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第一話 少女の秘密

 お久しぶりでございます。無事、第三章を書き上げることができました。

 待っていてくださった方、本当にありがとうございます。

 それでは第三章を始めさせていただきますので、お付き合いくだされば幸いです。

 目の前の光景に、ステラは愕然としていた。

 共に旅をしている彼にこの場を任されてセイレーンと戦い、接近戦での不利を悟ってからは相手を結界内に閉じ込めての長期戦を覚悟していたのだが、そんな最中にいきなり、この場にいるはずのない人物が姿を現したのだ。それも、見渡しの良い浜辺にあって、虚空から急に。

 直後にはセイレーンの残っていた方の翼も切り落とされ、地に落ちた彼女とミセリアの戦いが始まった。

 小さな体躯の少女と、自身よりも接近戦の腕前で勝っていたはずの魔人が対等に切り結ぶ。

 しかしながら羽を失った負傷故か、セイレーンの動きは徐々に精彩を欠いていき、やがてその腹を裂かれるという形で決着がついた。

 そして、事態を飲み込めていないままに矢を放つ機を探りながら、音まで遮断する結界越しにステラはそれらを見届ける。

 訳の分からない間に終わってしまったようだ。

 だが次の瞬間、死んだものと思っていたセイレーンにミセリアが近づいて、同時に地に伏せっていた相手が身を起こし、自身を切り捨てた敵へと剣を突き立てる。

 胸の中央を貫かれ、一目で死んだと分かる攻撃が少女に与えられたのを目撃し、ステラの血の気が引いた。

 慌ててセイレーンの頭を狙い、矢を放つ。

 ところが、その拍子にまたしても彼女を困惑させるような光景が繰り広げられた。矢を射ったのと殆ど同時にミセリアが相手の剣を握る手首を切断。直後にはこちらの攻撃が目標の頭に突き刺さって、今度こそ決着となる。

 獲物が息を引き取って完全に砂浜に伏せっても尚、胸部に刃を貫通させた状態のミセリアは崩れ落ちる気配がなかった。それどころか、足元の死体からこちらへ視線を移動させたり、自分の武器を鞘に戻したりと、完全に殺し合いを生き延びた者の振る舞いである。

 自分の見ているものが何なのか、ステラはいよいよ理解できなくなっていた。

 あの剣は刺さっているように見えて、実は隠された仕掛けでもあるのだろうか。

 ミセリアがずるずると血の付着したそれを胸から引き抜いていったことで、間違いなく刺さっていたと証明される。

 つまり、この年端のいかぬ少女は心臓を貫かれて尚、死ぬことなく平然と動いているのだ。

 不死。

 その言葉が思い浮かぶ。自分が共に旅路を歩んでいる彼にも縁のある単語。

 振り返れば、この少女は幼い身で冒険者をしているとか、セイレーンと剣の腕前で互角に渡り合うとか、その歌声による魔法の影響を受けていないとか、いくつも不思議な要素を抱えていたことが、不死の言葉と結びつくようにして思い返されていった。

 剣を引き抜き終えたミセリアがこちらを向き、緊張と共に向かい合う。ここ数日を共にした彼女が一気に得体の知れない存在になってしまったが、歩み寄って胸の傷が鮮明になっても不思議と、いつも向かい合っている時と同じ感触のまま。

 そうなってくると頭の中も少し落ち着いてきて、傷口に対する見方も変わってくる。何故死なないのかという疑問から、そのままにしておいて大丈夫なのか、痛くはないのか、といった具合だ。今は死んでいないというだけで相手の正体も分からないのだから、まずは彼女に安否を問わなければならない。数日とはいえ仲良く過ごした相手である。

「えと、平気なの?」

 何故、自分はこうまで落ち着いて対応できているのだろうかと頭の片隅で考えれば、いつかの森の小屋での、人狼に変わってしまったキャスとの一時が浮かんできた。

「うん、痛いけどね」

 抑揚のない声で返事がなされ、こちらの反応を窺っているのが明らかな様子。

 そういえば、いつもの帽子がないなとその姿を見ていて気が付いた。

「それだけ……なの? 一体、どうして……」

 普段見知ったつもりの相手から反応として異様なものを返されると、正体としての怪しさ以上にそちらの方が動揺を誘ってきて、言葉が詰まってしまう

 この問いに対する答えは中々告げられず、浜辺には暫し、波打ちの音だけ。

 ふと、静寂の中でそんな海の音を聞いているうちに、意識がミセリアから彼女を照らす月明かりの方へ移る瞬間があった。

 不死だなんて大事なら、言いたくない事情があっても当然か。

 そんなことに思い至って、一先ず質問を取り下げようと考える。

 しかし、ミセリアが答えを告げ始める方が僅かに早かった。

「魔法」

 極々短い答えであり、それは彼女がキャスとは違い、人の範疇に収まる存在であることを教えてくる。もっとも、死なない魔法など聞いたこともなく、挙動自体からしてもキャスの人狼同様に、何か知られるのは拙いことは伝わってきた。

