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ドンブラコ

「そういえば、田所さんはさっき、川を渡るのにウネウネを使えば良かったのにどうして使わなかったんですか? やっぱり5分くらい完成までに時間がかかるから?」


 少し先を歩いている田所さんに聞いてみる。

 オレの中で、時間こそかかるが、ウネウネの評価は高い。

 何でも入るし持ち運びも出来るという、帽子は欲しい。

 同じくらい、ウネウネだって欲しいと思っている。

 話道具の無い世界から来たオレにとって、どの道具も魅力的だ。

 同じ世界の人なら、きっと同じく欲しがるはずだ。

 でも、桃はいらない。


「なるべくなら使いたくないのよ。やっぱり使えば疲れるし、あまり道具に頼ってばかりも自分の向上の可能性を自分で狭めてしまうと思うのよ」


「そんなものですか? でも、何か良いですね。良くはわからないですけど、カッコ良さげで好きですよ。そういうの」


 おっ、耳としっぽが……ご機嫌よう、喜所さん。


「私のじじ様の言葉で大好きなのよ」


「じじ様ですか…田所さんのおじいですか?」


「まぁホントのおじいさんではないのだけど……育ての親って奴なのよ。優しくて面白くて……いつも私の話を嬉しそうに聞いていてくれて、最後に『そうか』って言ってくれるのよ」


 いつの間にか田所さんのしっぽはしょんぼり垂れてしまっていた。

 もしかしたら、田所さんのおじいさんはもう……


「とても大切で大好きだったんですね。そんな顔しないで下さい。おじいさんも田所さんのそんな顔は見たくないはずですよ」


「そうなの。カズキさんありがとう、心配いらないのよ」


 そう言うと、田所さんはまた前を向き直って川上を目指し歩き始めた。

 少しだけ、手の振り・足の振りが大きくわざとらしいのは照れているからかな?


(さっきはビックリしたの。いきなり抱っこされて、おじいさんに抱っこされた時みたいだったのよ)


「さぁ、張り切っていくのよ! おー!」


「おー!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「この辺でいいのよ」


「よっこいしょっと」


 担いでいた桃を降ろして背伸びをする。


「どうもありがとう。あとは、川に桃を流すだけだから簡単なの」


ーー10:52ーー


 時間もばっちり残っている。

 途中、おばあさんに気付かれないよう、注意して少し迂回したけど、時間内にちゃんと辿り着けた。

 準備万端だ。


「さぁ、いくのよ」


ーードッボ~ンーー


 頭の中に声が流れてくる……


【むかしむかし、ある所におじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山に柴刈りへ。おばあさんは川に洗濯へ。おばあさんが川で洗濯をしていると…】


「田所さん! これは、何ですか!?」


「しっ! 静かになのよ」


「だってこれなんですか? いきなり声が…」


「ストーリーが進行すると話屋がわかるように声が流れてくるに決まってるのよ」


「決まってるって…」


【川上から大きな桃が流れてきました。ドンブラコ…ドンブラコ…】


「だいたい、オレは話屋じゃないですよ!」


「知らないのよ。カズキさんは色々とおかしいんだから、驚いていたってしょうがないのよ。聞こえるから聞こえるの!」


「ちょっとそんな……」



【おばあさんは流れてきた桃……に気付かずに川下へ流れていきました】


「………………」

「………………」


……


……


……


「あれ?」


……


……


「田所さん?」


 とっさのことに、2人でフリーズしてしまった。

 放心状態から、一瞬早く戻って田所さんに声を掛ける。


「田所さん!」


 気が付いた田所さんは、すぐにかけだしていた。


「追うんですよ。カズキさん!」


 流されていく桃を追って二人は走る。

 桃を担いでいる時は気にしたが、今は構わずにおばあさんの横を駆け抜ける。

 早足でもあんなに遅かった田所さんが……ふと、気になり田所さんを見て驚いた。

 オレも必死になりふり構っていなかったが、田所さんはもっとなりふり構っていなかった。

 上手に手足を使って獣のように四足で風になっていた。


「やっぱり……はぁはぁ……犬じゃん……はぁはぁ……」


 桃に追いついたオレは、桃を抱えて川をあがる。


「どういうことですか? 田所さん」


「はぁはぁ……おそらくなのだけど、スタートのタイミングが遅かったのかも……10時ぴったりなら気が付く桃に気付かない……例えば、洗濯物に集中して後ろ向きになっていたとかなの……」


