第二話 同類
宿の一階にある酒場のカウンター席に一人座って、先ほど注文した夕食を待つ。周囲ではそれぞれに人が集まり酒を片手に騒いでいて、一人で黙りこくってぽつんと食事を待つ彼の姿はひどく浮いていた。きっと、この中でこんな辛気臭い空気をしているのは自分くらいなのだろうな、というふうに少年は考える。
そんな自身の場違いさを自覚していることからくる居心地の悪さを感じながら、所在なさ気に周囲を見回していると、部屋の隅に位置する席で自分と同じ様に一人きりでぽつんとしながら食事をしている人物が目に入る。俯きがちな姿勢で黙々と料理を口に運んでおり、その姿勢と前髪のせいで顔はよく見えない。分かるのはせいぜい、肩まで届くか届かないかくらいまで伸ばされた赤い髪と、女性であるということくらいだろうか。
この場で独りぼっちなのは自分だけではなかったのか、というふうに思えて、居心地の悪さが多少減るのを感じていると、横から声がかかる。
「お待たせしました!」
どうやら、先ほど頼んだ料理が来たようだ。田舎らしいとでも言ってよいのか、いかにも質より量に重きを置いたと見える料理だ。とはいえ、その方が少年の好みではある、欲を言えばもっと肉があれば良かったのだが。
料理が目の前に置かれ、さっさと食事を済ませて出ようと考えたところで、料理を運んできた女性がその場に留まってこちらを見ていることに気付く。こんな田舎には似つかわしくないほどの美人だ。歳の頃は彼より少し上、十九歳かそこらだろうか。笑顔がよく似合う顔立ちで、少年にはなんだかまぶしく感じられた。目が合い、話しかけられる。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
不意に美人に話しかけられ、どきりとしたところにそんな言葉が投げかけられる。いったい何を聞かれるのだろうかと思っている少年に対し、彼女は彼の腰に下げられた剣を見つめて問いかける。
「ひょっとして、人狼の噂を聞いて来たんですか?」
村の近くに位置する山々の先にある森の奥に人狼が潜んでいるという話が昔から伝わっており、今でもそれを聞いた者がやって来ては森に入っていき、帰ってこない者も多く、人狼を実際に目撃した者はいない。森の魔物自体も強く、帰らなかった者たちはそれらに敗れたのだろうと思われている。いずれにしろ、この少年のごとく仲間も鎧もなしに剣一本で単身乗り込むのは自殺に等しい。ここで肯定すれば、人狼の噂を聞いて、それを為して得られるものに目が眩んでやってきた駆け出しの新人田舎者冒険者とでも思われてしまうだろう。彼としても、それは心外だ。
しかしながら、何か良い言い訳が思いつくでもなく、仕方なしに曖昧に答えて誤魔化そうとする。
「ええ、まぁ」
すると女性は、あらやっぱり、といった表情をした後で、やや大きめな気がする声でこう返してきた。
「まぁ、そうなんですか! 実は他にも人狼退治に来た人たちがいらっしゃるんですよ。ほらほら、あの人たちです」
彼女の視線に気づいたのか、先ほどまで大声で話していた男がこちらを見る。顔立ちこそ普通であるが、体格が良く、筋骨隆々と言った風体である。先ほど見かけた少女よりもなお鮮烈な、燃えるような赤毛の短髪が印象的だ。歳は二十代半ばといった感じであろうか。宿で食事中なのであろうに、どうしてなのか鎧を着込んでおり、物々しさがある。地味な服に剣一本という身軽さが常である少年からすれば、自己顕示欲の強そうな奴だ、というのが正直な印象だ。関わりたくない人種、という意味でもある。今この場面においては尚のこと、嫌な予感しかしない。
「どうかしたか?」
男が問うと、少年が止める間もなく、隣に立つ女性が先ほどの話を伝えてしまう。
「はい、こちらの方も人狼の噂を聞いてやってきたらしいので、ギルさんたちのことをお教えして差し上げていたんですよ」
すると、ギルと呼ばれた男は呆れたような目でこちらを見て告げてきた。