「そう……。言い辛い事情があるんだったら、無理に教えてくれなくていいのよ?」

 答えの短さからしても、説明に乗り気でないことは窺えている。

 だが、ミセリアの首は横に振られた。

「いいの、もう決定的なところは見られちゃったし。それに、短い間だったけど一緒にいて楽しかったから、最後に知っておいて欲しいかな。友達として」

 普段の彼女より、幾分か雰囲気が落ち着いている気がする。

 一方、ステラはそんな相手に対し、返す言葉を見つけられなかった。

「魔法って言っても、殺されても死なないとかいう訳じゃなくてね。単純に、あたしが魔法で蘇っただけの死体だから、心臓が傷ついたくらいじゃどうにもならないっていう話。傷だって、放っておけば治るし」

 魔法で蘇った死体。その姿から、蘇ったとは言っても、生き返ったという訳ではないと分かる。それでも充分異常な魔法だ。

「どうして……」

「昔ね、ちょっとした事故で死んじゃったの。そしたらお母さんがあたしの死を受け入れられなかったみたいでさ。自分の魔法を使って、蘇らせちゃったんだって」

 母親の魔法で蘇り、話に聞いた通りなら、彼女は母娘二人での冒険者生活。少しずつ、ミセリアの抱える事情が分かり始める。生者と何ら変わらない相手が本当は死体であるということに、未だ現実味が湧いてこないが。

「ほとんど生きてたころと変わらないんだけどね。冒険者としてだって、初めこそ本当にただの子供だったけど、実力は次第に成長していったし、精神的にも……。ただ、見た目だけは成長しなかったなあ」

 己の身体を見下ろしながら言う。

 子供の姿で、見た目が変わらない。ステラはここまで聞いて、理解ができた気がした。

「……周りの人に知られたくなかったから、二人で旅に出たの?」

「二人でって言うより、お母さんがあたしを連れて逃げた感じ。あたしの身体が成長しないこと、ちゃんと分かってたみたい。それから…………もう二十年くらいになるのかなぁ。行く先行く先で人目を避けるように暮らして、只管移動し続けるような生活だった」

「やっぱり、他人に知られたら良くない?」

 魔法を使って蘇らせた、死んだはずの子供。実際に周囲に真実が発覚したとして、どのような扱いになるのか。

「そりゃ、良くないよ。最悪、見つかったら殺されるんじゃないかな。誰がどう考えたって、あたしの存在は歪すぎるだろうし。それに今のと矛盾するようだけど、死人を蘇らせることができるなんて知られたら、お母さんだって狙われてもおかしくないしさ」

 もう二度と会えないはずの相手と会える魔法となれば、是が非でも手に入れようとする輩がいて不思議はないことは容易く想像できる。

「そうだよね……」

 それでもミセリアのために一旦力を行使してしまった以上は後に退けず、その母親は終わりの見えない放浪生活に身を投じているわけだ。

「それで、二人だけの鬱々とした冒険者暮らしが少しだけ嫌になって逃げだしたのが、二人に会うまでの経緯かな」

 彼女の表情は苦笑気味だが、先ほどの「二十年」の発言と合わせて聞いている身としては笑える話ではない。秘密の発覚を恐れながらそれだけの歳月を只管逃走し続けた目の前の少女に、ステラの胸は痛んだ。

 中々、真実を話してくれたミセリアにかける言葉が見つからない。

「……言葉使い、直した方が良いかな?」

 ようやく絞り出したのは、そんな質問だった。

「いいよ、今まで通りで」

 その問いに含まれた場の空気を換える意図を察したようで、ミセリアも笑いながら答えてくれる。

「でも、良かったの? そんなことわたしに話しちゃって。お母さんの身にだって関わるんでしょ?」

 この台詞だって、ほんの冗談だ。

「大丈夫、信用してるもん。それに、こっちだって二人の秘密、知ってるんだからね。船の上で見ちゃったんだ」

「え?」

 思いがけない言葉。

 「二人の秘密」と言われた瞬間には、自分たちの間にそんなやましい関係性はないと思いかけ、次にはとある可能性に行きあたる。一つ、周囲に絶対に知られてはいけない秘め事があったことに。

