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エルフの少女に恋した少年は永遠の命を追い求めました  作者: 赤い酒瓶
第一章 森に染み入る獣の咆哮
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第十四話 新たなる不老不死の始まり

 キャスとジーンの戦いが終わって、現在の時刻は夕暮れ時。空は茜色に染まっている。

 彼は黙って、ここしばらくを過ごしてきた目の前の古びた建物を見つめていた。

 風が木々や草花を揺らして起こる音、時折森から聞こえてくる動物、魔物の声、それらの中にあって、彼の周囲、そしてその心は静寂に満たされている。

 直に日が落ちることを自覚していても、特に行動は起こさない。今はやるべきことなどないのだから。

 そうして彼が茫洋としていると、遠くで何人かの集団が移動している音が彼の耳に運ばれてくる。音はこちらへ向かって来ていた。ここを知る者は他にいないはずだから、彼らが偶然進んでいる先にここが位置していたのか、それとも何がしかの痕跡でもたどってここを発見したのか分からないが、目的だけは明白だろう。

 ひょっとしたら、どこかの血痕からでも辿って来られただろうかと、先ほどの一戦を思い出しながら無感動に考えつく。

 異能を行使してそれらの姿を確認すれば、真っ赤な頭の男に率いられた面々が歩いているのが見える。その中には、ステラの姿もあった。暗い顔で俯きがちにしている。

 やがて、一行が彼の下に姿を現す。

 彼らの方も、目の前の建物と、その住人らしき人物の姿に気が付いたようだ。立ち止まって、警戒を露わにする。

 彼が振り返って見れば、最初に言葉を発したのはギルだった。

「お前が、人狼だな?」

 赤毛の大男、ギルは、彼の記憶にあるよりも些かやつれたような、なおかつ鬼気迫るような形相をしていた。以前はもっと快活で自信あふれるような男だった気がしたが、気のせいだったろうか。

 そういえば仲間を一人殺されているのだったか、彼はそう思いだした。そうすると、今日ここに来たのは復讐だろうか。馬鹿馬鹿しい限りだ。好き好んでしかけた掠奪戦まがいの戦い、負ける方が間抜けだ。

 彼がそう考えながら何も返事をせずに無視していると、ギルの方が苛立って再び口を開く。

「どうなんだ……?」

 どうやら、確認をするくらいの理性は残っていたらしい。

 彼の方もようやくそれに応じる。

「僕が仮にそうだっとして、だったらなんだと?」

 彼にしては常にない、挑発的な言葉だった。彼自身は気づいていないのか、ギル以上に恐ろしい表情だ。

「決まっている。仲間の命を奪われた借りは、その命で返させてもらう」

 それをやったのは彼ではないのだが、特に指摘したりはしない。する意味もなかった。

「下らない」

 吐き捨てるようにそう言ってみせると、ギルの顔が憤怒に歪んだ。

 それを無視して、最後に彼はステラの方を見る。彼女には今の自分が、どのように見えているのだろうか、少しだけ気になった。

 そして彼がステラを見やるのと時を同じくして、変化は起こった。

 日が落ちきって、満月の輝きのみが世界を照らす。






 初め、それを目にして、ステラはとてつもなく嫌な予感に見舞われた。

 ギルの独断を制止しきれず、満月を迎える日に合わせて、再び彼らは彼の地へ足を踏み入れていた。

 ステラがギルを止められないのはともかく、他の仲間たちがそうしようとしなかったのは、彼らにも多少の恨み、憤りがあったからなのだろうか。とても重苦しい空気に耐えながら満月までの時を過ごし、結局は確実に勝てるというほどの策など見いだせないまま、逃げ出すこともできずに彼女はここまで来てしまった。

 そうして前回よりいくらか早い時間に人狼と遭遇した森まで辿り着き歩き回っていると、一行は森の中の開けた場所で、血痕を見つけた。

 血の跡だけがあり死体のないその状況に、何か人狼への手がかりになるものでもないかと周囲を探して、わずかな痕跡を辿っていった先に、彼女はその人物を見つける。それは彼女がここしばらく気にかけていた人物の姿でもあった。

 確かに、その人物はこの場にいておかしくない存在ではあるのだろう。ステラが最後に彼と別れたとき、森のさらに奥へと進んでいったのを見送っている。あれから彼が村に帰ってきていないのなら、まだ森にいるか死んでいるかの可能性が高い。前者としてこの場に居合わせても不思議はない。

 不思議はないのだが、なぜそんなにも長い期間をここで過ごしていて、なおかつ満月を今夜に控えた現在、ここにまだいるのか。それを考えると、どうにも彼女は頭の中から嫌な想像を拭えない。

「お前が、人狼だな?」

 そうこうしているうちに、ギルが話を始めてしまう。彼と目の前の人物、キャスとは確か以前に村で顔を合わせたことがあったはずだが、ギルの方は相手を覚えていないようだ。もし覚えていれば、ステラがキャスのおかげで助けられたことは伝えてあるため、人狼だとは思わないはず。

