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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第二章 青海で聞こえた二重唱
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第四話 はぐれ幼女

 港町の石畳を歩く。普段と異なり彼女の母親は一緒ではなく、一人きりで。周囲の人々は彼女よりも背の高い者ばかりで、それらを見上げるようにしながら移動していくのは新鮮な気分だ。

 いつも母親と一緒の彼女がどうして一人きりで町中を歩いているのか。それは彼女が、ほんの少しばかり気分転換したい、と思ったことから始まった。

 かつては彼女にも今この町に暮らす子供たちと同じように一つの町で家族揃って暮らしていた時期があったのだが、その日々は過ぎ去って久しい。とある事件を切欠にして母親と共に父親のところから逃げ出したのだ。

 それから彼女は母と二人きりであちこちを転々とする生活を送ってきた。彼女自身そのことに不満はなかったし、そうせねばならなかった理由、それが自分のためであることも理解できている。

 しかし、そんな中で彼女にも思うところが出てきた。何のことはなく、たまには母親のもとから離れて自由になりたいというだけのこと。幼い子供を連れてひっそりと旅立ってからというもの、母が娘のことを心配するあまりにほとんど常に一緒にいるようにさせられてきたからだ。子供連れで冒険者として生計を立てるという無茶な暮らしをしている上に、他にも気を配らなければならない事情があるのだから仕方ないかな、というふうに思っていても、たまには一人で気ままにのんびりしてみたい、という欲求が時折湧き上がるのは彼女にとって避け難いことだった。

 そして彼女はほんの短い間だけと決め、母親のもとを離れる決心をする。ごめんなさい、と心の中で自身のわがままを謝罪しつつ、仕方ないじゃない、という言葉も非難がましい気持ちとともに彼女の胸中に存在していた。母親のやることを理解はできても、些か神経質になりすぎなのではないかという気持ちもあったし、感情的に納得できなかった結果だ。

 そんなわけで、彼女は母親と共に次の行先へ向かうための船に乗り込んだ後、手紙を残してこっそりと一人だけ船を降りることで目的を成し遂げた。手持ちの魔道具を使えば簡単なことだ。

 自分の母親を乗せた船が出港するのを見送り、彼女は町中に向けて歩き出す。曇り空の下、母の言いつけ通り、他人に顔を見られないようフードを目深に被ったまま。

 特に何かやりたいことがあったわけでもなかったので、とりあえずあちこちで気になった店を覗いていく。所持金もそれなりにあるので、気に入ったものがあったら買っても良いだろう。母のもとから無断で持ち出した金だったが、そもそもが二人で仕事をこなして稼いだものなのだから、構うことはないはずである。

 それでも心のどこかで引っかかる部分があるのもまた、彼女が母親からこっそりと逃げ出したことと同じく、仕方のないことなのだろうか。

 彼女が覗いていった先は、冒険者らがよく立ち寄るような武具を扱う店や魔道具なども取り扱っている店などもあれば、普通の衣服や装身具を扱う店もあった。前者の類の店には母親といるときにもよく立ち寄ることがあり、それは彼女の母がそういった品々、つまり冒険者としての仕事の達成のためだったり、あるいは自分たちの身を守るために役立つ装備に対して積極的に資金を注ぎ込む性質だったからである。反対に服装など、身形をあまり気にする性格ではなかったのか、もしくは純粋に、旅から旅の身でそんなものに気を使っても意味がないと考えていたのか、後者の類の店に立ち寄ることはあまりなかったし、彼女が望んでも断られることが多かった。今着ている服にしても、魔道具などを扱っている店で頼んで彼女の身の丈に合うよう特別に用意してもらった魔法的な効果を含んだ物で、見た目としてはとても彼女のお気に召すものではない。

 そういった事情もあって、衣服や装身具に関する店を回るのは、取り分け彼女にとって楽しいもので、旅人じみた外套を着てフードを目深に被った小さな子供、という奇異な来客に対する視線なども気にせず彼女はあちこちを物色していく。

 ところがおかしなもので、いざ自分の気の向くままに品定めして、どれを買おうかな、などと悩んでみながら店を巡っていくと、彼女自身の琴線に触れる品は一向に見つかる気配がない。どれだけ気にいった品が見つかっても、今身に着けている服のような特別な効果は何もないのだな、といった点が気になってしまい、そうなると、買っても着ることはないだろうな、というふうに考えてしまうのだ。母親のように実用性にのみ重点を置く気は今尚なかったが、それでも実際に自分で品定めしていった結果、彼女は母親の価値観が自分に沁みついてきているのを自覚した。