 自身の表情が硬くなっていくのをステラは自覚した。船の上といえば、確かキャスが人狼の力を使ったと言っていたはずだ。

「あっ、やっぱり、あれって何かやばいやつだったんだ。化物に変身して戦う魔法なんて聞いたことなかったしね。それに、あたしと同じで、あいつの歌も効いてなかったし」

 こちらの反応に、ミセリアが確信を深めたようである。

 どうやら彼女はそれが「人狼」と呼ばれる存在であることまでは知らないらしいが、人伝に尋ねていけば真実に行き着くことも容易いのではないだろうか。

 彼の秘密が知られてしまった。そして、人狼であることを知られてしまえば狙われる。

 動悸が早まり、直前までのやり取りが全て吹き飛ぶ勢いで、それらの事実だけがステラの思考を埋め尽くしていった。

 「どうしよう」という自身への問い掛けが浮かんできたところで、一気に意識から外れていた目の前の相手から声がかかる。

「ちょっと、何で怖い顔して慌ててんの。この状況で他人に話すわけないでしょ」

 言われて、はっとした。次いでステラも落ち着きを取り戻し、微苦笑を浮かべる。

「そうね。それじゃあ、お互い、秘密にしておこう?」

「うん、それが良いよ。ただ…………」

 賛同した相手が変な笑みを作りつつ、何やら言い淀んでこちらを見やる。

「何? どうかした?」

「ん? 何でもないよ? ただ、どうせ頭の中じゃ、もうキャスには教える前提になっちゃってるんだろうなーって思って」

 言われて気付くが、確かにそのつもりだった。別に騙すような意図があったわけでなく、自然とそう思ってしまっている。

「べったりだねー」

 ついには声をあげて笑いながら指摘され、顔に熱が宿るのを感じた。怒ったわけでなく、羞恥で。

「だ、だって、キャスさんだって当事者だし、わたしの一存で黙っておくのは気が引けるっていうか……。ね? あなただって、彼が誰かに話したりなんかするって思ってないでしょ?」

 何か、彼を当たり前のように例外として捉えていたことを指摘された気恥ずかしさに語調が早まってしまう。

 場の空気は既に、しんみりしてはいなかった。

「いいよいいよー、話してもらって。親密なんだねー」

「だって、それは………………、一緒に旅してる間柄なんだし……」

 隠し事をしたまま二人で旅を続けるのも、嫌ではないか。

 いつどこまで続くとも知れない彼との旅路を、少しでも多く、心から楽しみたいのだ。

「はいはい。まあ、あたしとしては本当に構わないけど、出来れば一応、お母さんのとこにあたしが戻った後にしてほしいかな」

「……分かった」

 残りわずかな時間、態々知らせるよりもこれまで通りに過ごしたいのだろう。

「そっちは、お母さんにも話すつもりなの?」

「ううん、言わないから安心して。それにあの人に秘密が漏れたのを知られたら、多分あたしたちみたいな反応にはならないと思うし」

「…………そっか」

 彼女の母親の方は、秘密を守ることを徹底させようとする可能性が高いらしい。つまり、口封じに動き出す可能性が高いということ。先ほどキャスの人狼の話を持ち出された際の自信を省みれば理解できなくもなかった。

「それじゃあ、あたしは先に町へ戻ってるね」

「あ、うん」

 話すべきことを話し終えるとミセリアは町に戻る旨を告げて去って行き、ステラはその背を見送る。

 暗さ故か、割と直ぐにその背中も見えなくなった。或いは先ほど急に現れたように、何か特殊な手段でも使っているのかもしれない。どうやって現れたのか、尋ねるのを忘れてしまっていた。

 再び、波の音ばかりの空間に戻る。

 途中でうやむやになるように話を変えてしまったが、ミセリアも複雑な境遇であるようだ。今の環境をどう思っているのか、何をしてやれる身でないことを省みれば、尋ねることはできないけれど。

 母親のもとに帰れば再び、当てのない放浪生活に戻るのだろうか。そして、彼女自身の発言から、それに苦痛を感じていることも分かっている。

 幾許か、それらのことがステラの心に悩みとなって残るのだった。

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