「まさか、一人でか? 見たところ、武器も普通の剣であるようだが」
少年は返答に窮する。確かに自分は一人であるが、別に勝算がないわけではないし、話に聞いた内容から、直接戦闘をせずとも目的を果たすこともできるかもしれないという可能性もあり、そもそも自分の目的は人狼であるが、別に討伐しに来たわけではない。さらに言えば、好きで一人な訳でもない。もっと言わせてもらえば、放っておいて欲しい。
そんなことを考えながら、どう答えたものか迷っている彼に男が続ける。
「遥か昔の存在で、今も本当に生存しているのかは分からないとされているが、ともかく人狼はとても強大な相手だ。お前も聞いたように、この近くの山々の奥にある森に人狼が潜んでいるという噂は昔からあるが、実際に出向いて行った者の中には戻らなかった者も多い。その中には、かなりの使い手も多かったようだ。戻った者も、人狼に出会わなかった運の良い連中だけ。俺たちでさえ、銀の武器を揃えて、万全を期している。お前のような新人が、何の準備もなく遭遇して生き残れる相手じゃないぞ。人狼が伝説となった今の時代にそれを狩ることができれば、確かに大きな名誉と金にはなる。その魅力は大いに理解できる。現に俺たちもそうだしな。だが、欲に目がくらんで死んでしまったら本末転倒だ。悪いことは言わん、やめておけ」
どうやら先ほど懸念した通り、物知らずな新米冒険者とでも思われてしまったようだ。何か返す間もなく、忠告というには長ったらしい説教を終えた男を辟易した心持で見ながら、そんなことを考える。周囲の村人たちも、何とも言えない表情でこちらを見ており、その心情は、よくいる現実の見えていない若者を見るそれであろうか。昔から人狼が潜むといわれてきた地にほど近いこの村に住む彼らは、そんな人物をきっと何人も見ているのだろう。
少年が何も言わずにいることに、場の空気が悪くなり始めているのを感じたのか、先ほどまで楽しそうにギルの隣で話を聞いていた女が、男に言う。
「ねぇ、そんなことより、さっきの話の続きを聞かせてよ!」
そんな彼女の要望に応えて、男がまた調子よくしゃべりだす。
「私も聞きたいです!」
そんなことを言って、この事態の原因を作った女性も満面の笑顔で男の方へ寄っていく。笑顔が素敵なのは結構だが、仕事はよいのだろうか。
赤毛男との一連のやり取りのせいで浴びせられていた嫌な注目もなくなり、少年はようやく、といった気持ちで小さくため息を吐く。先ほどは喧騒の中で一人なのが居辛く感じていたが、今はやっと一人に戻れたといった気持ちで、ほっとしていた。実際の時間としてはごく短時間だったはずなのだが。
そこで、先ほど酒場の隅で自分と同様に一人で座り、食事をしていた女性がこちらを見ているのを視界の端に捉える。反射的に顔を向けると、ばっちりと目が合ってしまう。
その姿はなぜだか、少年に対してとても強い印象を与えた。しかしそれは別段、彼女の容姿が飛び抜けていたということではない。容姿自体は誰もが認めるほどの美女というわけでもなく、普通よりもちょっと可愛らしい顔立ちといった程度であろうか。髪は先ほど見たように、赤い肩ほどまでの長さのものであり、その赤色はさっきの男とはまた違う、どこか優しい感じのするものである。色白の肌に碧色の瞳を持ち、座った状態でもなんとなく、すらりとした女性にしては高めの身長であることがうかがえる。見たところ、歳は少年と同じくらい、十七かそこらといった様子だ。
彼女も先ほどの騒ぎで少年に気付いたのであろうか、無表情にこちらを見ていた。目が合ったものの、次の瞬間には二人とも顔を逸らしてしまう。
次に見たときには、少女はもうこちらを見ていなかった。
