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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第二章 青海で聞こえた二重唱
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第五話 目撃者

 ミセリアがキャスとステラに捕まった後、二人の行先が彼女の母の向かった先と同じだったこともあって、三人一緒に次の町まで行くことになってしまい、彼女はその後の数日間を彼らと共に町で過ごすことになった。次の船が出るまでの間のことだ。

 最初はミセリアもある程度二人のことを、何かよからぬことを企んでいる人物だったりしないだろうかなどと疑っていたのだが、傍から二人の様子を見ていると、早々にそのような疑念も捨ててしまうことができた。何とも犯罪者の二人組には不相応な空気が、二人の間に漂っていたからだ。

 彼女は一度、二人にその関係性を尋ねてみたのだが、その時は単に最近縁あって仲間になった冒険者同士というふうにしか答えてもらえなかった。しかし、傍から二人を見ればそれ以外にも含むところがありそうなのは明らかで、恋人というほどではないにせよ、それぞれ意識してのことなのか、それとも意識せずのことなのか、そういった方向に向けてお互い少しずつ距離を詰めているような感じにも見え、そこにある雰囲気は何とも慎ましやかなものだ。

 そんな様を見ていて、いい加減な判断だな、と思われてしまえばそれまでだが、ミセリアは二人への警戒を大きく解いてしまったのだった。

 そうして、現在は三人そろって船の中。キャスを甲板に追いやって、ミセリアはステラと二人、船室にいた。目の前では船酔いですっかり参ってしまったステラが横になって寝ている。

 最初はキャスも付き添うと言っていたのだが、二人がかりで遠慮させた。甲板で吐き散らかさずに意地でも耐え抜こうとしている理由は彼女にも理解できたし、万が一にもそんな姿を晒させることのないようにという配慮でミセリアはステラに協力している。

 穏やかに寝息を立てている様子から、一先ずは大丈夫なようだ。

 キャスに様子を伝えてこようと、ミセリアは一旦部屋を出て彼のもとに向かう。

 甲板に出れば、ぼうっとした様子でほかの乗客らを眺める彼の姿がすぐに見つかって、帽子が風で飛ばされないように気を付けながら彼女はそちらに歩いて行った。

「それで、様子はどう?」

「うん、少しは落ち着いたみたい。今は部屋で寝てるよ」

 そして彼を見上げて会話する。出会った当初と違うのは、帽子の角度を少し上げ、きちんと顔が見えるようにして話すようになったこと。帽子ではなくフードを被っていた頃からこういうふうに他人とやり取りするのは久しくなかったことで、彼らがある程度打ち解けた結果であり、彼女の脱走事件の中で一番意義のある出来事だったかもしれない。

