そして夜は明けました
「まったく、余計な力を使わせないでほしいものなのよ」
あの後すぐに、ステキな犬小屋は田所さんが作り直してステキな山小屋になった。
今は、その中でくつろいで休んでいるところだ。
家具はイメージで作れると言っていた通り、テーブルやイス、ベッドが整えられていた。
そこにあるのに 違和感がなく、不思議と落ち着ける空間になっている。
「何か、座り心地がしっくりくるなぁ」
座っているだけで、疲れがとれるようで、優しい気持ちになれる。
「あなたは一体何者なのよ」
イスの座り心地を堪能しているオレを見ながら休んでいた田所さんは、何やら考え事をしていたが質問をしてきた。
「何者と言われても困るんですが、オオバカズキと言います。お世話になっています。このイスはいいですね」
座ったままで改めて自己紹介をした。
「それはさっきも聞いたから知ってるのよ。そうじゃなくて、何であんな小屋をだしたりしたのよ」
「出した? あれは、オレが出したんですか?」
「私はさっきも今も変わらないイメージでこの小屋を出したのよ。あんな、その、いわゆる、えっと、その、……ぬ……小屋は出したりしないのよ」
「はぁ」
「そもそもよ。『話道具ウネウネ』は持ち主以外は使用できないようになってるのよ。さっきも言ったけど、パチッとなってバーンとなるはずなのよ」
「運が良かったんですね。それに、オレは初めて使う道具とか結構上手に使いますよ。右利きだけど左利き用のハサミもスイスイ使えましたし」
「運がいいとかで使える訳ないのよ。これを使うにはつらく苦しい修行の日々を犠牲にしてやっと使えるのよ。その辺の文房具とかと一緒にしないで欲しいのよ」
「まぁ使えないより使える方がいいんだから気にしないで下さいよ。それより、また気になる単語が出てきましたね」
「修行のこと?」
「いや、まぁ、それも気にはなりますが、『話道具ウネウネ』って何ですか!? 何より、斬新なネーミングセンスが気になります」
ピクンと田所さんの耳が反応した。口元にはニヤリと笑みが浮かんでいる。
「あなた、この名前の良さがわかるのは、なかなか出来る奴なのよ。『話道具』って言うのは、昔話の中に出てくる便利な道具を示すものよ。使うには条件がいくつかあるのだけど、使えるかどうかは個人差があって、誰でも使えるってわけじゃないのよ」
「なるぼど、なるぼど」
「ここからが大切よ。初めて道具を話の中から外に出した話屋が道具の名前を付ける権利を得られるのよ」
「と、いうことはまさか……」
そこまで話すと田所さんは、胸を張って腰に両手を置いてふんぞり返っている。
「田所さんが名前を! 凄いなぁ。他にも沢山の不思議な物があるんですね。そっかそっか。その、ウネウネが入っていた帽子も不思議道具の1つですか?」
「話道具よ。これは違うのよ。話屋になる時に貰う道具入れなのよ。色々な道具をしまって持ち運びするものよ。まぁ、便利だから話道具みたいなものなのよ」
それは便利だ。
ポスティングの仕事にも役立ちそうだし、凄く欲しいと思ってしまう。
もっと活かせる使い方もありそうだが、自分の生活に直結して考えてしまう自分の思考に少しあきれてしまう。
「じゃあ、他には帽子の中に何が入っているんですか?」
「そんなたいした物は入って無いのよ。しばらく分の食べ物と……本と……着替えと……歯ブラシと……地図と……お金?」
1つ1つ取り出しながら見せてくれた。
だけど、何にもおもしろい物は入っていなかった。
田所さんならトランプとかお菓子とかもっとウキウキするものを期待していたのに、出張に行くお父さんみたいだ。
ただ、食べ物と言ってシチューみたいな煮込みスープとか、焼いたお肉が皿にのって出てきたのには少し驚いた。
「中でこぼれたりしないんですか?」
スープまみれの着替えや本を想像して聞いてみる。
「大丈夫なのよ。この中に入れた時のまま保存されるのよ。私も今日は色々疲れたから、とりあえずご飯を食べて休むのよ。明日は朝から調査をしていくのよ。あなたも早く帰りたいでしょ?」