 ただ、彼女自らがそれをギルに指摘することはしない。先ほどから感じている正体不明の予感のせいで、キャスの口から否定してほしいと思ってしまう。

 しかし、当の彼は何も答えない。

「どうなんだ……?」

 ギルが問いかけを重ねる。問いかけというよりは、確認だろうか。

「僕が仮にそうだっとして、だったらなんだと?」

 その答えを聞いて、ステラは彼の中で何かしらの変化があったことを悟る。言葉づかいも、顔つきも、彼女の記憶にあったものとは少し異なって感じる。

 この再開までの間に彼に何があったのか、彼女には知りようもなければ想像もつかないことだ。

 ただ、キャスの答えはステラの不安をますます煽る。そんなふうに答えられては、今のギルは間違いなく敵と見做すだろう。一体どうして、彼はそんな答えを返してきたのか、考えたくないが、一つの可能性が浮かんでしまう。

「決まっている。仲間の命を奪われた借りは、その命で返させてもらう」

 案の定、ギルが戦闘を始める気になっている。

「下らない」

 そう言ったキャスの声音には、ステラは思い出すものがある。以前人狼から助けられた時に聞いたあの冷たい声音だ。きっと自分は今、あの時以上に侮蔑の気持ちを込めて見られているのだろうなと彼女は思う。一度犠牲を出しておきながら、またしてもこうしてやって来ているのだからそれも仕方ない。

 一瞬、彼女は彼の目線が自分に向けられたことに気付いた。そして、その眼と彼女の視線が合うと、少しだけ彼の表情が悲しそうなものになった気がした。そのことが彼女の心を抉る。

 直後に、変化は起こる。

 キャスの全身に黒い血管のようなものが浮かび上がり、そこから噴き出した黒い霧のようなものに包まれて、それが晴れると、そこには全身漆黒の毛並に覆われた金色の瞳の人狼が立っていた。

 気が付けば、もう夕暮れ時から夜へと時刻は進んでいたようだ。

 そしてそんな彼の姿を見たステラは、愕然とする。人狼と戦いに来た自分たち、人狼となってしまった彼、それが何を意味するのかを考え、目の前が真っ暗になりそうな気持だった。

 いったいどうして、彼が人狼に変化したのか。最後の時はまだ人間だったことは確かだ。なのに今はあの時の人狼と同じ姿となってしまっている。自分が倒さなければならない人狼とは、顔も知らない別な誰かではなかったのか。

 しかし、彼女にそれ以上考える暇はない。人狼となった相手はその血に動かされるまま、目の前にいる獲物に対して咆哮を上げて向かってきた。

 この状況から作戦通りに動くのであれば、自分たちの目前まで引きつけたうえで、前回のごとくステラの魔法による結界に閉じ込める手はずだ。前は一撃で破られたとはいえ、それでも一瞬動きを拘束する効果はあった。間近に迫ったところで相手の隙を作り出せれば、それぞれが一撃を入れることくらいは可能なはずだ。もっとも、ステラが結界を発動させる瞬間を少しでも違えれば、一気に全滅が確定しかねない点は否めない。

 あっという間に人狼はこちらへたどり着いてしまい、ステラには迷うことのできる時間がなかった。魔法を発動する瞬間を間違うことなく、結界を張って、相手を閉じ込めることに成功する。

 そして仲間たちが結界の中へ向けて一気に攻撃を仕掛けた。段取り通りであれば、その攻撃は結界に阻まれることなく、一方的に人狼を傷つけられるはずだ。

 しかし、ここで彼らにとって予想外の出来事が起こる。

 結界をすり抜けるはずだった攻撃が、結界に阻まれて、弾かれてしまったのだ。

 動かなければ殺されてしまうが、作戦通りにすればキャスが死ぬかもしれない。自分がどうすべきか判断できなかったステラは、とっさに双方からの行き来を遮断する性質の結界を張っていた。

 仲間たちは困惑して、彼女の方へと振り返る。

「どういうつもりだっ、ステラ!」

 好機を逃して、ギルが怒鳴る。

 とっさの判断だったため、ステラ自身もどう言えばよいか、上手い言葉が見つからない。

「あ、あの人は、前にわたしを助けてくれた人です。だから……」

「だから何だ? 奴は人狼だ。殺すべき仇だ!」

 彼女の言葉をギルは切って捨てて、人狼だから殺さなければならないと叫ぶ。それはキャスに助けられる以前、ステラが鵜呑みにしていた主張であった。

 だが今はその言葉に対して、もっと決然とした感情が彼女に湧き上がる。

 人狼だから、殺してもよい。人狼だから殺す。ギルがそんな無垢な考え方のもと、あの少年を当然のように踏みにじろうとしていることが、彼女の癇に障った。

「人狼だからなんだっていうんです? 彼は仲間を殺した人狼とは別です。このまま閉じ込めておいて、朝になったら人間に戻って、それでいいじゃないですか!」

 珍しく、ステラが強めに発言する。

「馬鹿を言うな! 俺たちが何のためにここまで来たのか忘れたか? 人狼を殺すためだぞ! こいつを殺すことこそが目的だ! それにそのことが人々の安全にもつながるんだ!」

