとも柔らかな雰囲気だったので、二十年ほどを冒険者として過ごした身としては、良くて一般程度かなと予想するところだ。

「どうだろうねー。それよりこの服装どう思う?」

「いつまで拗ねてるの。普段通りじゃない」

「こんな穴は開いてなかったよ」

「あなたが開けてきたんでしょう。高いんだから、簡単に捨てたり買い替えたりするわけにもいかないの」

 質問を無視して彼女は穴の開いた服への抗議をしてくる。だが、魔道具でもある分、台詞の通り高価な品。予算の都合がつくまでは当分このままでいてもらわなければならない。

「そんなこと言うけど、もうちょっと難しい依頼で稼ぐくらいあたしたちなら出来るんだし、ぱっと稼いでもっと見た目の良いの買おうよ」

「駄目。そういう油断は命取りになるの。それに、冒険者が見た目なんて気にしたってしょうがないわよ」

「冒険者でもお行儀には気を使わせるくせに」

 自身の見た目に関心を持ち、女の子らしく着飾りたいと主張するミセリアと、あくまでも振る舞いだけは女の子らしくしていればそれで良いとするフィリア。頻繁に、この点から意見が対立している。

 フィリアとしては冒険者として命懸けの依頼に出向く以上、身に着けるものは仕事のための機能性が最優先と考えており、せめてもの女らしさとして行儀作法について口酸っぱく娘に諭しているのだが、全く伝わる気配はなかった。ただし、自身が着飾ることはおろか、己の見た目にさえ関心が薄いことも関係しているのかもと、心のどこかで疑っている部分もあるのは内緒だ。

「この話は何回もしたでしょう。諦めなさい」

「無理。お年頃だもん」

「そういう歳じゃないでしょうに……」

 三十路ともなれば、多少は落ち着きを持つものではないか。一方で、斜め下の帽子の向こうからも溜息が聞こえていた。

「で、何の話だっけ」

「あなたがお世話になった二人の実力の話よ。若い二人だったし、やっぱり普段よりも簡単なのが良いのかしら」

 溜息の次はうなり声がして、何やら考え込んでいるようだ。

「別に、気にしなくていいと思うな。男の人の方は普通に強かったし、女の人の方はそんなに戦いは得意じゃないのかもしれないけど、守りは凄そうだったよ」

「あら、そうなの」

 少し意外だった。

「それなら、いつもくらいの依頼で丁度いいかしら」

「何言ってんの。人手が増えるんだからもっと難しいのにしなくちゃ。報酬だって山分けにするんだから、大元の金額自体が大きくなるようにする必要もあるし」

 ミセリアはもっと難度の高い依頼にすべきと主張してくるが、これまで出向いてきた依頼とは条件が異なるため、フィリアの考えは変わらない。

「今はお金に困ってるわけでもないんだし、そんなに気にすることないわ。それに、今回はいつもみたいに私の魔法を使う訳にもいかないでしょうし」

 振るえる力に制約がかかる分、普段程度で妥当なはずだ。

「……あの二人について行くか決めるんだから、むしろ隠したら駄目じゃない?」

 共に行動するか検討するならば、確かにこちらの魔法を秘していては判断もできないだろう。娘に言われてフィリアも気付くが、内心ではどうせ嫌悪を示されて終わりになると思っているだけに、気乗りしない正論だ。

「そうね……」

「ちゃんと真面目に考えてよ。こっちだって、それを信用して案内してるんだから」

 気のない返事をしてしまうと、帽子のつばを持ち上げた彼女から若干鋭い視線と共に釘を刺された。

 娘がこちらを信頼して行動してくれているのだから、せめて考えることくらいは真剣にしなくては。反面、幼少の経験が邪魔をして、どうしても安易な決めつけに走りたくなってしまう。心から相手が受け入れてくれるのを期待してこの魔法を見せるなど、今となってはあまりにも難しい。

「あなたこそ、私がそれでも納得できなかったときの条件を忘れてないでしょうね?」

 いざ彼らの口を塞ごうとした際にごねられては堪らないので、釘を刺し返しておいた。

「…………大丈夫」

 やはりというか、依然として信用ならない返答のままだ。一悶着あることは、覚悟しておいた方が良さそうである。

「それと、話はあなたが付けるのよね?」

 彼らに合流するための手際についての確認だ。

「うん。一緒にいて、適当に相槌打っててくれれば十分だよ」

「そう」

「お母さんに人付き合いなんて期待できないしね」

 実の娘に思いがけない指摘を貰ってしまって、一瞬ばかり硬直しかけた。今しがた言われたことは自分自身ではっきりと自覚していた事ではあり、先の問いだってそれ故に投げかけたものなのだ。初対面の相手を誘うなど、フィリア自身にはできると思えなかったのである。

