表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第二章 青海で聞こえた二重唱
30/97

第十三話 抹殺

 月明かりでそれなりに明るい浜辺、ミセリアはキャス達の背中を遠目にしながらその後を距離を取ってつけていた。見上げれば、明日は満月であるということが確認できる。雲の少ない夜空で、薄らとした雲が月にかかっている姿が美しい。

 遠く二人が話している内容など聞こえようもないので、その光景の下をミセリアはひっそりと黙して歩き続けた。

 周囲には身を隠せるような場所はなかったが、彼女にとってそのようなことはさして問題にならない。外套という魔道具を用いて発動させている魔法が、その小さな体を隠してくれている。

 外套に秘められている魔法は姿を透明にするためのもので、母親の下から抜け出す際にも世話になった逸品だ。とはいえ、効果があるのは外套の表面においてのみで、例えば正面から向き合ってしまえばフードから覗いた顔の部分は見えてしまうし、丈が短ければ足が見えてしまう。使い手はそのような点に気を払う必要があった。

 波の音を聞きながら歩いていると、先を行く二人に動きが起こる。

 キャスが先に足を止め、それによってステラも立ち止まったようだ。二人で何か話し込んでいる。

 もしかして、気取られたかも。

 不安に駆られたミセリアだったが、次には驚きに見舞われる。

 キャスだけが波打ち際へ向けて走り出したかと思うと、海の方が彼を迎え入れるかのように割れたのだ。そして、彼はその中へと消えていった。

 後には、何事もなかったかのように先ほど通りの海の姿がある。

「………………」

 あれも魔法だとでもいうのだろうか。だとしたら、彼は随分と珍しい魔法ばかり使うものだ。どうにも、これといって魔道具と見てとれるものなど何一つないのだが。

 立ち止まったステラに合わせて、後方でミセリアも相手が再び動き出すのを待つ。一体何事があってキャス一人が海に分け入り、ステラはここで立ち尽くしているのだろうか。

 そこまで考え、ミセリアは気が付く。移動している相手を追っているということは、彼らは今現在でも相手の位置を把握していると考えてよいはずだ。そして、海中に向かったキャス。つまり、共に行動していたはずのセイレーンの下から離れる動きを見せた人魚を彼が追っていったのだ。

 だとしたら、今あの場から動こうとしないステラにはどのような意図があるのか。目に入った新たな人物の姿と共に、ミセリアは理解する。

 片翼となったセイレーンが、存外に速い速度でこちらに飛んでくる姿が視認出来た。翼が片方ないのに飛べているのは、その飛行が魔法的な要素を含んでいるからだろう。ただし、完全にかつてのとおりとはいかないようで、途中、一度、二度と地に足をつける動作が差し挟まれていた。延々と飛行し続ける力は失われているようだ。

 何もいきなり参戦するつもりもないミセリアだが、ステラとセイレーンが激突する場へと早足に近づいていく。ステラがどの程度の力を持っているのかは分からないが、もし彼女が危うくなるようなことがあれば、すぐさま助けに入るためだ。キャスの方は追い様もないし、無事を祈るのみ。

「――――――――――――――――!」

 遠くにいながらにして、セイレーンが獲物と定めたステラに向け、何かを叫んでいるのが聞き取れる。セイレーンはそのまま、腰から抜き放った剣で飛行の勢いを弱めることなくステラに斬りかかった。

 一瞬、ひやりとするミセリアだったが、セイレーンの振るった剣がステラに届くことなく現れた透明な壁に弾かれる光景を目にして胸を撫で下ろす。本人から聞いてはいたが、あれがステラの使う結界魔法ということだろう。

