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第1話 何で俺に押しつけるんだよ

 長い歴史の中で、人々はモンスターにおびえずに暮らしているということはなかった。自然の生み出した脅威として、ただただ救世主を待つのみであった。

 しかしこれは、“人間”の歴史論に過ぎない。人間の存在は、モンスターの存亡にも関わっているからだ。当然モンスターにも歴史はある。むしろ、人間よりもはるかに長い時を生きる彼らの方が、確固たる歴史を持っていると言えよう。

 これから、とあるモンスターの歩んだ物語を伝えるとしよう――




 昼間でも日光すら届かぬほど木々の生い茂った森を、一人の男が足早に歩いていた。大柄でがっしりとした体つきをしており、威厳あるその顔は知らない人が見たら怖じ気づきそうなくらいだ。が、これはこの者の真の姿ではない。今は人間の姿をとっているが、そもそも人間ですらない。もっとも、変化をといても相手をびびらせるような姿であることに変わりはないのだが。ふと、男が素早く進めていた足が、急に止まる。そしてそのまま辺りを見回した。

 いた。黒い人間が、地獄へとつながっていそうなほど深い谷に今にも飛び込もうとしている。顔すら見えぬほど漆黒の衣服で全身を覆っているが、それ以上に、黒いオーラのようなものを発していた。憎しみ、絶望、悲しみ、その他全ての負の感情が最大限に体外に出ているようだった。邪気を糧とするモンスターにとって、このような人間は重要かつ貴重であり、死なせるには惜しい存在だった。


「そこから飛び降りれば、到底無事ではないでしょうな」


 ある程度近づいたのち、低く重々しい声でささやく。自殺未遂の人間は、弾かれたようにこちらに振り向いた。目深にかぶった黒いフードのせいで表情は分からないが、こちらに対する怯えは読み取れた。近くで見ると、その人間は男が思ったよりも小さい。十代半ばの少年少女のようである。その者はしばらく目を泳がせていたが(顔は見えないので男の推測である)、やがて落ち着きを取り戻し、こう返答した。


「あんたには、何の関係もないことだ。おれの生きる世界など、どこにも存在しない。おれは人間の世界で生まれながら、人間の世界では生きることの許されぬ存在なんだ。放っておいてくれ」


 この人間には関係無いことだと思われるのは仕方のないことだが、男からしてみればこの者の生死は重大問題なのだ。それに、男にはこの人間を手に入れたいという欲望があった。


「ならば、私がお前の生きる世界を作ってやろう。どうだ、私とともに来る気はないか?」

「あんたが、か?」


 人間の目が、大きく見開かれた(ような雰囲気だった)。魔法で操ってしまってもいいが、言葉により唯一の救いはこちらにあると思わせてしまった方が、後々楽である。特にこのような絶望に打ちのめされた人間は、少し水を向けてやるだけで良い。事実、この者の声音には、わずかばかり期待が入っていた。


「今は人の姿こそしているが、私は人間ではない。私は、いわゆるモンスターなのだ。人間の世界にお前の居場所が無くとも、モンスターの世界ならば話は違う。どうだ、来てみないか?」

「モンスターの、せかい? そこならおれは――」

「そうだ、お前は生きて良い。お前が真に生きられる場所だ」


 虚ろに言葉を返してくる。もういいだろう。人間の額の辺りに指を当て、魔法をかける。刹那、その体は崩れ落ちた。もちろん、死んだのではなく眠っただけだ。その体を担ぐと、男は自分の居城へと帰っていった。



 人々が永遠の活火山と恐れる、ガロウザ火山。その中に、城を構える者がいた。


「フィルバー様、魔王様がお呼びです。至急、城へ来いとのことです」


 青白く燃える小さな火の玉のようなモンスターが、ふわふわ浮きながら飛び込んできた。


「至急魔王城へ行けって? 分かった、フィラム。すぐに準備しよう」


 フィルバーと呼ばれたこのカンザラ城の主は、人間の姿と、燃えるように赤い髪の毛をしていた。火山の中に居城を構える彼は、当然人間ではなく、髪の毛や体のあちこちが所々燃えている。むしろ彼は、人間を憎んですらいた。フィルバーは、カンザラ城と魔王城を結ぶ時空間装置を使い、魔王城へワープした。




 魔王城には、俺を含めた魔王軍四天王が揃っていた。普段は各々の所持する城にいるため、こうして集まることは珍しい。何か重大な出来事でもあるのだろうか。


「四天王は全員揃ったようだな。早速だが本題に入る。魔の森にて、絶望に打ちのめされた人間を連れてきた」


 魔王様が、低く重々しい声音で話す。周りに集まっていた異形の者どもから、どよめきが起きる。俺はそこで初めて、魔王様の足下で横たわる人間に気付いた。全身指の先までも、黒い衣服で覆われている。しかし、まさかこの報告のためだけに俺たちを呼んだんじゃないだろうなあ。そう思っていると、再び魔王様が話を切り出した。


「しかし、連れてきたのはいいがどうにも手を焼いてしまってな。誰かこの人間の世話をしてくれないか?」


 はあーー!? 世話する気無いなら連れてくるなよ!! 俺は嫌だぞ。だいたい俺は人間なんか大ッ嫌いなんだからな。すると、四天王の一人、上半身は人間の女で下半身は蛇、背中にコウモリの羽をつけた、ジェーンが発言する。


「人間のおもりはフィルバーが適任だと思いまーす」

「なっ、冗談じゃねえ! 俺は嫌だぜ」


 何を考えているんだこいつは。俺がそんなことやるわけないだろ。魔王様は少し考えてから、ゆっくりと告げる。


「確かに、フィルバーは人間の姿をしている。そういう意味では、適任かもしれない。では、ジェーンの考えに賛成の者?」


 その場にいたほぼ全員が賛同した。それを見て魔王様はこう言った。


「じゃ、フィルバー、よろしく頼むよ」


 俺の意見は無視かよ!! つか、周りの奴ら別に自分じゃなければいいって思ってるだけじゃねーか! 俺一人に押しつけるなよ! そんなあかるーく言われたってやらないからな! ……これが魔王様じゃなければ怒鳴って殴りかかれるんだけどなぁ…。分かりました。世話すりゃいいんだろ世話すりゃ。

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