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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第二章 青海で聞こえた二重唱
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第九話 過保護判定

 日の沈んだ後、部屋でキャスは一人ベッドの上で胡坐をかき、荷物の中からそれぞれ一枚の羽と鱗を取り出して、それらを目の前に並べる。

 二つのうち、彼は純白の羽の方を手に取り、意識を集中させる。力を使うためだ。普段はあまり用いない使い方な上、何とも想像の困難な内容なため、それなりに神経を使う作業なのである。

 羽を手にしたまま後ろに倒れ込むようにして寝転がり、瞳を閉じた。そして、手の中のそれを強く意識しつつ異能を行使。彼の能力に依れば、身体の一部という本人と強い縁で結ばれている物を頼りに対象の居場所を掴むこともまた、不可能でなかった。念視、とでも呼べばいいのだろうか。

 久方ぶりに試してみると、以前ほど困難を感じることもなく目標の居場所を把握でき、改めて己の成長、あの森での日々の恩恵を実感する。やはり、過去にないほどの飛躍的な成長だ。

 目を開け、矯めつ眇めつ白羽を眺めながらセイレーンの位置を詳細に突き止めようと作業を継続する。

「………………海辺か。しかも、結構近いな。…………移動中か」

 羽を手放したら、今度は鱗に手を伸ばす。

「一緒にいる? これは…………」

 人魚の動向を確かめてみれば、どうやらセイレーンと一緒にいるようだということが分かって、二人揃って沿岸を移動しているようだ。さらに、彼女らの向っている先が問題だった。人魚たちは、一体どうしたわけなのか、キャス達のいる町に近づいてきており、もし本当にその目的地がここであるならば、夜明け前には辿り着くであろう距離にまで迫ってきているのだ。

 追ってきたとでもいうのだろうか。この状況を知って、一先ずはそのように考えて動いた方が良いのだろうと判断する。とはいえ、追ってくるというのなら、港に入る前に襲撃をかけてしまったほうが良さそうなものであるし、そもそも向こう側がどのようにこちらの位置を把握して行動しているのかという疑問もあるのだが、現実に敵がこちらに接近している以上、それらについては後回しだ。

 さて、どうするべきか。キャスは思案する。大体にして、敵方はこの町まで辿り着いたとして、何をするつもりなのだろう。まず、平和的な目的なはずがない。そうなると、余計な被害が出ないよう、出来るだけ町から離れた場所で迎え撃つのが当然の結論になる。

 だが、問題もあった。

「ミセリア、どうしよう」

 というものである。一応、夜明け前は無理でも、今から町を発てば日中には戻って来れると思われるが、果たして一人で置いて行って大丈夫なものだろうか。当然だが、彼女の母親探しを最初にやってしまう時間はない。或いは、自分一人で向かっても何とかする自信はあるのだが。

 今見たものも伝えなければならないし、とりあえず、ステラに相談しに行こうか。彼はベッドから起き上がり、部屋を出、ステラたちの部屋へと向かう。日が沈んだとはいえ然程遅い時間という訳でもなく、途中、石造りの廊下を何人かと擦違い、男も女も、皆一様に酒の匂いを漂わせ、強かに酔っていた。出来るだけ安いところを選んだためか、他の客には身形や人相の良くない者も多い。

 二人がいる部屋の前に辿り着き、彼が一つ深呼吸してからその戸を軽く叩く。中からは二人の話声が微かに聞こえており、返事が返ってくるより先に扉が開かれた。

 扉の隙間から、ミセリアがこちらを見上げている。室内なので、いつもの帽子は被っておらず、生来の愛らしい外見をそのまま拝むことができた。

「あれ、どうしたの?」

 部屋に訪れたキャスに対し、不思議そうな様子で彼女は尋ねる。普段なら、夜間、彼がステラの部屋まで足を運ぶことはないため疑問に思ったのだろう。

「ちょっと用事が出来ちゃって。入って大丈夫かな?」

「うん、いいよ」

 部屋の中に入れば、二つあるうち、奥の方のベッドに腰掛けたステラがこちらを見るなり声をかけてきた。

「何かあったんですか?」

「ああ、これなんだけど……」

 言いながら、ステラの向かい側、ミセリアが寝ることになるのであろう方のベッドにキャスも腰かける。そして、持ってきていた鱗と羽をその隣に置いた。

 すると、彼の後ろ側からベッドに寝そべったミセリアが這寄ってきて、それらを覗き込む。

「鱗と羽…………。船で戦った人たちの?」

 船上で倒れたキャスの傍に散らばっていたそれだと理解したのだろうミセリアが、そう言い当てた。

「そう。二人にももう話したけど、船で襲ってきたあのセイレーンと人魚、同じような被害が出ないように倒すことになったわけだけど、それで、さっきこれを使って相手の居場所を探ったんだ。そしたら何だか、そろってこっちに向かってきてるみたいで」

