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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第二章 青海で聞こえた二重唱
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第三話 依頼

 セイレーンと人魚の襲撃を受けて数日、キャス達の乗っていた船は無事目的地まで辿り着いていた。あの事件では怪我人こそ出たものの、死人は出ておらず、その怪我人にしても一番の重傷者であるキャス以外は軽傷者ばかりで、それ以降の航行にあまり支障はきたさなかったようだ。予定通りの日数で船を降りることができている。

 町に着いた後、彼は船を降りてすぐ、唯一襲撃者を目撃した人物としてある場所まで船長に連れてこられていた。その町の長の屋敷、その一室だ。船を降りるときに声をかけられて一緒に来てほしいと頼まれた結果だった。キャスにしても、自分以外は魔法の影響によって全く周りのことを認識できていなかったのだし、仕方のないことだろうというふうに考えていたので特に不満はない。

 ちなみに、彼とその連れだけが何故かセイレーンの魔法の影響を受けなかった点について尋ねられはしたが、彼自身が相当に負傷していたためか、「分からない」としか答えようのなかった彼も特に疑われず済んだ。

 部屋にいるのはキャスの他に、体格の良い黒髭面の船長、これまた同じくらいに体格の良い禿げ頭の中年、それから背が高く痩せて骨と皮だけ、といった風情の白髪白髭の老人で、禿げが冒険者ギルドの支部長、老人はこの町の町長とのことだった。キャスと船長が並んで座り、その向こう側に支部長と町長だ。

 最初に口を開いたのは禿げ頭の支部長だった。

「これがねえ……」

 彼らの間にある卓には、この一件の犯人、セイレーンと人魚の存在を証拠付ける品として、キャスの攻撃により船上に置き去りにされていった敵の身体の一部、白い翼と鱗のついた肉片が置かれている。それらを見つめながらの言葉だ。その様子からして、素直に信じたものかどうか、といった思案でもしているのだろうか。

 確かに、セイレーンはともかく人魚などというものは既にいなくなった種族と思われているほどであるし、セイレーンにしてみても、今ではほんの一握り、というほどの絶滅間近な種族。こんなところにそろって現れたという証言を信じるよりは、目の前のそれらがただの魔物や鳥、魚の一部だという可能性の方を疑うだろう。

 まさか、嘘をついているなどと言いだされないだろうな、とこちらも不安を抱きつつ、次にキャスは町長の反応の方を窺ってみる。

 町長の方は何も言わず、ただ卓上に視線を落としていた。

 髭面の船長は二人の言葉を待っているのだろう。こちらも特に口を開く様子はない。

「もしこれが人魚のもんだってんなら、当然この肉には……」

 ほか三人が沈黙を保っている中、支部長の台詞は半ば独り言じみていた。

「……不老不死」

 そこで支部長の言葉は終わって、部屋の中は完全に静まり返る。

 そんな沈黙が続く中、支部長と船長の視線が羽ではなく肉片の方に完全に固定されていることに気が付いて、キャスは自身と彼らとの間に存在する意識の差に遅ればせながら気が付いた。

 先ほど彼は支部長の様子について、荒唐無稽な襲撃者の正体について信じかねている者と思っていたが、どうにも彼と、ついでに船長の方も、目の前のそれに永遠の命をもたらす力があるらしいという点に意識を奪われているらしい。自分がすでに永遠の命を手にしているため、そのような部分に気が回らなかったのだろう。ある意味において、キャスが初めて、自身が不老不死であることを実感した瞬間だ。

 確かに人狼になる前であるならば、自分も彼らのように目の前の肉片に秘められた可能性に夢中になっていたかもしれない。たとえ、人魚の肉に不死の効果があるなどという話が嘘であると知っていても。

「その伝承は、所詮作り話に過ぎんよ」

 町長の方も、人魚の肉にまつわる伝承など信じていなかったのか、他の二人に対して静かに語りかける。

「大体、もし人魚の肉を食って不老不死になれるのなら、その言い伝えと同じくらい昔から生きている奴がおるはずじゃろう」

「分かってるっての。ただよ、こうやって目の前に持ってこられると、もしかしたらって考えちまうだろうが」

 老人の言葉に、中年が反論した。十中八九無価値なものであるとしても、万に一つの可能性でとてつもない価値を秘めているかもしれないとなれば、そちらに期待してしまう気持ちはキャスにもわかる。

 一方、老人は中年の言葉を聞いて、キャスの方に視線を向けてきた。

「まあ、お前さん方がどれだけ興味を持ったところで、こいつはそっちの若者の戦利品。関係のない話じゃよ。それに、こいつらが本物であるとも限らんしの」

「む……………………」

 それを聞いて現実に引き戻されたのか、支部長も黙って卓の上から視線を外す。

「まあ、証明する術はありませんけど」

「いやいや、可能性があるというだけの話じゃ。わし自身は疑っとらんよ」

 やはり来たか、といった気持ちになりかけたキャスが放った台詞を、老人はあっさりと否定してくれた。

「船に乗り合わせた者のうち、外に出ていた者の全員が、船員、乗客問わずに我を忘れた大乱闘。しかも、当人たちも振り返って明らかな違和感を抱いておるというしな。魔法による誘導があったのは確かじゃろうし、セイレーンという種族の持つ魔法であらばそれも可能じゃ。魔人であるセイレーンならば、表に出ていた者全てという効果の規模も納得できよう」