田所さんの表情が眠そうで疲れているように見える。
帽子から新しくパンを取り出してオレに渡す。 スープとパンを食べるよう言葉でなく目で伝えながら、田所さん自身も、食事をはじめた。
「いただきます」
しっかりと手を合わせて食事に意識を集中する。
ふわっと香るスープの匂いが食欲をそそる。
一口食べて、オレは自分の時間が止まったような感覚を覚える。
「おいしい!」
自然と出たのはこの一言だった。
野菜が中心のスープなのに濃厚で満足感のある重さが感じられる。
大きめにカットされた野菜は、しっかりと中心まで味が染みて旨味が閉じ込められている。
パンとの相性も抜群で、どんどんと手が進んでしまう。
「どうもありがとうなのよ」
言葉は素っ気ないが、しっぽがゆっくりと揺れている。
少し喜んでいるみたいだ。
「このスープは田所さんが?」
「そうよ。……そこにあるベッドを使っていいのよ」
手早く食事を済ませ田所さんは、オレに声を掛けるとベッドに潜り込んでいった。
「さてと……」
やることも無いので、言われた通りにベッドに入って起こった出来事を考えてみる。
いつもと同じように仕事をこなしていた。
そして、田所さんに出会い、知らない世界に立っていた。
それなのに、昨日と同じようにベッドの中で眠りにつこうとしている。
不思議なことは沢山あったし、驚きも戸惑いも沢山あった。
だけど、おいしい物を食べればおいしい。
疲れたら休んで、癒される。
どんな所でも人は変わらない。
田所さんは良い人だ。
感情のコントロールが下手くそだけど、優しい人。
明日の調査さえ終われば家には帰れるらしいし、少しだけこの貴重な時間を楽しむ事にしよう。
「田所さん、明日は何時に起きればいいんですか?」
答えは返ってこなかった。
そこにはスースーとすでに寝息をたてている田所さんがいる。
「しょうがないか……ふぁ~~……オレも……」
いつか感じたことのある暖かさに包まれながら、オレも深く眠りに入っていったのだった。
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はっきりと夢の中に居るとわかることがたまにあるけど、今日は意識だけがはっきりとしている。
夢の世界だからだろうか?すべてがぼやけていて、ぬるま湯に浸かっているような感覚。
小さい頃に不思議なことがあった。
家族でキャンプをしていた時に、誤って崖から落っこちてしまった……筈だった。
気付いたら、崖の下でぼんやりと座っていた。
手には、風に飛ばされたと思った帽子があった。
小さな傷も無く、服の汚れすらない。
幼いながらこの違和感をしっかりと感じていた。
その時に聞こえていた様に思う歌……
傷が無かった不思議や歌を思い出すとなぜか、ワクワクしたのを思い出す。
そんな気持ちを感じた所で世界が明るく照らされた。
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知らない小屋の中で目を覚ましたオレは、すべてが夢でなかったと理解した。そして、少し喜んでいる自分も感じていた。
「ふぁ~~」
「あっ、田所さん。おはよーございます。」
「ん、おはよーなの。あなた、早起きなのね?」
「よく眠っていましたね。」
「思ったより疲れていたようなのよ。早く調査を終わらせてゆっくりと休むのよ。今は何時かしら?」
「もうすぐ10:00になる所ですかね。朝ご飯はどうしますか?」
「ふーん。私はいつも朝はご飯なのよ。それでいいか……えっ!!!!!!」
「ご飯で良いですよ。どうしましたか?」
「大変!!」
慌てて荷物をまとめ始める田所さん。
「この昔話は10時に始まってしまうなのよ。急がないと……。」
慌て過ぎて、上手く荷物を帽子に入れられていない。
「もう、嫌なの~~!!」
あっはっは。田所さんは本当に良く叫ぶ人だ。