「船に乗るのは初めてだって言ってたし、初日ならこんなもの、なのかな?」

 キャスの言葉にも若干疑問が混じっているようだったが、ミセリアからしても彼女のは特に酷いように思えたし、きっと酔いやすい体質なのだろう。

「ちょっと弱い方だと思うよ。船から降りるまでずっと酷いままじゃないといいけど……」

 流石に数日間もあの状態では、可哀そうだ。

「そうだね。折角の船旅なんだし……」

 答えるキャスの視線は船内への出入り口の方に向けられており、本当はもっと二人で船旅を満喫したかったように窺える。

 ふと、その視線が移動した。

 相手が空を見上げたことにつられ、ミセリアも天を仰ぐ。

「天気が悪くなってきた。中に入ろう」

 見上げた先は曇り空で、ちょうどそこから雨粒が降り注ぎだすところだったようだ。

「あれ、本当だ。さっきまで晴れてたのに」

 今し方出てきたばかりだというのに、急すぎる変化だ。ミセリアは首を傾げながらも、キャスに促されるまま、船内に向け歩き出した。

 そんな彼女だったが、天候以外の周囲の状況にも首を傾げることになる。

 船内に向け歩き出す者は自分たち以外に一人もおらず、方々で怖い顔をした大人たちが寄り集まっていた。

「何かあったのかな?」

「そうだね……。ちょっと様子を見てくるから、先にステラのところに戻ってて」

 答えを期待したわけでもなかったミセリアの発言だったが、そんな答えが返される。

「うん、そうする」

 変に近づいて巻き込まれるのも嫌だったし、ついでに雨に濡れるのも嫌なので、大人しくキャスに任せて自身はさっさと船内に入っていった。

 船内の方は特におかしな様子もなく、加えて天気の良い日だけに外にいた者が多かったのか、静かなものだ。

 ステラの下に戻ってみれば、彼女は変わらず静かな寝息を立てていた。

 狭い船室の中、その傍らに腰かけ、ミセリアは暫しの間キャスが戻ってくるのを待つ。

 することもなく隣の寝顔を覗き込んでいると、彼女の頭の中はこの数日間のこと、そして先々の、あと数日後、母のもとへと戻った後のことに向かっていった。

 知り合ったばかりの二人と過ごした何ということもない数日間だったが、正直とても清々しい時間だったように感じる。自分と母の二人でいるときの、誰かに秘密を知られることを恐れ、常に周囲を警戒して距離を取り、他者にできるだけ関わるまいとした日々は陰気で暗く、先を考えるのも避けざるを得ないものだったが、彼女がここ数日入り込んだあの二人の間にある時間はのんびりとした優しいそれであり、その二つの間にある差は雨の直前の曇天と、浮雲漂う青空の様だった。

 そういった差異を直に知ってしまうと、このまま母のもとに帰るのが少しばかり憂鬱に感じてしまう。

 もう長いことあの生活を続けてきたが、また当てもなくあの暮らしを続けに戻るのかと、そんなふうに考えてしまうのも止むを得ないことだった。

 今までにも何とかしてそんな二人の在り方を変えられないかと頭を悩ませたことがあったが、現実的な案が浮かんだためしはそうない。誰かほかの人物を仲間に加えるなど抱える事情の性質が許さないし、二人だけで楽しくやっていくには抱える事情が重すぎたのだ。

 大きめの溜息をついて、彼女はステラの隣に寝転がる。

 この二人とだって、秘密が知られてしまえばこんなふうにしてはいられないだろう。

 考えることを打ち切るために、思考を止めて頭をからっぽにし、目を閉じて、この解決しえない悩みから一時ばかり逃れようと、彼女は微睡みの世界へ入っていく。

 傍らの息づかいだけが彼女の意識に割り込んでくる唯一の存在となった。

 時間の経過が曖昧な心地良い世界に浸っている彼女だったが、そのうちに目を開けて起き上がる。そして、その視線は部屋の戸へ向けられた。

 扉は開かれたわけでもなければ、叩かれたわけでもなく、ミセリアが部屋に入ってからは一切何事もないままだ。

 それなりに時間は経ったような気がしているが、未だキャスが部屋に顔を出すことはなかった。

 もしかして、何か思ったよりも深刻な問題でもあったのだろうか。

 少し心配になってしまった彼女は、立ち上がって部屋を出て甲板へと向かう。

「誰もいない…………」

 その途中、擦違う人物がほとんどいないことに、彼女は一人呟いた。それは雨が降り出して尚乗客たちが船内に戻って来ていないことを表しており、とても不穏なことだ。甲板で待つだろう何かしらの事態に対して身構えつつ、彼女は歩みを速めた。

 そしてミセリアは甲板への扉を開く。

 扉の先で真っ先に目に入ったのは、凄まじい豪雨。次いで見つけたのはキャスの背中。その次に注意を惹かれたのは、キャスと向かい合う女性とその背後に倒れている人の姿だった。キャスと向かい合っている人物の下半身は魚の様で、見間違いでなければ、その後ろにいる人物の背中には白い翼のようなものがある。

 彼女は自分の見ている光景が何かの間違いのように思えたが、そうして呆然としている間にも更に衝撃的な出来事が襲ってくる。

 何の魔法かキャスの身体から黒い霧のようなものが湧き出し、次の瞬間にはそこに雷が降り注いで、雷鳴が轟いた後にあったのは倒れ伏した彼の姿ではなく真っ黒な恐ろしい何かだった。それは凄まじい速度で移動し、向かい合っていた相手の跳び上がり様をその爪で襲撃する。

 攻撃が当たったのかどうかはこの場からは確認できなかったが、結局相手は海へと飛び込んでしまった。

 そして黒い何かの方は再び黒い霧に包まれて、そこからキャスの姿が現れる。

 キャスはしばらくその場に立ち尽くしたままでいたが、限界を迎えたかのように崩れ落ちた。

 状況自体はまるで理解できていないが、その何か深刻な事態が去って行ったことが伝わってくる光景にミセリアの思考も回復し、少しずつ今見たものが何であったのか飲み込み始める。

