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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第二章 青海で聞こえた二重唱
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第十二話 女子部屋にて

 日没後、ステラとの二人部屋、ベッドの上で帽子を脱いだミセリアはゴロゴロと寝返りを打っている。夕餉の後にこうしてだらしなくしていると普段ならば母親からお叱りが飛んでくるものなのだが、現在一緒にいるのは母でなくステラ。こうして怠惰にしていたところで咎められることもない。

「お母さん、早めに見つかるといいね」

 明日はミセリアの母親探しだ。そして、それが終われば二人とはお別れすることになるだろう。その後はこれまで通りの、冒険者稼業という名の、当てもなければ終わりも見えない放浪生活が待っている。

 どうしようもないのは理解しているし、母を完全に一人にしてしまう訳にはいかないとも思っているが、ミセリアとしては気鬱に感じてしまう。

「そうだね」

 うつ伏せ大の字の状態から顔だけを上げて答える。返事は自然と、気のない声音になってしまった。

「ねえ、ミセリアのお母さんってどんな人?」

 母親について尋ねられる。こちらは気の緩みが全面的に出ているミセリアと違い、靴を脱いでベッドの上に足を揃えて座っており、だらしなさはない。今日まで一緒に行動してきたミセリアだが、彼女が自分のように行儀悪くしている瞬間というのを目にすることはなかった。

「見た目の話?」

「それも含めて」

 明日からの行動に備えての質問かと思ったが、そうでもないようだ。

「どんな人、か……」

 どう答えたものかと、暫し思案する。

「見た目は、いっつもフード被ってて、何か話しかけ辛い感じ。多分、一目ですぐに分かると思うよ。胡散臭いっていうか、陰気くさいっていうか」

「えっと、そんなに目立つの?」

「目立つっていうか…………、まあ、特徴的ではあるかも」

「そうなんだ」

 これから探さなければならない人物の、その外見的な特徴にステラがどのような感想を抱いたのだろうか、ミセリアには察しかねた。

「髪はあたしと違って金色で、割と美人なんだけど、いっつも目の周りが隈で真っ黒なんだよね。そこにすっぽりフードを被っちゃってるものだから、傍から見たら凄く近寄り辛いと思うよ」

 娘のミセリアから見ても、ある程度異様な感覚を受ける容貌だ。

 ただ、元が美人であるだけに損とも思えるかもしれないが、人の目をなるべく避けるように旅をしているため、また本人の性格も多分に影響しているのだろうが、それで人が寄って来なくなるのなら好都合だと当人は思っているようだった。

「見た目はそうだとして、それ以外はどうなの?」

 それ以外、つまりは性格、人となりについて、ということだろう。

「性格は、まあ、あたしに対しては多少物静かではあるけど、普通にお母さんって感じ。ただ他の人にはあんまり愛想が良いとは言えないかな……。凄く人を避けてるところがあるから」

「そっか…………」

 それきり、ステラは視線を下げて黙り込んでしまった。何やら思案気だ。

「別に、喧嘩腰になったりとかはないから大丈夫だよ?」

 変に誤った認識を与えてしまっただろうかとミセリアは思い至る。確かに愛想は悪いが、事情があって他者に関わりたがらないだけで、温和な人ではあるのだ。

「ああ、ごめん、そういうことじゃないの」

 安心してくれるようにと告げた台詞は即座に否定される。どうやら、ミセリアの早合点であったようだ。それでは一体、何を案じていたというのだろうか。

「ねえ、どうしてお母さんと二人で冒険者なんてしてるのか、聞いてもいいかな?」

 何故に子供連れの身でありながら、ミセリアの立場において言えば、子供の身でありながら危険の伴う、尚且つ移動の激しい生業に身を置いているのか。その如何にも訳ありな立場について、ついに問われる。

 これまではキャスもステラも、気を使ってのことか、その質問に触れてくることはなかったのだが、どうして今になって聞かれたのだろうか。

「ごめん、それはどうしても言えないの」

 流浪の理由はミセリアたち親子にとって重大な秘め事であり、決して他人に教えるわけにはいかなかった。知られれば一体どうなるか、最悪身の安全にもかかわりかねない話なのだ。