「そんなぁ…」


「もうダメなのよ。諦めるしかないのよ」


ーー10:56ーー


確かにもうタイムアップかもしれない。

何か……手はないか?

何か……何か……何か……


田所さんを見つめて、話したことを思い出していく。

えっと…


特殊なスタート…


条件…


時間…


結果…


オレと田所さん…


田所さんは犬…













「田所さん、お願いがあります。もしかしたら、まだ何とかなるかも…」


「もう無理なのよ。また明日頑張るのよ」


「でも、どうせ明日まで待つなら、チャレンジして失敗しても同じでしょ?」


「それは…」


「なら!」


 オレの考えを聞いてもらって田所さんの意見を聞く。


「どうですか?」


「いけるかも…なの」


「そこで田所さんには……」
















「嫌なの!!いや~~!!!!」


「田所さん、期待してます!!」












“ミッションスタート”



「わんわんわん」


「よしよし、どうしたんじゃワンコ。」


「わんわんわん」


 犬のフリした田所さんがおばあさんの元に駆け寄って行った。


「わんわん!!」


「どこから来たんじゃ? あまり見かけん顔じゃ。」


 なかなかに田所さんは演技派だ。


「おっと、オレも急がないと」


 オレの役目は、桃を再び川に流すことだ。


「わう~ん」


「こら止めんか! ワンコ!」


 田所さんは、おばあさんの洗濯カゴから洗濯物を咥えて走り回る。

 今回のスタートの肝は『11時』ということ。

 でも、その時間の区切りは時間じゃなくて『おばあさんの洗濯が終わる時間』ということではないのか?

 だから、おばあさんの洗濯さえ終わらなければ……


ーードッボ~ンーー


【むかしむかし、ある所におじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山に柴刈りへ。おばあさんは川に洗濯へ。】


 よしよし。


「まったく、いたずらワンコじゃ」


「ワウ~ン」


 うーん。

 しっかりと『叱られて落ち込む犬』が出来ている。

 すごい。


【おばあさんが洗濯をしていると、川上から大きな桃が……】


「わんわんわんわんわんわんわんわん!」


 どうした、田所さん?

 状況は順調に進んで……いない!!

 おばあさんが、田所さんの咥えていた洗濯物を拾って洗濯カゴに向かっている。


「川に背を向けてる……」


 考えろ。何か出来ないか?

 オレに出来ること。

 田所さんも頑張ってる。


「あーれー。僕の桃がー」


 自分でも驚く大根芝居だ。


「そこのキレイなお方ー。川の桃をー」


 なっ!

 おばあさんってあんなに素早く動けるのか…?

 うちのばあちゃんは、もっとこう…?

 いや、年齢だって違うだろうし…?

 でも、古武術的な技術的な何的な?

 でもでも、この時代の家事の労働量を考えれば…?


「お~い。お若いの」


 でもでもでも、洗濯板での洗濯が強靭な足腰を生み出した?


「この桃で良かったかの?」


 気付くと目の前におばあさんが立っていた。

 大きな桃を抱えて。


「珍しい着物を着とるが…もう、川に流さんように気を付けるんじゃぞ」


 オレの手に戻ってきた大きな桃ちゃん。

 これじゃあ…チラリと田所さんを見る。


ーーブンブンーー


 やっぱりダメみたい。


「えっと…ありがとうございます」

「うむ。それじゃあの」


 あぁ、行ってしまう。

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