 今海に飛び込んでいったのは、どう見ても乗客の一因ではないだろう。背中に翼のある人物や魚の下半身を持った人物がいたかなどと考えるまでもない。海に飛び込んでいったのだし、海から来たのだろう。魚の方はどう考えても人魚だ。翼の方までは彼女にも正体が分からなかったが、空からやってきたとでもいうのだろうか。

 何より一番の問題は、キャスが見せたあの変身だ。

 彼女が知る限り自分の姿を化物に変えて戦う魔法など聞いたためしがない。あるいは生まれ持った魔法であればそんなものもあり得るのかもしれないが、どうなのだろうか。変わったまま戻れない類であれば心当たりもあるし、変わったのが見た目だけというのであればまだ納得もできるのだが。

 本人に聞いてみるのが一番か。その結論に至った彼女は戸を潜ってキャスのところに向かう。雨は人魚たちが去った後から急に降り止んでおり、周囲では何故か誰も彼もが乱闘状態だ。

「大丈夫?」

 人魚に追撃をかけたあの動きから然したる負傷を負っていないのかと思っていたが違ったようだ。もしくは、変身自体がもたらす負担でもあったのかもしれない。近寄ってみれば酷く気怠そうだった相手の様子に、彼女はしゃがんで相手の顔を覗き込みながらそう尋ねた。

「うん…………」

 力のない返事だ。

「動けそう?」

「なんとか」

「そっか、良かった」

「見てたの?」

 キャスの無事を確認したミセリアが彼に事のあらましを尋ねるよりも先に、相手はそんなことを聞いてきた。その瞳に懐疑の色があるように思えて、彼女はつい先の光景を目にしたことを隠して嘘をつく。

「ううん、中にいたらすっごい音が聞こえたから、見に来たの」

 すると相手は軽く息を吐いて、それは状況的に安堵から来ているものと考えるべきだろう。

 先ほどの姿は見られたくないものなのだろうか。

 自身も知られたくない秘密を抱えていることもあって、ミセリアに深く追求するつもりはなかった。

「ああ、雷が落ちたからね。それより、中の方は何もなかった?」

 彼女の気遣いの傍ら、キャスの方はキャスの方で、船内にいた自分たちのことを心配してくれているようだ。

「別に、普通だったよ。それで結局、何があったの?」

 話せることだけ選んで話してもらうため、彼女は簡潔に状況の説明を求めた。

「ちょっと、船を襲いに来た連中がいてね。もう逃げたから大丈夫だよ」

 そして予想以上に簡潔過ぎた回答のせいで、彼女は知りたかったこと、相手の正体や何が目的だったのかまで全く聞けずに終わる。

「え……、ああ、うん」

 疲弊しきった相手の様子からこれ以上食い下がるのも気が咎め、詳しい話は後でステラと一緒に聞こうと諦めをつけた。

「それじゃ、まだ暴れている人たちもいるし、中に入ってなよ」

 キャスがミセリアにそう告げる。周囲で多くの者が暴れていて危険なためさっさと遠ざけたかったのだろうが、ミセリアとしては承服しかねる。

「キャスは?」

 自分だけ中に戻らせてそちらはどうするつもりなのか、彼女は問いかけた。

「僕は、…………暫くこうしてるよ。騒ぎが収まるまでは、一応目を離したくないし」

 まだまともに動けないから移動しないのは明白なのに、こちらに心配をかけまいとしてのことなのか、強がりが返ってくる。

「だったら、あたしもここにいる」

「いや…………、まあ、いいか」

 碌に動けない相手を放置して戻るわけにもいかず、ミセリアはキャスの指示を突っぱねてこの場に居座ると言い放つ。そして、その気遣いが伝わったのだろう。キャスの方も大人しくそれを受け入れた。

 それきり会話は途絶え、甲板の上が静まるのを黙って待っているうちに、キャスの瞼がいつの間にか閉じていることに彼女は気が付く。起きているのか寝ているのかは分からない。

 落雷に耐えきってみせたあの姿は一体何だったのだろう。そんなことを考えながら、ミセリアはその姿をじっと観察していた。


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