そこで少年も、ようやく食事を始めることにした。黙々と料理を口に運びつつ、今の少女のことを考える。一人、ということは村の人間ではないだろう、そうであれば周囲に交じって楽しそうにしているはずだ。そうだとすれば自分と同じ流浪の身であろうか。だとしたら、なぜ仲間と思しき者がいないのであろうか。傭兵や冒険者であるなら何人かで組んで行動するのが一般で、自分のようなはぐれ者はまずいないはずだ。ひょっとしたら、一人なのは偶々で、仲間の人物もその辺にいるのかもしれない。あの赤毛男がそうとは思いたくないが。
そういったことを考えているうちに食事も終わり、彼は席を立つ。
振り返ってみれば、さっきの席に、もう少女はいなかった。先に食事を終わらせて出て行ったのだろう。
何を気にしているのかと自身に呆れながら、少年も部屋へと足を向ける。
酒場ではいまだに先ほどの男が村の若者たちに対して、今までの旅の出来事と自身の武勇伝を語っていた。
現実逃避気味に耽っていた思索から、少年は彼らがギルと呼ばれていた男と酒場の美女であったことを思い出す。
あの時は彼の眼には別段特別な関係であるようには見えなかったのだが、実はそうでもなかったのであろうか。それとも少年が酒場を出た後、そうなったのだろうか。今日の昼過ぎに村に着いた彼には分らないが、後者であったとしても別段驚きはない。いままで旅をしてきた中で少年自身、ああいった類の、自信にあふれ、快活な性格の人物が女性にもてているところなど、何度も見てきた。男は顔ではないことを、敗者の立場で思い知っている。
だがしかし、何度も見てきたからといってそれに何も感じない訳ではない。真っ暗な部屋に一人寂しくいるところに、隣からぎしぎしと音が響いて来れば惨めな気持ちにもなるのだ。変な夢など見ずに眠ったままであれば、こんなこともなかったのであろうが。
「仕方ないか……」
そう独り言ちて、少年はベッドから起き上がる。まさか隣の部屋とを仕切る壁を叩きつけて行為を中断させるわけにもいかず、しばらく外をうろついて来ようと考えたのだ。
足音を立てないように気を付け、明かりは用意せず暗視の能力を使いながら、彼は戸を開き廊下に出る。すると件の部屋を挟んだ向こう側の部屋からも、ちょうど人が出てくるところであり、見ればそれは、さっきの赤髪碧眼の少女であった。座っていた時に感じたとおりのすらりとした体系で、少年と同じくらいの背丈だ。簡素だが彼女に良く似合った服装をしている。
少女は魔道具により作られる小さな明りを手に、硬直したままこちらに視線をよこしている。恐らく、彼女も少年と同じ理由で部屋を出てきたのだろう。硬直している理由も察しはついた。夜中に隣の部屋からの、こちらを気まずくさせる物音に耐えかねて小さな明りを頼りに部屋を出れば、反対側の部屋からも誰かが出てくるのだ。女性であることも合わせて考えれば尚のこと、どうしたって気まずいだろう。相手も間違いなく自分が部屋を出た理由を知っているのだから。あの小さい明りでこちらの顔まで見えているかは定かでないが、何より彼自身も、このタイミングで彼女と顔を合わせるのは気まずい。まさか、「隣の部屋の音が気になったの? 僕もだよ。何の音だと思う?」などと話しかけるわけにもいくまい。
幸いなことに、下への階段は少女がいる方向とは反対側であったため、なんとなく、少女の方に自分の顔までは見えていなかったことを祈りながら、月明かりに照らされる外へと少年は出て行った。
夜の村の中をうろついて時間を潰し、少年が宿の方へと戻ってくる。すると道中に、またしても先ほどの少女の姿を見つける。一人月を見上げて佇んでいた。思いがけず見つけたその横顔から、彼はなぜか視線が離せなくなる。
「「あ……」」
向こうもちょうどこちらに気付いたようで、振り向き、酒場でのときとは逆の形で二人の目が合う。さっきと違うのは、今度は二人同時に間の抜けた声を上げてしまったことだ。そうなると、無視して部屋に戻ることも憚られて、少年は意を決して話しかけることにした。
「やぁ、どうしたの、こんな夜中に」
