第十五話 夜明け
夜が明けたことにステラが気付いたころには、キャスはもう人間の姿へと戻り、そのまま気を失って地面へと倒れ込んでいた。
ステラも、一晩中続いていた緊張が失せて、ようやく人心地つける。
周囲を見渡せば、亡骸が三つ転がっている。
彼女はキャスを、ひとまずその場にあった古い小屋の中へと運び込んで寝かせる。
その後は、表に散らかったつい先頃まで仲間だった者たちの亡骸を片付けに行く。
死体を運んで、小屋の中で見つけた道具を使ってそれらを埋めるための穴を掘り、それらを入れて土をかぶせる。魔力によって身体強化を施していれば、彼女一人でもそれらを行うのに不足はない。
一連の作業をしていると、仲間だったそれに見て、触れて、いろいろなことを考えてしまいそうになる。
それらを押し殺しながら、彼女は淡々と埋葬を終えた。なんとか心が折れることなく、最後まで気力を持たせることができたようだ。
彼らを埋めた場所を一度も振り返ることなく、早々に彼女はその場を立ち去った。
小屋の中で眠るキャスのもとへと戻ってくる。
仰向けに寝かせてあった彼の枕元にぺたりと座り込んだ。
自分の選択が守り抜いたその人の顔を見ることでようやく、少しだけ彼女の心に考える余裕が生まれる。
眠っている彼の顔を見ながら先ほど片付けたばかりのそれらを思い出し、考えない方がよいと自覚しつつももっと別な結末はなかったのだろうかと彼女はつい考えてしまう。
そんなものはなかったのだろうな。彼女には結局、そうとしか思えなかった。あの場でそれぞれが、それぞれの人生を貫いた、それだけのことなのだろう。そう思うことにする。
そう考えるのが正しいのかそうでないのか、彼女は確信を持てなかったが、もう考えるのにも疲れるのを感じ、体を横たえて自分が助けた彼の寝顔を見つめながら眠りに落ちていった。
それからどのくらい経ったのか、彼女が目を覚ましてまぶたを開くと、キャスが先に目を覚ましてこちらを見ていた。仰向けの姿勢のまま、首だけを横に向けて彼女の方に視線を固定している。
「おはよう」
彼がごく自然にそう言ってくる。
その様子は、一晩中彼女が見続けたあの暴れ狂う獣と同一の存在だと忘れてしまいそうなほど穏やかだ。
「おはようございます。お加減は、何ともありませんか?」
そんな彼の様子に安心しながら、ステラも返事をした。人狼になることがどのような負担を齎すのか分からなかったから、体調も尋ねる。
「特に不調はないよ。ただ、まだ少し疲れてるかな。一晩中暴れてたわけだし」
どうやら大した不調はないようだ。疲労の方はむしろ、一晩中結界に向けて攻撃を続けていたことが原因ではないだろうか。
いずれにせよ、特に問題がないのならば彼女も心配することはない。
「そうですね。わたしもまだちょっと疲れてるみたいです」
言葉のとおり、一晩中緊張状態で、なおかつ狭い結界の中にあって魔法を維持し続けていたせいでまだ疲労が残っているのか、ぼうっとしながら彼の顔を見つめてしまう。
ほんの少し眠気を残した少年の、まっすぐな視線がそこにあった。
「ありがとう。助かったよ」
少しの間を挟んで、キャスがそう言う。その言葉の裏には、彼女が彼を助けようと仲間を裏切ったことへの、彼なりの想いがあるのだろう。
「いいんです。わたしがわたしの意思で選んだことですから」
ステラはそれを指摘することなく、それだけを告げる。嘘偽りのない本心だ。
しばらく、何も考えることなく見つめ合う時間が過ぎていく。
それから二人はまた眠りへ落ちていった。
再び目が覚めた後も、その日はそのまま小屋を出発することなく過ごす。
その翌朝に二人は村へ向けて出発して、数日後の日暮れ前に無事に辿り着いた。
それから二人は別れて、今は夜になって別々の部屋だ。
暗い部屋の中、ベッドの上で仰向けに天井を眺めながら、ステラはこの一月以上にわたったあれこれを思い出していた。
思い起こせば、初めの予定よりもずいぶん長い期間、滞在していた。
こうして真っ暗な部屋の中で死んでいった人たちのことを思い出せば、多少の後ろめたさもある。ただ、寂しさは感じなかった。最初はただ流されるまま、後の方は責任を感じているというだけで復讐に加担していたことが原因だろうか、そこまで感情的に結び付けていなかったようだ。
とにかく、ステラとキャスが無事に帰ってきたことで、今回の人狼狩りに不用意に加わってしまったことから始まった彼女の難儀は終わったのだ。
終わって、いつかのように真っ暗な部屋で独りぼっちだ。ただし今回は、隣の部屋から物音が聞こえてくることはない。
これからどうしようか、彼女はそれを考える。
本心では、もう答えは出ていた。
キャスの旅についていきたいと、彼の旅の目的を知らないながらもそう思っている。
それに従って、ステラは迷うことなく素直に、これからの行動を決めた。
こうして、ステラの独りは終わって、今までとは違った人生が始まっていく。




