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番外編4:きっかけは坊ちゃま

ちびノア(8歳)とセルマの話

 それは、王立菓子職人養成学校の卒業を間近に控えたある日のこと。

「私ですか?!」

「クロンヴァール公爵夫人はあなたのチョコレート菓子をいたく気に入ったようです。セルマ、しっかりやりなさい」

「は、はいっ」

 校長先生から呼び出され、不安でいっぱいの私にもたらされたのは好条件の就職・・・クロンヴァール公爵家で専属菓子職人として働かないかという誘いだった。



 あの日からもう3年かあ・・・私は小麦粉を練りながらぼんやりと考えていた。まさか町で菓子店を営む実家を継ぐつもりだった私がクロンヴァール公爵家で菓子職人として働くとは。

「うーん・・・運命って不思議よねえ」

「なにがふしぎなのだ?セルマ、おなかがすいたのだ」

 振り向かなくても分かっている。幼いながらもどこか威厳がある声の持ち主はノア坊ちゃま。この公爵家の跡取りで金髪にスカイブルーの目をもつ、かわいい男の子で現在8歳だ。

「まあノア坊ちゃま」

「わたしはそだちざかりなのだ」

 育ち盛りって。たしかにそうだけど、どこでそんな言葉を覚えてきたんだろうか。ああ、もしかして仲良しのカール坊ちゃまあたりだろうか。それとも家庭教師のオディロン先生・・・どっちの可能性も高いわね。

「坊ちゃまは確かに育ち盛りですわね。これからすぐにお茶の時間になりますから、もう少しお待ちいただけますか?」

「わかった、まってる。セルマ、きょうのおかしはなんだ?」

 ノア坊ちゃまは8歳というやんちゃ盛りのわりには聞き分けがいい方だ。ご夫妻の教育の賜物なんだろうけど、本来の性格もあったりして。

「今日は紅茶味のマフィンとオレンジピールを練りこんだチョコレートですよ」

「えー、ははうえのすきなあまいものばっかり」

 そう言うと、ノア坊ちゃまは口をとがらせる。そうなのだ、この坊ちゃまは甘いものが大の苦手。奥様がいうには、旦那様と食べ物の嗜好が似ているそうだ。

「ところで坊ちゃま、今日は本をお持ちなんですね」

「うん!ちちうえにかってもらったしょくぶつのほんだよ。さっきまでロデリックといっしょにやくそうえんでかんさつしてたんだー。セルマはいったことある?」

 そう言って坊ちゃまは嬉しそうに私に本を見せてくれる。それは子供向けの植物事典で、植物・穀物好きの遺伝子はちゃんと引き継がれているらしい。

 ロデリックさんは、現在の執事さんの息子さんでいずれ公爵家の執事になることが決まっている。2歳の息子さんがいて、この子も順調に成長すればノア坊ちゃまに仕えることになるはずだ。

「ええ、薬草園では香辛料やハーブも栽培していますからね。料理人や菓子職人も出入が許可されているんですよ。種類が豊富でいい場所です」

「うん!わたしもだいすきだよ。ねえセルマ、あまくないチョコレートってつくれないのかな。ははうえやカールはあまいのがおいしいっていうけど、わたしはあまいのはきらいだ」

 そう言うと坊ちゃまは、はああとため息をついた。8歳の男の子にため息なんてつかせちゃいけない。

「わかりました。このセルマが坊ちゃまが食べられるチョコを作ってみせます!!」

 私の菓子職人魂に火がついた。




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「それで、このチョコレートが出来たんですか」

 ミオが感心したように手に取ったのは、球形に赤いラインが引かれたスパイシークリーム入りのトリュフチョコ。

「ええ、そうなのよ。ノア様はもちろん旦那様まで試食に参加してくださって。だからこのチョコレートの名前は“公爵のトリュフ”とつけたんですよ」

「はあ~、知らなかったです」

「セルマ、そんな昔の話などしなくていい」

「どうして?私はノアの子供の頃の話が聞けて嬉しいのに」

「う・・・ミオがそう言うならしかたない」

 私はおふたりを見ていてとても嬉しくなる。ノア様は旦那様と一緒に王宮に出入をするようになってから無表情でいることが当たり前になってしまって、子供の頃のように笑うことがなくなってしまった。

 だから私はミオ様にとても感謝しているのだ。

「ふふ、結婚式のケーキはこのセルマにお任せくださいね」

「なっ・・・そ、それはまだ気が早いぞ、セルマ!!」

「そ、そうですよっ。セルマさん!!」

「あらそうなんですか?・・・ノア様、情けないったら」

 焦るおふたりが面白くって、私は思わず笑ってしまった。

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