言ってから、やってしまったと彼は気付いた。彼女だって、先ほど同時に部屋を出たのが自分であろうことは今、少年が歩いてきたことからも察しているだろう。つまりは、少女の方から見れば、彼は自分が部屋を出てきた理由を知っており、それを知ったうえで答えさせようとしているように見えているはずである。先ほどやったらまずいだろうと思ったことを、実際にやってしまった形だ。
案の定、少女は顔を真っ赤にさせて俯き、返答に困っている様子である。
「い、いや、やっぱり何でもない! 気にしないで!」
慌てて言い繕うも、手遅れである感じは否めない。真夜中に外で佇んでいるといつの間にかそばに近寄り、話しかけてきたと思ったら、あの質問である。警戒心を持たれるには十分すぎる。完全に失敗、早々に立ち去った方がよいだろうと彼は考えた。
そうして逃げるように彼が立ち去ろうとして背中を向けると、少女の方から声がかかった。
「だ、大丈夫、です……。気にしてませんから」
その声は、少女のやや平均よりも愛らしい顔立ちにふさわしく、あるいはその女性にしては高めの身長に反して、消え入りそうで、可愛らしい、耳に心地よい声、彼にとって好ましく感じられる声だった。
「そっか……。ごめん、変なこと言って」
そう謝った後、少年も気を取り直して再び話を振ることに決める。部屋に戻ったところで、まだ隣から音が聞こえてきていたらあまりに間抜けだ。今度こそ勢いで壁を叩いてしまいかねない。
「あの、まだちょっと部屋に戻りづらいから、ここにいてもいいかな?」
そう、彼は彼女に問うてみる。
「は、はい……」
幸い、拒絶されることもなく受け入れられ、何を話したものかと考える。とりあえず、先ほど食事中に気になっていたように、彼女について少し聞いてみることにする。
「食事の時にも見かけたけど、もしかして一人で旅してるの?」
「はい……」
「そうなんだ」
「…………」
どうしよう、会話が続かない、と焦る少年。何年もの間、冒険者としての仕事以外でたいして人と接することなくやってきたせいだろうかと考える。すると、そこで少女が声を発する。
「わたし、最近故郷を離れたばかりで……。まだ里の外のこともよく知らなくって」
里、という言葉に一瞬引っ掛かりを覚えるも、彼としては少女の言わんとすることは良く理解できた。彼自身、故郷を離れて一人、見知らぬ土地へと旅に出た当時は大層心細かったことを覚えている。
「大丈夫、案外何とかなるよ」
だからこそ、その気持ちを理解できる先輩として何か言おうとするものの、出てきたのはそんな安っぽい気休めの言葉だけだった。それでも何とか言葉を探し、少年は続ける。
「僕も故郷を出たときは心細かったけど、今だって一人でもなんとかなってるし」
とはいえ彼自身、この言葉に価値なんかないだろうと思っている。今現在不安に苛まれている人間が、自分は大丈夫だったから、お前も大丈夫だ、などといわれてどう思うだろうか。少なくとも当時の自分が同じ言葉を言われたとしても、安心などできなかったであろうことは間違いない。恐らく、お前が大丈夫だったとしたらなんだというんだ、自分はお前とは違う、誰もが当然に持っているはずの魔力もなく、力を貸してくれる人物もいない、人よりも劣った自分ではやっていけないかもしれない、と考えたはずだ。
「そうだと良いんですけど」
予想通り、少女の顔は晴れない。少年もこの話題は止めることにする。
「そういえば、さっき里って言ってたけど、村とか町じゃなくて?」
今度は、先ほど気になったもう一つの方を問うてみる。
「……はい、わたし、両親が人間とエルフで、今までは森にあるエルフの里で暮らしていたんですけど、いろいろあって、この前十七歳になった時に勢いで里を出てきちゃったんです」
少女が彼方に目を向けながら答える。故郷のことを思い出しているのか、どこか遠い目だ。その憂い顔が、彼女の容姿を実際よりも美しく見せる。
対して少年の方にも、今の言葉に反応する部分があった。