 だが、その不甲斐ない欠点を娘であるミセリアの口から告げられれば、何とも堪える話ではないか。

「……………………………………そうね」

「あ、ごめん。別に非難したかったわけじゃないの。誰だって不得手なことはあるし、その分はあたしがいるんだから、気にしないで。ね?」

 こちらの様子に気が付いた彼女に慰めの言葉をかけられるが、それがより一層の惨めさを誘って、何も言うことができなかった。

 そのまま、ギルドの入り口まで辿り着く。

 中に入ってその場の人々の顔を見回していけば、既に件の男女の姿があって、彼らが依頼へ旅立ってしまうより先に見つけることができたようだった。もう少し遅くなっていたら、間に合わなかったかもしれない。

 フィリアが二人を見つけたのと時を同じくし、傍らのミセリアがそちらへ向けて駆けて行ってしまった。何かを確認する暇もなく、彼女の計画は実行段階に入ったようである。

 そして男女の方も、駆け寄る足音でこちらの存在に気付いたらしく、最初に娘、次にこちらへと視線が向けられた。

 幾許かの緊張と共に、フィリアも再び歩を進め出す。改めて振り返り、ここ二十年で最も他者と関わろうとしている瞬間であると気付いて、先ほどの娘からの指摘にも尚の事合点が行ってしまった。

「おはよう、二人とも」

「あら、おはようミセリア」

「……ああ、おはよう」

 ミセリアの挨拶を受けて女が笑顔で答え、男は少し間を置いてから答えていた。幾らか表情が硬い気がするのは気のせいだろうか。

「その格好に戻したのね」

「あたしは嫌だったの。でもね、お母さんが無理矢理着替えさせてきて……」

「いい加減な格好で連れてく訳にもいかないだろうし、仕方ないって」

 ミセリアの不満に、女が宥めるように意見を言う。

「でもなあ、幾らなんでも胸の真ん中に穴が開いた服って……」

「ちゃんと縫ってあるんだし、我慢我慢」

 二人が和やかに話していて、男の方はそれらを眺めながら保護者である自分の対応を窺っている様子だ。

「あ、おはようございます」

 フィリアが追いつくと、女が先に挨拶してくる。

「……おはようございます。昨日は、何かまた、娘がお世話になったそうですが」

「はい。町を歩いてる間に声をかけられて、『遊びに来た』って。すみません。本当なら早めに帰した方が良かったのでしょうけど、つい日が暮れるまでいさせてしまいました」

 娘の正体を知っているはずの女の方が、何食わぬ顔で子供を遅くまで帰らせなかったことを詫びた。優しげな面立ちに反し、中々に良い神経をしているらしい。

「いえ、こちらこそ、気付いたら勝手にどこかに行ってしまっていて」

 こちらもまた、素知らぬ顔して幼い子供の勝手について謝る。

「じゃ、約束通りお母さんも連れてきたし、早速どんな依頼を受けるか決めよう!」

 一際明るい声音でミセリアが音頭を取った。

 これに「そうね」と受け答えしそうになったところでフィリアは我に返る。二人と合流して一緒に依頼に赴くというのは約束通りだが、今この状況でそれを告げられるというのは如何にもおかしい。これではまるで、目の前の男女に対して自分を連れてくることを約束していたかのようではないか。

 否、こちらに目もくれずに揚々と前進しようとしている姿を見るに、正しくそういうことなのだ。自分に対しては話をつけると言っていたくせに、どうやら事前に話をつけていたらしい。