「それじゃあ、これは聞いても大丈夫かな」

 今度はなんだろう。

「もしかして、お母さんのところに戻るの…………、嫌?」

 途中で一度躊躇いながらもステラがそう言った。

「えと……、どうしてそう思ったの?」

 答えに窮したミセリアはこれに質問で返す。あまり考えたい事柄ではなかった。

「…………あんまり、帰りたがってるようには見えなかったから」

「そうだった?」

「うん。間違ってたらごめんね」

 自覚はなかったが、憂鬱な気分が顔にでも出ていたのだろうか。帰りたくないとは言わないが、外れているとも言い難い。

「ううん、ちょっと気が重いのは本当だから、気にしなくていいよ。でもお母さんをいつまでも一人にはしておけないから」

「分かった。でも、もし何かしてあげられることがあるなら、遠慮なく言ってね」

「……ありがと」

 恐らく、ステラなりにミセリアと母の関係に何かしら見当をつけて、気を使ってくれたのだろう。無茶苦茶な親に振り回されているのではと心配されているのかもしれない。実際に問題を抱えているのはむしろ自分の方で、そのために母に苦労を掛けているという方が実態に近いのだが。

 それから少しの間、部屋の中が静かになる。

 四肢の力を抜いてだらりと寝そべったままぼんやりしているとやはり自然と眠くなるもので、徐々に瞼が下りていく。微睡んでいく意識の中で、ステラが布団をかけてくれるのを感じた。

 すると、今にも完全に眠りに落ちようかという中、不意に部屋の戸を叩く音がして、ミセリアの意識は一気に覚醒する。

 一体何事であろうか。半分起き上がった体勢でステラを見れば、こちらも誰だろうといった表情だ。

「あたしが出る」

 言って、ミセリアはベッドから降り、扉の前まで歩く。

 向こう側に誰がいるのか分からないため、少しだけ戸を開いて彼女は様子を窺った。

「あれ、どうしたの?」

 すると、そこにいたのは見知った人物で、このような時間に部屋を訪れてきたことを意外に思い、用件を尋ねる。

「ちょっと用事が出来ちゃって。入って大丈夫かな?」

「うん、いいよ」

 キャスが入って来れるよう、戸をきちんと開けてやった。

「何かあったんですか?」

 自分と出会う以前からも、夜半にキャスが部屋に来ることは珍しいことだったのだろう。彼を見るなりステラも何事が尋ねている。

「ああ、これなんだけど……」

 ミセリアのベッドに腰掛けステラと向かい合ったキャスが、何かを取り出した。ベッドの上を這ってその正体を確認してみれば、鱗と羽が一枚づつ。人魚とセイレーンのそれだろう。

「鱗と羽…………。船で戦った人たちの?」

「そう。二人にももう話したけど、船で襲ってきたあのセイレーンと人魚、同じような被害が出ないように倒すことになったわけだけど、それで、さっきこれを使って相手の居場所を探ったんだ。そしたら何だか、そろってこっちに向かってきてるみたいで」

 こればかりの材料で、相手の居場所、ましてやこちらへ移動していることまで突き止めたというらしい。もちろん、そういう魔法を用いたということなのだろうが、珍しい技が使えるものだ。

「それは…………、追ってきた、というふうに考えてよいんでしょうか」

「そうなんだとは思うけど、実際この町まで来たとして、どうするつもり何だか……」

 キャスの言うとおり、恐らくは取り逃した獲物を追ってきたと考えるのが妥当だろう。手傷を負って間もないにもかかわらず人里へ。まさかあのような身の上で町人に助けを求めるわけでもあるまい。

「ねえ、その二人が本当に追ってきたんだとして、あの船に乗ってた人全員を狙ってるのかな? それとも、キャス一人?」

 そこまで考えたとき、そのような疑問をミセリアは抱いた。敵は翼を切り落とされ、肉を抉られた恨みを晴らしたいのか、それとも自分たちの存在を認識した連中全てを片付けてしまいたいのか。

 もし後者が狙いの場合、あの二人の能力を考えれば、完全に成功すると言わないまでも相当な被害をもたらすくらいは可能だろう。大衆と天候を操れるというのだから。

「どっちだろう? 知っても仕方ないけどね。今問題なのは、向こうが既にかなり近くまで来てしまってることかな。出来るだけ町から離れたところで叩きたいから、今直ぐ出なきゃならないんだけど……」