 結界はステラを中心に球形に張られている。

 今度は結界の中のステラが左右の手でそれぞれ短剣を抜き放ち、結界を解いてセイレーンに斬りかかった。

「さっさと死ね!」

 セイレーンがステラを迎え撃ちながらそう叫ぶのが聞き取れる。随分と気が立っているらしい。短剣二本と長剣一本の斬り合いが始まった。

 ただ、その斬り合いはセイレーンの方が有利なようであると、ミセリアは判断する。ステラの剣捌きは悪くはないが、セイレーンの有り余る膂力を上回り得るものではなかった。

 ステラ自身も、そのことには即座に気が付いたようで、即座に先と同じ結界を展開して剣を鞘に戻し、今度は弓を構える。

 しかし、第一射は呆気なく回避されてしまった。

 次の矢を番える隙を逃すことなく、セイレーンは再びステラに斬りかかる。渾身の突きの様だったが、こちらはこちらで、彼女の剣がステラの結界を突破しえないことの確認に終わったようだ。

 ステラもセイレーンも、攻め手に欠けるのが明らかになった。

「………………」

 さっさと加勢して終わらせるべきだろうか。ミセリアは悩む。ステラとの戦いに見切りをつけてセイレーンが町に向かってしまうようなことがあっては拙いし、通常の剣と弓で戦っている以上、ステラの方にも攻撃のための魔法がないのだろう。自分が不意を突く形で参戦してしまうのが得策に思える。

 もっとも、セイレーンにはそんな選択肢は存在しなかったようだ。結界を破れないとみて、搦め手に打って出てきた。

「――――――――――――――――――――――――――――――――」

 夜の海辺に、セイレーンの歌が鳴り響く。

 他方、ステラはステラでセイレーンよりも僅かに早く行動を開始していたようで、こちらは先のミセリアと同じことを危惧したのか、気が付けばミセリアがいる位置よりもさらに後方へ至る規模で、三人を包む広大な結界が張られている。これでセイレーンの逃亡はあり得なくなった。

 ただ、それは物理的な突破が不可能であるということであって、今セイレーンが行っている行為に対してどの程度有効であるのかは未知数だ。敵は魔法で精神を操ろうというのだから。

 やはり、もう自分が動いてしまったほうが良いだろう。船上の一件では、何故だか、恐らくは自身のとある体質のためではないかと思っているのだが、セイレーンの魔法が自分には作用していなかったようであった。歌を聞きながらでも問題なく戦えるはずだ。

 矢を躱しながら宙を舞うセイレーンの背後へと、気付かれないように気を払いながら忍び寄っていく。広い結界内をあっちへこっちへと飛び回っている相手の背後に辿り着くのはかなり手間がかかった。

 やっとのことで戦う二人に気付かれることなくセイレーンの背後を取ることに成功し、ミセリアはその身の丈に合うように誂えられた剣を抜き放ち、彼女自身の魔法を込めて振り下ろした。

 狙いが僅かにずれたせいで一撃で止めとはならなかったが、その背中から残った片翼までもが切り落とされ、飛び上がりかけていた相手はその勢いによって投げ飛ばされるかの如く、砂浜の上を転がっていく。

 歌が止んだ。ミセリアも透明化の魔法を解除して姿を現す。ステラが驚いた顔でこちらを見ていた。

 それに構わず、ミセリアは吹き飛んでいったセイレーンの方へと駆け出す。両翼を失いはしたものの、敵はまだ剣も握れるし魔法も使える。止めを刺す必要があるのだ。

 走る先では既に、セイレーンが鬼の形相で立ち上がり、こちらを迎え撃つ姿勢を見せている。

「ふざけんな!」

 不意打ちで、しかも自分のような小さな子供に残った翼までも奪われた怒りからだろうか、セイレーンが喚く。それでこちらが怖気づくわけでもないが。

 痛みで歌どころではないのだろう。最早歌うこともなく怒声を上げて斬りかかってくる相手の剣を躱して間合いを詰める。

 先のステラとセイレーンのそれとは異なり、ミセリアと相手の実力はそう違わないようだった。もっとも、こうまで負傷した状態の相手と互角ということは、それだけでもセイレーンの強さが魔法だけでなかったことを表している。子供の外見をしているものの、ミセリアの腕前は通常の冒険者よりも高いそれなのだから。

 しかし、ミセリアには一つの勝算があった。先の一撃に込めた、己の魔法がそれだ。

 ミセリアが使う魔法の正体は一概に説明するのも難しいのだが、簡潔に言い表すのならば、「呪い」というのが最も近いかもしれない。呪いのかけ方や呪われた相手に起きる事象などは様々で、苦しめ、弱らせ、「殺す」という一点に特化した魔法だ。

