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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第一章 森に染み入る獣の咆哮
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第三話 少女が出会った少年

 彼女が滞在している宿の酒場、喧騒に包まれた中、ステラは一人で黙々と食事をすすめていた。どうせ話す相手もいないのだからと、顔を上げることもなく料理を口へ運び続ける。皆が楽しそうにしている中、一人きりで寂しく摂る食事はひどく味気なかった。一体自分は何をやっているのだろうか、といった気持ちにさせられる。

 ふと、いつの間にか周りが静かになっていることに気付く。先ほどまでの喧騒が消えていて皆一つ所に顔を向けている。

「悪いことは言わん、止めておけ」

 見れば、中央の席に座った体格の良い男がカウンター席に一人で座っている少年に何事かを言い聞かせている様子だ。男が真面目な様子で説教を始めたことが、この静まり返った状況の原因であろうか。少年の方はといえば、何と言ったものか困っている、といった表情で何を言い返すでもなく黙っている。

 なんとなく、そんな少年を見た彼女は、自分みたいだな、と思う。故郷にいたころの自分もああやって一人で何も言い返せずに、居住まいの悪い思いをさせられたことが何度もあった。とはいっても、彼女の場合は自身に非があったわけでもなく、対して少年の方は、どういった状況でこうなったのかはわからないが。

 どうしたのだろうかと考えていると、そのうち男の方はほかの村人に話しかけられて、またもとの話題に戻っていった。

 彼女はじっと少年の方を見ている。やり取りが終わって、一人取り残された少年の姿が尚のこと自分に重なる。辛い故郷から逃げ出して尚、一人ぼっちの自分に。

 そうしていると、彼が不意にこちらに視線をよこした。カウンターと部屋の隅、それなりに離れた席にいたはずの二人の瞳が、確かに見つめあう。

 それは、どこにでもいそうな少年に見えた。ブラウンの瞳、瞳と同じ色の髪、背丈は自分と同じくらいだろう。気弱そうな表情だ。鎧なしで剣一本、熟練には見えない風体をしている。

 けれどなぜか、目が合ってどきりとしてしまって、とっさに視線を逸した。

 もう一度見ると、もう少年は背を向けてしまっていた。



 それからステラは部屋へと戻り、一度眠りについた。することもないし、早く寝てしまって明日には村を発とうと考えていたのだ。

 しかし真夜中になり、彼女の眠りは妨げられる。

 古い部屋、彼女しかいないはずの空間にぎしりぎしりと音がする。どうやら隣の部屋からのようだ。

 目を開け耳を澄ませれば、それが何の音であるのか理解して、顔が真っ赤になるのを感じる。

「っ――!」

 なんとか声を上げるのを堪えた彼女は、この場にいるのに耐えられずに急いで部屋を出ることに決める。顔は真っ赤、年相応に初心なようだ。

 服を着て、明かりのための魔道具を持ち、物音を立てぬように気を付けながら部屋を出ると、隣の部屋を隔てた向こう側の部屋からも誰かが出てくる音が聞こえる。こちらの明かりが小さく、その姿までは見えない。

 どうしよう、と困ったように彼女は硬直する。隣の部屋から漏れ聞こえる情事の音に耐えかね、顔を真っ赤にして逃げるように部屋を出てきたところを見られるのは、年若い少女にはなんだか恥ずかしかったのだ。

 しばし、互いが物音を立てぬように微動だにしないまま、時が流れる。

 早く動かなければ。向こうと違い、自分は明かりを持っている。向こうからは自分は部屋のドアを開けたまま微動だにせず、立ち止まっている変な奴に見えているかもしれない。でも、向こうだって、自分が部屋を出てきた理由は分かっているはずだ、こちらの部屋に聞こえてきた以上、あちらの部屋にも聞こえていたはずなのだから。だったら目の前を横切って通るのも躊躇われる。というか、なぜ向こうの人は立ち止まったままなのだ。

