おばあさん【桃】
「ポチ!」
もうヤケクソだ。
「カズ……わん?」
田所さんも首を傾げている。
「おぉ、そこにいるのはポチじゃないかー探したぞー」
「ほぅ、このワンコはあんたのワンコかい?」
よし、食いついた。
もっと子供の時に学芸会、頑張れば良かった。
この演技でよく食いついたな…
「えぇーそうなんですよー」
「なかなかいたずらなワンコじゃ。まぁ、元気で良いがの」
「ホントに元気で、困ったもんです。この前も、エサと間違えて数珠を食べてお腹をこわしたんですよ。あはは…」
痛い!
少し調子にのり過ぎたみたい。
田所さんが思いきり体当たりしてきた。
田所さんの顔には「そんなバカなことしないのよ」と書いてあるようだ。
「ははは。仲が良いの。お互いを大切にするんじゃよ」
「あれーおばあさん。その汚れた洗濯物、どーしたんですかー?」
「これか? これはその…」
「もしかして、うちのポチがいきなりおばあさんの前に現れて、洗濯物を咥えていったかと思うと、そのまま泥の上とか駆け回った挙げ句、逃げるに逃げて、川とは反対のあの辺りに置きっぱなしにしてきたのを拾ってきてこのカゴに入れたんじゃないですか?」
「その通りなんじゃが、よくわかったの。まるで見ていたような口振りじゃの」
「月に一度はあるんですよ。近所のおばあさんの洗濯物をそんな風にすることが」
「そ、そうなのか? それは、ちゃんと躾をした方が良いのではないか?」
「そうですね。今度しっかりと教えておきます」
うぅ~、田所さんの視線が刺さる。
しょうがないんだ。
耐えてくれ、田所さん。
「お詫びと言っては何ですが、どうかこの桃を受け取って下さい。お願いします」
もう、行き当たりばったりで自分でもよくわからないが、この気持ちは本当だ。
お願いします。
受け取って下さい。
「よいのか?」
よし!
「でものぅ…」
何?
「それじゃあ…」
よしよしよし!
「でものぅ…」
おい、ババア!
ごほんっ。
こんな汚い言葉はいけません。
「ご迷惑をお掛けした方には、持っている果物を渡すのが我が家の家訓となっています」
「そんな家訓が…あるかの?」
もう何でも有りだ。
「それに、川から桃も取ってきて下さいました。ご恩を受けたら、しっかりとかえさないと……えっと……向こう10年桃しか食べてはいけなくなるんです」
「なんと!」
「か、家訓です」
「そんな珍しい家訓が? お主、家はどの辺りなのじゃ?」
「えっ?」
「さっきも思ったが、珍しい着物じゃし、旅人にしては荷物も無いようじゃし…」
「あっ、あっちの方です!」
……
……
「わん」
……
……
何もない川上をビシッと指差す。
「あっちに村なんてあったかの?」
「村とは離れた山の中なので…」
「ふむ…」
「貰ってくれますか?」
「そういう事情ならしょうがないの。ありがたく貰っておくとするかの」
「ホントですか? 良かった、ありがとうございます」
「こちらこそありがとうじゃの」
おばあさんに桃を渡す。田所さんと一緒におばあさんに別れを告げて帰ろうとする。
これで何とかなったはず。
【大きな桃が流れてきました。おばあさんは桃を川から引きあげると、その桃を家に持って帰ることにしました】
ストーリーも無事に進行してるみたいだ。
「この桃は、少し小ぶりじゃが、見た目よりも重さがあるようじゃ」
「えっ?」
「『うまそう』と言うことじゃの」
ビックリした……
中に何か入っていると感づかれたかと思った。
それより、この桃って小さいんだ。
「この辺の桃はもっと大きいんですか?」
「ん? そうじゃの…この桃は半分くらいの大きさかの。うちのじいさんは桃に目がなくての、大きな桃をいつも食べておるよ」
「そうなんですか。おじいさんに気に入ってもらえるといいんですが…」
「大丈夫じゃよ。ワシが止めんと何個でも食べておるんじゃから、桃が増えて喜ぶだけじゃろうて」
好きなものはいくらでも食べられる。
そこには納得できる。
オレも、そうだしね。
ーークイクイーー
不意にズボンを引っ張る田所さん。
「そろそろ行くのよ」
「そうですね」
「まったく、悪のりが過ぎるのよ。上手くいったからいいようなものの…」
「こっちも必死で、何言ってるのか自分でもわからなくなってましたよ」
そんな会話をアイコンタクトで行う。
昨日出会ったばかりとは思えない。
自分でも驚いてしまう。
「おばあさん、洗濯物と桃を1人で持って帰れますか?」
大丈夫だろうな。
川から桃を拾ってくれた時も片手でヒョイと持っていたし。
これで、調査は無事に完了して元の世界に戻れるだろう。
「まだまだ、若いもんには負けんよ」
「それじゃあ、おばあさん。さようなら」
「わん」
ーーヒョイーー
やっぱり、このおばあさんは凄いんだ。
ーーゴキーー
ゴキ?