 先頃かけた呪いは相手を衰弱させ死に至らしめる類のものだが、あの一撃だけでは殺しきる前に呪いが切れるだろう。せめてもう一撃入れなければ、呪いの効果だけで命を絶つことは望めない。とはいえ、呪いによって相手が徐々に弱っていっている面もあるので剣で直接止めを刺すのが先になるはずだ。

 事実、両翼を失ったという時点で相当に弱っていたようで、そこに加わった呪いの影響が既に顕著に現れ出していた。憤怒に染まる表情とは裏腹にセイレーンの顔色は土気色で、大量の汗が浮かんでいる。

「くそ……」

 剣を大きく薙いで間合いを取った相手が、力なく毒づいた。

「…………………………」

 これに対し、ミセリアは何一つ言葉を発することはしない。淡々と決着の隙を伺い続けるのみだ。

 引き続き剣戟を再開しながら、暫しの間相手の衰弱を待てば、その瞬間は存外早くやってきた。

 いよいよ体力の限界だったのか、精彩を欠いた大振りの一撃を躱して懐まで潜り込み、その腹を裂くように斬りつける。先の一撃と同じく、剣には呪いを帯びさせていた。傷から見ても、もうこれで止めだろう。

 腹を横薙ぎに裂かれたセイレーンは、そのまま力尽きて地に崩れ落ちる。下敷きになりそうになったミセリアは後ろに飛び退いて距離を取った。

 地面に倒れ伏した敵は、そのまま一向に動く様子もない。ただ辛うじて息はあるのだろう。荒い息づかいにうつ伏せの背中が上下している。このまま放っておいても呪いの効果と、何より怪我のために息絶えるのは確実だった。

 ただ、このまま苦しみながら息を引き取るのを待つよりはと、ミセリアは一息に止めを刺してやろうと考える。そのために、相手に向けて一歩二歩と歩み寄っていった。

「え……」

 しかし、それは油断となってしまう。魔人の生命力を甘く見ていたようだ。

 すでに限界を迎え身動きもできないと思っていた相手が、最後の力を振り絞ってのことか、倒れながらも決して手放していなかった剣をミセリアに突き立てる。不意を突かれたミセリアは躱すことも防ぐこともできず、ただそれを受けるしかなかった。

「……痛い」

 胸の中央を貫く痛みに顔を顰めながら、小さく呻く。

 しかし、その一撃に対するミセリアの反応は、それのみに留まった。心臓部を貫かれながらも、問題となるのは、痛い、という点のみ。

 自身に突き刺さる剣を握る手。セイレーンの右手だ。ミセリアはそれを切り落とし、これ以上の反撃の可能性を封じる。

 このまま左の手首も切り落として、その次は首でも斬り落としてやろうか。

 眼下ではセイレーンが朦朧とした眼つきでこちらを見上げている。

「あっ」

 ところが、不意に飛んできた矢が敵の頭部に突き刺さる。驚いて矢の飛来してきた方向を見ればステラがいて、次に眼前に視線を戻せば、もはや死体が一つ転がっているだけだった。

 止めは持って行かれてしまったか。ミセリアは一つ息を吐いて、剣を鞘に戻した。そして、今度は胸に突き刺さる剣を痛みに耐えながら引き抜く。

 引き抜いた剣を地面に投げ捨て、ステラに視線を向けた。

 さて、絶対に見られるわけにはいかないものを見られてしまったが、一体どうしたものだろうか。

「えと、平気なの?」

 悩むミセリアに、ステラの方が先に声をかけてくる。その表情は恐る恐るといった感じで、心臓を貫かれて尚死なない存在というものに、何が起きているのか理解できないといった様子だ。

「うん、痛いけどね」

 一方、ミセリアはミセリアで、ステラの反応を注意深く観察しながら答える。

「それだけ……なの? 一体、どうして……」

 そう問われて、ミセリアはステラの瞳をじっと見つめ返す。

 そして、波の音しか残らなくなった浜辺で、彼女は答えを返すべく口を開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