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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第二章 青海で聞こえた二重唱
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第八話 合流

 町長らの下を辞して、キャスは今ステラたちと合流するべく町中を歩いていた。

 こうして移動していても、数日前の負傷による辛さはほぼ消えていると言ってよく、友の、人狼の血が入ったことによる恩恵を彼に実感させる。船上で受けた落雷自体も、人狼化という手札がなければ生きてやり過ごすことができなかっただろう。キャスが手ずから首を刎ねた彼の親友は、己の意思で人狼化できるようになるにはある程度の経験が必要と言っていたが、あの急場で、初めての試みであるにもかかわらずそれに成功したのは僥倖だった。成って数週間の新米人狼である彼に変身を可能とさせた要因が何であったのかは分からないが、人狼の力自体に対する相性でもあるのだろうか。

 そんなことを考えつつ歩きながら、視線は道行く人々の間を忙しなく彷徨わせている。ステラたちには海沿いの、どこか適当なところで時間を潰していてくれと言っておいただけなので、それらの姿を探すためというのもあるが、彼の探し人は他にもあった。とはいっても、実は相手の容姿すら碌に知らないため、何となくそれらしき人物がいないか見回している程度なのだが。

 彼の求める人物の特徴として今分かっているのは、恐らく若い、二十代くらいの女性であること、一人で行動しているだろうこと、そして冒険者であることくらいであろうか。つまり、ミセリアの母親と運良く擦違う可能性を期待しているのだ。依頼を受けた後になって気が付いたことなのだが、期日までに事を成し遂げなければならないにしても、まずは彼女を親元に届けることの方が先だろう。少しでも早く手掛かりをつかめればいいのだが。

 もっとも、先の港町と比較すれば見劣りするとはいえ、それなりに広い町である。然して期待もできそうにない。

 この街並みの中から目的の人物を見つけ出し、尚且つおよそ一週間以内には件の二人に関する依頼についても報告に戻らなければならない。あまり手間取りたくはない状況だった。

 結局、それらしき人物に出会うより先に、キャスはステラたちのもとに辿り着く。二人は丁度、どこかの建物から出てきたところだった。見ると、その建物こそが先頃出会った禿げ親父が支部長を務める、この町のギルドであるようだ。

「あっ! 戻ってきたみたいだよ」

 ステラより先にキャスの姿に気付いたミセリアが最初に声を上げ、次いでステラの視線がこちらに向けられる。

「お待たせ。何してたの?」

 キャスが問う。

「お帰りなさい。ちょっと、時間のあるうちに覗いてみるだけのつもりだったんですけど、ついでに登録も済ませておきました」

 ミセリアを拾ったこともあり、前の町では依頼を受けるわけにもいかなくなったため、ギルドに立ち寄ること自体見送ってしまったのだが、当然、その分この町で仕事をする必要があるので、先んじて、ということなのだろう。

「そっか。何か困ったりしなかった?」

「いいえ、この娘が案内してくれたので」

 一応、といったつもりでそう聞いたキャスに、ステラが意外な答えを返して、ミセリアを示した。

 帽子の下から覗いている双眸と視線が重なる。

「言ったでしょ、冒険者だって。お母さんと一緒に出入りしてたんだから、ちゃんと勝手は分かってるの」

 表情に出さないように気を付けたつもりだったが、視線に怪訝な色でも混ざっていたのだろうか、ミセリアが改めて告げた。もっとも、キャスはキャスで、相も変わらずその点に関して素直に信じかねている。少なくとも、ここまで幼い子供がまともに冒険者としての仕事をこなすのが不可能なのは間違いない。

 キャスは何と答えたものか分からず、言葉を返すのが遅れる。

「…………………………………………頑な」

 自分は冒険者だ。その主張を彼が一向に信じる様子がないことも伝わってしまったようで、ミセリアが気を悪くしたように目線を下げてしまった。これには流石にキャスも、何かしら機嫌を直してもらえるような台詞を探しはしたが、本心と異なる適当な言葉で誤魔化す気にもなれず、却って率直に疑念を口にしてしまう。

