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第三話 怪しい女

 町に着いて、一旦キャスと別れる。彼が依頼の達成を報告しに行っている間に、宿の荷物とミセリアを回収してくるのがステラの役割だ。

 帽子に外套姿の少女が待っている一室への扉を開く。

「あれ、どうしたの、その格好?」

 中に入ってみると確かに相手は待っていたのだが、見覚えのない服装に様変わりしていて、少し地味だが普通の子供が着ているようなものになっていた。

「ほら、穴が空いちゃったから、待ってる間に買ってきたの。どう?」

「凄く可愛いと思う」

 見た目は完全に、ただの美少女だ。

 褒め言葉に機嫌良さ気な彼女が、その格好に加えて例の帽子も被ってみせる。

「…………帽子は、少し大きすぎるかもね」

「……やっぱり?」

 普通の子供の格好になってしまうと、これまで以上にその不格好さが目立っていた。これまでの冒険者としての風体ならば元々が小さな彼女に馴染んでいなかったため、相対的に帽子の存在感は減っていたのだろうが、ぴったりと当てはまる市井の子供姿になってしまうと、そうもいかない。ミセリアも自覚していたようだ。

 帽子のつばを傾けて、苦笑に染まった顔を見せてくる。

「まあ、折角買った帽子だからこのまま被っておくけどね。それに、服だって直ぐに、またあの味気ないのに戻さなきゃならないし」

「流石にその格好で冒険者は難しそうだから、仕方ないって」

 そう言いつつも、自身やキャスの服装のことが頭を掠めた。替えがあるとはいえ、自身はエルフの里を出たときに持ってきた、エルフたちの服のままだし、同行する彼も特別手の込んだ装いはしていない。

「うーん、あたしはこれでもいいんだけど、絶対お母さんが許してくれないだろうしなぁ……」

「そうなの?」

「命懸けのお仕事なんだからって、身に着けるものは大体魔道具兼用の物にされちゃうの。おかげでずっと地味な格好だよ」

「えと……、きちんとしてる人なんだね」

 ミセリアは大層不満があるようだが、自分たちと比べて考えると、そのように評さざるを得なかった。言ってることは至極尤もなのだ。

「心配しすぎなんだって。そうやって町中から仕事先でまで常に気を張ってるからやつれるんだよ。もっと適当にしてればいいのに」

 「やつれる」という表現が不穏だった。

「ステラたちは結構自由な格好してるみたいで、羨ましいな」

 話題が自分たちの服装に移される。

「わたしたちは…………、わたしの場合は防御だけは得意だし、キャスさんの方も、別にこだわりはないみたい」

 キャスの場合は魔力がないために気を使う意味がないかららしいのだが、異能の説明は自分が勝手にしてよいとも思えない。自身の服装についてはあまり意識していなかったが、確かに結界の強さを当てにしている部分が存在していた。

「キャスのはただ地味なだけだけど、ステラのは変わった格好だよね?」

「わたしの故郷だと普通の格好なのよ、これ。ハーフエルフなの」

 自身の服装を見下ろしながら告げる。

「へえ…………。お母さんもハーフエルフなんだけど、あたしが育ったのは普通の町だったから初めて見るや。エルフの里ってそんな感じなんだね」

 意外なことが判明した。

「お母さん、ハーフエルフなんだ」

「うん。育ったのはエルフの里なんだけど、結婚するときに出てきたんだって」

 自身の境遇に照らして考えると、里でどのような暮らしだったのか想像できてしまう。それが外に出て結婚した理由だろうか。

 どんな経緯で結婚したのか気になって、そう言えば母親に比べ、父親に関する話を聞いていないことに気付く。

「どんなお父さんだったの?」

「あんまり覚えてないけど、良いお父さんじゃなかったな。あたしを連れて逃げる時だって、お母さんはあの人のことも警戒してたから」

「でも、結婚するような関係だったんじゃ……?」

「お母さんは嫌々だったみたいだよ。はっきりと教えてもらったわけじゃないけど」

 ミセリアの母親の人物像が分かっていくが、自分以上に悲惨な境遇の人物なのが分かってきた。

「…………お母さんも、昔はそんな恰好だったのかなあ」

「そうなんじゃないかな?」

「今でもその格好ってことは、ステラはそれ、気に入ってるんだ?」

「別に、そういう訳でも……」

 ただ単に、拘りがなかっただけである。

「えー、結構良いと思うけどな」

「わたしは見慣れてるから何とも思わないけど……、何か新しい着替えでも買った方が良いのかな」

 改めて身形の話をしていると、里を飛び出して暮らしているのだし、そこに馴染んだ服装にした方が良いのではと思えてきた。変に目立つということもあるし、何より一緒に行動している相手がどういう印象で見ているのかが問題だ。

