番外編2:チョコレートと初恋
セルマの店の常連である男の子(10歳)の視点で。
僕が一番好きなお菓子は“セルマの菓子工房”で作ったものだ。アイスもクッキーもケーキも美味しいけれど、なんといってもチョコレートが最高だ。
学校のテストでまずい点数を取って両親にすっごく怒られても、ここのチョコレートを一粒食べればたちまち幸せな気分になれる。
今日は父上が母上へのプレゼントを買うからとのことで僕はそれにつきあわされている。まあ、ご褒美に好きなチョコレートを買ってもいいと言われたので別にかまわないんだけどさ。
お店に入ると、セルマさんのほかに見たことのない女の人がいた。
「おや、君は見たことがない顔だね?」
父上に言われて、その女の人はにっこりと笑って挨拶してくれた。
「はい、今週からここで働いています。よろしくお願いします」
女の人は、この国の女性に比べると小柄で華奢。栗色の髪の毛はこの国ではありふれているけど、黒い目は珍しい。
僕より年上なのは間違いないけど、とても可愛らしい・・・と思う。この国では労働は18歳からと決まっているから、18歳くらいかなあ。
「坊ちゃま、いつものアップルキャラメル入りの甘いトリュフボックスにしますか?」
「へっ?!」
セルマさんの声ではっと気がつく。どうやら父上は母上へのプレゼントを選び終えたらしく、あの女の人がチョコをギフトケースに丁寧に詰めている。
「ぼんやりなんかしてどうした」
「な、なんでもないよ!!セルマさん、アップルキャラメルとちょっと苦いのが食べたいな」
「おい、無理するな」
「坊ちゃま、苦いのは苦手でしたよね?」
「い、いいのっ!今日はちょっと苦いのが食べたい気分なの!!」
僕がムキになって言うと、父上はやれやれといった感じで肩をすくめ、セルマさんはあらあらと言った感じで笑うと、僕でも食べられるだろうと思われるチョコを選んでくれ、父上のケースの作業を終えた女の人に、僕用のチョコを詰めるように頼んでくれた。
「はい、お待たせしました」
女の人が微笑んで僕にケースを渡してくれる。制服に名札がくっついていて“オダジマ”って書いてある。
「ありがとう、僕の名前はワトキン・アクロイド。あなたの名前はオダジマさんって言うんだね。あんまり聞かない名前だ」
セルマさんに“坊ちゃま”って言われるのは仕方ないけど、この人には僕のことは名前で呼んでほしい。
「ええアクロイド様。私は遠くの国からこちらに来ております」
「ふうん、そうなんだ」
「ほら、ワトキン帰るぞ。オダジマさん息子が不躾なことを言って申し訳ない」
「気になさらないでください。またお越しくださいね」
そう言うと、またオダジマさんはふんわりと微笑んだ。クラスの女子たちのうるさい笑い方と違って、すごく大人っぽくてどきどきした。
それから僕は学校帰りにセルマさんの店をのぞくのが習慣になった。母上は僕の甘いもの好きを知っているから、毎日店をのぞくのを知っても“ワトキンは本当に甘いものが好きねえ。でも買うのはお小遣い日だけですよ”と釘をさされる程度だ。
甘いものも好きだけど、僕の今のお目当てはミオさんだ。あれから何度かのぞくうちに、店の前を掃除しているミオさんに出くわして、今では「ワトキン君」「ミオさん」と呼び合う仲にまでなったのだ。そして今日知ったのはミオさんの年齢。
「え!ミオさんって23歳なの?!てっきり18歳くらいかと思ってた」
「それは若すぎですよ、ワトキン君・・・ていうか、私そんなに童顔?確かにこの国の人って皆大人っぽいけどさ・・・」
「ミオさん、何をぶつぶつ言ってるの?」
「え、なんでもありませんよ?・・・・あら」
ミオさんが、なぜか僕との会話をやめて後ろを見てる。同時に僕の頭になんだか冷たい視線を感じる。
なんだろうと振り向くと、そこにはスカイブルーの瞳にブロンドの髪の男の人。なんかどこかで見たことある顔・・・・
「あらノア、どうしたの?」
ミオさんの言葉ではっと気づく。この人・・・いや、この方は“顔無し公爵”ことクロンヴァール公爵様!!うわー、間近で見るのは初めてだ。本当に無表情・・・・
「・・・そろそろ勤務時間が終わるからな、迎えに来た・・・ところで、君は誰だ?」
スカイブルーの瞳がミオさんから僕に視線を移した。な、なんか怖いんですけど!!
「ちょっとノア。ワトキン君が怯えてるでしょう?ごめんね、ワトキン君」
「・・・・君の名前は?」
「ワ、ワトキン・アクロイドです。公爵様」
「ワトキン・アクロイド・・・アクロイド男爵の跡取りか?」
「はいっ!」
「いい返事だ、覚えておこう。ミオ、先に店で待っているから」
それだけ言うと、公爵様は店内に入って行った。な、なんかとっても緊張した・・・。
「まったくもう。ノアったら」
でもミオさんはなんだかノアさんに会えて嬉しそうだ。もしかして・・・・
「ね、ねえミオさん。ミオさんは公爵様と、その・・・こ、恋人なの?」
照れたミオさんの顔を見て、分かってしまった。
僕は今すぐセルマさんの店で一番苦いチョコレートを食べたい気分になった。