 そんな考えが矢継ぎ早にステラの頭の中を流れる。

 そうしているうちに、向こうで人が動く気配がし、遠ざかっていく。どうやら相手は先に行ってくれたようだ。

 ステラは安心して胸をなでおろした。



 外に出てきて、月を見上げている。どうやらもうじき満月のようだ。それを見ていると、同じように故郷で一人、月を見上げていた頃を思い出す。

 故郷で見ても、この偶然立ち寄った村で見ても、見上げているのは同じ月。

 優しい月の明かりは、寂しい彼女の気持ちを慰めてくれているかのようだ。そして、そんなふうに感じることもまた、故郷にいた頃と同じだった。

 結局、故郷を出た意味はあったんだろうか。

 そんなふうに考えてしまう。

 エルフしかいない土地で育ったエルフではない自分でも、外の世界でならあんな思いはしないで済むのではないか、そう思って里を出てきた。

 けど、実際には今も一人。仲間もなく、自由気ままという名の孤独な旅だ。

 自分を唯一愛してくれていた母をおいてまで出てきたというのに、これでは何をしたかったのかさっぱりわからない。

 けれども、彼女にはどうしたらよいのか分からなかったのだ。

 幼いころから、ステラと周囲の関係は、一方的な悪意を投げつけられるだけのものだった。だから、仲間を得るためにどう歩み寄ったらよいかなど、想像もつかない。

 そんなことを考え、途方に暮れた気持になっていると、視界の端で自分を見つめているものがいることに気付いた。

「「あ……」」

 見ればそれは先ほど見かけた、どこか自分に似ていると感じた少年であり、それと気付いた時には、なぜか彼女は間の抜けた声を上げてしまっていた。

 少年がこちらにやって来る。

 それを少女はどうしてか、気が落ち着かなくなるのを感じながら微動だにせずに見ていた。

「やぁ、どうしたの、こんな夜中に」

 かけられたのは、そんな言葉だった。

 言われて、彼女は困り果てる。

 少年の方だって、先ほど同時に部屋を出ようとしたのが自分であることは承知の上だろう。自分は明かりを持っていたので、彼からは少女の顔くらい、見えていたはずだ。

 一方、ステラの方もこの時間に出歩いている以上、さっきの人物が彼であろうことは察している。

 つまり、お互い何故相手がここにいるのかを承知している上での質問だった。

 いったいこの少年は、どういうつもりでこんなセリフを吐いたのだろう。隣の部屋からの嬌声が恥ずかしくて、部屋を出てきました、とでも答えればよいのだろうか。

 そこまで考えて、顔が赤くなるのを感じて俯いてしまうと、少年が何かに気付いた様子で慌てて言葉を続けてきた。

「い、いや、やっぱり何でもない! 気にしないで!」

 この様子を見る限りではどうやら、少年の方も別段何かやましい気持ちがあって聞いて来たわけではなかったようだ。とりあえず無難な言葉をかけようとして、あんなことを言ってしまったのであろうか。

 変なことを言ってしまい、警戒されたとでも思ったのか、少年が背を向けて立ち去ろうとする。確かに、常であれば夜中に女性が一人でいるところに寄ってきておかしな質問を投げてきた男だ。妥当な判断と言えなくもないだろう。

 しかし今回は、慌てて少女の方が引き止める。

「だ、大丈夫、です……。気にしてませんから」

 なぜ慌てたのかは、ステラ自身にもわからない。先ほどの独りぼっちの姿が自分と重なったせいで、話してみたいとでも思ったのだろうか。一方、少年は少女の様子に気づいたふうでもなく、振り返って安心した様に言った。

「そっか……。ごめん、変なこと言って。……あの、まだちょっと部屋に戻りづらいから、ここにいてもいいかな?」

 恥ずかしげに告げられた言葉に、ステラは答える。

「は、はい……」

 そう答えるも、そのまま会話が途絶えてしまい、何か話さなければと焦り始める。しかし彼女の方は何を話したらよいか分からない。対人経験の貧弱さが顔を出してしまう。声だって、先ほどからつっかえつっかえになってしまっている。

 その空気を察したのか定かではないが、再び少年の方から話しかけてきた。

「食事の時にも見かけたけど、もしかして一人で旅してるの?」

「はい……」

 聞かれて答えるも、答え辛さはあった。ここでさらに、なんで一人なの、とでも不思議そうに問われでもしたら、さらに答え辛い。どうやったら仲間ができるのか、全く想像ができないなどとは言い辛いのだ。

「そうなんだ」

 けれど、そう言う彼の様子には、それとは違った意図があったように見える。

「わたし、最近故郷を離れたばかりで……。まだ里の外のこともよく知らなくって」

 気付けば、ステラは自分からそんな言い訳がましい言葉を続けていた。問われる前に保険をかけてしまいたかったのかもしれない。

「大丈夫、案外何とかなるよ。僕も故郷を出たときは心細かったけど、今だって一人でもなんとかなってるし」

 この言葉に、少年が自分を気遣ったのだと彼女も気付いていた。それでもつい、初めて訪れる土地に頼る者なく一人いる不安な気持ちが思い出されて、また、彼は大丈夫でも、自分のような駄目な女ではどうにもならないかもしれないという思いにも駆られ、言い返すような言葉を発してしまう。

