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第2話 おれはもう戻れないんだ

 俺はここ何時間か、床に横たわる黒い物体を見つめ続けていた。魔王様から預かった人間である。ダンジョン構造をしたこの城に挑んでくる冒険者は少なくはないのだが、彼らとて昼夜をおかず来る訳ではない。で、何が言いたいかというと、とどのつまり俺はすることが無くて暇だったのだ。そんな訳で、俺はこの未だに目覚めない人間をじっと見つめていた。いっそのこと、このまま眠っていればいいのになどと考えながら。

 ふと、俺はどうしてこの人間がこんな格好をしているのかが気になった。全身真っ黒で、フードを目深にかぶり、黒い革手袋をはめ、膝上まである黒くて長いオーバーコートを羽織り、真っ黒な長ズボンをはいている。さらに奇妙なことには、靴を履いておらず、足は包帯のような細長い白い布でぐるぐる巻きになっていた。つまり、顔以外は露出した箇所がないのだ。俺は人間のふぁっしょんの事は知らないし、格段興味がある訳でもないが、この人間の出で立ちは何かおかしいものがあるのではないかと思う。全身を鎧で覆ってしまっている人間は時々見かけるが、こいつが着ているのはどう考えても鎧ではない。はたまた、魔導士といわれる人々が身につけているローブともまた違う。

 そんなことを考えていると、今まで眠っていた人間が起き出した。うーんというようなうなり声を上げ、上体を起こす。途端、勢いよく俺の方を向いた。椅子に腰掛けてほおづえをついている俺と、その人間の目が合う。いや、顔はフードで見えないから、正確には目があった訳ではないが。退屈そうにしている俺には敵意がないと判断したのか、そいつは座り直した。


「あの~、あの人は?」


 恐る恐るといった感じで俺に問いかける。しかし俺は、こいつは一人で森にいたと聞いていたのだが。


「あの人ぉ? 誰のことだ?」


 仮に知っていたとしても答える訳ではないが、どんな人なのかが気になった。人間はなにやら考えるそぶりをしてから、口を開いた。


「そっか、人間じゃなかったんだから“人”って呼んじゃだめだね。じゃあ、大きくてがっちりした体型で、こわーい顔の人間の姿をしたモンスターはどこ行ったの?」


 冗談っぽい声音で俺に尋ね直す。それってひょっとすると、人間に化けた魔王様のことを言っているのか? まあ、可能性としてはそれしか考えられないが。


「魔王様は、普段は魔王城にいらっしゃる。ついでに言っとくと、ここはガロウザ火山の中にあるカンザラ城だ」

「へえ~、あいつ魔王だったのか。意外だな。そんで、ここがあのカンザラ城の中? じゃあおれはモンスターの巣窟のど真ん中にいるって訳だ」


 魔王様をあいつ呼ばわりか! そのうえこいつは敵地の中にいるというのに、ずいぶんと落ち着き払っている。普通の人間なら、状況が分かった時点でビビって震え上がるだろう。魔物を恐れぬ冒険者といえども、警戒心を抱くはずだ。だがこいつには、そんな様子は微塵も見られない。いくら俺が人間の姿をしていて敵意がないとはいえ、あまりにも無防備すぎる。


「ったく、変な人間だな。もっと怖がるとか警戒するとかしないのかよ」


 立ち上がり、部屋をきょろきょろ見回していた人間は、俺の言葉で振り向いた。


「ああ、その点は気にするな。だっておれ、人間じゃないから」


 は? 人間じゃない? 俺は意味が分からず固まってしまった。どう見たって人間にしか見えないし、第一こいつは人間の世界で生きてきたんだろ? そんな俺を見かねたのか、そいつがまた話し出した。


「おれが人間じゃないことは、生まれた時から分かりきったことだった。でもおれは人間として育ち、人間の世界で生きてきた。最初はうまくいっていたが、おれがモンスターだってことが分かると、みんな手のひらを返してくる。だからいつしか、おれの住む世界は人間の世界じゃないって思うようになったんだ」


 なるほど。それで絶望にくれていたという訳か。しかし、まだ腑に落ちない。


「で、結局てめえは人間なのか、モンスターなのか、どっちだ」


 人間だとすると、こいつの話とは大きな矛盾が生じる。とはいえ、モンスターが人間として育てられるということも、前例がない。いったい、こいつは何者なんだ?