 もっとも、もっと見た目に気を使いたい、という彼女の気持ちがそれで完全に折れた訳でもない。それでも何か良い物はないかと頑なになっていたとき、彼女はそれに目を付けた。帽子だ。

 人に素顔を見られないように、ということを母親から言いつけられ、これまで彼女はフードを目深に被った生活を特に街中では強いられてきたが、あるいは帽子でそれを代用することもできるだろうし、その方が見た目としても良いだろう。流石に今の格好は、辛気臭い上に、胡散臭すぎる。それに、帽子であれば今ある装備の代わりに身に着けることにはならないため、衣服の場合とは異なって何ら特別な効果のないものであっても気にすることなく選び取れそうだ。

 それまでの服探しから方針を変え、彼女は自分が気に入る帽子を探し始める。町中で擦違う人々は、子供を除けば皆自分を見下ろす格好になるため、つばの広い帽子を選べば問題なく視線を遮れるはずだ。そんな考えのもと、条件に合致した一品を求めること暫し、今度はさほど迷うことなく気に入った品を見つけることに成功した。自身の髪色よりもいくらか暗く、落ち着いた色合いの茶色い帽子だ。ささやかな飾りのついたそれが、彼女の琴線に触れる。大人っぽいと思ったのが決め手かもしれない。

 そして彼女はあちこちの店を巡り巡った末に、ようやく最初の一品を購入したのだった。

 店を出てフードを脱ぎ、一瞬だけ素顔を雑踏の中で晒して、買ったばかりの帽子を頭に乗せる。少しばかり彼女の頭には大きかったようだが、彼女はそれでも満足していた。

 やっとのことで巡り合った戦利品を頭に、彼女は通りを歩いて行く。次は何を探そうかと考えながらのことで、特に目的地は定めずに足の向くまま進んでいくと、ちょうど船を降りた場所の近くまで来てしまった。そうしていると、自ずと置き去りにしてきた母親のことに思考が行ってしまい、彼女の足は止まる。

 今頃はどうしているのだろう。恐らく、自分の姿が船内にないことに気が付いて、慌てているのではないだろうか。出来れば、開き直って今のうちにのんびりと心身を休めていてくれるのが理想的なのだが、あの母の性格であれば望み薄だ。独り歩きを楽しんでいるうちに忘れ去っていた罪悪感が胸中に蘇ってくるのを感じてる。

 後悔の念というものは一切抱いていなかったし、心配をかけることは最初から分かっていた上で今回の行動に及んだのだったが、それでもこうして気が咎めることのままならなさに、陰鬱な気分を吐き出すかの如く溜息をつく。

 そしてまさにその瞬間、一際強い風が吹き、彼女はその風に曝される。すると頭の上にあった感触が消えて、視界も良好になった。

 帽子が飛ばされてしまったのだ。そう気づいた彼女は慌てて帽子の行方を探して、飛んでいったであろう方向に顔を向ける。

 振り向いた先で、飛ばされたそれは既に拾われていた。彼女の帽子を持っているのは、ブラウンの髪と瞳を持った男だ。

 その相手を見て、彼女はあまり良い感じがしなかった。帽子を手に取ったまま動く様子もなく、ただこちらを見ている。不快感の理由は彼女自身にもすぐには分からなかったが、恐らくこうやって素顔を晒しているところをまじまじと見られるなど、長い間なかったことが原因だろうか。あるいは、腰に剣を差し、一目で冒険者と分かるその装いがそう感じさせるのかもしれない。柄の悪い手合いが多いことは、彼女も経験上理解しているからだ。今までの道中、彼女自身が絡まれたこともあったし、それ以上に母親に絡んでくる迷惑な連中を彼女は多く見てきている。

 男の傍にいた赤髪の女が彼に何事かを告げると、男は少女の方に向けて歩き出した。それを見て、仕方なく彼女も歩み寄っていく。心中では、何でこの人に拾われたかなあ、などと不満を抱きつつ、面倒にならないことを願っていた。