「それも良いんじゃない? 折角だから、キャスの分も選んであげたら? 下手するとみすぼらしいよ、あれ」

「さ、流石にそこまでは」

 選んであげるという点以前に、別段キャスの格好のことをそんなふうに思っていなかった。変に飾らないで楽に構えていた方が彼らしいとさえ感じている。

「いーや、傍から見たら恋人同士みたいに思われることもあるだろうし、そうなると自分の身形が相手の評価にも繋がるんだから、絶対キャスにもちゃんとさせた方が良いよ」

「え?」

 一瞬、ミセリアの言っていることが上手く頭に入って来なかった。「恋人同士みたいに思われがち」という部分が全くの予想外であったし、その後に続いた恋人たちの身形のあれこれについてはこれまで縁遠く、馴染みのない話だったのだ。

 恋人のように見えていたと聞かされて、何かよく分からない感覚がした。

「あのね、冒険者だろうと男と女が二人っきりで旅してたら、普通はそう勘繰られると思うよ?」

「そう…………そうなんだ」

 恋人ではないが、これからは格好にも気を使ってみようかという気分になってくる。

「………………変な顔」

 ミセリアからの指摘を受け、意識して平素の表情を取り繕った。

「とにかく、これからは見た目にも気を使ってみるね」

「見た目が問題になってるのはキャスだって言ってるのになあ……。まあいいや。でも、もしかしたらあっちはその服気に入ってるかもだから、まずは聞いてみればいいんじゃない? 何なら、選んでもらったっていいだろうし」

「……でも、別に恋人ってわけでもないんだし、そんなこと聞いていいのかな?」

「めんどくさっ」

 ただ一緒に楽しく旅をしているだけの相手に、自分の格好が好みかどうか尋ねるのもおかしくないかと疑問を呈したのだが、吐き捨てるような言葉で一蹴される。少し、傷ついた。

「大丈夫だって。キャスも聞かれたら素直に答えるはずだから。一緒にいる女の子が綺麗だったら、恋人じゃなくたって嬉しいでしょ?」

「うん、うん…………聞いてみる」

 変に思われないというのなら、今度尋ねてみよう。

「で、そのキャスはどうしたの?」

「あっ」

 ミセリアの問いでここに来た本来の目的を思い出す。彼女が新しい服を着ていたというだけのことから、随分と話が変わってしまっていた。

「ええと、キャスさんが依頼達成の報告に行っている間に、荷物の回収と、あなたを連れに来たの」

「分かった。じゃあ、さっさと行こ」

 準備は既に整っていたようで、お互いにまとめられた荷物を取るだけで終わる。そのままキャスの分まで回収して、宿を引き払った。

 二人並んで、待ち合わせに定めておいた場所を目指す。

「お母さん、早めに見つかるかな?」

「あたしはもう少し二人と一緒にいたいんだけどね。流石に心配かけ過ぎだろうし、今日中には見つけてあげたいな」

 ミセリアも既に三十近い歳のはずだが、それでも船が出港したら娘が船内から姿を消していれば、大層心配するのだろうか。

 同じく親元を飛び出してきた身として、ステラには耳の痛い話である。今頃故郷の母がどうしているのか気になった。相当な心労をかけているのは間違いないはずだ。里から逃げ出してきたことに後悔はまるでないが、同時に引け目も感じていた。

「まあ、海沿い辺りを探したら、すぐ見つかるんじゃない? あたしが船で来ることは分かってるんだし、何より格好自体が目立つもん」

 待ち合わせの場所も海側なので、もしかしたら案外早く見つかるのかもしれない。

 目的地が見えると、そこでは既にキャスが待っていた。近づくと、少しぼうっとした様子である。疲れて眠いのかもしれない。

「お待たせ!」

 ミセリアが先に声をかける。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 ステラも持ってきた荷物を相手に渡した。

