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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第二章 青海で聞こえた二重唱
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第十一話 ギルド

「それじゃ、外に出よ」

 ステラが必要な手続きを済ませたのを見届け、ミセリアは声をかける。船の上で遭遇した事件の説明のためにキャスが連れ出されている間、ただ待っているのも何なのでと、二人は冒険者ギルドを訪れていたのだ。未だギルドに立ち入った経験もなく、必然、加入も済ませていないステラに、手続きついでにギルドについて一通り説明してやろうというミセリアからの提案が発端である。これに対してステラが素直に有難がって受け入れたために、提案はすんなり通ったのだった。

 これがキャスであったら、どこか含みのあるというか、困ったような反応をまず一度示したことだろう。大方、背伸びしたがる子供の様にでも見られているのだ。ミセリアからしたら、心外なことだった。

「うん。ああ、でもその前に、少しあそこを見ていっていい?」

 そう言ってステラが目線で示してきたのは、依頼の一部が張り出されている一角だ。ギルドに寄せられたすべての依頼があのように張り出されるわけでもないが、危険で高報酬なものだったり、大掛かりなものなど、癖のある仕事の中からいくつかを選び抜いて掲示しているというのは、多くのギルドにおいてよく見られる光景だった。引き受けたがる者のあまりいない依頼をできるだけ人目に触れさせ、誰かの目に留まるのを期待してだったり、如何にもといった華々しい依頼を掲げておくことによって、これから一端の冒険者になってやろうという新米たちを鼓舞することなど、その狙いは様々らしい。

「いいけど、もう結構時間経っちゃったし、そろそろキャスが探してるかもよ」

「大丈夫、少しだけだから」

 ステラが掲示板に向けて歩き出し、ミセリアはその後をついていく。相手の隣に追いついて、彼女は更に声をかけた。

「それに、どうせ大変なのしかないんだから、あんまり本気にしないようにね」

 張り出してあるのは、見栄えだけは良いものであることも多い。新米が釣られて痛い目を見る典型例である。彼女の実力のほどは知らないながら、ステラがそうなることのないようにと事前に釘を刺しておく。

「そうなの?」

 事情を知らないステラが、不思議そうに聞き返してくる。

「そう、わざわざ張ってあるのも理由があるの。新人さんが引き受けて酷い目に遭うっていうのも良くある話だから、いきなり関わるのはやめた方が良いって」

 短い付き合いであり、直に別れる間柄であるが、ミセリアにとって故郷を離れて以来、母以外で初めて親しくした相手の一人である。叶うなら、無用な困難に苦しんで欲しくはなかった。

「分かった。でも、折角来たんだし、見るだけはさせてね」

「まあ、見るだけなら」

 子供の身形をした相手の言うことでもきちんと受け止めてくれるステラの気質に、どこぞの茶髪と比較し内心で感動しつつ、ミセリアも相手の主張を認める。

 そうして、掲示された依頼を眺め出したステラの横、ミセリアも果たしてどのような依頼があるものやらと見分していく。

 何とも危険そう、面倒そう。そういった依頼が並んでいる様は予想通りだったが、とある依頼のところで彼女の目は留まった。これまで彼女が見聞きしてきた中でも、取り分け珍しく、そして危険な依頼がそこにあったからだ。張り紙にあったのは、「ドラゴン」の文字。

「ねえ」

 見て、ドラゴンだって。と、隣のステラに声をかけようと仰ぎ見る。

 すると既に、ステラの視線が同じ張り紙に注がれているのが確認できた。そのまま見上げていても相手の視線がそこから外れることもなく、どうやら依頼の詳細に目を通している様子だ。

 その姿に、ミセリアは嫌な予想が浮かんでくる。

「まさか、受けようなんて思ってないよね」

 その言葉でミセリアからの視線に気づいたのか、ステラもこちらを見下ろし、視線を合わせた。

「ううん。ただ、ちょっと、キャスさんに相談してみようかなって」

 それはつまり、ステラ自身はこの無謀極まる依頼を受けてみたい、ということではないか。ついさっきした忠告を無下にするような言葉を聞かされ、ミセリアの胸中に幾許か不満が生じる。

「ちょっと。さっきは受けたりしないって言ってくれたじゃない」

 この言葉に、ステラが目線を逸らした。

「それは………………。ほら、キャスさんだってこれまで沢山冒険してきた人だから、それで駄目って言われたら大人しく諦めるから。ね?」

 一体、あの依頼の何に関心を持ったというのか、ステラにしては珍しい食い下がりだ。

「駄目! ほら、もう行こう」

 ミセリアはステラの手を引っ掴んで、無理矢理引っ張って出口を目指す。

「大体、キャスはステラに甘いんだから、受けたいなんてお願いしたら駄目なんだからね」

 歩きながらも、彼女は後ろの友人に念を押していく。普段二人を観察していて、キャスがステラに甘いのは明らかだ。いつもの調子で、ステラが控えめに「この依頼を受けてみたいんですが……」とでも言えば、あの男は真面目に検討しかねない。