「待ちなさい」

 離れようとしていた娘の肩を掴んで引き留めると、相手は渋々と足を止めてこちらへ振り返る。

「何?」

「あなた、何か私に説明することがあるでしょ?」

 互いに嘘っぱちの笑顔で尋ねあう。

「あたしがお母さんを説得するから、一緒に依頼に行こうって誘っておいたの。……準備良いでしょ」

 敢えて得意げな表情が、可愛らしくも憎たらしい。

 言葉の通りならば問題ないのだが、一つ嘘を吐かれてしまうと聞かされた話のどこにまで裏があるのかと疑念が湧いてきて、ミセリアではなく赤毛の女へと質問することにした。

「あの、娘とはどんな約束を?」

「自分が説得してお母さんを連れてくるから、四人で依頼に行きたいって」

 こちら側の様子から「説得」に不備があったことを察しているようで、相手は苦笑気味だ。

「どうして変な誤魔化しなんかするの」

 再び娘を見下ろして、改めて問うた。単に同行のための話がついているのであれば、正直に伝えればよさそうなものである。

「だって、あたしが最初から勝手に全部決めてきたって知ってたら、お説教長くなるかなって……」

 それを正面から告げるのも、どうなのだろうか。

「…………この分のお説教は、また後でね」

 今は赤の他人を待たせている状態なため、あれこれと言い聞かせて時間を取らせるわけにもいかない。

「はいはい、それまでに忘れておいてね。それじゃ、気を取り直して行こう!」

 一方、こちらがこの場でこれ以上強く言わないことを分かっていて、ミセリアが生意気な発言を続けていた。

「うん、行こっか」

「いや、まだお互い名乗ってもいないんだけど」

 女がミセリアに同調したところで、今度は黙っていた男が引き留める。すると彼女は小さく声を上げた後、恥ずかしげに視線を逸らしていた。因みにフィリアも、言葉こそ発していなかったものの胸中はそれ同様だ。

「キャスと言います。どうぞよろしく」

「あ、はい。……………………あの、フィリアです」

 穏やかな雰囲気の男から名乗りと挨拶を受けるも、返答は極めて不器用なものとなってしまう。人と接するのが得意でないと自負しているが、取り分け男性は苦手なのだ。あの陰惨な結婚生活を経てから、そう感じるようになっていた。

「わたしはステラです。聞いているとは思いますが、そちらと同じ、ハーフエルフです」

 「そちらと同じ」の部分に反応して、勢い良くミセリアを睨む。この生まれのために要らぬ苦労ばかりし続けたためか、自身の魔法と同じくらい人に知られたくない内容だ。

 ところが、当の彼女はこちらの視線を受けても、きょとんとするばかり。

 これに関しては本気で分かっていないらしい。

「え、何? 何か不味かった?」

「あなたね……いえ、何でもないわ」

 何か言おうとして、この件に関しては黙っておくように注意した記憶もなかったなと自身を宥める。

「不味かったか……、ごめんね」

 多分、良くない感情が表情となってしまっているようで、申し訳なさそうに謝られてしまった。

「気にしなくていいのよ。私だって何も言っていなかったし」

 素直に謝られれば尚の事許さざるを得ないし、必要以上に落ち込ませたくはない。

 逸れた話を終わりとし、改めて挨拶の途中だった相手へと視線を戻せば、相手は少し困り顔になっている。

「あの、わたしもハーフエルフですから、そんなに身構えなくても……」

「え、ああ」

 自身がハーフエルフであると知られた事の衝撃で頭に入っていなかったが、この台詞に先の言葉を思い出して彼女は我に返った。取り乱したような様を晒したことが恥ずかしくなり、苦し紛れに短い笑い声をあげてしまう。

「すみません。同じ生まれの方に会うのは初めてで」

 これが言い訳になるのか甚だ怪しい気がするものの、他に思い付く言い訳もない。

「わたしもエルフに囲まれて育ちましたけど、やっぱり、大変ですよね」

 彼女もまた、自分と同じような苦痛の中で育ってきたと分かるそれが告げられる。初対面の相手とはいえ、こうした理解を示されるとやはり、多少は気分が落ち着くものなのかとフィリアは知った。

「ええ、本当に……。それでは、行きましょうか」

 一瞬ばかり気を許した本音が姿を覗かせそうになり、意図して抑え込んだ。ミセリアに代わって行動を促す。

「行こー」

 娘を先頭にし、ステラと並んでその後に続いた。更にその後ろからはキャスがついてきている。

「若干難しいのでも良いよね?」

 母親の自分ではなく背後のキャスへと尋ねるが、あの二人の間では彼の方が発言権を持っているのだろうか。

「僕は何でもいいよ。他の二人に任せる」

「えー、もっとちゃんと選ぼうよ」

 どうやらミセリア自身は今回のことを純粋に楽しむ思惑も持ち合わせているのか、つれない様子に不満そうだ。

「いやでも、この前は僕の勝手で依頼とって来ちゃったし……。あ、そうだ。今のうちにこの前言ってたやつを確認してこようかな」

「構いませんけど、本当に何でもいいんですか?」

 キャスに視線を向けられたステラが尋ね返す。

「うん、三人で好きなように決めてくれて構わないよ。それじゃ、ちょっと外すね」

「はい」

 彼はそのまま歩いて行ってしまった。

「分かってないなあ」

 立ち去った彼の背に向け、ミセリアが何やら呟いている。

「それじゃあ、気を取り直していきましょうか。これまでお二人が受けてきた依頼なども、聞いてみたいですし」

 そうして、女ばかり三人で、次に赴く先を決めるのだった。

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