「そうだと良いんですけど」

 少年もこの反応に、これ以上は何を言っても効果がないと悟ったのか、今度は別な話を振ってきた。

「そういえば、さっき里って言ってたけど、村とか町じゃなくて?」

 この質問に、彼女は正直に答えてよいものかと、一瞬迷う。別段、秘さなければならないからという訳ではない。迷ったのは、この問いに答える以上、自分の出自も明かさなければならないからだ。

 彼女にとって、自身がハーフエルフだということはコンプレックスを伴うものだ。正直に答えた結果、相手から何か良くない反応が返ってくるのではないかという感覚にとらわれ、躊躇われる。差別がつらくて旅に出たのに、こんな田舎村でまで生まれのことで悪く言われてしまえば、立ち直れないかもしれないと感じていた。

 だが、里の外に来てまでそれは考えすぎだろうと思い直し、答えることにする。エルフの里のように単一種族で構成された環境が特殊なのであり、里の外では様々な種族がともにあることが当然なのだ。人間とエルフの混血ということだけで嫌われることなど、まず無用な心配だろう。もっとも、先ほどから見せてしまっている、この暗い性格まではその限りではないかもしれないこともわかっている。

「はい、わたし、両親が人間とエルフで、今までは森にあるエルフの里で暮らしていたんですけど、いろいろあって、この前十七歳になった時に勢いで里を出てきちゃったんです」

 彼方にある里を思い起こすように、遠くを見つめながら答える。

 すると、今の話に反応した少年がこんなことを言い出す。

「そうなんだ。僕もエルフの里で育てられたんだよ。まあ、僕の場合は両親にエルフがいたわけじゃなくて、赤ん坊のころに置き去りにされていたのを拾われたんだけどね。僕自身は単なる人間だよ」

 彼女の出身を聞いて、彼も自分の出自を語ってくれたのだ。

 そして、その出自を聞いて、今度は少女が反応を示す番だった。少年の言葉に、察するものがあったのだ。すなわち、この人も自分と同じような目にあわされてきたのではないだろうか、と。

「人間が、エルフの里で育ったんですか?」

「うん」

「里の人たちは、どうでしたか?」

 自分と同じ辛さを知っているかもしれない、自分と同じかもしれない、そう思った瞬間、ステラはそう問いかけていた。半ば答えを察したうえでの、確認のようなものだ。先ほどまでのつっかえは、もう消えていた。

 そうして問うてみれば、案の定、少年がほんの一瞬、視線を揺らがせたのを彼女は見逃さなかった。

「まぁ、家族やほかの人たちの中にも、良くしてくれる人はいたよ。けどやっぱり、全員がそうとはいかなくてさ。小さいころは見た目の違いのせいで、良くいじめられたし」

 ああ、やっぱりそうだ、というふうに彼女は心の中で納得の声を上げる。本当に、この人とわたしは似ていた、と。自分と同じように、一人で周囲からの悪意に耐えてきたのだ、と。

 そう思うと、彼女の口からは自然と言葉があふれていた。

「わたしもそうでした。人間だった父は小さいころに亡くなって、母が一人でわたしを育ててくれて、でも周りの人たちは、母の見ていないところで、わたしのことをエルフじゃないからって邪険にしたり、人間の爺との間にできた子だって馬鹿にしたり、半分エルフの血が流れているくせにブサイクだって言ったりして。でも、そういうふうに扱われているなんて、情けなくて母にはどうしても言えなくて。だからわたし、一人で里を出てきたんです……」

 それは、彼女が心の何処かで誰かに聞いて欲しいと思っていたことなのだろう。様々な感情が胸をよぎっており、いっぱいいっぱいになりながらも、言葉を止めることができなかった。

 彼女が言葉を終えると、沈黙が訪れる。少年の方を窺えば、何かを言いたげにしながらも、何も言わずにこちらを見ていた。

 その様子に、頭がすっと冷静になる。

自分は何をしているんだろうか、あったばかりの相手にする話ではなかったのだ。現に相手も困った様に黙ってしまった。

 そこまで考えて、少女はもう部屋に戻ることにした。

「すいません、変な話をしてしまって。もう行きますね」

 そう言って背を向けて歩き出そうとしたところで、まだ名前を聞いていなかったことに気付く。

「あの……、最後に名前を聞いてもいいですか?」

 振り返ってそう問う。

「ああ、そういえばまだだったっけ」

 そう言って、少年が笑みを浮かべる。

「僕はキャスっていうんだ。僕を拾ってくれた両親が付けてくれた名前だよ」

 答えてくれた彼に、彼女も自分の名を告げる。

「わたしはステラっていいます。あの、それでは……」

 そうして、その日の出会いは終わった。



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