 しかし、キャスにとっては関係のない話らしい。確かに、こちらがすでに相手の動きを把握しており、町から離れた場所で迎え撃てるというのなら、いずれにしろ問題ないと言えるだろう。

 言葉を切ったキャスが、何故であろう、ベッドに寝そべるこちらを傍らから見下ろしていた。最初はその意味を推しはかりかねたミセリアだったが、次の瞬間には理解に至る。いつもは母と共に依頼に赴き、きちんと己の役割をこなしているという自負があるために失念しかけたが、彼らの目からすれば自分は子供だ。こちらは当然の様について行くつもりだったが、二人からすれば全く逆の話だろう。

 置いていくつもりだ。視線の意味をその様に理解した自分の中で、これまでの度重なる子ども扱いへの不満も同時に湧き上がって来るのをミセリアは感じた。

「あたしも行く!」

 駄目もとの希望を、声を大にして主張してみる。

「駄目」

 当然のように却下された。

「むぅー」

 ごねてどうなるものでもないと理解しているため、不満はうなり声に変えるしかない。

 腹立ちまぎれに、ベッドの上で暴れまわる。

「かといって、ここに一人で置いて行っていいかも悩むところだし。どうしようか?」

「今からですか……」

 キャスに問われたステラがこちらに視線をよこした。

「一人で待ってられるよね?」

「んー、だいじょーぶだよー」

 向けられた確認の声に、適当に返事をする。

「本当に? 結構、人相の悪い客が多いみたいだけど……」

 どうやらキャスは、女の子一人で置いて行って大丈夫なものかと心配してくれているようだ。

 子ども扱いは嫌だが、女の子として心配してもらえるのは悪くない気分だった。

「あまり過保護にならなくても、この娘だってこれまで色々旅してきたんですし、問題ないと思いますよ?」

「過保護、かな?」

「そもそも、今直ぐ出なければならないなら、そうするしかありませんし」

 ステラの方は然程心配していない、というより、そうするしかないと早々に割り切ったようだ。

「一応、僕一人でも勝てる相手ではあるけど」

 すると、過保護呼ばわりされた彼が完全に過保護な代案を出してきた。自身が一対二で戦う危険を冒してまでステラをここに置こうというらしい。誰がどう考えても過保護だ。

「それは駄目です」

 ステラの反論は速かった。あまりにキャスの側の危険が大きすぎる代案だから、当然だろう。

「あれだけやられといて何言ってるの? そっちの方が心配だよ」

 ミセリアも、流石にそこまでされては居心地が悪いどころではない。手厳しく反論しておく。確かに、前回の戦いにおいてはキャス一人で撃退に成功し、尚且つ今回の戦いでは相手側は負傷した状態だ。キャスの方は異常なほどの回復力で前回の傷も癒えており、先の場合よりも断然有利な状況ではあるだろう。だが、反面では先の戦いにおいてキャス自身も死にかけるほどに追い詰められたという見方もあり、ミセリアやステラからすれば到底一人で向かわせるわけにはいかないのだ。

「そっか。それじゃあ、ミセリアには一人で待っててもらおうか。上手くいったら、昼には帰って来れると思うし」

「ええ、行きましょう」

 女二人からぴしゃりと窘められる格好になったキャスが、内心では這う這うの体なのだろう、崩れかけの笑顔を顔面に浮かべながらそう告げ、ステラの方も納得し、二人の行動は決まったようである。

 キャスはすでに準備を終えており、ステラもすぐさま装備を整え、ミセリアは二人がそろって部屋を後にするのを見送った。

 後には、ミセリア一人が取り残されている。

 部屋の外の足音に耳を傾けながら、少し時間が過ぎるのを待った。

「よし、追っかけよう」

 そう言って立ち上がり、手早く装備を整え、その上から外套を羽織る。その外套は普段から彼女が身に着けているもので、こっそり後をつけるには打って付けの魔法を宿した魔道具でもあるのだ。

 戸を開け、そそくさと部屋の外へと踏み出し、まずは先に出ていった二人の姿を見つけようとその魔法を発動させつつ彼女は宿をあとにした。



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