「そうかな?」

 ところがステラにその自覚はなかったようだ。後ろから呟きが聞こえてくる。

 若干呆れ気味にミセリアは振り返った。

「何嬉しそうな顔しちゃってるの……」

 そこにあったのは満更でもなさそうな表情だ。何だか疲れた気分になってしまう。掴んでいた手を離して一人で先を歩けば、ステラも後からついてきてくれた。

 出入り口まで来て、戸を開け放ち、外へと戻る。

 後ろをついてきていたステラもギルドから出てきたところで丁度、ミセリアは視界に、先頃から話に出てきていた人物を視界にとらえた。ステラにも教えてやるべく、声を上げる。

「あっ! 戻ってきたみたいだよ」

「お待たせ。何してたの?」

 戻ってきたキャスが開口一番、そう問うた。これにステラの方が答える。

「お帰りなさい。ちょっと、時間のあるうちに覗いてみるだけのつもりだったんですけど、ついでに登録も済ませておきました」

「そっか。何か困ったりしなかった?」

「いいえ、この娘が案内してくれたので」

 気遣うキャスの言葉に、ステラがこちらの存在を示してくれたようだ。帽子の上に軽く手が添えられたのが感触でわかった。

 どうだ、少しは認める気になったか。そういう意味合いを込めて、ミセリアはこちらを見下ろす自身と同色の瞳をじっと見返してやる。

「言ったでしょ、冒険者だって。お母さんと一緒に出入りしてたんだから、それなりに勝手は分かってるの」

 本当のところ、ミセリア自身のことはギルドに登録されていないのだが、それでもその他の言は全て真実だ。

 しかし、キャスの反応は依然として芳しいものでなかった。微妙な顔で見下ろしている。

「…………………………………………頑な」

 我慢しきれず、ぼそりと本音が漏れた。

「いや、だってどう見ても無理があるし」

「むぅ」

 返ってきた言葉に反論しかね、儘ならなさにミセリアは俯く。確かに、どう考えても自身のこの外見からは、とても冒険者に見えないというのも自覚しているのだ。立場が逆なら、自分もそのように判断するかもしれない。

「まあ、きっと色々あるんですよ。さっきも中で色々案内してくれましたし、冒険者としてだって、直接戦う以外にも役に立つことはあるでしょうし」

 すると、こちらを宥めるかのように、ステラが言葉を挟んできた。こうなるとミセリアも食い下がり辛い。

「ところで、さっき中に入った時に見かけたのですけど、少し気になる依頼があったので、よかったら後で一緒に見に行ってもらえませんか? この娘のお母さんを見つけた後でいいですから」

 ところが、キャスとのいざこざが終わるなり、今度はステラとの論争が再燃の気配を帯び始めてくる。

「ええと、それも良いんだけど、その前に一つやらなきゃならない依頼が出来ちゃって」

 てっきり二つ返事で頷くと思われたキャスだったが、何やら意外な答えが返ってきた。「依頼」ということだったが、ギルドは目の前にあるというのに、どこで受けてきたというのだろうか。連れ出された先、町長のところででも何かあったかとミセリアは検討付ける。

「まあ、そっちの説明は後にして、とりあえず、それが終わってからで良ければ、一緒に見に行こうか」

「それは構いませんけど……」

 ステラの方も怪訝な様子だ。

「それで、ギルドの方で見つけた依頼っていうのは、どういうの?」

 一方、キャスはキャスで、ステラが興味を持ったという依頼に関心があるようだった。これにステラが答える。

「少し危険な内容みたいですけど、報酬の方も良いみたいで。なんでも」

 それを遮るべく、ミセリアも声を上げた。

「ちょっと、あれは絶対にやめた方がいいって言ったじゃない。危険すぎるよ」

「でも、危ないっていうのはどの仕事でも同じだし、冒険者ってそういうものなんでしょう?」

「限度があるの! どう考えたって生きて帰って来れないような依頼を受ける人なんていないもん」

「それはそうだけど、もしかしたら何とかできるかもしれないでしょ?」

 キャスに話を持って行かれる前にここで食い止められないものかと言い募るが、成果は芳しくない。

「だったら、誰かがとっくに引き受けてるでしょ!」

「それはそうかもしれないけど」

「結局、その依頼の内容って何なの?」

 ここで、先ほどから訳も分からずに二人の言い合いを見せられていたキャスが疑問を呈してきた。彼が話しに入ってくることで、俄然ステラが有利になる流れをミセリアは予見せざるを得ない。

「あ、すみません。実はですね」

 すかさずステラが説明を始めてしまい、ミセリアには諦めたように首を振ってみせるほかなかった。

「ドラゴンを追い払ってほしいそうなんです」

「え?」

 キャスが一瞬、何を言っているのか分からないとでもいうかのような反応を示す。何気なしに聞いた依頼の内容がドラゴンでは、無理もない反応と言えよう。

「少し前、と言っても、もう一か月以上前の話らしいのですけど、遠くの町で急に現れたそうで。無事に逃げられた人も多かったそうなんですが、何としてでも故郷を取り戻したいという人たちが、今回の依頼を出したらしいです」

