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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第二章 青海で聞こえた二重唱
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第十話 異界へ

 真っ暗な海岸沿い、砂浜を踏みしめながら、キャスとステラは件の二人を目指して移動していた。両者の距離は大分近づいており、遭遇し、戦闘が始まる前の一時を、二人はゆっくりと歩調を落として歩いている。彼らは先ほどから、差し迫った敵に関して話しあっていた。

「あの、人魚の方の使う雷については、何か対策はあるんですか? 今の話を聞いた限りだと、その…………、失礼ですが、キャスさんでは対処し辛いようですけど」

 これから戦う相手に対し、どのように対処するべきか。キャスがステラに対し、船上で見知ったものを含めた敵に関する情報を粗方説明し終えたところで、そのような疑問を呈される。こちらの面目を慮ってくれたのか、少し言い淀む様を見せつつであった。先の戦いにおいて、キャスが落雷魔法を予知しながらも為す術なく直撃を食らったことから、改めて向かい合ったところで同じ結果になるのではと案じているのであろう。

 その不安に、キャスは先だっての戦いを思い返しながら答える。

「あの魔法は多分、雷雨のないところだと使えないんじゃないかな。自然に発生した力を魔法で任意の相手に誘導するものなんだと思う。雷自体を鉾の魔法で生み出してるんだったら、攻撃の起点が本人からかけ離れた空高くになるのはおかしいし」

 人魚の手にあった黄金色の鉾。彼の魔道具が秘める魔法を、キャスはそのように解していた。自身で魔法を扱うことは一切できなくとも、それらの知識は人並みにあるのだ。

「まあ、その雷雨を自前の魔法で作り出せるのが人魚の凄いところだけど。誂えたように相性が良いし、もともと人魚たちで作った道具なのかも」

 というより、その可能性の方が断然高いだろう。襲った船からの鹵獲品という可能性もあるが。

「つまり、相手の準備が整う前に叩けるなら問題ない、ということですか」

 晴れ渡った星空を見上げ、ステラがそのように纏めた。

「でも、海の中にいる相手ですよ? 船の時のように自分から出てきてくれるとは思い辛いですし、あまり、わたしたちに有効な攻め手があるようには……」

 こと遠距離攻撃に関し、確かに彼らにこれといって強力な手札がないのは事実だ。キャスには念力があり、ステラには弓があるが、海中の人魚を仕留めるには心許ない。敵が天候を整える前に倒せばよいと言っても、それが不可能であればどうしようもないのだから。

 もっとも、これについてキャスには一つ考えがあった。考えというほどでもないかもしれないが。

「一応、僕の異能を使えば海の底でも普通に歩けるから、接近戦に持ち込めるとおもう。人狼化も、長くは無理でも、使えないことはないし」

「海の中を歩けるんですか?」

 ステラが若干驚いたようで、キャスの方に顔を向けた。

「本当に、何でもできる能力なんですね。少し羨ましいです」

「どうだろう? 魔法だって、魔力と道具があれば色々できるし、そう変わらないと思うな。それと、確かに万能な能力だけど、何か一つに特化してるっていうのも相当に有利だよ。特に仲間がいるんだったら、一人で色々できるよりそっちの方が良いと思う。僕も強力な魔法使いとか、憧れるし」

 広い大地を一人行くにはこの上なく便利な力ではあったが、そもそも旅をするにあたって一人であらねばならない者などまずいない。

「強力な魔法使い、ですか…………。わたしも、自分の魔法がもっと攻撃向きだったらと思うことはあります。格好良いですよね」

 ステラもその言に、同意を示してくれる。

 ふと、ここでキャスには思い当たることがあった。

「そっか。僕は魔力自体がないからどう足掻いても無理だけど、よく考えたら、普通に結界の魔法を使いこなせてるってことは、魔道具さえあれば攻撃魔法が使えるってことだよね。しかも相当強いやつを」

