第十六話 旅路の再開
キャスが目を覚ますと、見慣れた天井が目に映った。
ぼうっとして、それを見つめる。
寝起きで微睡む意識の中、自分があの小屋の中で横になっているのを認識する。
自分はどうして、ここで寝ているのだったか。
記憶を辿ってみても思い出せない。
彼が思い出せるのは、ジーンの遺体を埋葬して、夜が来るのを待っていたことと、そこにギルが現れたこと、しかもそれはステラを伴っていたこと、そしてその後の戦闘までだ。夜が明けたあたりのことは記憶にない。
そこまで思い出せたことで、ステラはどうなったのだろうかと気にかかる。覚えている限りでは、自分は彼女の結界を破壊することができなかったから、少なくとも無事なはずだ。
もしかすると、人狼化が解けて気絶でもしたところを彼女がここまで運んできてくれたのだろうか。そう思い至る。
人狼と化している間に見た彼女の行動を思い出すと、彼は何とも形容しがたいものを感じる。あの時は、内側から自分を支配する抗えない本能によって彼らへ襲い掛かったが、どういう訳か彼女が庇い立てしてくれて、あまつさえ裏切って魔法を解いてくれたおかげで彼も生き延びることができた。
ステラがどうして彼らを裏切って自分を助けてくれたのか、彼らを殺した自分のことをどのように思っているのか、キャスには全く分からない。
そういえば、あそこで彼女が結界を解かなければ、以前に見た予知夢のようになっていたのかなと遅まきに気付く。一体何が原因で、結果が変わったのだろうか。考えれど知るすべもなかった。
とりあえずは彼女の姿を探すかと考えて、起き上がろうとする。小屋の中は明るく、どのくらい寝ていたのか定かではないが、半日も経っていないのだろう。
起き上がりかけた彼だったが、その前に隣に彼女がいたことにそこで気付いた。仰向けに天井を見つめているばかりだったから今まで気付かなかったようだ。
彼女はキャスの方に顔を向けるようにして寝ていた。小さく寝息を立てていて、とてもかわいらしい寝顔だ。
それを眺めていると、彼はなんだか、気持ちが楽になっていってくのを感じた。
暫く寝顔を見つめていると、ステラのまぶたがおもむろに開く。彼女も目を覚ましたらしい。
「おはよう」
キャスの口から自然に、その言葉が出ていた。
「おはようございます。お加減は、何ともありませんか?」
ステラの方も、少しぽうっとした様子でそう返してきた。まだ頭がはっきりしていないようだ。
「特に不調はないよ。ただ、まだ少し疲れてるかな。一晩中暴れてたわけだし」
正直にそう答えた。さっきまではなぜ自分を助けたのかなど、彼女に聞きたいことがいくつもあったはずなのに、今はもう気にならなくなっていた。
「そうですね。わたしもまだちょっと疲れてるみたいです」
少し眠そうに、ステラもそう言う。彼女の方も、きっと彼に聞きたいことはあるだろうに、それを問うことはしてこない。
少しの間、ゆったりとした無言の時間が流れる。
横になったまま至近距離で見つめあっていることに、キャスは別段気恥ずかしさなどを感じることはなかった。良く考えてみれば、あのような状態であった自分を彼女は一晩中見守ってくれていたわけで、自分の方も形はどうあれ、一晩中彼女を見続けていたのだから、もう見つめ合って照れるようなこともないのかもしれない。むしろ、落ち着きを覚える。
「ありがとう。助かったよ」
キャスがおもむろに礼を告げる。
「いいんです。わたしがわたしの意思で選んだことですから」
その意味を正確に理解してくれたのかは分からないが、彼女はそう言ってくれた。
その後はまた沈黙が続き、どちらからともなくまた眠りへ落ちていった。
村へ戻ったキャスは、ステラと別れた後に一旦部屋へと向かって、今は深夜の静まり返った村の中を散歩していた。
村人の中にはギルたちがどうなったのか気に掛ける者や、なかにはキャスのことを覚えている者もいる。
そして、それらに対して真実を告げるわけにもいかない。
仲間たちを失ったばかりだから、ステラのことはそっとしておいてくれなどと言い訳して、彼がそれらへの対応を行った。負担的な意味でも、内容が食い違う危険を避ける意味でも、嘘をついて誤魔化す役割は自分一人で十分だと考えたのだ。
幸いにしてなんとか誤魔化しきることは出来たが、一人の女性、宿の酒場で働いていた美人だ、彼女が一際悲しそうにしていたのが印象に残っていた。
彼はその後、夜には部屋で寝ようとしていたのだが、一つまだ考えなければならないことがあったことを思い出し、こうしていつかのごとく夜中に村を歩き回りながらそれについて思考を巡らしていた。
考えていたのは、ステラのことだ。