「どっちか、か。……ところでさあ、おれ服脱いでいいか? ここ暑いし」

「勝手にしろ」


 俺の質問には答えない上に、訳ありだと思っていた服を脱ぎたいと言ってきた。まったく、なんなんだこいつは。こいつは俺に背を向けた状態で、手袋を外し、コートのボタンを外し始めた。が、コートが外された瞬間、俺は目を見開き、開いた口がふさがらなかった。


 現れたのは、ピンと立った犬耳と、茶色のふさふさの毛で覆われたしっぽだった。そして細長い布にひざまで覆われた足は、これまた茶色の毛で覆われ、大きなかぎ爪がついており、常につま先立ちであった。上着を脱ぎ終わると、くるっとその場で回転して見せた。


「これでも、人間に見えるか?」


 俺は首を横に振った。大部分は人間の姿だが、少なくとも人間とは呼べない。しかし、モンスターと呼ぶにも何か違うと思った。そうか、こいつがこんな格好をしていたのは、人間として生きるために、人間でない部分を隠すためのものだったのか。ここならば外しても問題ないと思い、ありのままを見せている。そして、フードをとったことで見えるようになったその顔はりりしくも幼さが残っており、深い緑の瞳と明るい茶髪が印象的だ。つか、こいつ、女だったのか。


「でもお前、いくら人間でないからって、人間として生きてきたらこの状況は普通じゃ無いと思うけど」


 服を脱いでもなお、落ち着いた顔つきをしている。いや、むしろ顔が見える分そこに怯えや緊張がないのがよく分かる。


「どのみち、おれはもう人間の世界には戻れないんだ。それに、その魔王様がおれの前に現れた時点で、こうなることが分かってたんだ。だから、あんまり驚いてないかな」


 俺は黙っていた。いや、かけるべき言葉がなかったという感じだ。なおもそいつは話し続ける。


「正直、おれはこうなることを望んでいた。でも、人間として多くモンスターを殺してきたおれに、モンスターとして生きる権利があるのかどうか、不安だった。だからおれは、絶望にくれたふりをした。そうすれば、邪気にひかれてモンスターが来ると思ったから。喰われるもよし、モンスターの仲間になるもよし。とにかくおれは、これ以上人間として生きたくなかった。案の定、その魔王様がおれをここに連れてきた」


 道理で、絶望に打ちひしがれていたという割には明るい訳だ。こいつの話が本当だとすれば、こいつは魔王様を騙したことになる。魔王様も偉大な策士だが、こいつはその策に乗じてここに来てしまった。食えない奴だ。それにしても、演技してまで人間の世界から離れたいと願っているのに、どうして人間の世界で生きてきたのか。


「お前さ、そこまでして人間の世界にいたくないって思ってなおかつ人間でもないのに、どうして人間として生きてきたんだ?」


 俺がそう質問すると、そいつは少し考えてから、


「そういう運命だったから、かな」


 と答えた。意味分かんねえ。


「ウンメイ? なんだよそれ、どういう事だ?」


 俺がそう言うと、そいつは犬耳を横に倒し、あからさまなあきれ顔をした。


「あんただって、生まれる前から望んで炎のモンスターとして生まれてきた訳じゃないだろ? おれだって、望んで人間の世界に生まれた訳じゃないんだよ。だから、どうしてとか理屈で片付けられるものじゃねえ。偶然としか言いようがねえんだ」


 確かに、俺とて望んで今の姿になっている訳じゃない。いつの間にか、俺は炎のモンスターであるという事実を受け止めるようになっただけだ。ウンメイというものがどういうものなのか、俺には分からないが、少なくとも説明のつく話ではないことは分かった。


「そうか、変なこと聞いたな。けど、本当にいいのか? 俺は魔王様からお前のおもりを頼まれてるから人間界に行くことはできないけど」


 これからこいつはここで暮らさなければならない。こんな調子で大丈夫だろうか。


「そっか、おれここで暮らすんだ。あ、そう言えば自己紹介してなかったよな。おれ、アクア・セトリック。とはいえこれは人間の時の名前だから、あんたの好きなように呼んでいいよ。……ところでさあ、モンスターにも名前ってあるのか?」


 アクア、か。俺とは対照的な感じの名前だな。


「モンスターだって名前くらいあるに決まってんだろ。じゃなきゃ、呼ぶときに不便なんだから。俺の名前はフィルバーだ。いいか、俺はこの城の城主だから、俺のことは“あんた”じゃなくて“フィルバー様”って呼べよ」

「了解です、フィルバー様」


 そんな訳で、俺とアクアとの生活が始まってしまった。

 という訳で、『誰がためにその身を燃やさん』投稿してみました!

あらすじにもあるように、この小説はブログに掲載していたものです。意外と好評だったので、こちらにも載せてみました。

 ちなみに“アクア・セトリック”の名前は他の作品にも登場しますが、それらとは別人物です。かなり前に構想した作品のため、有象無象だった頃の名残があるのです。それでは、のんびりお楽しみください。

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