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第11話 悲しむ必要はないよ

 城内の見回りをする俺は、バルコニーのある部屋に来ていた。開け放たれた窓から、突然風が吹き込む。俺ははっとして、風の中に駆けだした。俺の燃えるような髪の毛を、風が揺らしていく。が、そこにあるべき姿はなかった。



「フィルバー様、こちらでしたか」

「フィラムか。……なんだ?」


 背後に火の玉のモンスターがふよふよと浮かんでいた。俺は視線だけそちらに向ける。


「ウィンミルが死んだとの報告が入りました。人間とモンスターの争いを止めようとして、命を落としたそうです。……まったく、愚かな奴ですねえ」

「…そうか」


 報告を聞き、俺はフィラムを下がらせた。人間の少女に鷹のような大きな翼をつけた姿をしたモンスター、ウィンミル。魔王軍四天王を任されるだけの実力を持ちながら、“人間とモンスターは分かり合える”などという夢を追い続けた。その所為で四天王を破門されても、彼女は風のように自由に振る舞って――


「ウィンミル、お前は……お前は、それで良かったのかよ?」


 一度静まった風に、俺は叫んだ。どん、とテラスに拳を叩きつける。それは虚しく響くだけだった。この胸に突き上げてくる思いは何なのか、俺には分からない。



――心配しないで。私は、十分に生きたから――


 風の中に、ウィンミルの声が響いた。俺は思わず顔を上げる。姿は無かった。が、声だけはどこからともなく聞こえてくる。


――私は今、嬉しいの。人間とモンスターは分かり合える。悲しみが一つ、消えたんだよ。


「だからって…死んだら、死んじまったら……どうにもならないじゃないか! お前は、お前の理想の世界が見たいんじゃないのか!?」


 空中の声に、俺はいつの間にか叫び返していた。少し冷たげな風が頬を撫でる。


――確かに、私は今までの通りにはいられない。でも、悲しむ必要はないよ。空はいつも一つなんだ。


 言われた意味が分からず、俺は呆然と雲のない空を見上げた。姿の見えない声は、ただ優しく語りかける。


 ――私は風になって、悠久の空を飛び続ける。だから――



 ――いつでも会えるよ――


 静かな声が、俺の頭に残った。見送るように突風が押し寄せたあと、それっきり声は聞こえなくなってしまった。俺はただ、空を見上げる。何だろうか、このやるせない気持ちは。俺は、あいつを好ましく思ってなかったはずだ。モンスターに不利益をもたらす奴なんか、死んだって構わないはずだ。なのに、俺は――



「今の風、ウィンミルさんの臭いがした…。フィルバー様、ウィンミルさんまた来てたのか?」


 声に振り向くと、そこにはアクアがいた。犬耳を上下に揺らし、ふさふさの尻尾は上を向いている。俺は何と答えるべきか、少し迷った。結局、言葉にならず、俺はいいやと首を振った。アクアはふーんと言ったきり、それ以上尋ねようとはしなかった。俺はそいつをまともに見られず、目を逸らす。


「フィルバー様…?」


 気付くと、アクアは俺の顔をのぞき込んでいた。


「フィルバー様、泣いて…いるのか?」


 言われ、慌てて顔に手を当てると、確かに涙が流れていた。泣いている? この俺が? 他の為にどうして泣く必要があるのだろうか。そう思っても、生まれて初めて自分でない者の為に流した涙は、とどまるところを知らずに流れてくる。


「くそっ、何だってんだ……止まれ、止まれよ! ……おいアクア、お前なら止め方、知ってるだろ!」


 心配そうにのぞき込むアクアに、俺は半ばヤケになって聞いた。涙でアクアのエメラルドグリーンの瞳もにじんで見える。


「フィルバー様、涙が出たら――我慢しちゃだめなんだ。気の済むまで思いっきり泣けば、自然と止まるよ」


 アクアはそう答えたが、俺にはいくらか抵抗があった。泣くなんて、格好悪い。俺はこの城の主として、強くあらねばならないんだ。だが、感情は俺の理性の制御に収まらなかった。気付けば、俺は声を上げて泣いていた。思いが涙となって、とめどなくこぼれ落ちる。俺は膝をついていた。そんな俺を、優しく抱きかかえる者がいる。熱いはずなのに、アクアは黙って俺の首に腕を回していた。



 結局俺は、ウィンミルを嫌ってなどいなかった。むしろ、いずれ追いつくべき目標にしていた。たった百年ほど年上なだけで、彼女が先輩面をしているのが気にくわない時もあった。それでも200年前までは、実力のある彼女を純粋に慕っていたんだ。

 それが、ウィンミルが人間に協力的になってから、歪んでしまったのだろう。本当に彼女が越えるべき存在なのかと、心の底で感じていたのかも知れない。そして何よりあいつは、魔王軍四天王から破門されても、その方が自由だと割り切っていたのだ。俺はとてもそんな風にはなれない。その思いが、今まで本当の心を曇らせていたのだろう。



 俺はアクアの腕の中で、しばらく泣いていた。その間、たぎるマグマが火山の中を駆け巡っていたが、俺は気にならなかった。

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