「いや、だってどう見ても無理があるし」

「むぅ」

 俯いてしまった帽子の天辺を見下ろしながら彼が言うと、ミセリアが小さく唸ったのが聞こえた。

 そんな二人の間をとりなすように、ステラから声がかけられる。

「まあ、きっと色々あるんですよ。さっきも中で色々案内してくれましたし、冒険者としてだって、直接戦う以外にも役に立つことはあるでしょうし」

 ステラ自身がこの件に関して内心どのように考えているのかは知らないが、やんわりと間に入られてしまって、キャスには少し決まりが悪い。

「ところで、さっき中に入った時に見かけたのですけど、少し気になる依頼があったので、よかったら後で一緒に見に行ってもらえませんか? この娘のお母さんを見つけた後でいいですから」

 そういったキャスの心情を見越してか、話を変えるようにステラがそんなことを申し出てくる。

 言われ、「うん、いいよ」と即答しそうになった彼だったが、すんでで先頃受けてきた依頼の存在を思い出した。

「ええと、それも良いんだけど、その前に一つやらなきゃならない依頼が出来ちゃって」

 キャスがそう言うと、ステラだけでなく、そっぽを向いていたはずのミセリアもこちらを不思議そうに見上げてくる。

「まあ、そっちの説明は後にして、とりあえず、それが終わってからで良ければ、一緒に見に行こうか」

「それは構いませんけど……」

 ギルド以外のところから、一体どんな依頼を請け負ってきたというのか。当然、疑問に思っているのだろう。

「それで」

 今度はキャスが尋ねる。

「ギルドの方で見つけた依頼っていうのは、どういうの?」

 目の前の彼女が目を付けた依頼というのが何なのか、彼は興味があった。冒険者それぞれに、比較的危険が少なく容易な仕事を選ぶ者、危険が大きくともとにかく実入りの大きい仕事を選びたがる者、出来るだけ短期間で終えられる仕事を探す者もあれば、只々自分たちが面白そうと思える依頼に挑む者もありと、こなしている仕事に対し、おおよその傾向があって、得てして各々の性格が出るものだ。だからこそ、ステラがどんな依頼を選んだのかは彼にとって、意味の重いものである。この点に関して趣向が異なるのであれば、それは二人が冒険者として、合わない、ということでもあるからだ。

 因みに彼自身の場合、いつも依頼を受けるのが金欠間近の時期だったということと相俟って、手早く済ませられそうなものの中から、可能な限り報酬の高額なものを選ぶきらいがあった。多少の危険は省みず、手早く大金を。当人としては、悪い意味での冒険者の典型、だらしがないとも自覚している。これまでは一人だったからそれで良かったものの、今後は自制していかなければならないだろう。流石に目の前の穏やかな気質の女子が、自分と同じようないい加減さを備えているとも思えない。

「少し危険な内容みたいですけど、報酬の方も良いみたいで。なんでも」

 言いかけたステラに対し、傍らから声が上がる。

「ちょっと、あれは絶対にやめた方がいいって言ったじゃない。危険すぎるよ」

 そう制止したのはミセリアで、帽子のつばはステラのいる側が持ち上げられていた。そして、その言葉の内容は、つまりステラが目を付けた依頼が寸前の彼の予想を裏切って、平時の彼の選択に似通ったものでありそうなことを予感させるものだ。

 彼女の選んだ依頼の中身に対し、キャスの関心は殊更高まって、よく分からない期待のようなものが胸に生まれる。

「でも、危ないっていうのはどの仕事でも同じだし、冒険者ってそういうものなんでしょう?」

 ミセリアの反論に答えるステラの、その言葉使いが彼に対するそれと異なるのは流石に話している相手の年齢が低すぎるからだろう。キャスがこれまで見てきた中では、ミセリアに対するときだけが、普段と違う言葉使いをするステラにお目にかかることができる唯一の機会だ。

「限度があるの! どう考えたって生きて帰って来れないような依頼を受ける人なんていないもん」

「それはそうだけど、もしかしたら何とかできるかもしれないでしょ?」

 俄かに語気を強めるミセリアと、困った様に受け答えするステラ。恐らくだが、ギルド内でその依頼とやらを目にした時から延々、こんなやり取りを続けていたのではないだろうか。そんな印象を与える受け答えだ。

 それほどまでに無謀な選択であるのだろうか。もしくは、自分たちの実力を知らないミセリアからすれば酷く無茶な行動に見える、ということなのかもしれない。これといって戦っている姿を見せたことやこれまでの依頼、キャスが単身でこなしていたものに限るが、それらについて話したこともなかったため、彼女からすれば、自分とステラは年相応の一般的な実力、という認識であると考えるのが自然だ。キャスは二人の会話をその様に解釈していく。