 自らの思考を反芻するように訥々と老人は語り、一度区切ってキャスの目を見る。

「という訳で、セイレーンに関しては信用しても問題ないじゃろう」

 セイレーンに関しては、ということだった。

「というと、人魚に関しては?」

 キャスが老人に問う。

「うむ。正直な話、信じる信じないで言えば、どれだけ証拠を出されても信じきれんじゃろう。当の昔に滅んだと思われておった種族が、異なる絶滅間近な種族の者と共に現れたなど。とはいえ、それは感情的な話。この町の長としては、一先ず実際に人魚が現れた、という前提で対応しようと思っとる」

 その言を聞いて、とりあえずは自分の証言通りに事態を受け取ってもらえるようだと一息ついて、後はもう帰るだけだろうか、などとキャスは考え始める。

 ところが、次に老人が発した言葉の内容は、彼の予想に反して不穏なものだった。

「それでつるっぱげの支部長殿よ、件の二人を秘密裏に処理してくれそうな者は居らんかの?」

 支部長の眉間と額にしわが寄ったのは、発言の前半と後半、どちらが理由であったのだろうか。

「ああ、だから俺を読んだのか……。けど良いのか、じいさん、勝手にそんな判断下して」

「構わん構わん。決まり事通りに領主殿に報告するのは、よした方がよかろうて。話が広まれば広まるほど、さっきのお前さんや船長殿のように変な欲目を出す輩が集まりだして、面倒になるわい」

 どうにも目の前の二人の会話の内容が不穏且つ不法なものの様で、キャスはこの先の展開に不安を覚える。隣の大男も同じ心境だろうかと視線を横にやれば、その先の相手もこちらを見ていた。

「それは、我々の前で話しても大丈夫なのですか?」

 船長の方が、話に割り込んで二人に問いかけた。それに老人の方が答える。

「ああ、どうせ口止めはせねばならんかったしの」

 どうということもなさそうな口調だった。

「秘密裏に、ねえ。標的が標的だけに、ほんの数人だけで解決させるのは難しいと思うぜ。何てったって片方は海の中だし、もう片方にしたって今頃はどこにいるのやら。大人しく上に報告して、大人数で対処した方がいいんじゃねえか?」

 支部長の答えに、老人の反応は苦々しげだ。

「冗談ではない。あの領主に人魚が出たなどと報告したらどうなるか。不老不死になるなどと息巻いて、また無茶なことを言い出すに決まっておる」

 どうやら、この辺りの領主はあまり芳しい人柄ではないらしい。

「報告さえあげなければ、仮に他の地域に逃げられたとしてもそれでお終いにできるが、一度報告を上げてしまえば、捕まえるまで騒がれかねんわい」

 老人が一息つく。

「そうは言っても、やっぱり居場所がなあ。流石にそれなりの人数がなきゃどうしようもねえし、ばれねえようにやるのは無理だ」

 支部長の方も、心情的には町長と同じようだが、如何せん現実的に対処が難しいようだった。

「………………………………」

 そんな会話を聞いていると、キャスとしてはその仕事を自分が引き受けようかという気も湧いてくる。丁度、金も心許なくなっていたところだ。だが、あまり言い出す気にはなれなかった。唯一の目撃者が自分から依頼を引き受けたいと申し出るのも、なんだか胡散臭い気がしたからだ。

 ただ、他の面々にも然したる案はないのか、各々考え込んで部屋には沈黙が訪れてしまっており、これであるならば一先ず言うだけ言ってみてもよいかな、と彼は考えた。

「一応、こちらで引き受けることもできますけど……」

 遠慮がちに告げられたその言葉に、老人は探るような眼差しを向けてくる。

「何か、当てでもあるのかね」

「ええ、詳細は言えませんが」

 一度言い出してしまうと先ほどの躊躇いも失せ、別に断られても構わない、といった気持ちで彼は老人の目を見返した。セイレーンたちを秘密裏に処理できなくて困るのは彼らなのだ。

「……………………ふむ、ふむ」

 老人はゆっくりと考え更けるようにした後、結論を口にする。

「では、任せてみようかの」



 結局、町長の出した結論に支部長の方から異論が出ることもなく、セイレーンと人魚の討伐は彼が引き受けることになった。もっとも、ギルドを通しての依頼でなく町長自身に個人的に雇われる形となったため支部長が、じゃあ俺が呼び出された意味がないじゃねえか、などとぼやいてはいたが。

 船長の方は、船員側から話が漏れないように、と町長側から何かしら釘を刺されていたようだったが、彼は先に場を去ったので詳細までは知らない。

 キャスは依頼を請け負ったことをステラに報告するべく、二人を待たせている場所まで向かった。

 ミセリアの件を思い出したのは、その道すがらのことだ。


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