今の音はまさか……
「うっ、お若いの…すまんが腰が…助けてくれんかの」
【おばあさんは、大きな桃をおじいさんと一緒に食べようと家に急いで帰るのでした】
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洗濯物と桃とおばあさんを担いで、えっちらおっちら歩いて移動した。
どれくらい歩いただろう。
「はぁはぁ……おばあさん、あとどれくらいですか?」
「ホントにすまんのぅ。もう見えてきても良いんじゃが…」
「それにしても…」
かなり歩いたと思うが、景色は代わり映えしない。
道が舗装されてる訳もなく、だが、砂利や石が多い訳でもない。
おそらくは、この辺りの人はこの川沿いを移動の中心に使っているのだろう。
たまに何やらタイヤか何か通ったあとが残っているので、人は居るだろうことはわかるが一切出会わなかった。
『村』というくらいだから、人口も少ないのだろう。
「おぉ、あそこじゃ。あの屋敷じゃよ」
屋敷……
「どこですか?」
「あの屋敷だと言っておる。見えないのか? 歩いて疲れて目が霞んでおるのか?」
目を擦ってもう一度、おばあさんの言う方向をジッと見つめて屋敷なるものを探す。
代わり映えしなかった景色はがらりと変わり、ピンクの森が広がっている。
ピンクの中から一筋の白い煙がモクモクモクモク……
「ありました! はは…昔話の茅葺きの屋根だ」
実は、昔話の世界といっても、ここまであまり実感は無かった。
それよりも、田所さんや不思議な話道具の存在を頭の中で整理するので手一杯。
田所さんとのやりとりを楽しんではいたが、心から世界を楽しめたのはこの瞬間が初めてだったかもしれない。
「おや。じいさんはもう、帰っているようじゃ。どれ、お前さん達を紹介するから一緒においで」
「いえ、私達はこの辺りで失礼します。おばあさんの腰も、大丈夫みたいですしね」
家を見つけてからのおばあさんは、桃を川から拾った時のフットワークを取り戻していた。
「いつから、痛みは無かったんですか?」
「たった今、たった今じゃよ」
「…………」
「わんわん」
このまま、おばあさんと一緒では、田所さんはいつまでも犬のフリをしていないといけない。
その田所さんは、何やら得意気に胸を張っておばあさんのうしろに立っている。
こら、二本足で立つんじゃない!!
「少し寄っていっても、罰は当たらんよ。まさか、こんな老い先短い者の願いを無碍にはしないじゃろ」
「いえ、遠慮しておきます。ポチ、行くぞ!」
「寄って行っておくれ」
「……さようなら」
可愛く言ったって、ダメ。
上目使いで言ったって、ダメなものはダメ!
「おい! お前!」
「えっ?」
一瞬、気温が下がったような気がした。
人生の先輩には、やっぱり適わないなぁ……