 距離が縮まって相手の位置が目の前になると、相手は僅かに屈んで帽子を差し出してくる。

「はい。今度からは気を付けるようにね」

 その態度や言葉、声色に、彼女は胸を撫で下ろした。どうやらあからさまに面倒な類の人物ではなさそうだと、一先ずはそのように判断出来得るものだったから。

「うん、ありがとう」

 彼女は差し出されたそれを受け取って頭に被りなおし、それによって相手からの視線は遮られ、彼女自身からも相手が見えなくなる。あとはこのまま立ち去ることに成功しさえすれば、何事もなく終わることができそうだ。

 ところが、彼女が何かしら適当な言葉と共に場を立ち去るよりも先に、相手から次の言葉をかけられてしまう。

「この町の子なの?」

 一体どうしてそんなことを聞いてくるのだろうか。彼女は不審に思って再度警戒しつつ、返答には相手に問い返す形を選んだ。好からぬ輩だったらどう対処したものか、とも考えていた。

「ん? どうして?」

 答えるために相手を見上げると、帽子の広すぎるつばが邪魔をしてくれて、相手の顔までは視界に入らなかった。もう少し被る角度を調節するなり、目いっぱいに見上げるなりすれば何とかなりそうだったが、なんだか分からない相手に絡まれている今は、このままの方が好ましく思える。

「いや、旅人みたいな恰好なのに、町の人が被ってそうな帽子をしてたからさ」

 そう言われて自身の姿を顧みれば、確かに多少疑問に思われる様な出で立ちであるような気がしないでもない。ちょっとばかり大きすぎる装飾帽子に、旅の間長いこと着続けてきた外套。先ほどの問いも、然したる意味のないものだったのかもしれない。

「ああ、これ? これはさっき買ったの。あたしはこの町の人じゃないよ」

「どうしてこの町に?」

 正直に答えると、さらにこちらの事情を掘り下げる質問が返ってきた。

「偶然通りかかっただけだよ? お母さんと一緒に冒険者やってるの」

 彼女が答えると、相手からなかなか次の言葉が来ない。少しだけ帽子をずらして様子を見ると、何か思案気だ。

 そこで気付く。多分、「冒険者」の部分に疑問符を抱いたのだろう。

 そう思われるのも仕方ないな、とは理解しつつも、それでもその反応に彼女は少しむきになってしまった。何度も実戦を潜り抜けてきた者として、それなりの意地があったからだ。

「もしかして、信じてないでしょ。本当だよ、ほら」

 自らの発言を証拠付けるため、彼女は少しだけ外套の内側を相手に見せてやる。相手からすれば、自分に似つかわしくないように見えるだろう、戦いのための品々がそこにあった。相手が気付いているかは分からないが、ほとんどが魔道具だ。

 それを見た相手は尚何も言わなかったが、とりあえずこれ以上は何をしても無駄だろうと彼女も諦める。

 自身の外見からしたら当然の反応なのだと、分かってはいるのだ。

 もうこれ以上追及される前に、さっさとこの場を離れてしまおう。そう考えて彼女は行動に移そうと決める。目の前の男が結局どういった意図であれこれ詮索してきたのか、それとも特に意味などなく、ただ気になっただけなのかは最後まで分からなかった。

 ところが、今度は存在すら忘れかけていた女の方が声をかけてくる。

「それ、本当なの? あなた、お母さんは?」

 その女の声音は如何にもこちらを心配していることが伝わって来るもので、意図のよくわからなかった男との会話とは異なって、彼女はここから先の流れが予想できてしまい、自身の失策を悟った。小さな子供を冒険者として連れまわしている親。事情を知らなければさぞかし問題ありそうに聞こえるはずだ。女が母のことを聞いてどうするつもりか知らないが、自身の発言のせいで話の流れが不都合な方向に向かってしまっているようだった。

「え……、ええと、その、…………逸れちゃった」

 正直に説明するのは躊躇われ、さりとて全くの嘘で誤魔化すのも心苦しくて、というより万一合わせろと言われると面倒なので断片的な真実のみでやり過ごせないかと試みる。彼女としてはここで引き下がって欲しいものだが、女の様子からして望み薄だ。

 帽子に遮られた視界の向こうでどのような意思疎通があったのか、男の方が申し出てきた。

「よかったら一緒に探そうか?」

 ここで断っても諦めてくれるとも思えなかったし、頷いてしまえば居もしない母親を探して町中を歩き回らせてしまうのだろう。

「ううん、いいの。どうせもう、この町にはいないし」

 彼女は観念して、事態のほとんどを教えてしまう覚悟を決めた。

「いない?」

「うん、さっき出た船に乗って、次の町に行っちゃったと思う」


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