 因みに二人の実力に関して、少なくともキャスの認識としてはだが、それなりに高い方であるはずという見解だ。自身の実力が高いというのはこれまでの実績からそのように捉えて間違いはないと言える。人狼の力まで得た現在ならば、尚のこと。ステラにしても、人狼化した自分を一晩中閉じ込めておけるほどに、こと守りに関しては突出して秀でていた。

 あるいはステラの方も自分たちの力量をその様に評していて、ミセリアから見た二人の姿との間に生じる差異が、目の前の光景に繋がっているのかもしれない。

「だったら、誰かがとっくに引き受けてるでしょ!」

 一歩引いて両者の主張を聞いていたキャスだったが、次いで飛び出したミセリアの台詞には疑問符が浮かぶ。危険が大きくとも、報酬もまた高い。そのような依頼も間々あるものだが、誰ひとり受けようとしないというのは珍しかった。

 どうにも、その依頼というのが最初、自身が想像したものよりも一際危険なものなのではないか。そんな予感がし始める。

「それはそうかもしれないけど」

 ステラの方は、ミセリアの言うことに納得しきれていない様子だ。

「結局、その依頼の内容って何なの?」

 女二人で言い合うばかりで一向に明らかにされないそれを、キャスは改めて問いただす。

「あ、すみません。実はですね」

 ステラがキャスの方に向き直り、ついに語る。視界の端で、ミセリアが諦めたように首を振る様子が帽子の動きでわかった。

「ドラゴンを追い払ってほしいそうなんです」

「え?」

 言われ、キャスは何とも間の抜けた反応で返してしまう。一月以上前にもドラゴンに関わったが、何の偶然だろうか。

「少し前、と言っても、もう一か月以上も前の話らしいのですけど、遠くの町で急に現れたそうで。無事に逃げられた人も多かったそうなんですが、何としてでも故郷を取り戻したいという人たちが、今回の依頼を出したらしいです」

 聞いているうちに、事の全貌に予想がついてくる。

「そのドラゴンについては、何か情報はあった?」

「ええと……、黄金色の鱗で、主に火を吐いて襲ってきた、というくらいでした」

 予想を確かめるためにそのドラゴンのことを聞いてみれば、その予想をしっかりと裏付けるにたる情報が、ステラの口から告げられた。

「そっか…………」

 呟くように返しつつ、話に出てきたドラゴンが以前に戦ったそれだとわかって、自然とその時のことが記憶の中から湧き出てくる。たった今、あの時の己の行いのために生まれた被害を知ったというのに、蘇ってくる感情は懐かしさだ。出会ったばかりの友人と一緒に、無謀な馬鹿をやって、それでいて二人とも必死で、最後には乗り切った。あの時の充実感が彼の中で思い出される。責任も感じなくはなかったが、あまり大きなものでもなかった。実際に被害に遭った人物が目の前にいれば、思い出よりも責任の方を大きく感じるのかもしれないが。

 感慨にふけるキャスだったが、目の前の二人には伝わるべくもない。彼の思考に没入しかけたような様子を、ミセリアは依頼について真面目に検討しているものと受け取ったようである。

「…………まさか、受ける気じゃないよね?」

 まさかとは思うけど、といった気配でこちらに確認の言葉を向ける。

「いや、どうだろ……」

 正直、彼としてはその依頼を受けてみることについて些か検討したいところなのだが、それを告げたら更にミセリアの気分を害することになるのは目に見えていたため、及び腰になって、誤魔化しに逃げてしまう。

 もっとも、キャスのこの様な態度だけでも、ミセリアの機嫌を損ねるには十分だったというのは、その表情でわかった。

「信じらんない………………。ほんとにやめてよ」

 ミセリアが疲れたように告げたその声は、決して大きくはなく、だからこそキャスの方も真摯な対応を求められているのだと気が付く。ほんの数日ばかりの関係の上、もうじき別れることになる間柄だが、思った以上にミセリアは真剣に自分たちのことを心配してくれているようだ。それを意識すると、これまでのような一歩引いた対応をするにも引け目が生まれてしまう。