「そうなんだ。僕もエルフの里で育てられたんだよ。まあ、僕の場合は両親にエルフがいたわけじゃなくて、赤ん坊のころに置き去りにされていたのを拾われたんだけどね。僕自身は単なる人間だよ」
そう言った少年の目を、少女が初めて自分から覗き込む。その碧の瞳は、何を思っているのだろうか。
「人間が、エルフの里で育ったんですか?」
「うん」
「里の人たちは、どうでしたか?」
その問いかけに、少年はぎくりとさせられる。たぶん、彼女はこう問いたいのだろう、エルフしかいないはずの里で、一人だけ人間が暮らしていることで、何かしらの差別を受けてきたのではないか、と。それは同時に、人間とエルフのハーフである彼女にも、そういった経験があったのではないかと思わせる問いかけだった。
「まぁ、家族やほかの人たちの中にも、良くしてくれる人はいたよ。けどやっぱり、全員がそうとはいかなくてさ。小さいころは見た目の違いのせいで、よくいじめられたし」
どんな顔をして話したらよいのか分からず、そっぽを向いて答える。あまり思い出したくない過去であるうえに、この少女に自分がいじめられていたと話すのも嫌だった。彼も男であり、目の前に女性がいれば、見栄を気にすることもあるのだ。
「わたしもそうでした。人間だった父は小さいころに亡くなって、母が一人でわたしを育ててくれて、でも周りの人たちは、母の見ていないところで、わたしのことをエルフじゃないからって邪険にしたり、人間の爺との間にできた子だって馬鹿にしたり、半分エルフの血が流れているくせにブサイクだって言ったりして。でも、そういうふうに扱われているなんて、情けなくて母にはどうしても言えなくて。だからわたし、一人で里を出てきたんです……」
少年の出自を聞いた少女は、そんなことを告白し始めた。俯きがちにぽつぽつと話すその姿は、少年に聞いたのだから自分も話すべき、といった様子ではなかった。むしろそれは、ずっと誰かに聞いて欲しかった話であり、目の前にちょうど理解してくれそうな人物が現れたから話したといった様子であった。きっと、その気持ちは先ほど少年が答えたくないと思った理由とは真逆のものなのだろう。
沈黙が訪れ、その裏で少年は考えていることがあった。自分と同じで、エルフの里で異物として育った少女。親しくなりたいと思った人たちから差別され、里を出て尚独りぼっち。彼女であれば、自分の秘密や目的を知ったうえでも、仲間になってくれるのではないだろうか、と。
しかしながら、彼が結論を出すための勇気を振り絞る前に時間が来てしまったようだ。少年が何か言う前に、少女が切り出す。
「すいません、変な話をしてしまって。もう行きますね」
そうして、少女は部屋に戻って行こうとしたものの、途中でこちらを振り返る。
「あの……、最後に名前を聞いてもいいですか?」
そんな今さらな内容が少女から告げられ、あれこれと人には言わないような身の上話までしておきながら、そういえばまだお互い名前も知らなかったのだったなと、少年の方も気付く。
「ああ、そういえばまだだったっけ」
そう応じて、少年は告げる。
「僕はキャスっていうんだ。僕を拾ってくれた両親が付けてくれた名前だよ」
今度は少女の方が告げる。
「わたしはステラっていいます。あの、それでは……」
そう言って、今度こそ彼女は去っていった。
ステラが消えると、急にあたりが静かになってしまったような気分にとらわれる。実際には、先ほどまでも二人の会話以外、周囲は静まり返っていたというのに。
残された少年、キャスは複雑な思いを抱えたまま、しばらくの間黙って佇み、その後長い息を吐き出す。
「まぁ、しょうがないか」
今までだって、自分は一人だったのだ。生まれながら魔力を持たず、挙句の果てに不老不死になる方法を探しているなどという人間と仲間になる人などいないに決まってる。そう、自分に言い聞かせて諦める。
彼自身、そのような姿勢もまた、自分が一人のままである原因の一つであると自覚はしていた。