 それからキャスの視線がミセリアの服装に向けられる。

「その格好は?」

「気分転換。可愛いでしょ?」

「うん?」

 ミセリアが先ほどこちらへしたように、新しい服装への感想を尋ねていた。普段は好きなように着るものを選べていないようだったので、その分他人に感想を聞いてみたいものなのだろう。

 ステラとしてはどう見ても可愛いと思うのだが、何故だかキャスは首を捻っている。

「ああ、うん。可愛い服だね」

 服だけに着目したおざなりな答えを聞き、少しだけ笑いそうになってしまった。きっと本人は気を使って答えたつもりなのだろうが、彼女が聞きたい感想とは微妙に異なっているはずだ。

「あ、た、し、が!」

 案の定、ミセリアは声を大きくしつつも笑顔のまま、感想を問い直す。

「……うん、可愛い可愛い」

「適当に答えちゃって……」

 そんな褒め方をしたって相手は嬉しくないだろうと思うが、キャスからすれば、彼女は年齢相応な少女という認識だ。ならば仕方のない反応かもしれない。

 反面、自分が服装を変えてみても同じような反応しか返ってこないのかもしれないと考えると、先ほどの決断も考え直したくなった。

 いつものようなやり取りをしているだけだったが、何故だか不意にキャスがミセリアのことをじっと見つめだす。自分を見ろと言わんばかりだった彼女も怪訝そうにした。

「何よ?」

 一瞬、彼の口が答えるために開きそうになっていたが、次ぎの瞬間には別な方向に視線が向けられる。

「あれ……」

 そちらを向くと、フードを被った、いつものミセリアを大きくしたような姿の人物が目に入り、それが何であるかも察しが付く。こちらが探し始めるまでもなく、彼女の母親を見つけることができたようだ。

 顔自体は分からないものの、その人物の視線は間違いなく三人の方へ注がれていて、ミセリアには悪いのだが何か関わり難い雰囲気である。

「どうなの?」

 確認のため、ステラは尋ねた。

「お母さんだ……」

 ミセリアはちらりと一瞬視線をやっただけで、直ぐに動き出す様子がない。他方、母親にしてみればこの帽子の女の子が自身の娘かと思っていても、恰好が様変わりしている上に顔も見えないので確信できない、と言ったところか。

「行かないの?」

「行くけど、…………何て言って戻ろうかなって」

 勝手に船を下りて心配をかけた分、いざ再会という段になって戻り辛さを感じているらしい。

 励ましの言葉をかけようとしたステラだったが、キャスが動く方が早かった。

 彼は何か言葉を発することもなく、黙ってミセリアの頭にあった帽子を取り上げ、強制的に素顔を露わにさせる。

「あっ、ちょっと!」

 慌てて取り返そうとする彼女だったが、既に母親にも自分の娘であると確信を与えてしまったことだろう。現に、こちらへ歩き出している。

 心の準備なしに対面させられることになったミセリアに僅かながら同情するも、帽子を取り返してキャスの後ろに隠れるその行動が微笑ましかった。

「ミセリア」

 フードの女から声がかかる。綺麗な声だな。同性ながらにそう感じた。

 すぐ傍まで来られてしまえばその容姿もいくらか判明して、流石にミセリアの母親だけあると頷ける、整った顔立ちと分かる。同じハーフエルフらしいが、自分とは違ってエルフ顔負けの美しさだった。

 ただ、同じく彼女が言っていた通り、やつれているというか、目元の隈が異常に目立っている。

 観念したように、小さな体躯がキャスの影から出てきた。

「ひ、久しぶり」

 おずおずと再会の挨拶がなされる。

「…………この方たちは?」

 相手の声音は至って硬いもの。

「えと、前の町にいたときに知り合って、ここまで一緒に連れてきてもらったの」

「それだけ?」

「………………うん」

 「それだけ?」の言葉の意味が、ステラには分かった気がした。あの胸を刺し貫かれている光景を思い出す。秘密が漏れていないかの確認だ。真っ先にそれが行われているところと、何よりその尋常でない隈から、彼女の母親の警戒心と猜疑心が読み取れるようである。