「ごめん」

 申し訳なく、謝る。謝るのは、それでもその一件について「受けない」と直ちに答えることができないためだ。

「…………………………………………………………ばーか」

 すると、暫くの沈黙があって、ミセリアが呟くような声量で悪態を吐いた。帽子で表情を隠し、そっぽを向いている姿は如何にも機嫌の悪い子供の様で、問題があるのは自分とステラの方だと自覚はしていても、なんだか可笑しくなってしまう。その上、言葉の中身そのものまで子供のようだったため、直前までの申し訳なさも霧散して、堪える間もなく笑いが漏れてしまった。それはほんの一瞬だったが、帽子で視界が遮られているミセリアにも当然音自体は聞こえたはずである。

 案の定、良い勢いでこちらへと向き直ったミセリアに、笑いを堪えている己の姿をはっきりと見られ、次いで、同じくキャスの傍らで微笑ましげな顔をしていたステラにも恨みがましげな眼が向けられた。

「大丈夫、流石にドラゴンがどれだけ強力かくらいは知ってるよ。ただ、ちょっと考えたいことがあっただけなんだ」

 まだ幾らか表情で笑っているのを自覚しつつも、キャスはミセリアにそう釈明する。そして、ミセリアはそんなキャスの内心を見定めようとしているのか、その瞳をじっと睨むように見つめる。

「心配させちゃってるのは分かってるんだ。ごめん」

 再度、謝って、今度はミセリアの気分を害することはないようだった。

「……うん」

 それから彼女はステラの方を見上げる。そもそも、この二人の意見が割れたことが発端だ。

「わたしもキャスさんの判断にはちゃんと従うから、大丈夫よ」

 ステラがミセリアに言う。傍のキャスとしては、自身の場数や経験に対して信頼されているんだな、ということを実感する一幕でもあって、少し気が良くなる。

「むぅ」

 一方で、ミセリアにとってこの台詞はお気に召すものではなかったようだ。自分がいくら言っても聞かなかったくせに。キャスの判断には素直に従うことを表明したステラに対し、恐らくはそのように思っているのだろう。

 いい加減、この話題は切り上げてしまうべきだと判断し、キャスは強引に話を移してしまおうと決める。

「そろそろ移動しよう。日も大分傾いてきたし、泊まる所を決めておかないと」

「はい」

 先にステラからの返事が返ってくる。

「……そうだね」

 その後に、ミセリアが軽くため息をついてから返事をよこした。

「途中で見かけた宿があったから、とりあえずそこに行ってみようか」

 話し込んでいたその場所から、三人そろって歩き出す。

「それで」

 距離を詰め、キャスの左隣に並んだステラが歩きながら尋ねてきた。

「結局、キャスさんが請け負ってきた依頼って、何だったんですか?」

「ああ、実は」

 キャスが声を潜めつつ答えかけると、自身の脇腹の辺りに何かが触れる感触がし、それがミセリアの手であると認識したころには、手の甲辺りが触れるのでは、というくらいには近かったステラとの間を押し開くようにして、彼女が割り入って来ていた。急な行動に僅かばかり戸惑う。

 当のミセリアにとっては特に意味のある行為でもなかったのか、何でもない風に二人の間を歩いている。特にこちらを見上げてくる様子もない。

 反対側のステラを見れば、目が合って、あちらも少し困惑しているようだった。わざわざこんなふうに割り入ってくるなど、これまでなかったのだが。

「実は、何なの?」

 キャスが途中で言葉を切ったことを不審に思ったのか、ミセリアが見上げて確認の言葉をよこす。

「船にいたときに襲ってきた二人をね、誰にも知られないうちに斬って欲しいんだって」

 特に気にしなくても良いかと思い直し答えた。

「え?」

 キャスがそれを言いきると、ステラから意外そうな声が上がる。

「それを……、受けたんですか?」

「うん」

「でも、相手を見つけられるかどうか……」

「大丈夫、目処はついてるから」

「……はい」

 何やら、ステラの反応は優れない。

「もしかして、止めておいた方が良かった?」

 正直、ステラであれば二つ返事で頷いてくれそうだと思っていたのだが、これを見てキャスも己の認識が甘かったのでは、という気になってしまう。よくよく考えれば襲ってきた相手とはいえ、金をもらって人を殺めるという依頼なのだ。

「平気です。頑張りますから」

 ステラは何でもなさそうに答えたが、キャスとしては酷く気にかかってしまう。

 それから直ぐ、三人はキャスが見かけた宿まで辿り着く。部屋は二つとって、キャスは一人部屋だった。


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