彼女とはこの村へ帰り着いたことでもはや他人に戻ってしまったというのが適切だろう。成り行き上村までは共に移動したが、ついてしまえばその名目も消滅する。ここからはそれぞれ一人で世を巡る旅人だ。
それは嫌だなと、キャスはそう思った。
ただ彼自身、当初の目的だった不老不死を手に入れており、ここからは故郷の姉のもとを目指してひたすら進んでいくのが本来の目的に適った選択だ。
それに、人狼となった自分と旅をしたがらないかもしれないとも考える。
なによりも、姉に告白しにいくという自分が他に気になっているその人を誘うこと自体、それでよいのかという気にもなる。
そんなことを悩みながら真っ暗な村の中で足を動かし続ける。
悩んだ末に、ついに彼は明日、彼女を自らの旅路に誘うと決心した。
そこから生じるであろう諸々の問題については、その時に対処すればよいかと思うことに決めた。
「えっと、…………そうですか、わかりました……」
そんな決心をして翌朝を迎えた彼だったが、宿の人に聞いたところ、彼女はもう出た後だと告げられてしまった。遅くまで考えていたせいで寝るのが遅くなって、起きるのが遅れたのが原因だろう。
消沈しながら彼もそのまま宿を後にして、帰郷の旅路に付くことにする。
村の外へと続く道をとぼとぼと歩いていく。
するとそんな彼に、声がかけられた。
「あの……」
短い言葉だったが、それでもキャスにはそれが誰かすぐにわかった。
振り向けばそこには赤い髪に碧の瞳をした、人より少し可愛らしい顔立ちの少女の姿がある。
「どうかなさいましたか? なんだか、とても元気がなさそうでしたけど」
彼の様子を気遣って、ステラがそう聞いてくる。
けれどそれは無用な心配だ。彼女の姿を目の前にして彼の憂鬱はきれいに消える。
するとごく自然に、何も気負うことなく、彼女を旅に誘おうと思うことができた。
「いや、なんでもないよ。もう平気」
笑って、そう言ってみせる。
「そうですか。それならよかったです」
ステラも納得してくれたようだ。彼に向って微笑み返してくれる。
今度はキャスが話を切り出すべく言葉を発する。
「「あの」」
ところがその言葉は、相手の言葉と重なってしまった。
それが少しだけおかしく感じられて、二人ともくすりと笑う。
「あの、よかったら、一緒に行かないかな。もちろん、そっちの旅に何か目的があるんなら、話は別だけど」
想像していたよりもあっさりと、その言葉を言うことができた。
「はい、よろしくお願いします」
ステラの方もこれまたあっさりと、彼に同意を示してきた。
キャスの胸に、じんわりと嬉しさがにじむ。
「こちらこそ、よろしく」
そこで彼は、先ほどステラも何か言いかけていたことを思い出す。
「そういえば、さっき何か言おうとしてたけど?」
彼女はそれに笑顔で答えた。
「それはひみつです」
内緒にされてキャスもそれ以上は追及しない。ただ、ひょっとしたら自分と同じような要件だったのかなと、そうだったら、なんだかうれしいなと思っていた。
「ええと、それで、さっそく次の目的地のことなんだけど、僕の方で向かいたいところがあるんだけどいいかな? かなり遠くなんだけど」
キャスが早々と次に向かう場所について尋ねる。
「ええ、わたしはどこでも構いませんよ」
ステラはそれで構わないと同意する。
こうして、ジーンという彼にとって初めての友人との別れを経て、そしてステラという初めての仲間を得て、キャスの旅路は続いていく。
その旅路が、いつ、どんなふうに終わりを迎えるのかは彼自身にも想像がつかない。
「じゃあ、いこうか」
「はい」
そして彼らは歩き出した。
以上で第一章は終了となります。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
次章に関してですが、まだ出来上がっていないため、次の投稿までは少々時間が掛かります。申し訳ありません。
目標としては何とか今月中に仕上げたかったのですが、恐らく間に合いません。そのため、間に合った場合の次回投稿は10月31日とし、間に合わなかった場合には同日に活動報告、もしくはこの場に追記する形で次回投稿日を報告させていただきます。もし、以降もこの作品にお付き合いしてくださる方が居りましたらよろしくお願いします。
それでは、最後にお礼を言わせて頂こうと思います。
ブックマーク登録してくださった21名の方、本作に目をかけて頂き、ありがとうございます。
評価をつけてくださった2名の方、初めて自分の作品に評価がついているのを目にした時はとても嬉しかったです。
そしてここまで読んでくださったすべての方に改めて申し上げます、本当にありがとうございました。
追記
申し訳ありません、やはり間に合いませんでした。
次話は11月21日までに投稿いたします。