 ステラが掲示にあった情報のあらましを説明してしまう。

「そのドラゴンについては、何か情報はあった?」

「ええと……、黄金色の鱗で、主に火を吐いて襲ってきた、というくらいでした」

「そっか…………」

 ステラの話を聞き終え、キャスはなにやら考え込むような素振りを見せる。彼もそれなりに経験のある冒険者ならばこの依頼が大変に無茶なものだと分かるはずだが、そこは惚れた女の手前、馬鹿な決断を下さないとも限らない。キャスがステラに惚れているというのはあくまでミセリアの想像にすぎないが。

「…………まさか、受ける気じゃないよね?」

 なかなか反応を示さないキャスに向け、業を煮やしたミセリアは威圧するくらいの気持ちで声をかける。

「いや、どうだろ……」

「信じらんない………………。ほんとにやめてよ」

 いくらなんでもこの話を飲むことはないだろうと頭の片隅では期待していたミセリアだったが、本気で頭を抱えたい心持になってしまい、呟くような言葉を口にした。

「ごめん」

 すると返ってきたのは、短い言葉。何故とは筆舌し難いが、その言葉に、今この場で諦めさせるのは無理かなと、ミセリアは感じる。どういう訳でこんな依頼にそこまでの関心を寄せるのかは、理解できなくなってきたが。

「…………………………………………………………ばーか」

 苦し紛れに、そう言ってやる。

 すると頭上、帽子のつばで遮られた向こう側から、小さな笑いが聞こえた。反射的に仰ぎ見れば、キャスのみならずステラまでもが如何にも微笑ましげで、それが気に入らず睨みつける。

「大丈夫、流石にドラゴンがどれだけ強力かくらいは知ってるよ。ただ、ちょっと考えたいことがあっただけなんだ」

 それでも尚、本当にわかってるのか、という思いで、ミセリアはじっと相手の瞳を除き続けることをやめはしない。

「心配させちゃってるのは分かってるんだ。ごめん」

 再び告げられた謝罪を真摯なものだと受け止め、ミセリアも折れるしかないと諦めた。

「……うん」

「わたしもキャスさんの判断にはちゃんと従うから、大丈夫よ」

 キャスに続いてステラも声をかけてくるが、こちらに対しては些か、自分がいくら止めても聞かないのにキャスに対しては随分従順じゃないか、と言ってやりたい気持ちに駆られないでもないが、それをキャスの手前で指摘してやるのは流石に自重しておく。

「むぅ」

 ミセリアが発した何だかよくわからない返事で話に区切りがついたと判断したのか、少し間をおいてキャスが話題を進める。

「そろそろ移動しよう。日も大分傾いてきたし、泊まる所を決めておかないと」

「はい」

「……そうだね」

 気疲れから、溜息を一つ吐いてミセリアも同意を示した。

「途中で見かけた宿があったから、とりあえずそこに行ってみようか」

 キャスが先導し、ステラとミセリアはその後に従って歩き出す。ステラの方が先に距離を詰め、彼の隣に並んだ。

「それで、結局、キャスさんが請け負ってきた依頼って、何だったんですか?」

 先ほどキャスが口にした件についてステラが再び問う。ミセリアにも関心のある話題だったため、話に加わるべく彼女も二人に追いついて隣に並ぼうと試みる。二人が手を繋がんばかりに近い距離で歩いているため、キャスかステラか、どちらかの隣に行った方が良さそうなものだが、そこは敢えて間に割って入ることにした。何となく、首を突っ込むならその位置だろうと思ったのだ。

「ああ、実は」

 キャスが語り出そうとしたところでミセリアは二人の間を手で押し開くようにし、然も含むところなどないといったふうを装いながらそこに入り込む。

「実は、何なの?」

 そして、ミセリアの割り込みに戸惑って話を中断したキャスに何食わぬ顔で再開を促してやった。

「船にいたときに襲ってきた二人をね、誰にも知られないうちに斬って欲しんだって」

「え?」

 聞いて、訝しんだミセリアの内心を代弁するようにステラから声が上がる。

「それを……、受けたんですか?」

「うん」

 少し驚いたように声を上げたステラに対し、これといって躊躇いも見せず、キャスが頷いてみせた。ステラが驚いたのは、船を襲った輩とはいえ人を斬るという依頼そのものに対してというより、そのような依頼をキャスが引き受けてきたと平然と告げたことに対してではないだろうか。ミセリアにはそう思えた。

「でも、相手を見つけられるかどうか……」

「大丈夫、目処はついてるから」

「……はい」

 明らかに乗り気でないステラの反応に気付いているのかいないのか、事もなげにキャスは挙げられた不安要素にも、問題ないと答えている。

「もしかして、止めておいた方が良かった?」

 流石に空気のおかしいことに気付いたのか、キャスが改めてステラにその意思を問うてみたようだ。

「平気です。頑張りますから」

 だが、そこはステラの性格柄か、そのように聞かれてしまえば答えは分かりきったものだろう。既に引き受けてきてしまった依頼に否と言えるはずもない。

 その後直ぐ、三人は今宵の宿まで辿り着いたのだった。



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