「それならいいの………………あの、娘がお世話になったみたいで」

 確認が終わると、少し沈黙を挟んでから、ステラたちへと声がかけられた。

「いえ、わたしたちも元からここへ来るつもりだったので」

「そうですか。それで、お礼というか、お金の話なのですが……」

 宿や船賃などはこちらで負担していたことも察しての切り出しと思われる。

 ステラとしてはセイレーンとの戦いを手助けしてもらった分もあるので、その母親からの申し出には遠慮したい心情なのだが、決定はキャスに任せることにした。彼はミセリアの助力など知らないし、こちらとは判断が異なるだろう。

 そんな意図で、二人は視線を合わせる。

「………………うん、丁度纏まったお金が入ったばかりだし、僕は別に受け取らなくても構わないけど」

 すると、判断を任せる意図は伝わらずに、逆にこちらの意を汲み取らせる結果になってしまったようで、何やら申し訳ない気分だ。

「わたしも、一緒に行動してて楽しかったですし、別にお礼は構いませんよ」

 彼の配慮に甘えて、ステラは断りの文句を告げた。

「ですが…………、すみません、お言葉に甘えさせていただきます。本当に有難うございました。それでは、失礼します」

 そして、彼女はミセリアの背中に手を添えて早々とこの場を離れようとする。非常に早い退散だった。

「……じゃあね、二人とも」

 それによって、元気のない声音で少女から別れの挨拶を告げられる。

「う、うん、またどこかで」

「元気でね」

 ステラがそれに応え、キャスが続いた。

 親子の姿は角を曲がって行ったためにすぐ見えなくなってしまう。

「何か、急だったね」

 キャスが苦笑い。

 最後の彼女は幾分寂しそうだったし、ああまで慌ただしく立ち去られればこちらだって寂しい気持ちだ。ステラは今の別れ方が、ミセリアたちのこれまでの生き方を示しているように思えていた。

 あのまま帰してしまってよかったのだろうか。

「仕方ありませんよ。きっと、物凄く心配していたのでしょうし、早く二人になって安心したかったのでしょう」

 自らの思考を振り切る意味も込めてキャスの言葉に答える。

 風が一度、強く吹いた。

 何か寂しさが増した気がして、彼の方に少しだけ身を近づける。

「さて、どうしようか」

「それでしたら、出来れば夜まで寝させて欲しいのですけれど……」

 夜には一晩中キャスの面倒を見る必要があるので、今のうちに休んでおきたい。

「いいけど、夜まで?」

 ところが何と、当の彼は不思議そうな反応を示しているではないか。

「…………あの、まさかキャスさん、今夜が満月だって忘れてません?」

「いや、知ってるけど……………………………………あっ」

 普段はあまり見られないような間の抜けた顔を見せたて声を上げた後、彼はあからさまに視線を逸らす。

 どうやら、自身の抱える満月の暴走について完全に失念していたらしかった。

「うん、別に忘れてたわけじゃないんだけど、その…………よろしくね?」

 取り繕えず気まずそうにして、強引に誤魔化そうとしている。その様子がなんだか可笑しくて、ステラは笑ってしまった。周囲の人々の命にまでかかわるような重大事を忘れていたことに対し、本来ならば額に手を当てて呆れるべきなのだろうとか、あまり笑ってしまうと嫌われてしまうかもしれないぞとか、思うことは多々あっても、口元に手を添えて笑い声を控えるのが精いっぱいだ。

 そして、それでも声が漏れてしまっている。

 後ろを向いて完璧に平静を取り繕えるまで待ってから、再び彼の方へ身体の向きを戻した。

 視界に戻った彼は、眉根を寄せた表情だ。

「任せて下さい。一晩中、きちんと見てて差し上げますから」

 笑顔で答える。

「ありがとう。……それと、軽蔑した?」

 この質問は、これほどまでに大事なことを忘れていた事実に対するものだろう。場合によっては、確かに他者の命を内心では軽んじているように思われかねない状況であるし、こちらがどのように感じているか心配しているようである。

「大丈夫ですよ。そんなこと、絶対ありえませんから。ほら、行きましょう?」

 もっとも、別段ステラは気にしていない。彼はまだ人狼になって一月ほどなのだから、そういった失敗があっても仕方ないはずだ。

「……よかった」

 呟いたキャスに対し、珍しくステラが先導して新たな宿を探すのだった。

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