 自分が魔法を使えない故にか、その点を完全に失念していたことに気が付く。ステラが図抜けて頑丈な結界を易々と張れるということは、つまりそういうことなのだ。

「でも、出せる威力にもそれぞれの魔道具ごとに限界がありますし、強い魔法が使える魔道具になると高いですから」

「そうだね。でも、この仕事が終わったら、報酬を使っていくつか買ってみようか」

 結果、自分が役立たずになりそうな可能性が頭を過ぎりながらも、キャスは提案する。別段、戦力的な理由で一緒にいるわけでなし。それが別れに繋がったりはしないだろう。

「そんな……、悪いです。二人で稼いだお金で、わたしの装備にばかり」

 一方、ステラの反応は遠慮がちだ。戦闘用の魔道具となると高価なため、自分の方にばかり金を回されるのも気が引けるのだろう。

「いや、でも僕は魔道具なんて使えないし」

 腰の剣を示しながら言う。武器と言えば、故郷を離れたときから使い続けている剣と、いつかステラに貰った銀製の短剣くらいだ。他にこれといって必要と感じている品もなかった。

「防具とかは必要ないんですか? 盾や、鎧なんかは。昼間見かけた冒険者の方々も、やっぱり皆、防具にも気を使っているようでしたけど……」

 ミセリアと共に冒険者ギルドに立ち入った時、改めて他の人たちの様子なども窺ってきたのだろう。そうなれば当然疑問に思うほど、キャスの軽装ぶりは珍しいものだ。否、キャスのみならず、実はステラもそうなのだが、そこは新米ということもあり、同列には扱えない。

「不死の手がかりを探して只管移動を繰り返してきたからね。他の人たちの場合はどこかの町を拠点に据えて長期滞在とかもあるらしいけど、僕は基本的にそういった機会もないし。盾や鎧なんかがあると移動が大変になるから」

 そうは言うものの、普通の冒険者ならばそれを推してでも身の安全のため、それらを用いるものだ。正直、物臭の言い訳に過ぎない。重いのが嫌だったのだ。

「……要る?」

 一応、ステラの方は防具が必要なのか、確かめる。

「いえ、わたしも自分の魔法がありますから。それに、重そうですし」

 案の定、断られた。あの結界を破れるような攻撃なら防具も意味をなさないだろう。後半部分は、少し冗談めかしていた。

「丈夫な結界だよね…………」

 閉じ込められた夜を思い出してしみじみ告げる。

「ええ。ですから、もし人魚の方に手間取ったとしても、雷はわたしが防いでみせますから、安心してください」

「うん、頼りにさせてもらうよ。でも無理はしないでね。一先ずは、僕が人魚を相手している間に、セイレーンの方をよろしく」

「分かりました」

 落雷でさえ防ぎきる自信があるらしい。ただ、恐らくは海中戦になるであろう人魚との戦い。キャスが人魚、ステラがセイレーンと、手分けしての一対一と予測している。セイレーンに関してはステラが防御を構えた時点で負けはないだろう。

 話に一段落ついて、少しの間、二人は意味もなく波の音に耳を傾けている。

 次に声を発したのはステラの方だった。

「あちらの方々までは、まだ少しかかるんでしょうか」

「もう直ぐだよ」

 短いやり取りだ。

「いや…………」

 ところが、その短い返事をキャスはすぐさま取り消すことになる。先ほどから人魚とセイレーンの方も二人揃って移動しているようだったが、その動きに丁度、変化が訪れたのだ。人魚がセイレーンの傍を離れ、沖側へ移動を始めたことを、キャスは漏らすことなく感知した。

「ごめん、人魚の方が海側に離れていってる。まさかこの距離で見つかったとは考え難いけど……」

 言いながら、キャスはステラと視線を交わす。

「セイレーン、お願いするね」

「任せてください」

 返事を聞くとともに、彼は海の方へと足を向ける。その背へ、ステラの声がかけられた。

「無事に戻ってきてくださいね」

 キャスが振り返る。

「うん。終わったら、すぐ戻って来るから」

 そのまま、大して気負うことなく海の中へと走り込んでいった彼は、しかしこの後、これが決して気安い仕事でなかったことを思い知ることになる。


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