 その言葉に、ステラの方が反応する。

「それは…………、追ってきた、というふうに考えてよいんでしょうか」

 先ほどキャスも疑問に思ったことを、ステラもまた考えているのだろう。

「そうなんだとは思うけど、実際この町まで来たとして、どうするつもりなんだか……」

「ねえ」

 ステラの疑問に対し、キャスも同様の疑問を呈したところで、今度はミセリアから声がかかる。

「その二人が本当に追ってきたんだとして、あの船に乗ってた人全員を狙ってるのかな? それとも、キャス一人?」

 寝そべった状態でこちらを見上げながら、ミセリアはそう言った。キャス自身は気にも留めなかった問題だ。言われてみれば、手ひどい負傷をこちらも負わせているわけであるし、自分一人を狙っている可能性もあるのかと彼は納得する。もっとも、だからといって何かが変わるわけでもないのだが。

「どっちだろう? 知っても仕方ないけどね。今問題なのは、向こうが既にかなり近くまで来てしまってることかな。出来るだけ町から離れたところで叩きたいから、今直ぐ出なきゃならないんだけど……」

 言葉を途中で止め、すぐ隣のミセリアを見下ろしてみせる。

 ミセリアはその視線に込められた意味合いがわからなかったようで、最初はぽけっとした顔で見つめ返していたが、そのうち察しがついたのだろう。眼つきが不満げになっていくのが見てとれた。

「あたしも行く!」

「駄目」

 ミセリアの訴えをキャスが一蹴する。

「むぅー」

 すると、彼女は唸り声を上げながら寝返りを打って、ごろごろとベッドの上を離れていった。

 その様を余所に、キャスはステラの方へと向き直る。

「かといって、ここに一人で置いて行っていいかも悩むところだし。どうしようか?」

 先ほど擦違い様に見た客層を思い返しながら、彼はステラの意見を伺う。

「今からですか……」

 ステラは少し悩むようにしてから、ベッドの端の方でうつ伏せになっているミセリアに視線を向けた。

「一人で待ってられるよね?」

「んー、だいじょーぶだよー」

 気のない返事が聞こえてくる。

「本当に? 結構、柄の悪い客が多いみたいだけど……」

「あまり過保護にならなくても、この娘だってこれまで色々旅してきたんですし、問題ないと思いますよ?」

 不安を呈したキャスの言葉にも、直ぐに否定の言葉が返ってきた。過保護と言われ、彼は首を傾げる。

「過保護、かな?」

 当人としては、真っ当に気を配っている程度のつもりだったが、周りから見るとどうなのだろうか。

「そもそも、今直ぐ出なければならないなら、そうするしかありませんし」

 そう主張するステラに、過保護と称されたばかりのキャスは一つ、めげることなく代案を示してみる。

「一応、僕一人でも勝てる相手ではあるけど」

「それは駄目です」

「あれだけやられといて何言ってるの? そっちの方が心配だよ」

 それは彼にとっては選択肢の一つのつもりで、何の気なしの提案だったのだが、他二人からするとそうは見えなかったようで、ステラに即否定されるのみならず、ミセリアから厳しい駄目出しが飛んできた。小さな女の子から容赦のない指摘を受け、内心何かが挫けそうになるが、そこはステラの前ということもあって必死に取り繕って表面上はただ苦笑いするだけで済ませてみせる。反論は、却ってみっともなくなる可能性が高いので止めておく。落雷を見事に喰らって動けなくなったのも事実なのだから。

「そっか。それじゃあ、ミセリアには一人で待っててもらおうか。上手くいったら、昼には帰って来れると思うし」

「ええ、行きましょう」

 告げたキャスに合わせて、ステラも立ち上がり、二人で部屋を後にする。

 後には、ミセリア一人が取り残された。


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