 だが当然、ギルの方も納得しない。既にして形相が変わるほど人狼への恨みを募らせている彼だ。その同類が目の前にいて、それは人々にとって脅威となる存在、大義名分もある。引き下がる理由は彼にもないのだろう。

 彼らのすぐそこでは、人狼がまだ結界に閉じ込められている。どうやら前の相手よりも単純な攻撃力では劣るらしい。内から結界を攻撃し続けているものの、破られる気配はない。

「そんなの、これから人を襲うかどうかなんて分からないじゃないですか!」

 なんとか彼を諦めてもらおうと、ステラも言い返す。

「いいから結界を張りなおせ! それとも、お前はこいつに味方するのか?」

 ギルの方も一歩も引かない。剣を向けてステラを威圧してくる。常が気弱な彼女であることから、そうすれば言うことを聞くとでも思ったのか、それとも単に獲物を前に手が出せないことにいら立って頭に血が上ったのか、はたまた、仲間を殺された恨みを膨らませ続けて、どこかおかしくなってきていたのか。

 武器まで向けられてしまったことで、いよいよステラも決断を迫られてしまう。他の仲間たちを見ても、どうにもギル側のようだ。

 彼女とて、目の前の人狼がキャスでなければここまで庇ったりはしない。自分と似た境遇を知っていて、初めて理解してくれて、さらに命をも救ってくれたという想いがあるからこうしているのだ。

 だからステラは、常識的に考えれば自らの行動の方がおかしいことを自覚していながらも、キャスを殺してギルたちへの義理を取ろうとは、どうしても思えない。

「早くしろ!」

 ギルが睨みつけながら、ステラの眼前へと剣の先を伸ばしてきた。彼の形相は尋常でなくなっており、もう猶予はなさそうだ。

 ステラもついに、諦めるしかないと悟らざるを得なかった。

 そうして、彼女は張っていた結界を解いた。

「なっ……、何をしてっ」

 最初にそれに気付いた仲間の女性が、驚いて声を上げる。

 残りの二人がそちらを向いた瞬間、人狼が吠えた。

 するとそれはどんな力だったのか、ステラには分からなかったが、三人ともが同時に吹き飛ばされてそのうちの一人に人狼が追い縋る。

 爪に首を裂かれて、あっけなく殺される。

 次の一人のもとへ、人狼は続けざまに向かった。相手はまだ起き上がれていない。急に吹き飛ばされた衝撃でなかなか動き出せないようだ。

 なんとか立ち上がったところで人狼が目の前に迫っていることに気付くも、相手の腕が心臓をあっさりと貫く。

 腕を引き抜かれて、彼は死体となって地に伏す。

 残っているのは、ステラ、人狼、ギルだけになる。

「ステラっ、…………っキサマァァァァ!」

 事態を理解したギルが、怒り狂って叫び、人狼すら無視して彼女に魔法を放ってきた。

 火球が、彼女に迫る。

 その火球は、ステラが自身の周囲を包むように張った半球形の結界に当然のごとくぶつかって消える。決して弱くはない彼の魔法も、ステラのそれには到底及んでいなかった。もとより、彼女の結界魔法が人狼相手の作戦の基盤に据えられていたのも、その魔法がほかの仲間よりも突出していたのが原因だ。伊達にエルフの血を引いているわけではないということだろう。

 その隙に、人狼はギルのもとへとたどり着こうとしていた。

 ギルもそれに応戦しようと銀で出来たその剣を構える。だがその剣は、また先ほどのような力が働いたのか、独りでに手元から弾き飛ばされていった。

 人狼の用いてくる謎の力に、ギルは忌々しげな表情で苦し紛れに魔法を放つ。

 その魔法である火球は、人狼が咆哮を上げると同時に掻き消えていった。今度はいったいどのような力だったのだろうか。

 そのまま人狼が振りぬいた腕に首をへし折られて、三人のうちの最後の一人も逝った。

 人狼が、ステラの方へ振り返る。

 次の獲物を見定めただけのはずのその眼に別な感情が映っているように見えたのは、彼女の気のせいだろうか。

 他の三人にそうしたように、彼はステラに迫り容赦なくその爪で引き裂こうとするが、その攻撃が彼女の結界を突破することはない。ステラの魔力も、夜明けまでなら十分持つ。

 夜が明けるまで、彼女は結界越しに変わり果てた彼の姿を見つめ続けた。

 彼女は、恐れも忌避の色もない瞳をしていた。

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